その14 長いようで、短くて

 今まさに獲物の腕を噛みちぎろうとした上顎の、その真下。レノンの手の中で、撃鉄が勢いよく跳ね上がった。

 射出された信号弾フレアは瞬く間に高温の塊と化し、赤く爆ぜながらヒヨコの口内を突き進む。


「ッッッ……!?」


 喉を焼かれ、声にならない叫びをあげてヒヨコが飛び退く。

 信号弾フレアの威力は低く、風つかみの胴体に撃ったとしてもせいぜい小さな凹みができるくらい。

 だが派手さという観点から言えば、これに勝る銃器は存在しない。

 口のなかで燃え盛る赤き光弾は、ヒヨコを驚かせ冷静さを失わせるには充分だった。

 飛び退いた先、ヒヨコの後頭部ががつんと音を立てる。

 ようやく届いたコノハの木属性魔法が、ネフの光に替わってヒヨコを阻んだのだ。

 長い時間をかけてゆっくりと絡み合い、分厚い壁となった幹がついに届いた。

 ヒヨコは慌てて抜け出そうとするも、絡みつく枝がそれを許さない。瞬く間にコノハはヒヨコを拘束し、伸び続ける幹が首をぎちぎちと締め付ける。

 あっという間にヒヨコの自由は奪われて——圧力に耐えきれず、骨が砕けた。

 苦悶に歪むヒヨコに構わず、つっかえを失った幹はいとも簡単に、ヒヨコの気道を押し潰す。

 枯れた断末魔を響かせた後、紅の瞳はただ怨めしげに眼前のレノンを睨みつけ――。


 ぷつり、と光を失った。





 

 ヒヨコを倒した次の日から、祭りが始まった。

 祭りといっても、喜びに躍り狂うようなものじゃない。もっと厳かで、静かな儀式だ。

 どんな生き物でも、現世での生を終えた魂は神になるというのがオラングの死生観なのだという。

 皮、羽、爪、そして肉。魔法生物、それも薬で強化された個体の素材だ。価値は計り知れないし、使い道は山ほどある、とはコノハの談。

 これからしばらくの間は、オラングたちの生活を豊かなものにしてくれるだろう。

 恵みに感謝と敬意を示し、ヒヨコと呼ばれたスラーミンの頭蓋骨はたくさんの供物とともに、集落の中心部に飾られていた。

 隣では大掛かりな焚き火が焚かれ、日が落ちる度、オラングのお年寄りたちがそっと木の実を投げ入れる。ククラカという名前のその実は、炎に呑まれると深緑に燃え上がり、一晩中辺りを照らしていた。


 

5日の後、絶やさずに燃え続けていた火が落とされたとき、時を同じくして風つかみを直す準備が整った。

 マスリという名前のオラングが信じられないほどの早さで翼端フィレットを削りだしてくれたお陰で、足りないのはあと接着剤だけだったのだけど、それもコノハが調合してくれた。

 ――再び、空が飛べる。

 翼の断面を平らに整え、フィレットを接着。コノハいわく、ヒヨコの羽を使ったことで接着強度は桁違いに強くなったらしい。ものの数分で固着し、まるで太古の岩石のように動かない翼端を確認して、僕は口をあんぐりと開けてしまった。

 ネフにぶら下がってもらったけど全く問題なし。私だと軽いんじゃないかしら、とすこし嬉しげなネフの提案により、オラングの中で一番恰幅が良いというダイカンにもぶら下がってもらう。

 ……結果は機体が倒れかけた。接着具合は問題なさそう。

 コノハにお礼を言うと、


「ヒヨコを倒してくれたお礼だよ、気にしないで! 当たり前のことをしただけだから!」


 と、控えめな言葉が返ってきた。

 ――腕を組んで自慢げだったのが、ちょっと面白かった。

 一日かけて細部まで点検し、すっかり綺麗になった風つかみのそばで、僕はほぅ、と息をつく。

 出発は明日の朝。オラングたちとコノハが晩餐会を開いてくれて、今は焚き火に照らされながら、ネフがステップを踏んでいた。

 ――思えば、想定外のことに翻弄され続けた十日間だった。ネフの話に出てくるお化け、くらいにしか思ってなかったスラーミンに初対面で殺されかけ、ネフの魔法は効かず、相棒の翼は地に墜ちて。

 絶望的な状況かと思ったら、オラングとコノハに出会い、スラーミンを倒すことになって。僕もネフもコノハも、いろいろ上手くいかなかったりしたけど、今こうやって旅を続けられることになったのは助け合えたからだと思う。

 なんだかんだ完璧だと思っていたネフに抜けてるところがあったというのも、少し親近感を感じて嬉しかった。

 コノハもオラングも、初対面の僕たちに温かくしてくれて。

 なんだろうな、今更なのにぶわっとくる。

 たった十日間のことなのに、記憶と感情が溢れてくる……。

 焚き火の煙が目にしみて、僕はそっと目をこすった。





(その15へつづく)

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