その15 新生風つかみ、波乱へ向けて

 朝日を浴びて、白い翼がきらりと光る。

 コノハの魔法によって木々のさらに上まで伸びた一本の幹、その最上部に引っ掛けられた風つかみ。操縦席からは、どこまでも広がる深緑のカーペットが一望できる。

 三舵の効き、電池残量、計器などの飛行前チェックをてきぱきと済ませ、身を乗り出して親指を立てた。傍らではふよふよ、箒に乗ったネフとコノハが揺れている。


「……お別れだね」


 少し寂しそうに、コノハが言った。

 僕もネフも、同じ気持ちだ。旅の再開を目指してきたけれど、いざその時になると名残惜しい気持ちが生まれてくる。

 コノハをはじめとして、この集落のみんなにはたくさん助けられたのだから尚更だった。新鮮な体験ばかりだったし、ここに留まるのも悪くないかもしれない。

 だけど、僕たちの旅には目的がある。

 ネフの影を取り返すこと。それはネフのためだけではなく、魔女の影を使った殺人魔法を防ぐためでもある。

 ――ここで終わらせるわけにはいかない。


「コノハ、君のおかげで僕たちは旅を続けられる。本当にありがとう」


「あなたがいなかったらどうなっていたか……。感謝してもしきれないわ。ありがとう」


「そんな、ぼくこそ師匠の尻拭いを手伝わせちゃって! お互いさまだよ、こちらこそありがとう!」


 ありがとうの応酬に、思わずみんなでクスッと笑った。

 

「――二人の旅がうまくいきますように。……それじゃあ、はじめよっか!」

 

 示しあわせたとおり、ネフは風つかみの前方へ、コノハは木の根もとに箒を進ませる。

 レバーを引いて、単葉モードから複葉モードへ。真新しい主翼端と肩を並べるように、重なっていた補助翼が展開する。緑ランプ、可変完了。

 きゅうん、と一声甲高く鳴いて、プロペラが回転を始める。スロットルを押し上げて、そのスピードを上げてゆく。

 フラップが風を孕み、機体が少しだけ浮き上がった。空を飛びたい、という風つかみの気持ちが伝わってくるかのようだ。しかし滑走できない以上、離陸するには速度が足りない。

 手筈通り、僕はネフに手を振った。機首の数十メートル先で、魔女が杖を振るった。


 ──ネフの強くて暖かな風が、風つかみを押し上げる。


 ぐぐぐ、と翼が唸った。まるでやんちゃな小鳥のように、今にも飛び上がりそうな風つかみ。

 コノハが操る枝たちが、ぐいぐいとそれを押さえつける。焦らない、焦らない。

 速度計の針がゆっくり回って、本当に飛び立てるかどうかを教えてくれる。

 もういいよね、とばかりに揺れる機体。

 もったいぶるように針が動いていって……ようやく、速度計が頷いた。

 ばっと機外に手を出して、コノハに合図する。

 もぞもぞと枝の拘束が解かれ、風つかみはふわりと飛び上がった。





 バンクを振りながら、ネフとレノンがコノハに別れを告げていた、そのはるか後ろ。

 ざり、と音を立てて、一人の少女が瓦礫の前で立ち止まった。

 とんがり帽子に箒を携えたその姿は、誰が見ても魔女……というより、ネフに瓜二つ。

 少し屈んで、落ちていた表札を拾い上げる。掠れているがかろうじて読める、ネフ・エンケラの文字。

 ネフが旅立ち際に魔法でバラバラにした、自宅の残骸だった。


「ここまでバラバラだと……魔法かあ。一足遅かったか」


 少女はやられた、とばかりに項垂れた。それから地図を開いて、行くとしたらここかなあ、と首を傾げ——。


「ま、とりあえず行ってみよ」


 馬車停に向けて、てとてと走って行った。





 時を同じくして。

 ネフとレノンのさらに、さらに先で。

 賑わう街の中、一人の少女がのそりのそりと歩いていた。

 ご機嫌な日差し、陽気な人々。少女が纏う雰囲気はそれとは真逆、どんよりとどこか暗い。

 箒を担ぎ、とんがり帽子を被る少女は誰が見ても魔女……というより、ネフと瓜二つの格好をしていた。

 喧騒のなか、通り過ぎる人々が彼女を避けて歩いていく。魔女が珍しいためか好奇の視線もいくらかあったが、ほとんどは彼女を浮浪者と同類に捉え、あからさまに視線を外す。

 周りの様子を気にも留めず、少女は歩き続ける。その様子はどこかへ向かっているというよりも、歩くことしか頭にないかのよう。

 彼女は止まる素振りを見せずに、先へ先へ、のそりのそりと進んでいった。





(深緑の集落おわり。次章へつづく)

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