第16話 心半ばに散った勇者達

「ほら、もう、店じまいだ、用がないならさっさと帰りな!!」


「おいおい、ほんと酷い親父だな」


 俺は、防具屋を追い出されてしまった。親父も気づいてやがる。これからが本番だったと言うのに、くそが、おまけをよこせと俺が言う前に追い出すとは。


「そろそろ宿屋に戻るか」


『もう日も暮れてしまって真っ暗ですしね』


 俺は、宿屋屋に向かうことにした。


☆☆☆


 そういえば俺が宿屋を出る前の話になるが。


 宿屋の扉をくぐって外に出ると、ふくよかな、あえて太っているとは言わないぞ。宿屋の女将がいた。


 なんだ、女将、朝からなにやってんだ、壁を殴って。


「あたたたたたたたたたたた!!」


 まじか、あれは北斗百〇拳、何て狂暴な女将なんだ。おいおい、自分の宿屋を壊してなにしてんだ。


 見事といっていいだろう。宿屋の壁に穴が空いていく。


「ふぅ~!!」


「おまえ、なにやってるんだ。わしの宿屋を……」


「あら、やだぁよぉ、ついいつもの鍛錬の癖で、壁をなぐっちまったよ」


☆☆☆


 そして……、今宿屋に戻ったらあら不思議。宿屋の外壁がいつの間にか修繕されていた。女将に壊された形跡が一つもない。まさに完璧だった。


「経ったの1日そこらで、どうやってアレを、直したんだ?」


『そうそう、女将さんが言ってました。宿屋のおじさんは、あらゆる修繕スキルをもつたくみさんらしいですよ。おじさんが、なぜ、修繕を極めるのか、それは、愛なんです!!「君が何を壊しても以外なら必ず僕が直してみせる、だから僕と結婚してくれないか」って女将さんに愛の告白をしたらしいですよ。まさに愛のなせる技なんですね』


 愛だと恋だの言う前に、宿屋が更地さらちにでもなったらどうするんだ。そのうち、直すにも直せなくなるぞ。その前に人間とか言わなかったか。まさか、人間まで壊してるんじゃないだろうな。


☆☆☆


 宿屋の扉をくぐると、受付に女将がいた。


「女将、一部屋、また頼む」


「あいよ、ほら、いつもの、203号室を使いな」


 女将から鍵を受け取ると、


「ああ、そうだ。ちょいとお待ち!!」


「なんだ?」


「そういえばあんた、ヒモ生活、やめて働くって聞いたんだけど本当かい?」


「はぁ、何言ってんだ女将?」


「今日はいないのかい、嬢ちゃんは?」


「今はな」


『身体を黒でボディペイントしたままだと服をきちゃうと汚れちゃいますから……』と言ってエスカーナは黒い聖剣のままだった。


「嬢ちゃんは、こんなのの、どこがいいのかね。あんたを見ているといい加減、殺し、いや、殴りたくなるよ。心を入れ替えたのなら許してあげるけど、あんなかわいい子を泣かせるようなことがあったら、あんた……」


 背後の壁を裏拳で殴りつける女将、もちろん手の甲の跡がくっきりついていた。


「……許さないからね!!」


 なんて狂暴な、くそ、ばばぁだ。


「いつから俺が、あいつのヒモになったんだ。防具屋の親父にでも聞いてみろ。俺はスラッキーの素材を大量に持ち込んで大金を手にしたんだからな。それで遊んで何が悪い」


「あらら、それは、ホントウかい、勘違いしてたよ。スマナイネ」


 絶対に信じてないだろう?


「わしの宿屋が……」


 宿屋の親父が、裏拳を合図にセメントと修理道具を持って、駆けつけたようだ。そして、壁を修理しはじめた。


 ほんと、ご苦労なこった。


『先月のことですけど、働かない竜也さんを心配した女将さんに、いろいろと聞かれたんです』


 お前……女将にナニを言った


『それはですね、「竜也さんは何もしなくていいんです。もしものときは私が(聖剣ではなく)この身体を使ってでも働きますから、彼がいるだけで私、幸せなんです」と女将さんに言ったら、すごい剣幕で……さすがに止めましたけど』


 なんてことを言いやがる、絶対勘違いしているぞ。この駄天使が、だからか、宿屋の女将の態度が最初と違って豹変ひょうへんしはじめたのは……


 たしか先月あたりからだ。風当りがものすご~く強くなったんだからな。なにかと小言を言われたり、指で小突かれたり、あれは結構、痛かったな。


『指ですか? 女将さんは一子相伝の拳法の使い手で呼吸法によって潜在能力を100%に引き出すことができるんです。あと経絡秘孔けいらくひこうをつくことで人体を破壊することができるらしいですよ』


 なんだと、まさか、俺の身体に秘孔を……


『闇属性の竜也さんには無効だったようです。「ひでぶっ!!」しなくて良かったですね』


 おい、よくないだろう。無効とか言う前に秘孔つかれてるだろうが。あのくそばばぁ、俺を殺そうとしやがったな。


 再び、女将が話しかけてきた。


「そうそう、草原に黒い悪魔が出たらしいよ、そいつはとんでもなく危険なやつでね、たしか、あんたも草原に行くって言ってなかったかい?」


 女将が草原で起った事を話し出した。予言に出てくる三匹の黒い悪魔によって、剣星のマーカス、自由騎士オルステッド、山田太郎の三英雄が殺されてしまったとか……


「黒い悪魔か、ああ、あれか、たしかに3匹いたな。もう倒したぞ」


「馬鹿な冗談はやめときな、さすがの私も怒って殴るよ?」


 殴るよじゃなく、殴ってるだろが。


 女将の無拍子むびょうしによる突きを俺は避けた。気配を消した予備動作なしの突きだ。俺じゃなかったら、顔面に風穴が空いてるぞ。


「手加減したといえ、あれを避けたのかい、へぇ、あんた、意外とやるねぇ」


「このくそばばぁがぁ……」


『それって……まさか』


 エスカーナ、どうしたんだ?


『なんでもないですよ?』


 そうか……


「まぁ、あんたも黒い悪魔には気をつけな、こんなときにハワードは一体何をしてるんだろうね」


「ハワードって誰だ?」


「へぇ、あんたは知らないのかい、この国の勇者様のことさ。殺された方の方じゃないよ、あれは女癖が悪い、あんまりいい噂がなかった教会の勇者だしね。ハワードは文武両道でできた好青年さ、ほら、あそこに写真があるだろう。銀色の髪をした赤い瞳の子がいるだろう、うちの国の代表で、あれは、たしか闘技大会に優勝した頃の写真だね」


「真の勇者は俺のはずだが?」


「あははは、あんた、冗談がうまいね、あんたはまず、まともな人間になってちゃんと働きな」


 肩を思いっきり叩かれた。思いのほか痛いぞ。しかも、思いっきし、笑いやがって、このくそばばぁ。


『はて、ハワードですか、どこかで……』


 知っているのか?


『あっ、思い出しました。竜也さんが持っている異次元袋(大)があるじゃないですか』


 あれか、生きているモノ以外1000個までアイテムが収納できる。スラッキーと野盗どものアイテムを回収するのに便利だったあれか。


『そうそう袋の隅のほうに、たしか名前が……』


 ああ、確かに名前が書いてある、ハワードだな。それがどうした?


『いえ、なんでもないんです。きっと、きのせいですよ』


 そうか。


 その時、壁を修理している親父が、


「ハワードのやつ、カーナの森に聖剣を取りに行くって言ってたぞ」


「そうだったのかい? いつ戻ってくるんだろうね」


 俺は背中に背負った聖剣エスカーナを見つめた。


『えへへ』


 俺は、袋から『まいぺーん』を取り出し、ハワードの名前を塗りつぶした。これで大丈夫だ。


『さすが、竜也さん、さりげなく証拠隠滅しましたね』


 この袋、道具屋で20000Gはするからな。ハワードとやら、安らかに眠ってくれ。これは俺が有効活用してやる。そうだな、暇なときにでも森に行くとするか、墓石でもたててやろう。勇者ハワード、ここに眠るってな。


『そうですね。綺麗なお花がいっぱい咲いてますから見に行きましょうね』


 俺たちは、心半ばに散った勇者に哀悼の意を捧げた。

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