白霧之至 腰抜け
――そして世界は再び形作られる。
色が塗られた世界で響くは、
……小規模な部隊同士の偶発的な小競り合いか。
大きな雲が悠々と泳ぐ鮮やかな
違和感の正体は何かと、注意深く、かつ、
これはグスタフ閣下が、お館様が卑劣な待ち伏せに
我ながら
自身の理解を超えた事象。
神、或いは空、或るいは雲、或いは風、或いは土、或いは草木、或いは蝶、或いは花、或いはヒトの記憶の集合。それを、このどこまでも深く白い霧が呑み込み、
次の瞬間、彼女の視界は吸い寄せられるように
じきに二人の大男の会話が耳に、鮮明に入ってくる。一人は長袖の
「お館様! こいつは、ふん! 滑稽ですな」
「何がだ?」
「エメリヒの野郎、20人にも満たない隊列に180近い部隊を、ふ! ぶつけて来ましたな! でえい!
「ほ! その通りだ! 出来れば奴が目の前に出てきてくれればいいんだが、せい! 臆病者のあいつには難しいかも知れんな!」
二人の大男、護衛隊長ダミアンと領主グスタフは、襲い来るスカイブルーの布地を纏った兵士――王軍の兵士たちを、赤子の手をひねるかのように易々と斬り伏せながら、半ば挑発するように大声で会話を重ねる。その様子を二人に引けを取らぬ大男、エメリヒ・クレーベは陰鬱な表情で丘の上から眺めていた。
彼は剣の腕は有名だったが、かつては王軍の
そんな彼だからこそ、自身を引き上げてくれた国王に絶対の忠誠を誓い、今回の作戦も粛々と従ったのだが、その心中では決して納得していなかった。グスタフは、祖父の代から自領で行なわれていた街道の整備を国内全域にまで広げることを王に奏上し、商売は活性化した。また、上下水道の整備事業によって奇病で亡くなる住民と、そして工事に人手が必要なこともあって浮浪者も減ってきている。それはグスタフの手柄であると多くの者が知っている。彼がいなければ今の繁栄はないのだ。そして、そのことは誰よりも王が知っていることだ。
その才能を認め、王族が就くものという前例を破ってまで宰相に指名したグスタフを、なぜ、王
故に、
「この死地、あのときを事を思い出すわ!」
「あれか? お前とボニファーツが死にかけたとかいうムカイヤマの」
「それです!」
「ジルケに救われたんだってな!」
「ええ、あのときのジルケ殿は実に
「はっはー! ここにもその女神さまが駆け付けてくれると心強いんだがな! ところで、ダミアン! そろそろ逃げてもいいんだぞ」
「何をおっしゃいますか。お館様より先に逃げるはずがないでしょう。 お館様こそ先にお逃げください!」
「あそこの臆病者が指揮しているんだ。逃げられるはずもなかろう」
「それもそうですな。いつまで経っても降りてこないから忘れておりました!」
その時、大きな、そして長いラッパの音が戦場に響き渡った。グスタフとダミアン、二人を取り囲んでいた兵士たちが潮を引くように斜面を駆け上がってゆけば、その先に見えるはロングボウに矢を
支配する一瞬の静寂。
「お館様!」
音を無くした世界に声が響き渡る。
だが、ダミアンは針の
やがて音も色も失った世界に再び声が響き渡った。
「エメリヒ・クレーベ! 俺を殺しても何も変わらぬ! 王に伝えよ! この腰抜けめと!」
はたしてその声は伝わったのだろうか。声の主も、じきに矢に射抜かれ、血の海にその身を
――そして世界は暗闇に包まれる。しかし、アルマの存在しないはずの
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