その3 翼をもがれ、地に墜ちて

 ほとんど無意識に操縦桿を引いていた。

 機首が上がり、速度が落ちて、脳内にかかっていたもやが少し晴れて。

 がりがりと何かが風つかみを引っ掻いて、はっと目を瞬くと。


 ——木々が風つかみを受け止めようと、目前に迫っていた。

 枝が機体の底を撫でている。


「まずいっ!」


 思考が一気にクリアになる。

 右上へ回避しようと操縦桿を引いたら……。


「なっ!?」


 ぐるり、と回転する風つかみ。後ろでネフが、ひゅっ、と息をのんだ。

 思い切りフットバーを蹴りつける。

 もう一回転するぎりぎりのところで風を掴んだ感触。水平儀の針がふらふら揺れて、ちょっと右にずれて止まった。

 よし、とりあえず安定した……! 少しだけ、冷静になる。

 どこか壊れてる、と理解したその時、ようやくその音に気付いた。右耳から流れ込む、異常な風切り音。

 右翼か、と目を向けたら……うわっ。


「もげてる……」


 ——ひどかった。

 なんと、右翼先端が吹き飛んでいた。配線が辛うじて繋がっている太陽電池がばたばたと、風に弄ばれている。

 さっきの回転は、左右の空力バランスが崩れたからか。いまはなんとかなっているけど、ちょっとでも荒い操作をしようものなら、今度こそ墜落だ。


「ネフ、大丈夫かい?」


 振り返ってみると、ネフは真っ青な顔をしてぶるぶる震えていた。


「……ごめんなさい」


「え?」


「……わたしが、わたしがあんなことしちゃったから」


 壊してしまった、とネフは顔を覆いかけて——。


 湿った目を見開き、掠れた声で叫んだ。


「レノン!!」


 しまった。

 前を向く間もなく大きな雑音が機体を覆い、がくん、と揺れた。





 冒険者にとって特に大切なもの。

 冷静さとか、勇気とか、そういうものだと思っていた僕に、父さんはちっちっ、と指を振った。

 確かに必要だが、別に無くてもなんとかなる。逆に無いとどうにもならないものがあるんだ、なんだか分かるか?


 ——それはな、運だよ。ツイてさえいれば、全てなんとかなるものだ。


 ——だから運が味方してくれるように、正しいと思う行動をしなさい。


 幼い頃の記憶は、ずっと覚えているものだ。父さんの言葉が、僕の行動の軸になっていると言ってもいい。そして父さんはやっぱり正しかった。

 僕たちはツイている。墜落した僕らの相棒は生きていた。

 二人で隅々まで見て回ったのだけれど、奇跡的にも幹にぶつからなかったおかげで、機体の損傷は右翼の先っぽとかすり傷だけで済んでいた。まあ、かすり傷と言っていいのかわからないくらい、深く削られてしまってはいるけど。

 問題は。

 風つかみが地面に落ちたわけじゃ無いことだ。凧みたいに、木々の間に引っかかって、空中で止まってしまった。

 箒のおかげで降りれはしたけど。

 ぱちぱち弾ける火を囲んで、僕とネフはそのことを話し合っていた。





(その4につづく)

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