第21話 別れと出会いと

「アルマさん、今まで尽くしてくれてありがとうね。あなたと、そしてあなたを選んでくれたお父様に本当に感謝しているわ」


「勿体ないお言葉にございます。私もドロテ様のようなお優しいお方にお仕え出来て幸せでございました」


「あなたも召命の儀を受けて、カネウラの教会で一緒にお祈りをしてくれると嬉しいのだけど、どうかしら?」


「大変魅力的なご提案ですが、生憎とお祈りよりも体を動かしている方がしょうに合っておりますので。それに……」


「それに?」


「いえ、何でもありません。……さ、早く支度を済ませてしまいましょう。ハンネス隊長はともかく、クリスタ様をお待たせしてはいけません」


「そうだったわね」


 モウリ家のささやかな晩餐会から一夜明けた召命の儀の当日。9時の鐘に間に合うように支度をしていたはずだが、別れを惜しむラインホルトやハインリヒにつかまってしまい、思うように進んでいなかったのだ。あれよあれよという間に時は進み、9時の鐘が鳴り終わる頃には早くもハンネス隊長以下護衛隊の面々が到着してしまった。屋敷の玄関広間に待機させたものの、ようやく支度が終わろうかというタイミングで、今度は聖女クリスタの到着をイグナーツが知らせてきたというところだ。


 聖女認定されたクリスタに失礼があれば、教会から何を言われるか分からないとアルマは焦っていたが、「クリスタ様はそんなことを気にする人じゃないわ」とのドロテの言葉に少し油断したのかも知れない。ドロテ様の言葉には人を落ち着かせる力があって、私が侍女として勤め始めたときも不思議と落ち着いていたと、アルマは思い出していた。


「ドロテ様、改めてありがとうございました」


 アルマが深々とお辞儀をしてドロテに謝意を述べれば、


「どういたしまして。それよりも、スヴァンさんと一緒になれるといいわね」


 とすかさず返す。


「生憎とあの方に特別な感情は抱いておりません」


「そうかしら? 私の目はごまかせないわよ。うふふふふ」


「さ、皆様がお待ちです。支度も済みましたので早く行きましょう」


 そうして合流した一行は、モウリ家の屋敷から教会までクリスタを先頭に練り歩いた。イヌイから来た聖女と大貴族オダ家の姫を一目見ようと、沿道には多くの群衆が集まっていたのだが幸いにしてトラブルは無く、ケモノも見えず、そのまま召命の儀まで無事に終わらせることが出来た。

 厳かな召命の儀の最中、アルマは主の姿を焼き付けようと片時も眼を離さず、瞬きすらも惜しんでいたが、お別れは実にあっさりとしたもの。儀式が終わるとドロテはそのまま教会の中へ入って、感慨にふける間もなくお開きとなってしまった。

 だが、他国に行くわけでも、深山みやまに分け入り修行するわけでもなし、ここに来ればいつでも会えるのだ。いつでも。そう、いつでも。


 アルマはぽっかりと心に穴が開いたような虚ろな気分でそんなことを考えていたのだが、気付けば帰りの馬車にきちんと乗車していた。そしてアルマと共に4頭立4輪馬車コーチの客車に同乗するは、聖女クリスタと傭兵のスヴァン。

 スヴァンは、往路では護衛隊の一部として組み込まれていたのだが、恐らく教会が雇ったという事実を以ってして、クリスタが護衛のために中に入れたのだろう。


 出発して暫くはドロテの話で盛り上がった3人だったが、やがて話はクリスタによって方向転換をすることとなった。要約すれば、アルマとスヴァンという年頃の二人がいるのだから、この際、くっつけてしまおうという、本人たちからしてみれば実に悪戯でお節介な話だ。だが、オダ家と教会の関係上、無下むげにするわけにもいかず、アルマは耳を傾けてみることにした。実に愉快そうに話すクリスタのお節介を。

 依然として白炎びゃくえんが揺らぐ二人を眼前に、緊張の色を隠せないアルマではあったが、話に乗るには本人から話題を引き出すのが上策と、恋人や結婚の有無を訊ねるクリスタにこいねがう。


「――よわい22ともなれば、市井しせい女子おなごにはそのような男性の一人や二人、いるものだと聞いていますが、なかなかどうして。心を揺さぶられる方にお会いしたことはありません。良い機会ですので、そのあたりのところを是非、人生経験豊富なクリスタ様にご教授頂けないでしょうか」


 それに対するクリスタの答えは、とても現実的なもので、あわよくばランプレヒトと結婚せよとも感じ取れる父の期待に呆れていたアルマを感心させるものだった。曰く、収入と性格が大事。曰く、身近な男性が良いと。


 それらを踏まえた上で、聖女がお相手にと推薦するスヴァンを、まるで値踏みするかのようにアルマはじっと観察する。そのまま矢継ぎ早に質問を浴びせれば、その凡庸な顔の男は、虚勢を張るでもなく、実に正直に答えてくれたではないか。勿論、剣の腕がオスヴァルトにかなり劣る点や、兄と同い年ながら幾分か上に見える容貌など、引っかかるところではあったのだが。

 そして収入である。年間で銀貨3000枚から6000枚の稼ぎというのは、侍女としてそれなりの給金を貰っているアルマよりも数倍も良い。平民であれば何年も暮らしていけるだろう。どうしてもオスヴァルトと比較してしまう部分はあるが、これだけ稼げるのであれば問題は無いだろうとアルマは思った。

 だが、気になる点は他にもあった。未だ正体の分からぬ白炎びゃくえんである。今回の道中、注意深くていたが、感情で変化する黒靄こくあいと異なり、大きさは常に一定であった。分かたれることもない。実に安定して揺らぎ、輝いている。無心に見惚れてしまうほどに。

 そしてアルマはいったん白炎びゃくえんから視線を外し、思い至る。ああ、そうか。そういう事なのか。こうして聖女様からお話を頂けたのも、この男を観察せよとの神の思し召しなのかも知れないと。そうであれば、神の企みに乗るのもまた一興ではないかと。


 再度、スヴァンの瞳を見ながら、無表情ともとれる真剣な表情でアルマは言い放つ。


「それではスヴァンさん、私と結婚しましょう」


 当のスヴァンは実に意外だという複雑な顔をしていたが、冷静になったのか、その答えは現実的である。


 片や貴族の娘、片や平民。身分の差はどうするのか。


 アルマはこのときまですっかり忘れていたのだが、貴族の娘は他家との結び付きを強くするために、嫁に出されるものなのだ。父のフェルディナントが今まで見合い話を持ってこなかったとは言え、これからもそうであるとは限らない。貴族としては遅い22歳であってもだ。

 それならば、やらなければならないことは一つ。父の許可を得る事だけである。元々アルマには身分に対しての執着が無い上に、貴族のまどろっこしい付き合いがどうにも好きになれなかったのだ。これを利用しない手はない。


「それではスヴァンさん、一度、父に確認いたしますね。協議の結果については追って連絡いたします」


 見合いを勧めてこないことから、父は首を縦に振ってくれるかも知れないと、このときのアルマは淡い期待を抱いていた。



「アルマ。今までドロテのためによく尽くしてくれた。感謝する」


 イヌイの領主屋敷に戻った翌日、アルマはランプレヒトに呼び出されていた。


「ありがたいお言葉にございます」


「しかし、とても残念なことだがドロテの侍女として契約していた以上、君に働いてもらうのはこれまでだ。実家に戻ってゆっくりと休むといい」


「はい、心得ております」


「ところで、その、君さえよければなんだが……」


「はい、なんでしょうか」


「私の妻になる気はないかね?」


「……大変に心苦しいのですが、仮にとは言え婚姻の約束を交わした男性がおりますので、いかにお館様からの申し入れとはいえど、反故にしてお受けするわけには参りません。どうかご容赦下さい」


「そうか、残念だよ。この話は忘れてくれ」


「承知いたしました。それでは私はこれにて。お館様に置かれましては、お身体の調子が優れぬご様子なれば、どうかご自愛下さいませ」


「ああ。ありがとう。ではな」

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