白霧之参 静かな剣②

「とりあえず、構えてみな。そしてお前の覚悟ができたら打ち込んでこい」


 そう言われてバルナバスは、先ずは両手でつかを握り、腰を落として正面に構える。剣先が小刻みに震えているのが分かるが、ジルケは無言で観察を続ける。

 次にそのまま前に進み始め、あと2メートルほどまで間合いを詰めたところで大きく木剣を振り上げた。その速度は持ち主の意思に反して実に遅い。右半身みぎはんみ、いわゆる脇構わきがまえに剣を下ろして構えていたジルケは待ちきれず、刹那に間合いを詰めて、がら空きの胴体に軽く体当たりをすれば、バルナバスはいとも容易たやすく後ろに転倒する始末。


「お前、ツヴァイヘンダー両手持ち大剣の扱い方もろくに知らずに買っちまったのかい? 参ったね……」


「まだ、まだまだ! よろしくお願いします!」


 バルナバスは上手に受け身がとれたのか、すぐに立ち上がり叫ぶ様は実に勇壮だが、ジルケは既に木剣ぼっけんを地面に突き立て、手放している。


「ああ、こいつは想像以上にひどいね。全く駄目だ」


「……え?」


 憧れの剣士から言われた言葉に、彼は動揺を隠せない。恋慕れんぼの情は無いと言え、ジルケの如き見目みめの整った異性から言われれば、それは尚更なおさら。焦点を失った顔で立ち尽くす。

 その間、ジルケはバルナバスの胸中とは反対に軽い足取りで別の木剣ぼっけんを選び、彼に手渡した。いや、心ここにあらずの様子だったため、無理矢理握らせたと言った方が適切かもしれない。


「ほれ、今度はそれで素振りをしてみな」


「……え? え?」


「早くしな! また地面に転がりたいのかい!?」


「は、はい! すぐやります!」


 ようやく我に返ったバルナバスは、手渡された全長100センチほどの木剣ぼっけんを両手でしっかりと握って振るい始めた。真っ直ぐ振り下ろし、斬り上げ、袈裟に振り、横に薙ぎ、最後に何も無い正面を突く。風切り音は異様なほど小さい。その芯が通った動作にジルケはうんうんと二度ほどうなずき、再び木のツヴァイヘンダーを手に取った。


「今からこいつの使い方を教えてやるから、復唱してすぐに実践するんだ。いいね?」


「は、はい!」


 想定していなかった授業の予告に、バルナバスは慌てて木剣ぼっけんを持ち替え、話を聞き逃すまいと真剣な表情。


「まずツヴァイヘンダーはとても重い。だから、横に振り回すのが基本だ。上から大きく振り下ろすなど、余程、訓練を積んだ者じゃなければ、すぐに疲れ果てるだろうさ」


「はい! ツヴァイヘンダーはとても重い! 横に振り回す! 上からは振り下ろさない!」


「うん、そうだ。そこで基本的な構え方は、半身はんみに対峙して切っ先を後ろに向ける脇構え、それとリカッソを右か左の肩に乗せて持つようの構えのどちらかになるな。力自慢の者などは肩の高さまで手を上げて、地面と水平に剣を構える、雄牛おうしの構えなんぞをすることもあるが、今のお前の力では体を痛めるだけだ。やめときな。すきの構えもあるが、あれは振り回すには時間がかかるから、ツヴァイヘンダーにはやはり向かないね。もっとも、一気呵成いっきかせいに突きかかりたいときは有効だがね」


「はい! 脇構えとようの構えが基本! 雄牛おうしの構えは力がついてから! すきの構えは突きかかりたいときだけ!」


「大体そんな感じだ。じゃあ、実際に見せてやる」


 ジルケは先ず右足を引いて半身になり、リカッソを右手で、左手で柄頭つかがしらに近い部分を握り脇構えを見せた。そして、右足を大きく前に踏み込みながら、体を左に回転させて反時計回りに剣を横薙ぐ。右手を腰の右側面から左側面に回したこともあって、その振り抜く速度は体の回転よりも速い。

 その動作の後、一拍いっぱくおいて右足を大きく引いた。今度は体を右に回転させて、時計回りに剣を薙ぎ、少しの間をおいて構えをく。


「早速やってみな」


「はい! ……おわぁ!」


 バルナバスは元気よく返事をして、己の目に焼き付けた彼女の動きを再現しようと試みるが、体をひるがえ最中さなかに前につんのめり、無様ぶざまに膝をついてしまうのであった。

 彼はすかさず立ち上がりざまにジルケを見るが、彼女は変わらず、地面に突き立てた木剣ぼっけんを杖に厳しい視線でバルナバスを見ている。その視線を、出来るまでやれ、と受け取ったのか、彼は再び脇に構えた。

 ジルケの動きをなぞり、真似て、学ぶ。2回目は1回目と然程さほど変わらず、前につんのめり膝をつくが、その勢いは先ほどよりは小さい。3回目。体が前に振られながらも振り抜くことに成功するが、腰が引けていて剣筋もぶれ、ぶおんと重い風切りの音も鳴る。

 そして4回目。始める前に、何か閃いたという顔をしていたのだが、果たしてそれはすぐに実を結んだ。しっかりと地に足が着いた動きと、ひゅんという小さく鋭い風切り音。それは切り返す時計回りの横薙ぎでも同様だった。


「上出来だ。なかなかすじの良い事だ。何を掴んだ?」


 ジルケは、コツを掴んだであろう若者の動作に、うん、と短くうなずき褒めたたえれば、それが本物であるのかと問いかける。


「はい! つかを持つ左手は腰だめにあまり動かさず、自分を軸に回転させると気付きました! それと……」


「言ってみな」


「はい! 最後まで振り抜くと背後への牽制にもなりますし、右手を最後まで回さずに途中で止めれば、突きに変化させることも可能だと思います」


「お前は模倣も工夫も大したもんだ。しばらくここで働いていくかい? 庭師の人手が足りてないんだ」


「ありがたいお話ですが、私はジルケ様の弟子になりたいのです。働きたいのではありません」


「弟子は取らないって言っただろう? 私の言ってる意味が分からないのかい?」


「あ! わ、分かりました! 喜んで!」


 くして、後に『静剣』と渾名あだなされることとなる少年の第一歩が踏み出された。



 ――再び世界は渦の中で崩壊した。

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