異管対報告第2号-8
「貞元君、よく聞いて」
「聞いてるよ」
「いや、君は聞いてない。そもそも貴方は人の話を"聞く気"がないから。だから人を蹴落としてここまで登りつめたんだろうし……」
貞元は小さな部屋の中にいた。その部屋はひび割れたアスファルトの壁に囲まれた3畳程度の広さで、天井から吊るされた小さな電球と小さな窓が1つある。
しかし、その3畳の広さも壁に並べられた大きな本棚とそこに並べるだけでなく空いた空間に積み重ねられた本達、床に積み重ねられいくつもの塔を作るノートやスケッチブックによって足の踏み場もない異様な狭さに感じられた。その狭さは貞元にスケッチブックの塔を跨がせて立たせるほどである。
そして、その3畳の書庫とも思える部屋にて、1人の女が眉間にシワをよせ目元を釣り上げる貞元へと語りかけていた。
壁の窓下に置かれた椅子に座ることで床に散らばる程まで伸ばした顔も隠す黒髪の隙間から覗くその黒い視線は、貞元の両眼の中央を刺し貫いていたのだった。
「私も含めて、"大勢"使い捨てた」
女の瞳は言葉と共に貞元を非難し、冷たい空気を部屋中に充満させた。
その怒りとも憎しみとも取れる視線は貞元を僅かに仰け反らせたものの、彼は直ぐに女から視線を外して辺を見た。その視界に小さな額に入った写真が入ると、貞元は直ぐに視線を彼女に戻し、往年のホラー映画の幽霊役とも言えそうな格好を凝視したのである。
そんな彼女も額の写真へ目を向けると、そこには海上自衛隊の青いデジタル迷彩に1尉の階級章を付けた男女が10人以上写っていた。しかし、その写真に映る男女の多くは顔が刃物かなにかで削り取られ、残っていたのはたったの男女2人だった。
「とはいえど、昔の好で言ってあげる。"魔獣"も"生き物"だから、絶対にデータ通りなんてことはあり得ない。何かしらの土壇場が起きるから」
「兵器だろ?それに、この表皮硬度ならアイツらの火器で……」
「そう言った中国は平和戦争で"炭疽菌"を使い、悪魔を国民の70%ごと殺したよ?」
写真に向けていた視線を本棚へと移した女は貞元へと淡々と語りかけた。その言葉に足元のスケッチブックを手に取りページを捲る貞元は、中に描かれる奇怪な生き物達へ頬を引き攣らせつつ女へ荒い口調で返したのである。
その貞元の言葉はいつの間にか椅子から眼の前にやってきた女の言葉で遮られ、彼は口を閉じ静かによろけた。それだけ女に移動の気配がなく、貞元は幽霊を見るように女を見つめたのだった。
「あれは細菌だ」
「だから何もない?」
「そうだ」
それでも、貞元は自分を見つめる黒い瞳から視線を反らすことなく反論してみせた。それでも女は髪の隙間から見せる瞳を揺るがせず、顔を固くする貞元へ笑って尋ねた。
その笑みに静かに返す貞元だったが、女の顔に掛かる髪が流れ落ち顕になる白い肌と線の細い満面の笑顔に言葉を失った。
「君の悪いところは"頑固"じゃなくて"無知を認めないこと"だね」
女の瞳は顔に浮かべる温かい笑みと反してどこまでも冷たかった。それはまるで化け物を見るかのような目であり、その視線をもろに受けた貞元は遂に視線を反らしたのである。
そんな貞元の手からスケッチブックを奪い取りその中身へ柔らかな視線を向ける女は、本とスケッチブックの塔達を滑らかに避けつつ椅子の上へと戻った。
「とにかく、そのAPOLLO・15とかいう2人にはよく伝えといて。"油断するな"って」
その一言を最後に、女は貞元へ背を向けながらスケッチブックの空きページへと何かを描き始めたのである。その絵は輪郭だけでもこの世のものとは思えない触手や殻に覆われな何かしらであり、その禍々しさと女が見せる笑顔を見て、貞元は逃げるように部屋を後にしたのであった。
「間違いなんて……あるものか……」
3時間前の記憶を脳裏に過ぎらせる貞元は、防空式所のレーダー画面が見せる戦場となった相模湾を見つめて呟いた。その苦々しい独り言はあちこちから響く装置や要撃管制官の報告によって掻き消され、彼は画面が示す一歩とサブリナの戦闘突入を拳を握りしめながら見つめた。
その拳の中の無線機のスイッチが軋む音が辺りに響くと、防空式所は冷たく重い空気に包まれたのだった。
「よし、先ずはFox2で牽制する」
「へっ……"ヘル・マーベリック"だな!」
「そういうことだ」
防空式所の空気と打って変わって、戦闘空域に突入したサブリナと一歩は緊張の熱に包まれていた。その熱は一歩の言葉に応じるサブリナも吃らせ、機体のバランスを一瞬崩しかける程である。
それでも一歩はただ静かにサブリナへ相槌を撃ちつつ、彼女の作った機体のブレからくる進路のズレや誤差を修整した。それにより、緊張はあっても2人の進路にブレはなく、一直線に目標である真っ青な海面に白波を切る巨大な回転するヒトデのような魔獣へと突き進んだ。
「Descend and Maintain 300.Now Descend《300フィートで降下維持。降下開始》」
「Roger,Descend《了解、降下する》」
2人の融合体であるAPOLLO・15が目標へ向けて加速してゆく中、一歩はサブリナへと飛行指示をだした。その指示に従いサブリナは背中の翼を折り畳みつつ急速に頭を下げて体を降下させた。
その降下は可変翼のように後退していたことで、APOLLO・15の見た目は翼のないドラゴンのようなのである。そうなると2人の姿は飛行するには不自然極まりなく、降下というよりそれは落下にも近しく見えるのである。まして、サブリナがストリームラインさえも作ると、その姿はいよいよ飛び込みにさえ見えるのだった。
「Ready,Ready……Now Resume Normal flight《用意、用意、水平飛行》」
「Resume Normal flight!《水平飛行に戻る!》」
そのストリームラインという真面目かふざけかもわからないサブリナの行動に悪態をつこうとした一歩だったが、その姿勢のまま海面を見つめる彼女に彼はただ飛行指示を出すだけに留めた。
その一歩の指示に従いサブリナは即座に翼を開いてエレベーターやエルロン、ラダーさえも展開して上昇力と揚力を得ようとすると、APOLLO・15は海面を眼の前にして飛沫と共に水平飛行へと移ったのである。
「Hold Present Altitude 100.Target Insight.On Course.Seeker On《下げすぎだか100フィートで維持。コースよし。シーカー起動》」
「正しい姿勢……正しい引き付け……コトリと落ちるように……」
ジェットの轟音を響かせ、APOLLO・15の巨体は風と共に波間を掻き切る。そのエンジンとテーパー翼を生やすドラゴンの異質な姿は迫る攻撃のときのために左腕を突き出した。そこには安定翼を備えた灰色のミサイルが陽に輝き、弾頭のセンサー達は倒すべき標的へ向けて駆け出す準備をしている。
そのAPOLLO・15の眼球には一歩の言葉と共に真横から瞬膜に閉じられ、オレンジの瞳は両眼ともまるで機械のように全てが青々と輝いた。そこに頭部のバイザーが降りると、青白い光の目が煌々と輝いた。
その瞬膜やバイザーによってサブリナの視界には中心点や照準のための照星が多機能ディスプレイのように緑の線で輝いている。そして、一歩の視界には攻撃のためのレーダーや赤外線センサーの情報だけでなく火器情報や照準システムが立ち上がるのであった。
そして、サブリナの大き過ぎる独り言が左腕のミサイルラックをより前へと突き出させ、それに合わせて一歩はAPOLLO・15の頭頂にあるキャノピーのようなレーザー照準システムを立ち上げた。
2人は視界の先に米粒大の大きさからゆっくりと近づく目標へと空対地ミサイルの照準を定めた。サブリナは照星の緑点を目先の目標へ合わせつつ相対風や圧力で揺れる腕を必死に抑え、一歩はレーダーとレーザーによってミサイルの目標設定を確実にせんとレーダー画面へかじりつく。
そして、2人の耳を
「Target mark.Fox2!《目標捕捉。Fox2!》」
「喰らえ、ヘル・マーヴェリックっ!」
「Missile away《ミサイル発射》」
鼓膜を震わせ脳を揺さぶるその音に、一歩は空かさずサブリナへ叫び、サブリナの雄叫びヘル・マーヴェリックと共に空へ放たれた。左腕から宙へと飛んだミサイルは直ぐに推進剤に火をつけ駆け出すと、少し海面を乱すと一直線に目標である魔獣へと向かった。
そのミサイルの2本の波を前に、サブリナは息を殺してその先を見つめ一歩はレーダー画面を確認したのである。
ミサイルは視界に見える白煙の尾と状況違わず魔獣へと突っ込んでいった。
「Break,Climb!《回避運動、上昇!》」
「上がれぇぇええ!」
ヘル・マーヴェリックの発射に一歩の飛行指示が後を追うと、サブリナは殺していた息を吐き出し深く吸い込むと一気に体を青空へと引き起こした。推力全開となったターボファンエンジンとサブリナが唸りを上げて海面を爆ぜさせると、APOLLO・15の巨体は翼端から雲を引きながら急激に高度を稼いでいったのである。
横目に見えると三浦半島と房総半島は視界の端へと消えてゆき、まばらに見える雲へと視界が追いつきそうになったとき、サブリナは大きく体をロールさせながら僅かに機種を下げてから水平飛行へと戻った。その間にもミサイル2発は海面間近を魔獣の元へと駆け抜けた。そのミサイルに魔獣は気付いていないのか回避行動も取らず、2発は迷うことなく標的後部へと飛び込んだ。
レーダー画面に映る2発のミサイルが目標の魔獣へと重なった瞬間、APOLLO・15の体に衝撃が走りサブリナは奥歯を噛み締めた。
「当たった!血を流してる!」
「速度も低下したか」
「これはイケるぞ!イケるぞ、一歩!」
「だといいが」
その衝撃は着弾の衝撃であり、大きく右に旋回をかけていたサブリナは首を向けて魔獣の様子を見ようとした。その視界には白く大きな水柱に混じり灰と黒の煙が魔獣の回転する星型の甲殻に着いた炎から湧き上がるのが映っていた。
サブリナの目に着弾後の煙だけでなく青い海面を真紅や濃い紫に染める魔獣の流血が映ると彼女はより興奮して声を上げた。その歓喜は自身に拍手を送りながらガッツポーズさえするほどである。
しかし、一歩はサブリナの行動で一気に冷静になるとレーダー画面の魔獣を確認した。画面には確かに移動速度が少しだけ落ちたことが示されていた。それでも、不思議と一歩は不安を覚えサブリナの元気なドヤしにも相槌程度で返した。
それだけ、一歩の不安は得も言えないのである。
[DC,APOLLO・15.Break,目標に誘導弾命中、出血を確認。誘導弾、効果あり]
「APOLLO・15、上部の魔力結晶がやつの心臓部だ!そのままトドメを刺せ!」
だとしても、状況はいい方向に向いていることは変わりなく、一歩はすぐに防空式所へと状況報告をしたのである。
当然ながらその吉報は戦闘域から遥か遠くを飛ぶ無人機のカメラから確認されており、既にレーダーサイトやディスプレイを見る空軍隊員達はまだ得ていない勝利に湧き始めていた。それは貞元も同じであり、握った拳を何度となく振り、笑みに力の入った歪な表情になるほどである。
そして、一歩は猛烈にハウリングを起こす無線を返事せずに切ると、火器情報の確認をした。
「サブリナ、もう一度だ。同じことをもう一度すればいい。次はあの結晶部分だ」
「あそこがあやつの弱点なのか?」
「そうみたいだ。あんなに露骨だと怪しかったから無視したが……注意を引くためとはいえど初手から狙えばよかったな」
「なに、倒せばいいのなら当たりどころも問題あるまい!」
選択火器がヘル・マーヴェリックであることを確認した一歩は旋回しながら上空待機するサブリナへ向け攻撃指示を出す。その目標設定に彼女は魔獣の背中に見える巨大な結晶を見ると、怪訝さに露骨に目を細めて尋ねかけた。
そんなサブリナの疑問に一歩も言葉を濁しながら答えた。彼がサブリナの視界に小窓で映す拡大映像の中で輝く赤い結晶は不気味に光り、まるで心臓の拍動のようなのである。だからこそ、直ぐに納得したサブリナは疑問もすぐに忘れると、目を輝かせて手を打つと即座に旋回を止めた。
APOLLO・15は魔獣の進行方向横から迫り、鋭角の急降下を仕掛けたのである。
「よし、このまま行くぞ。Target Insight.Cleared Attack.On Course.Seeker On《目標視認。攻撃許可。コースよし、シーカー起動》」
「悪く思うな。こっちも生きるため……ん?」
晴れた視界の中で障害物のない洋上を進む巨大な魔獣は、空を高速で飛ぶ一歩とサブリナからすればいい的である。だからこそ一歩はすぐに照準を魔獣へ定めて何時でも攻撃できるようにした。それに応えるサブリナも照準しやすくももしもの反撃に備えた速度で降下を開始すると左腕のミサイル達を目一杯に腕を伸ばして構えたのである。
だが、サブリナはそれまでの威勢を僅かに乱すように言葉を濁らせ、再び訝しむように目を細めた。彼女の視界の中では目標である魔獣の結晶が変わらず光の明滅を繰り返している。その光が、一瞬だけ彼女には強くなったように見えたのだった。
「Target mark.Fox……」
「一歩!」
そして、ロックオンのけたたましい音と一歩の攻撃指示を遮り、サブリナは唐突に叫んで急上昇をかけた。その動きはあまりに唐突であり、急激に掛かる圧力によってAPOLLO・15の体は大きく軋みを上げ、一歩はない奥歯を噛み締めようとした。
「おいっ、何やって……」
「ひぃい!」
「うおぁぅ、あっ!」
一歩がサブリナへとどやしかけようとしたときに彼女は怯えたような叫びを上げつつ魔獣に対して正面を向きながら後退するというヘリコプターのような奇怪な動きをしようとした。それは当然ながらモチーフに飛行機があるAPOLLO・15の体には恐ろしく負荷のかかる動きてあり、背中の翼が空気抵抗により猛烈な衝撃を発すると一歩は驚き叫んだ。
そして、一歩は思わず地対空ミサイルの発射させ、空中へ2本が放り出されたのである。
「なぁあに撃っとるかぁ!」
「お前がいきなり回避をするから!何考えてる、馬鹿!」
「馬鹿だと!うちは……」
宙を落下して数秒後に推進剤の猛烈な爆音を響かせ飛んでゆくヘル・マーヴェリックの煙を前にサブリナは一歩へ叫んだ。その叫びに彼も彼女へ怒鳴りつけた。彼の怒鳴りにサブリナは当然怒りつつ魔獣と距離を取るように上昇旋回をかけながら言い返そうとしたのである。
だが、サブリナの反論は背中に感じる衝撃と光、遅れて耳に響くと爆音によって止まってた。その衝撃にレーダー画面を見た一歩の目には、魔獣へ向けて飛んでいたミサイルが突然消えたのが見えた。
「あぁなりなくなかっただけだ」
「ミサイルが迎撃されただと!」
空中に広がる灰色の煙と破片へ吐き捨てるサブリナの言葉に、一歩はミサイルが迎撃された事実を受け入れ叫んだのだった。
その状況は当然防空式所の映像を見ていた貞元達も確認しており、現場で発生した事態の急変に隊員達は慌ててデータ収集や各部署への連絡を始めたのである。
ただ1人、愕然としながら画面の黒煙へと変わったミサイルの跡を見つめる貞元を除いて。
「対空火器だと……」
[DC,DC!APOLLO・15!Break,目標に対空火器確認、回避運動を行いつつ攻撃を続行する]
呆然と呟いた貞元の耳に一歩の無線が響くと、APOLLO・15の灰色の翼は回避行動から再び攻撃のために魔獣へと接近をかけようとしたのである。
「あの女……余計なことを言うからこうなる……」
だが、貞元にはそれも無意味に思えると、彼の脳裏に過る記憶が纏わりついた。その記憶の中の女の笑みに、彼は薄く開いた瞼に薄暗い瞳を見せつつ呟いたのだった。
「Fox2!」
「ヘル・ワインダー!」
一方で、一歩とサブリナのいる現場は白熱していた。何度となく照準をつけて放つも、ミサイルは魔獣の背中の結晶が輝くと放たれる赤い光によって空中で爆発四散し迎撃されるである。それは地対空ミサイルであり速度の遅いヘル・マーヴェリックだけでなく、空対空ミサイルで速度の速いヘル・ワインダーでも同じことであった。
照準し右腕から放たれたヘル・ワインダーの爆発を眺めるサブリナは苛立ちから歯ぎしりをしながら自分達を無視して先に見える東京湾へと進む魔獣を睨みつけた。そして、一歩はどうにもならない攻撃をどうにかしようと考えを巡らせたのである。
「なら、水面ギリギリから撃てば!」
「よし、降下して……」
一歩の判断を前にサブリナが自身の意見を言いながら実行しようと機種を下げた。それに一歩が諦めた声音で返事をする中、APOLLO・15の鼻先を空気さえ焼き焦がす熱が通り過ぎた。その熱に遅れて赤い光が2人の先を通り過ぎると、慌てたサブリナが再び上昇をかけるのだった。
「まぁ、降ろしてくれないか」
「駄目か!」
こうして、APOLLO・15に搭載された2種のミサイルはそれぞれ最後の1発となってしまった。
つまり、魔獣へのミサイル攻撃は失敗となったのである。
「こうなったら」
「やるか!」
その状況下で、サブリナはドラゴンの太く大きな手を器用に使い指を鳴らすと、高度を下げることなく魔獣に近づいた。命知らずな行動を前にして一歩も彼女の糸に気づくと、火器選択を変更して攻撃に備えたのである。
魔獣が直下となった瞬間、サブリナは体を大きく下に振り、一気に機首を下げた。
「敵、直下!急降下ぁ!」
「Fox3!」
「ヘル・アヴェンジャー!」
2人はヤケとなって急降下爆撃の要領により鼻先の機関砲で魔獣撃退を狙ったのである。
「「ぐぉおぁあ!」」
しかし、結果は結晶からのビームによる猛烈な反撃であった。
「だっ、ダメージ!ダメージレポート!」
「ビビるな!脇腹を掠っただけだ!」
ビームのシャワーを前にしてサブリナは必死に身を捻りロール飛行で回避行動をしつつ上昇をかけるも、無数のビームの一発が2人の脇腹を掠めた。その熱は装甲を黒く焦がしたが飛行には支障の出ないものである。
しかし、サブリナにとっては被弾したという事実だけで強烈なものであり、彼女は体勢を崩し固まるほどのパニックに陥った。
だが、冷静な一歩の大声で正気を取り戻したサブリナが姿勢を水平に戻すと、2人はとにかく魔獣から大きく距離を取った。
「そうか……しかし、何じゃあれ!あんなの聞いとらん!」
「流石に"空母キラー"か。しかし、結晶からビームってのは……無難なデザインというか、設定だな」
「確かに、超獣とかも撃っとるな」
「ミサイルがないだけマシか」
改めて魔獣の様子を並行飛行して観察する2人は、一旦落ち着くために軽口と不満を大声で言い始めた。その皮肉や不満の言い合いで敵の情報を少しだけ整理すると、2人はその強力さに軽く肩を落として改めて魔獣を見た。
2人悪態をつくその間にも魔獣はその身を回して海上を進んでおり、白波は砕け遅いながらも東京湾へ向けて突き進んでいたのである。
一歩とサブリナの状況は最悪だった。
「つまり、飛行物があのクルクル回ってるオバケヒトデに迂闊に近づけは即座に撃墜」
「静観しても、うちらはしばき倒される」
「参っなた、これは」
「どうにもならんの」
「爆弾だって迎撃されるだろうし、射程的に"ヘル・アヴェンジャー"は撃つ頃にはさっきみたいに猛反撃だし」
2人が話し合う間にも魔獣は更に先へと進み、更には牽制のつもりか数発ビームを放ってくるほどである。そのビームを避けつつ一歩の悲観的な言葉を聞き流しサブリナは黙ってしまった。
サブリナの無反応には一歩も黙るしかなく、ジェット音の中で2人は後がない状況に思考を巡らせたのである。
「つまり、策は1つということだな?」
「はぁ?何言って……何言ってんだ!」
「わかったろ?つまり、もうそれしかないということだ」
沈黙を破ったのはサブリナであり、その嬉しそうな声音に一歩は全てを悟った。彼女は最後の手段を取る気になったのである。
つまり、サブリナはデモニック・バスターを撃つ気になったのだった。
しかし、それは当然ながら一歩にとっては危険な賭けなのである。
「お前、それやってどうなるか解るだろ!」
「やらんよりはマシだろ?なんたって"なんとしても"ベイエリアを守るんじゃろ?」
「揚げ足をとってからに」
だが、一歩がどれだけ声を荒らげてもやる気になったサブリナは考えを改める気にならず、貞元の発言さえ持ち出すほどである。
「全力は尽くすべきだろ?」
つまり、サブリナのこと一言で一歩が封殺されるほどに切羽詰まる状況なのだ。
「だからといって、倒せる保証はない!」
「なら、逃げるか?使える手をこまねいて全てを失うか?2人そろって豚箱行くか?」
「お前……」
「うちは構わんが、失うのはうちらだけじゃない。巻き添えも出る。逃げ遅れもな」
それでも不安要素を無視できない一歩は安全を優先しようとした。その考えに真っ向からサブリナの反論が飛んてくると彼も言葉を失い言われるがままだった。
「たとえ、うちは愚かで能無しでも、"血を流すことを恐れず先陣に立たなければならない"を全うする!」
それだけサブリナの覚悟は堅く、殺る気だけは十分なのだった。
「サブリナ、お前のここでの役割は?」
「何じゃ、いきなり?」
「答えろ!」
とはいえど、一歩はここで退くことも出来ない状況を前に何度となく魔獣と海ほたるの距離を測った。その距離は既に数キロしかなく、2人にはもう後がなかった。
一歩はその土壇場を前にしてサブリナへと語りかけた。その出だしは彼女を困惑させるも、彼は変わらず畳み掛けたのだった。
「パイロット……だ」
「なら、
「おっ……おう!」
つまり、一歩は己を正当化させる建前が欲しかったのだった。
「腹をくくるか……やるぞ!」
「そうこなくてはな!」
サブリナの堅い意志と殺る気は、他に手段が思いつかない一歩の背中を押すこととなったのである。
こうして2人は堅い決意の元で大きく旋回しながらは魔獣を追い越し海ほたるパーキングエリアへと加速した。
「そうなれば、アクアラインと海ほたるを背にする。先を……」
「急ぐ!」
その轟音を伴う急加速は一歩とサブリナの最終手段のためであり、2人のリスクヘッジ的に必須な行動なのである。
こうして2人は、無理無茶を重ねた最悪最終の強硬策を選んだのだった。
「DC!APOLLO・15はこれより特装砲……"デモニック・バスター"を使用する!周辺海域の全艦艇に警告を!APOLLO・15はデモニック・バスターを使用する!」
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