その6 エルベス庁舎へ

 翌日。

 ちくちくと瞼を突き刺され、僕は目が覚めた。

 窓からは鋭い朝日が差し込んでいる。よく晴れた朝だ……ん? 朝日?

 外を覗くと、やっぱり青空は見えなかった。もちろん太陽もない。

 その代わりに、吊り下げられた巨大な発光装置が煌々と街並みを照らしていた。昨日到着したときとは全く違う、本物そっくりの暖かい光。

 ――エルベスの技術、恐るべし。

 支度を整えて部屋を出ると、ネフが部屋の前で待っていた。いつもは僕が先に起きるのに、珍しいな。それとも僕が遅かったのか。


「おはよう、レノン」


「おはよう。ごめん、待たせたかな」


「いいえ、全然よ。あまり眠れなくて、早く起きちゃっただけ」


 なんかむずむずするのよ、この光。ネフはふわ、とあくびをする。

 自然光と人工光の違いだろうか。なんとなく、魔女はそういうのに敏感な印象があるし。

 そんなことを考えながら、僕はがちゃりとドアを閉めた。





 エルベス庁舎は、宿の道路向かいにある。

 どんと構える大きな扉にはノブが見当たらなくて、どう開けるんだろう、と思いながら近づいたら自動でスライドした。


「魔法みたいだわ――機械なのに!」


 ネフが目をキラキラさせた。

 そういえば、ネフの家の扉は普通に手で開けてたな。これは魔法じゃないのか。

 科学技術なら……どういう仕組みなんだろう?

 風つかみの仕組みをはじめとした、なけなしの知識を振り絞って考えようとして――。


 《エルベス庁舎へようこそ。ご用件をお話しください》


「すごい! 光魔法かしら、でもこんな使い方思い付きもしなかったわ!」


「……」


 ふわりと空中に浮かんだ光の案内板を見て、僕は早々にギブアップした。

 理解はできなくても、使い方は分かる。指示に従えばいいだけだ。

 ……一応まわりを確認する。ネフの他には、声が聞こえる範囲に人はいない。


「じゃあ、言うよ……?」


「待って、わたしがやりたいわ」


 僕が頷くと、ネフは小さめの、だけど弾んだ声で言った。


「ゼノさんに依頼を受けて来たわ、ネフ・エンケラよ」


 《お待ちしておりました、ネフ・エンケラ様。担当者が参りますので、右斜め前方、赤く光っているグリッドにてお待ちください》


 すぐに文字列が現れた。

 ただの装飾だと思っていたけど、床の格子模様にすら意味があったらしい。僕たちの斜め前、文字列が示す場所が赤く発光する。

 魔法というより、発展した機械みたいだわ。赤色を踏みながらネフが言った。

 魔法は魔女にしか使えない。だけどエルベスの技術は、使うだけなら誰にでもできる。確かに、それは科学技術の特徴だ。

 僕が最初に理解してみようって思ったのは、今の技術の延長線上にある気がしたからかも。

 そんなことを考えていたら。


「――お待たせしました、魔女のネフさんと冒険者のレノンさんですね?」


 声をかけてきたのはゼノさんではなかった。

 ネフと同じロングヘア。ネフとは真逆の、雪のように白い髪。

 ネフがええ、と頷くと、女の人はルノウと名乗った。





 (その7へつづく)

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