その5 おもい

 ゼノさんがあてがってくれた宿は、エルベスの中心部にあった。小綺麗に纏められたインテリア、狭すぎず広すぎずのちょうど良い一人部屋。

 派手すぎなくてちょうどいいね。

 依頼の詳細についてはまた明日にでも。今日はごゆっくりお休みください。ゼノさんの言葉に甘えさせてもらって、僕たちは早めの夜ご飯にすることにした。

 持ってきた荷物はあまり多くはない。風つかみはロッカーとしても機能する。

 貴重品だけ持っていこう。バッグを漁っていると、指先に丸く、硬いものが当たった。

 ――イシンデン芯。そういえばヒヨコと戦った後、操縦席に引っかけてたのをしまったままだった。貴重品だけど、どうしよう。身に付けていくよりはしまっておいた方が無くさないかな?

 ……少し考えてから、紐に首を通す。外からは見えないように、服の中に入れた。

 今は、ネフからもらったこのペンダントを手放すことが怖かった。これを身につけていれば、バディでいられる。そんな風に思った。



 

  

「もし、数週間前に来たっていう魔女が犯人なら――」


 するするとナイフを動かしながら、ネフは話し始める。宿直営のレストランはまだお客さんも少なく、ピークの時間に向けて用意を急ぐスタッフさんはいるものの、ゆったりとした空気が流れていた。


「――この街に魔女がいないことがわかったからすぐ去ったのでしょうね。魔女の影集めは相当苦労するだろうし、無駄な労力はできるだけ減らしたいのでしょう」


 わたしに魔法香フレグラが感知できればいいのに。魔法香を追いかけられればすぐなのに、とネフはぼやく。万物が残す魔法の痕跡、それを感知できるのは魔物だけ。ネフと最初に訪れた街で、髪の毛の魔物を追いかけたことを思い出す。

 そういえばあの魔物も、親友の魔法香を辿って逃げてたんだったか。ネフが言ってたな。

 思えばあの依頼も、ネフのおかげで解決したようなものだ……。


「……レノン? 食べないの、おいしいわよ?」

 

 エルベスの名物、ベリーソースがけベジボールをもぐもぐしながら首を傾げる魔女。

 ああ、と頷いて、僕はフォークを突き刺した。さくっと音がする。味はあまじょっぱい。 

 ――なんでミートボールじゃなくてベジボールなのかしら。……僕は少し考えてから、野菜工場があるからじゃないかな、と答える。

 確かに、と頷いて、ネフは六個目を口にする。

 大皿のベジボールはようやく半分といったところ。


「それで、今回の依頼のことだけれど。レノンは気づいたことをわたしに教えて。わたし、魔法使ってると周りが見えなくなっちゃうから」


 お願いね、と手を合わせた。

 ネフが前より慎重になっている。確かにヒヨコと戦ったときとか、髪の毛を捕まえたときとか、集中しすぎておっちょこちょいしてたしな。

 それを見越して言っているわけだ。優秀だな。


「……うん。ネフの役に立てるように頑張るよ」


「ありがと。頼んだわ」


 それから、やっぱり元気無さそうね、多分疲れが溜まってるのよ、と僕の顔を覗きこむ。

 結局ネフに促されて四個ほど詰め込んで、僕たちは部屋へ戻ったのだった。





(その6へつづく)

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