004

 食堂から逃げるように部屋に帰った後、さっと入浴を済ませた。

 高天原の寮は桜坂中学で滞在していた寮とほぼ同じだ。

 洋室にベッドがあって洗面所があって、モニターと、机、椅子。

 お手洗いが個室にあるところが桜坂の寮より良い。

 さすがに風呂は共用だけど16時から翌9時まで使える。

 朝練の汗を流すことを想定してんだろな。稼働時間が長ぇ。



 ◇



 さて、落ち着いたところで机に向かってやることはひとつ、今後の攻略計画だ。

 無事に主人公たちとの邂逅は済ませた。

 このまま本来の攻略法どおりに話が進められるかどうかだ。


 俺自身がやることもあるからひとまずアウトラインを考えよう。

 魔王討伐の下準備として高天原学園でやるべきことは3つ。


  ①主人公の能力強化(俺含む)

  ②主人公同士の絆を作りパーティーを確定する

  ③3年生のアトランティス遠征で装備を整える


 実際に魔王討伐に行くのは卒業後、軍事作戦に組み込まれてから。

 それまでに高天原学園で準備を終えておかねぇとほぼ詰む。

 これからの3年間が勝負だ。

 それぞれブレークダウンしていこう。



 ◇



 ①主人公の能力強化


 これは大別すると3つ。

 基礎能力の強化と、武器スキルの強化、具現化能力の強化だ。


 基礎能力はいわゆる人間本来の腕力、体力や精神力。

 あるに越したことはねぇが、最悪、具現化スキルでカバーできる。

 俺自身は基礎能力も鍛えないと駄目だ。

 モブ以下なんだから脱落しない最低限の力を確保しねぇと。

 だからまた自主朝練だ。中学で習慣化したからできるはず。

 他に付き合ってくれそうな奴がいれば連れて行くのも良いかもしれん。


 武器スキルの強化。

 例えば剣を使うなら「スマッシュ」や「返し切り」といった剣術スキル。

 これらは部活を通して訓練をすれば適性次第で使えるようになる。

 何度も繰り返せばスキルレベルも上がり使用可能回数も増えていく。


 そして具現化能力。

 具現化能力は汎用能力コモン・スキル固有能力ネームド・スキルがある。

 汎用能力は誰でも使える技や魔法。

 とは言っても魔力による具現化が必要なので学外の一般人からすればレベルが高い。


 これに対し固有能力はその人だけが使える。

 細かい設定は忘れちまったけど、その人の心象世界に基づくもの。

 馴染みのある武器だとか、景色だとか、縁のある事象だとか、そういった要素が影響する。

 レオンの固有能力があの大剣「カリバーン」だ。

 魔力で生成される武器は重さもなく魔力が続く限り破損しない。理想的な武器となる。

 魔力を帯びた武器なので物理的な武器と比べ威力も上がる。

 逆に魔力が尽きてしまえば回復するまで使用不可となってしまう。

 固有能力はとても有用なため、発動の訓練を繰り返して限界まで鍛えることになる。


 6人の主人公たちは、固有能力をすべて武器として発現する。

 だから魔法スキルを鍛える必要はあまりない。

 一部のサブキャラは魔法スキルを固有能力として使える。

 魔法は強力ではあるけど、いかんせん主人公連中の武器技に比べて弱い。

 この辺は主人公補正だと思っておこう。

 結局は主人公たちのパーティーが安定するので、そちらに頼ることになる。


 まとめ。

 主人公たちには、6月の具現化覚醒特別授業イベントまで基礎能力と武器スキルを鍛えてもらう。

 その後は固有能力を中心に強化をしてもらう。

 手段は都度、最適なものが変わるので追って判断としたい。

 俺は適切な訓練をしてもらえるよう、彼ら彼女らの様子を見ながらサポートする。


 対して俺自身は・・・武器は諦め気味。今から使える気がしねぇ。

 主人公連中はゲーム上のチートだかんな、アレを目指しちゃいかん。

 少なくともこれまでの人生で武器に縁はねぇ。きっと武器は固有化しない。

 幸い、俺はAR値がおかしいから魔法が何かあるだろ。

 ゲーム好きだけあって魔法の妄想を昔からしてたし。

 ほら、空模様が怪しいときに「サンダー!!」とかやったりしなかった?

 しないって? いや、するだろ! RPGやってたらするよね!?


 閑話休題。

 とにかく魔法の汎用スキルを伸ばす方向性で6月まで頑張ろう。



 ◇



 ②主人公同士の絆を作りパーティーを確定する


 3年になってアトランティス遠征するときから装備できる「キズナ・システム」。

 これを使うと主人公の親密度、愛情度に依存して、能力値やスキルが割合・・増加する。

 そうしてようやく魔王と戦えるようになる。

 だから主人公同士は遅くとも3年が終わるまでにパートナーの親密度と愛情度をできるだけ高くしたい。

 「キズナ・システム」でいう情愛の基準値は、これまでの経験で共鳴の進行度、ということまでは想定できた。

 ゲームとしてプレイしてた時には「共鳴」なんて単語は出てこなかったので裏設定と思われる。


 その「共鳴」とはレゾナンス効果と呼ばれる魔力の共振を指す。

 端的に言えば、恋人同士がにゃんにゃんする際のように気持ちが同調すると共鳴する。

 共鳴すると互いの気持ちが直接伝わって、アレな感覚も数倍になる・・・らしい。

 まだ未経験なんだよ! やってみたいんだけど!!


 ごほん。

 ところで、1度誰かと共鳴すると相手色に染まってほぼ戻らないという制約がある。

 AR値がAさん50とBさん30だったとして。

 このふたりが限界まで共鳴すると、BさんはAさんとだけしか共鳴できなくなる。

 Aさんはあと20、別の人と共鳴できる。

 そんな不思議なAR値の制限がある。だから共鳴する相手を選ぶ必要がある。

 なにせAR値は先天的なもので上げることはできないのだから。


 共鳴すると本当に気持ちよくて相手の気持ちが伝わって心身ともに暖かくなり気分も上向きになる。

 俺は中学卒業時に晴れて恋人となったかおりと共鳴を体験して実感した。

 少しでも共鳴していれば致さなくても致したくらいの感覚を得られる(当社比)。

 共鳴する割合が多ければ多いほど感覚は強くなるらしい。これも未体験。

 それが故に常に相手の情愛を理解できるので離婚だとか不倫だとかはほぼ無いらしい。

 だから皆、自分と最も深く共鳴する理想の人を求める。

 それが通称「1番」。

 恋人やパートナーというだけでなく、より深い心の伴侶と呼べる相手。

 共鳴しやすさは過ごした時間に比例し距離に反比例する。男女関係なく。


 そういう事情があるのでAR値を公言する人はあまりいない。

 ほら、数値がそのまま致すのが上手いとか下手に直結する、そういう類の話と考えてみてくれ。

 恋愛に積極的で互いの情動に寛容というラリクエの特殊な倫理観はここから来ているのだ。

 世界的に多重婚が認められLGBTへの理解が当たり前の、誰得仕様の裏設定である。


 そんなわけで、恐らく主人公連中よりも能力が低い俺が彼らと共鳴すると戦力ダウンする。

 彼らと肩を並べたときに俺の戦闘能力が皆無の可能性があるからだ。

 セーブ&ロードなんてねぇのに、命を賭けた博打するアホはいない。

 だから俺は彼らと必要以上に親密になっちゃいかんわけだ。

 でもサポーターとしてそれなりに関わらなきゃ魔王討伐までたどり着けないと思われる。

 なんともジレンマを抱える状況だ。


 そんなわけで主人公たちをくっつけるところも俺が手を出す必要がある。

 なにせ現時点でイレギュラーだ。互いに感心を抱いて貰わないと困る。

 ゲームでは2年生後半で告白するタイミングがありそこでパートナーが確定する。

 これはどの主人公でプレイしても同じタイミングになる。理由は開発スタッフに聞いてくれ。

 そこで特定のパートナーが決まると残りのNPC主人公4人はそれぞれがくっつく。

 ゲームプレイ時は攻略状況によりその他4人の組み合わせが変わる。

 これもうまくやればコントロールできるかもしれん。


 問題は誰と誰を組み合わせるか、という点だ。

 攻略の観点でいうと理想は能力の組み合わせ。

 俺が把握している具現化能力で分類するとこうなる。


  ① レオン  × さくらさん

  ② ソフィア × 結弦

  ③ ジャンヌ × リアム君


 という組み合わせが、性格的にも動静があってやりやすい。

 ゲームでも理想的な組み合わせだ。

 当面はこの方向性で話を進めてみよう。


 まとめ。

 俺が主人公連中と絡むパターンは原則、無しで。

 とにかく6月に俺の具現化能力が判明してから、俺自身の活用を考える。

 当面は俺が彼らの恋愛攻略ターゲットにならねぇようにするしかねぇ。

 どうせそれまでは互いに好感度を上げるイベントらしいイベントはないのだから。



 ◇



 むぅ、昼間から混乱しっぱなしだったせいか、好い加減、眠い。

 ただでさえイレギュラーで気疲れしてんだ。今日はもう止めよう。

 アトランティスの話はまた今度。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ああ、寝る前に話したいな。

 俺は腕時計状のスマホ的デバイス、PEパーソナル・アンサンブルを取り出しコールした。

 すぐに応答があった。

 


【こんばんは、武!】


【香、こんばんは】



 ホログラフィに映し出される満面の笑顔に癒やされる。

 俺の1番になってくれた人、香。

 中学時代に俺が応えるまで、一途に想い続け支えてくれた先輩だ。

 つい先日、告白して晴れて恋人、1番同士となったばかりだ。



【あれ? 疲れてるねぇ。やっぱり入学式、大変だったの?】


【うん、癖のある奴が多くてさ】


【ふふ。私はてっきり、さくらに迫られたのかと思った】


【あ~それもあるんだよ。距離が近すぎるというか】


【さくらとは和解したんだっけ?】


【うん、卒業式のときに。ずっと近くに居るから気まずいのは嫌だし】


【武、流されやすいからな~。心配だ】


【んー・・・否定できん】



 事実、さくらさんとは中学時代に何度か流されていけるところまでいきそうになってしまった。

 もう傍に香がいないのだから止めてくれる人もいない。

 意図しない接触には気を付けておかないと。



【は~。武に会いたいなぁ】


【ん、嬉しいこと言う】


【だってぇ。ようやく我慢しなくて良くなったんだよ? 同棲しても良いくらいなのに】


【同棲・・・】



 そういや俺も香も成人なんだよな。この世界は16歳で成人だ。

 同棲とかそういう決断も自由にできる。

 同棲、ね。いかん、あれこれ妄想しちまう。

 だがここは高天原学園。外泊は禁止だ。



【俺もしたい! したいけど無理なんだよなぁ】


【ん。決まりは仕方ない。高天原で武がやらなきゃいけない事があるんでしょ?】


【うん】


【だったら頑張ろ! ほら、次の日曜日に会えるからさ】


【次の日曜か。うん、そこまで頑張るよ】



 香と互いの気持ちを確かめ合ってから初めてゆっくり過ごせる休日だ。

 考えるだけで心が躍る。

 ああ、やっぱ俺は彼女が好きなんだと実感する。

 リアルの嫁、雪子ゆきことは別の、この世界の特別だ。



【ふふ、嬉しそう】


【考えるだけで楽しみだから】


【私も。はぁ~、待ち遠し】


【そっちはまだ始まってねぇんだっけ?】


【うん、5日からだから】


【まだ少し時間あんだな。春休み楽しんでよ】


【もう部活も先が見えたからね~。暇な時に世界語頑張って、世界政府関連を目指そ】


【あ? 世界政府?】


【うん。そこなら入ってからも選択肢が多いだろうし】


【なるほど】


【だから世界語が分からなくなったら教えてね】


【ああ、うん。それなら幾らでも】



 香が話しているのは就職先のこと。

 リアルでも英語が苦手な高校生は山ほどいたわけだ。

 香が世界語を頑張って得意になれれば、人手不足のこの世界なら引く手数多のはず。

 中学で散々、世界語を頑張ってペラペラになった俺だ。

 できるだけ彼女に協力したい。



【ね、日曜日はどこに行きたい?】


【ん~今日でさえこんなだからなぁ。疲れてる気がするからどこかで香とゆっくりしたい】


【そっか。それじゃウチに来る?】


【え?】



 彼女の家って。

 喫茶店とか景勝とかでゆっくりするつもりだったんだけど、これってアレ?

 女の子の家にお誘いって・・・うん、まぁ。

 そういう事になっても良いはずだし。

 なるようになんだろ。



【行って良いなら行きたい】


【ふふ、もちろん。あ、赤くなってる~】


【・・・画面越しだと共鳴しねぇから助かるよ】


【あはは。それじゃ私の家でね。楽しみにしてなさい】


【うん】



 何やら企まれているような気がしないでもない。

 でも入寮前はそんな時間なかったし、香ならもう何があってもいい。

 素直に楽しみにしてよう。


 その後、他愛のない話をしてPEを切った頃には日付が変わりそうな時間だった。

 良い感じに気分転換できた俺は、心地よく夢の中へ落ちていった。




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