第1章 歓迎! 戦慄の高天原

005

 この世界の高校普通科の授業は大学生レベルだ。

 中学時点で高校生レベルの勉強をしていたのだから当然といえる。

 これ、大学まで行ったら何を勉強すんだ? ってほど教育レベルが高い。

 人を育てるのが急務になっている、という世界中の意思を感じる。

 そんなわけで人生2度目となる高校の授業はかなり難しい。

 それでも経験があるだけマシなのだ。

 これを1から勉強するとなると恐らく落ちこぼれていた。


 クラスメイトに目をやると余裕そうな雰囲気で授業を聞いている。

 この学校へ入学するほどに頭が切れる連中だ、大学教養も余裕ということか。

 性格に癖のある奴は多いけど、馬鹿と天才は何とやら。


 そんな高天原は普通科だけではない。

 具現化リアライズに特化しているということだけあって、具現化も授業で扱う。

 初日の今日は早速、魔力の属性についての授業があった。

 属性の概略説明を受けた後、教師が宣言する。



「今日は君たちの属性を測定する」



 そうして順に個室で測定を行うことになった。

 限りなく個人情報に近いAR値同様、属性も個人情報だということらしい。

 俺のひとつ前、さくらさんが出てくると俺を呼び出した。



「武さんの番ですよ」


「ああ、ありがと」



 事務的な内容のはずなのに、にこやかな笑みを交わしてくる。

 やめてそれ! 中学の頃より明らかに破壊力上がってるよ!

 可愛すぎてドキッってする!

 顔が赤くならないうちに俺は席を立った。


 測定室に入ると様々な機器が棚に置かれていた。

 中央にある大きめの机に教員が座っており、その前に器具が置いてある。

 おそらくあの水晶玉のような装置が測定器なのだろう。

 ん、リア研にあったAR値測定器に似てんな。



「ここに唾液をつけたまえ」



 やることも同じだったよ!

 言われるがまま、俺は唾液をつけた。

 教員が装置を稼働させると、水晶玉っぽいものが白く染まっていき・・・。

 ぱりん。



「え?」


「む?」



 割れたぜ、測定器。

 俺、何もしてねぇぞ?



「おかしいな、割れる使い方はしていないはずなんだが」


「故障ですか?」


「さっきまで同じ方法で正常に動いていた。代わりを持ってくるので待っていなさい」



 そういうと教員は部屋から出ていった。

 ひとりになると手持ち無沙汰なので、俺は壊れた装置を観察してみた。

 これ、どう見てもリア研のと同じAR値測定器だよね。

 似たような装置じゃなくてそのものじゃん!

 この装置って属性も分かんの?


 そもそも水晶玉が割れるってどういうことだよ。

 割れるって負荷がかかりすぎたってやつだろうけど。

 ん? そういや、この測定器の検出上限って80じゃなかったっけ。

 もしかしてそういうこと?


 がちゃりと扉が開いて教師が戻って来た。

 今度は見たことのない装置を持っている。

 同じように水晶玉がついているが、メーターはデジタル化していた。



「お前の記録をきちんと読んでいなかった。すまなかった」


「はぁ」



 教師はそう言うと、新しい装置をセットする。

 俺はまた、言われるがままに唾液を指定箇所につけた。

 ぼうっと水晶玉が白く光り・・・段々と輝きが強くなる。



「明るいですね」


「・・・」



 どうして無視すんの!?

 逆に怖い顔して装置を見てないでよ!?

 俺が怖ぇんだけど!



「む、これは・・・」


「何です?」


「92、白だ」


「え?」



 92はAR値。やっぱその値なんだな。

 白。

 白っていうと、属性なしっていう魔力?



「白って」


「授業で最初に説明しただろう。取り込む前の魔力が白、新人類フューリーの体内で色をつけられた魔力が属性だと」


「俺の身体は属性をつけないってことですか?」


「非常に珍しいがそういうことになる」



 またイレギュラーだよ。何で普通に収まらねぇんだ。

 仕方ねぇんだけどさ、なんか納得いかん。



「それって、何か有利とか不利とかあるんですか?」


「この学園で取り扱っている方法では具現化に関するカリキュラムが不十分かもしれん」


「ええ!?」



 どういうことだってばよ。

 珍しすぎて授業や部活で取り扱ってないってこと?



「じゃあ、俺はどうすれば良いんですか?」


「しばらく待て。職員会議で諮って善後策を検討する。お前は我が校の生徒だ、教員はお前の味方だ。必ず具現化訓練のための方策を用意する」


「分かりました」



 そうして俺の測定は終わった。

 皆が1,2分で出てくるのに俺だけ20分くらいかかってしまった。

 教室に戻ると、お前どうしたんだよって視線が注がれる。

 だが個人情報だと釘を刺されていたので俺から言わない限り聞き出すわけにはいかない。

 微妙な空気の中、レオンが空気を読まず発言した。いや敢えて空気を読んだというべきか。



「武、何故遅くなった」


「装置が故障したり、色々あったんだ」


「故障? あれが故障なんてするのか?」


「俺も知らねぇよ。割れるのなんて初めて見たし」


「「「!?」」」



 ざわっと教室内に動揺が走る。

 その動揺に背筋がひやりとする。

 え? やば、俺、失言?

 驚いた表情のさくらさんが、顔を寄せて声を抑えながら話してきた。



「武さん。割れたのですか?」


「えっと、うん」


「あの。あまり他言されないほうがよろしいかと」


「え?」



 さくらさんに諭されて俺は黙ることにした。

 この反応はどう見てもおかしい。

 あの装置の上限を振り切った=AR値がそれ以上でしたって意味になるってか?

 つーか、皆、それ知ってんのか。

 割れんのって有名なの?


 クラスメイトから俺への視線がいやにねっとりしたものになった。

 見定めるというか、値踏みするというか。

 何だこれ。ヤバい発言をしてしまった。



 ◇



 昼休み。

 何となく嫌な予感がしたので俺はさくらさんやレオンも無視して小走りに教室を出た。

 けれど行き先は食堂しか無い。

 ああそうだ、パンが売っていた気がする。

 そういうものを買って外で食べれば良いんだ。


 速攻で食堂に駆け込むと人はまばら。よし、先行できた。

 持ち出し用の弁当やパンが置いてあるカウンターで幾つかひっつかんで。

 クラスメイトたちが辿り着く前に脱出!


 食堂から離れた廊下を歩きながら俺は考えた。

 どうして俺は逃げたんだ。どうせ放課後や明日以降もあるというのに。

 今日の今日、逃亡したところで意味がない。

 馬鹿だ。いつぞやの御子柴君と同じことしてんぞ。



「はぁ、何やってんだ俺は」



 適当に取ったあんぱんを片手に俺は慣れない校舎を歩いた。

 気付けばよく分からない場所に来ていた。

 ここはどこ?

 やべぇ、迷子だよ。高天原広すぎ。

 なんか広場っぽい。裏庭か?

 あ、ベンチがある。あそこでいいか。

 俺は木陰のベンチに腰掛けた。


 食堂から歩いてきたから、長い校舎の反対側。

 少し花壇があったりするのだから庭として使用されてんだろう。

 あんぱんを袋から出してかじる。

 雲のようなふわりとした口当たりに、とろける甘みと芳ばしい小麦の香りが広がる。



「うまっ!?」



 そういや、パンってこの世界に来てからほとんど食べてねぇ。

 久しぶりなせいか、それともこの世界の製造技術が凄いのか。

 こんなだったかな、と、パンをまじまじと見てしまう。

 


「あ~、それね。食堂のあんぱん、逸品だから」


「!?」



 俺の呟きに知らない誰かが反応した。

 思わず周りを見回すが誰もいない。



「ああ、驚かせてごめん。こっちこっち」



 声は背後からだ。

 振り返るとベンチの後ろの木陰で寝そべっている人がいた。



「誰だよ」



 黒髪と顔つきからするに日本人っぽい。

 あんぱん推しって時点で日本人だろうと思う。外国人、餡に詳しくねぇだろし。

 そいつは起き上がった。

 女子なのに制服を着崩していて気怠そうな雰囲気。

 短めの髪はぼさぼさだし、鋭そうな目つきなのに眠そう。

 声が太かったから、制服で女子だって分からなきゃ男だと思ったぞ。



「アタイは凛花。楊 凛花ヤン リンファだ」


「楊ってことは中国出身か」


「そ。アジア人同士だ。見た目は日本人だろ」


「んん、いや?」


「ははは、正直だな君は。それだけ分かりやすいとかえって気持ち良い」



 いやね、日本人独特の表情筋の発達具合ってあるじゃない。

 日本人かどうかって表情を見れば何となくわかんだよ。


 ってそうか、そうだよな。

 黄色人種、黒髪だからって日本人だけじゃない。

 むしろ東南アジアの人の方が多いかもしれん。

 日本だからアジア系=日本人っていう先入観も危ねぇな。



「そのあんぱん、食堂で手作りしてるやつだ。人気でなかなか手に入らないんだぞ」


「そうなのか。欲しいなら少し分けようか?」


「良いのか? 貰えるものは貰うよ」



 そんな貴重なもんだという情報を貰ったのだ。

 何となく情報料として、ひとかけ、千切って凛花先輩に渡した。



「お、ありがと。で、君。名前は?」


「俺は武だ。京極 武」


「武、ね。1年だろ? 入学2日目にこんな辺鄙なところへ来るって珍しいな」



 あんぱんを口に放り込みながら凛花先輩は俺の様子を伺った。

 眠そうな雰囲気はどこへやら、食べると覚醒したのか顔つきがしっかりしていた。



「色々あんだよ。ちっとやらかしたっぽくてな」


「やらかした? ははは! 良いじゃないか! そのくらいの方が有象無象より可愛げがある!」



 凛花先輩はそう言うと愉快そうに笑っていた。

 何だこいつ。先輩なんだろうけど遠慮がねぇ。

 ま、外国人なんてこんなもんか(いつもの偏見)。

 俺はあんぱんの残りを口に詰め込んで飲み込んだ。



「で、俺を可愛がってくれる凛花先輩はここで昼寝か?」


「そう。ほら、人もあまり来ないし眠るに良いとこなんだ」


「なるほど」



 確かに静かなものだ。

 教室も遠いからか、昼休みだというのに喧騒もない。

 煩わしくなったらこのあたりに逃亡するのもありかもしれん。



「なぁ凛花先輩よ。たまにここに来ても良いか?」



 居場所。

 何となく俺はリア研のような、居心地の良い場所が欲しかったのかもしれない。

 つい、辺鄙?な場所に陣取るこの人にそれを見出してしまった。



「あ~いいよ。部室でもないんだし好きに来れば良い」



 再び寝そべって手をひらひらと振る先輩。

 邪魔されなきゃ邪魔もしないって態度だ。



「うん、あんがと」


「ま、アタイが寝てることが多いからひとりにはなれないと思うけど」


「はは、わかった」



 生意気な下級生だというのに凛花先輩は気安い。

 あの教室の空気をすっかり忘れることができた俺は、昼休みギリギリまでここでゆっくりした。

 特に何かをするわけでもなく、話をするわけでもなく。

 怪我の功名ってやつかな、良い場所を見つけた。



 ◇



 午後も授業を受け無事に放課後になる。

 視線は気になったがさすがに授業中にどうこうということはなかった。

 今日から部活見学だ。

 初日ともあってさすがに俺に構ってくる奴はない。

 仮所属先を決めている主人公連中は俺に見に来いと一言添え、それぞれ教室を出ていった。

 リアム君を除いて。



「ほれ、行くぞ」


「うん♪」



 人懐っこい笑みを浮かべ、栗毛色の髪をゆらゆらと揺らして俺の横を歩くリアム君。

 どうしてそんなにご機嫌なのか。

 何をどう考えても初対面の俺に惹かれる理由が思いつかない。

 こいつが言っていた何となくの直感って何だ?

 リアム君を主人公でやった時にいちども直感で惹かれる描写なんてなかったぞ。



「武くんはどこを見るの?」


「俺は魔法のとこだな。基礎訓練したい」


「じゃ、そこ行こう!」


「・・・」



 分からん。

 どうしてこんなに最初から好感度が高ぇんだ。

 NPCとして接する時はオドオドしてて扱いづらいはずなのに。

 俺の知らない人格でも中に入ってんのか。

 そもそもその好意を他5人の誰かに向けてくれよ。


 あれこれ考えていても始まらないので俺は魔法棟までやってきた。

 ここは魔法関連の部活が集まった部活棟だ。

 武器もそうだけど結構な場所が必要になるため専用棟があるのだ。

 俺は炎撃部の扉を叩いた。



「いらっしゃい、1年生だね。炎撃部へようこそ!」



 うん、なんかこのセリフに既視感。

 でも雪の城を作るようなセリフを吐いた俺よりマシだよ。普通が一番。

 迎え入れられた俺とリアム君は誘導されて場内を見学した。


 先輩たちは何箇所かに分かれて訓練をしている。

 基礎訓練と思しき、瞑想や集中、魔力循環などをやっている場所。

 それから魔法の具現化を練習する場所。

 具現化した魔法を放つ練習をする場所。


 その光景を見て、俺は内心、感激していた。

 魔法だよ!! 魔法!!

 ようやくお目にかかれたよ!!

 炎を飛ばしてるんだぜ!? 手品じゃなくて!!

 こんなん感動しないって方が無理だろ!!


 レオンの大剣以来、2度目のファンタジー要素なのだ。

 興奮のあまり俺も魔法が使えるような錯覚を覚えてしまう。

 訓練もしてないのに使えるわけねぇ。

 落ち着け俺。



「先輩。1年は今の時期、基礎訓練って聞いてますが、何をするんですか?」


「いい質問だ。まず最初は魔力を感じるところからだ」



 魔力を感じる。なるほど。

 体内から出てくるものを操るなら感じないと駄目だよね。



「一番手っ取り早いのはレゾナンス効果を体感することなんだ」


「はい」


「そういう相手が居ない人も多いから。この装置を使うといい」


「これは?」


「ほら、平賀源内のエレキテルで、手を繋いだ人が痺れる話があったじゃない。あれの魔力版だよ」


「なるほど?」



 先輩が取り出してきた装置は、何が入っているのやらブラックボックスな箱。

 その箱の両端から金属っぽい棒が出ていて、人が掴みやすいよう取手がついている。



「まずはやってみようか、この両端を持ってみて。あ、人数多いほうが刺激は少ないから、君たちふたりで手を繋いで、片方ずつ持ってね」


「はい!」



 って、リアム君。ずっと黙ってたのになんでいきなり元気に返事してんだよ。

 喜んで俺の手を握っている。

 平賀源内のエレキテル、ね。確かにそんな絵を見た覚えがある。

 連座して手を握って、装置を回すと全員が静電気で痺れるやつ。


 それを魔力で実践すると言われ俺はちょっと躊躇っていた。

 共鳴と同じ現象が起こるというのだ。

 魔力の共鳴。この世界では専門用語でレゾナンス効果。

 香と感じちゃったアレだよね。

 俺、AR値が高すぎて感受性が強いから失神しやすいんだよ。

 大丈夫かな。

 これ俺には刺激が強すぎるんじゃないだろうか。



「あの・・・先輩。それ、出力は変えられます?」


「ん? ああ、3段階あるよ。弱、中、強って。皆、中くらいじゃないと感じられないって言うね」


「弱でお願いします!」



 怪訝な顔をする先輩。今、中くらいじゃないと駄目って言っただろ、と。

 そりゃあね。疑似体感程度の装置で警戒してる奴って変だろ。

 保険だ保険。


 俺はリアム君に繋がれた手の反対でブラックボックスの片側を持った。

 先輩が装置を起動する準備をする。



「それじゃいくよ」



 ヴン、と静電気っぽい起動音がした。

 あ、ほんとだ。共鳴してる時のように段々と腕から暖かくなっていく。



「あ、わかる。あったかいね」



 リアム君は嬉しそうに言う。

 だけど俺は段々と身体が暖まって・・・目が回って・・・。



「あ、これ、やばい・・・」



 俺は慌てて掴んでいた金属を手放そうとした。

 が、手が吸い付いたように離れなかった。

 リアム君と繋いだ手も離そうとした。

 が、リアム君ががっちりと掴んで離してくれなかった。



「せんぱ・・・とめ・・・」


「え?」


「武くん!?」



 ぐわんぐわんと視界が回り倒れ込む俺。

 そのまま俺の意識は途絶えてしまった。




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