その4 鎌首もたげて

 えん、と咳払いをしてから、ネフが口を開く。

 

 「……正直なところ、全く自信がないわ。魔法の知識はそれなりにあるつもりだけれど、魔法以外の知識はわたし、からっきしなの。魔法に似ているとはいっても、ちょっとでも性質が異なっていたならお手上げよ?」


「いいのです、魔法を試すという選択肢さえ私たちには無かったのですから。それに、制御区画には専門家も同行させますので、修理の知識も必要ありません。ネフさんは魔法が必要になった際に行使していただければ、それでいいのです」


 むー、と考える魔女。確かにその条件なら問題は無さそう。

 だけど、ここに来た目的は影を盗んだ犯人の痕跡探しだ。依頼に集中してしまうと、街の人への聞き込みとか、調べる時間が減ってしまう。

 

「数週間ほど前にも魔女の方がいらっしゃったのですが……いつの間にか去ってしまわれて。私としましては、ネフさんがエルベスに訪れてくださったこの機会を逃したくないのです。エルベスの存亡がかかっているのです……!」


 はっ、と顔が持ち上がる。

 ゼノさんの力説を尻目に、ちらり、と僕らは視線を合わせた。――もしかしたら、その魔女こそが影を盗んだ犯人か。

 有力な情報が手に入るかもしれない、と頷き合う。

 ネフはそれとなく探りを入れ――。

 

 「……そういえばさっきも言っていたわね、魔女様って。その人のこと、詳しく教えてもらえないかしら」

 

 ――なかった。どストレートを投げた。

 この魔女、正直すぎる……!


 「依頼を受けていただければ、私が提供できる情報は全てお話ししましょう。もちろん報酬とは別に、です。いかがですか?」


 ニコ、と笑うゼノさん。足元を見られた。

 ネフが僕を見る。

 まあいいか。僕は頷いた。


 「……わかったわ。依頼を受けましょう」


「おお、よかった! ありがとうございます、ネフさん! これで希望が繋がった!」


 ゼノさんは飛び上がらんばかりだった。

 ネフと握手し、それから拳を握り、よし! よし! とガッツポーズを繰り返す。

 くすりと笑うネフ。魔女は街をも救えるかもしれない。

 流石だ、と思う反面、僕の心は少し重い。

 

 ――最近はネフの凄さに感嘆することが多くなった。魔法が使えるだけではなく、彼女の知識量や高い技能、肝の据わり具合。

 抜けているところもあるけど、ほとんどパーフェクトだ。しかも可愛い。


 はたして僕は、そんな優れた彼女の隣にいるほどの人間なのだろうか……?

 空を飛べるだけの、普通の冒険者。まだ実績も何もない。

 ネフが誘ってくれたから、ここにいられるだけだ。


「契約にはレノンも入れてくれるかしら。わたしは彼とバディなの」


「もちろんいいですよ、お二人と契約しましょう! ――では早速ですが、宿にご案内します」


 ……仲間はずれ気味の僕に気を遣ってくれたのであろう、ネフの言葉。

 なんだか苦しい。申し訳ない。

 目の前に広がる床が、氷のように冷たく感じた。





(その5へつづく)

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