突き刺さった街

その1 異様な街並み

 なかなかイイ。

 風つかみがご機嫌だと僕も気持ちが良い。操縦桿から伝わる風の感覚はブレも少なく、以前よりもスムーズだ。

 翼端を切り詰めて空気抵抗が減ったおかげで、最高速度が五キロほど上がった。横転ロールも前よりきびきび回る。


「……嬉しそうね」


「そりゃあもちろん! 前よりいい具合になってるからね、嬉しいよ。ネフさまさまだ」


「わたしじゃないわ、コノハとみんなのおかげ。……でも、よかった。――本当に」


 胸に手を当て、ふぅーっと息を吐くネフ。

 やっぱり心配だったみたい。

 もし風つかみが飛ばなかったら、彼女はずっと引きずっていたかもしれない。そういう意味でも、修理が上手くいってよかった。


「ネフ、ちょっと見てて」


 なあに、とネフが首を傾げる。

 手をひらひらさせて、少し離れてと合図してから、操縦桿を握りこむ。右足に力を溜めて、スロットルに手をかけて――。

 

 いち、に、の……さんっ!

 

 空と地表がくるくるダンス。渦を巻くようにスナップロール。当て舵でぴたりと水平に戻す。


「どうー?」


 するするとスピードを下げ、横に並んだネフはひとこと。


「……綺麗だった!」


 そう言って微笑んだ。



 

 

 一度降りて夜を明かし(ネフと一緒になってからはまるで出番がなかったコッヘルが役に立った)、朝日を背に飛び立ってから数時間。


 ……押しつぶされてないか?


 遠目に見えてきた街を見て、僕らは思わず顔を見合わせた。

 城壁を押しつぶし、街全体に横たわる白い構造物。いや、横たわっているんじゃなくて突き刺さっていると言うべきか、明らかに異質なその外観。


「——あれ、魔法が関係していたりする?」


「していないんじゃないかしら……わたしもあんなものは初めて見るわ」


 でも煙が立ってるし、普通に人が住んでいるみたい。ネフがそう言う通り、街として機能しているようではあった。近づくにつれて、馬車や人も見え始め、僕はほっと一安心。

 目的地が壊滅していた、なんてことになっていたらどうしようかと。

 城壁から少し離れたところに、数機の風つかみが翼を休めているのが見えた。


「ネフ、あそこに着陸しようと思うんだけど。君はどうする? 先に降りてるかい?」


「いいえ。ついていくわよ」


 箒は風つかみよりお手軽だから、とちょっと得意げ。

 片手で返事して、僕は風つかみを旋回させた。少し横風が強い。着陸には当て舵が必要だろう。

 ネフが見守ってくれている中、着陸コースへ。補助翼とフラップを展開。フットバーを微妙に踏み込んで、機首の向きを微調整。

 土ぼこりを纏いつつ、風つかみはエルベスへと降り立った。





「これは……」


 一歩足を踏み入れれば、そこには今まで見たことがない街並みが広がっていた。

 遠目からでも見えた白い建造物が、大口を開けて出迎える。その内部は壁面に沿って数十の階層に分かれており、それぞれの階層ごとに商店や住居が並んでいるのが一望できた。白い建造物は街に突き刺さっていたのではない、そのものこそがエルベスという街だったのだ。

 街の全てが同じ空間にあるからだろう、いろんな匂いや音が混じり合い、一気に押し寄せてくる。僕もネフも、しばらくは情報過多で固まっていた。

 それだから――。


「おや、戻ってきてくれたのですね、魔女様!」


「ぴゃっ!?」


 突然の声に、ネフは尻尾を踏まれた猫のような反応を返すはめになったのだった。





(その2へつづく)

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