その3 笑顔なき女の子

「事の発端は、おそらく幼なじみの子と離ればなれになったことだと思うのです」


 くぐもった明かりの中、テーブルには三人の影が落ちている。僕と、依頼主のフィリップさんと、その娘さんのローラちゃん。ネフは隣に座っているけど、やっぱり影がない。

 紅茶を頂きながら、僕たちはフィリップさんの話を聞いていた。


「ローラには、小さな頃からずっと一緒だった親友がいましてね。シャーリーって名前の女の子なんですが、遊ぶときはいつも一緒で。歳はローラのひとつ上だったかな」


 まるで本当の姉妹のように、二人は仲良しだったとか。

 シャーリーちゃんはお姉さん気質のしっかり者で、たいてい何をするにも先導するタイプ。ローラちゃんはいつも、その後ろを追っかけていく感じ。

 二人揃って遊ぶ様子が微笑ましかったと、フィリップさんは語る。

 だけどシャーリーちゃんの一家は、突然引っ越してしまったのだという。どうやら急な事情みたいで、別れの挨拶もそこそこにシャーリーちゃんとローラちゃんは離ればなれになった。そして、その日を境に、ローラちゃんの笑顔は消えてしまった。


「あんなに毎日笑っていたのが幻だったかのようで……」


「ということは要するに、精神的な病気ということかしら。そういうことなら、わたしたちみたいな素人よりお医者さまのほうが適任に思えるのだけど」 


 ちょっとネフ!

 正論なんだけど、お金のこと忘れてるよ!

 小突いたら、はっ、と口をふさいでた。

 だけどフィリップさんは、首を横に振った。


「もちろんお医者様へ連れていきました。専門のカウンセラーにも受診しましたがね。皆口を揃えて言うのですよ。お手上げだと」


 きっかけは幼なじみとの別れ、それはほぼ確定しているのだけど、そこから先には全く進めないという。

 具体的にはどういうことですか、と聞いてみると、フィリップさんは紙の束を持ってきてくれた。規則正しく並んだインクの筋は、お医者様たちのお話を書き記したものだという。


「ストレスなどで笑えなくなってしまった患者さんは他にもいらっしゃるようで、治療法としてはまず心を開くことを目的にするらしいのですが」


 ローラちゃんには開くべき心がすっぽり無くなっている、と誰もが言った。

 まるで抜け殻のようだ、とお医者様から伝えられたときには、薄々わかってはいたのですけど、やはり相当なショックでした。もちろん一番辛いのはローラなんですがね、なんというか──胸が張り裂けそうな気持ちで。

 フィリップさんはそう言って、こめかみをぐっと押さえた。


「そういう訳で、もしかしたら旅人さんに治療法を知っている方がいらっしゃるかもしれないという望みに懸けているのです」


 もうそれしか方法がない、と悲痛な呟きが漏れた。

 ちょっと前まで、面白いことをして笑わせてあげればいい、なんて考えていたお気楽な自分を殴りたくなる。

 ネフはしばらく顎に手を当てていたのち、手のひらを組み直した。

 そして、これはわたしの経験則なんだけども、と前置きしてから話し出す。


「何かに似て非なるものには、特徴的な違いが一つや二つあるものだわ。例えばおいしいニリンソウと猛毒のトリカブトは見た目もよく似ているし、生えている場所も同じだけど、花の咲く時期が全く違うの。同じようにローラちゃんの症状にも、一般的な精神病とは違う特徴があったりしないかしら」


 さすが魔女。経験値が段違いだった。

 フィリップさんの曇った目が、少しだけ光る。


「……もしや、これも関係あるのでしょうか」


 ローラちゃんの帽子が脱がされる。

 その小っちゃな頭には、髪の毛が全くなかった。





(その4へつづく)

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