異管対報告第2号-6

 飛行という行為は人間の体だけで行うには非常に困難を極める。それは、人間の筋肉が飛行を行えるほどの強い力を長時間発揮できないからである。だからこそ、人間は科学的に飛行するための浮力や揚力という概念を手に入れた。

 そして、人間は鉄や樹脂の翼にエンジンという鋼鉄の心臓で推力という羽ばたきにより、初めて空を飛ぶことができる。

 そんな飛行というものへ挑戦する一歩の朝は異様に早く、日も出ない夜闇から始まる。顔を洗ってヒゲを剃り、ひっそりと朝食を作ると鼻提灯を作る居候のサブリナを彼女に貸した父親の部屋から引きずり出して食べさせると新宿局へ出勤して直ぐに訓練空域へ飛び、彼女の肩を借りて足を引きずり真っ青な顔で帰ってくる。そんな彼の姿は悲惨な程に壮絶であった。稀にまるで"生まれたての子鹿"のような足腰でサブリナに引き摺られ這うように歩く一歩が戻って来たときには、白川や若い事務官達が一斉に救急車を呼ぼうとしたほどであった。

 つまり、一歩とサブリナは自分の体一つを使って空を飛ぶことへ大いに苦戦し、必死の思いで訓練へと臨んだのである。


「Hold Present Altitude 300.Target Insight.On Course.Seeker On」

「Fox2 Ready!」

「Standby」


 それでも人間は慣れる生き物である。

 飛行時間が2桁を超える頃には一歩とサブリナも飛行という行為に熟れてきたようであり、サブリナは本来生物として備わってないターボファンエンジンを吹かすという行為を余裕で行い、一歩は適当に覚えた教程の用語で火器管制官を格好だけでもこなせるようになったのである。

 そんな2人は訓練空域である房総半島南の洋上にバラ撒いたブイ目掛けて射撃訓練を実施していた。洋上300フィートで水平飛行するAPOLLO・15の巨体は水面を掻き乱し、左腕に懸架された空対地ミサイルを目一杯に前方へ突き出した。サブリナの視界では目標のブイと自身は猛烈な速度で接近し、既に目と鼻の先にいると思える距離である。

 しかし、一歩のレーダーサイトではブイは赤外線追尾の為に赤熱しているとはいえどまだ撃つには遠く、サブリナの構える左腕はブレにブレていた。そこにきて頭頂部から放たれる照準レーダーも完全に目標をロックオンしておらず、勇ましい彼女の声に彼は淡々と待機をかけるだけであった。


「Fox2 Ready!」

「Standby」

「はよせんか!」

「Standby!」


 しかし、待機をかけられる理由がいまいち掴めないサブリナはとにかく一歩に準備よしを伝えるだけであり、それを主張するように再び腕を前へと突き出した。その無用な動きは再びミサイル発射の安定性を欠かせ、ブレる体は照準レーダーをずらすのである。

 そのわざととしか思えない行動に一歩は端的に再び待機を指示し、遂にサブリナは我慢の限界を迎え大いに怒鳴りつけた。その無神経な一言に、それまで淡々としていた一歩も苛立ち始めると返す言葉で彼も怒鳴ったのである。

 その怒鳴った瞬間に、ようやく照準レーダーは標的を捉えた。


「Target mark.Fox2」

「ヘル・マーヴェリック!」


 そして、まるで頭頂から殴られるごときロックオンのアラームが直接一歩の聴覚を揺さぶり、彼はようやく攻撃の指示を出す。その言葉に喜ぶサブリナが弾けるように技名を呼ぶと、左腕のハードポイントからミサイルが宙へと放り出された。その一瞬でミサイルは燃え上がる推進剤の加速力で一歩とサブリナの横を駆け抜け、一目散で波に揺れるブイへと飛び込んだ。

 そして、ミサイルは僅かに揺らぐ凪いだ海をブイごと引裂き、炎と黒煙を辺りに撒いたのである。

 その煙を避けながら海面近い上空をジェットと共に去るAPOLLO・15は、ドラゴンのファンタジー的見た目と圧倒的に反した堅実な空対地攻撃をしたのだった。


「Radar Contact Lost.Enemy Down」

「"Good Kill!"ってやつだな!」

「赤外線誘導にシーカーまで使ってこれか」

「当てとるだろ!」


 対地攻撃用レーダーにブイの消滅を確認した一歩は、急上昇をかけつつ辺を警戒するサブリナへと報告を流した。その言葉に急上昇中でもガッツポーズをするサブリナは、高度700フィートで水平飛行へ戻すと薄らぎ始めた黒煙の周りを大きく時計回りに旋回し始めた。そんな彼女も軽口を吐きつつも鼻先の機関砲ヘル・アヴェンジャーを黒煙へ向け、右腕のヘル・ワインダーを構えて警戒を続けたのである。

 その迷いない動きに一歩は少しだけ明るく悪態をつき、サブリナも笑いながら怒った。それだけ2人の連携は纏まり、仲良く喧嘩できる程度に距離も縮まった。それだけ、これまでの訓練は過酷だったのである。

 

「撃つにも手順がいるんだ。なんでもかんでもすぐ撃ちゃいいってわけじゃない。敵の回避運動も考えろ」

「先手必勝だろ!」

「それはそうだが、アムラームだのフェニックスじゃないんだ。遠くから撃っても、早々当たらん」

「フェニックス……?なんじゃそれ?」


 そんな連携が多少形になった2人であっても、サブリナは一歩の堅実的でマニュアル通りの戦法は気に食わないようであった。だからこそ、一歩のクドクドとした説明にも上昇降下や急旋回、バレルロール等の回避運動をしつつ文句を垂れた。その猛烈な加圧に一歩は若干喋りにくくなりながらも続けて淡々とした説明を続けた。

 その変わらない説明を前にすると、ようやくサブリナは再び水平飛行へ戻りつつ進路を北へ向けて一歩の言葉に興味なさげに答えたのである。

 APOLLO・15の射撃訓練は房総半島より更に南側の洋上であり、2人は遥か彼方の海岸線や山の隆起を眺めつつ大きく旋回を始めたのであった。


「TATEYAMA TOWER,APOLLO・15.Missile TAC Training Complete.帰るぞ」

「おい、デモニック・バスターの訓練をやってないぞ!」

「バカ言うな。この前まともに制御出来なくて野島崎に落ちたばかりだろ?」

「次はできる!今度こそ出力30%で撃ってみせる!」

「そう言ってやってみたら、胸のフューエル・アラーム鳴っただろ?燃料もミサイルも、鼻先の弾薬だって全部俺の体液を材料にしてるんだぞ。殺す気か?」

「ソンときはうちも一緒じゃ、心配すんな!」


 その蛇行のような旋回が再び北へ向いたとき、一歩は無線で館山管制塔を呼び出した。その内容はサブリナが空中でバランスを崩し一瞬だけ高度を落としたほどであり、彼女は驚きと不満感を手足のもがきと共に発露させた。

 しかし、一歩としては何度となくサブリナにされた駄々であり、彼女へと諭すとも怒鳴るとも取れそうな声で数日前の悲劇を言い出した。彼の脳裏に過るのは極彩色のビームが洋上のブイは疎か海面深くまで瞬間的に加熱して水蒸気爆発を起こさせた瞬間と、薄れゆく意識の中でサブリナに何度となくどやされながら野島埼灯台を目指したモザイクのかかったような視界である。その状況での生還は彼に大昔の"爆撃大魔王"の奇跡的生還とそれが如何に無謀だったのかを身をもって実感させたのである。

 だからこそ、一歩は進路を東西南と決して北へ向けないサブリナの無駄な自信に身を震わせ、彼女を帰る気にさせようとした。だが、サブリナは胸を叩いてないはずの自信を見せつつ一歩の言葉をどこ吹く風とした。

 一歩はガーデルマンに深く同情したのだった。


「全く、何だってこんな面倒なシステムなんだ。今どき後席に火器管制官乗せる戦闘機も少ないのに、お前……」

「サブリナ!」

「サブリナが出来るのは体動かしたり飛ぶのと、口からビーム……」

「デモニック・バスター!」

「デモニック・バスターだけで、無線や高度に速度計、火器のロックオンに発射、デモニック・バスターの出力チェックと諸々は俺がやるってなんだよ。逆だろ普通は、主導権がそっちって」

「仕方ないだろ、そういう仕様だ。うちとお前の悪いところが合わさった結果だ」


 一歩の愚痴はサブリナに全く響いていなかった。彼の言う通り既に多くの戦闘機や攻撃機、爆撃機は魔術の導入された電子機器により異様なの発展を遂げ、自己診断プログラムや自律性さえ確保されつつある。その中で複座の航空機は大型機程度しかなく、過去の映画か航空学生の訓練機くらいしか見る場面もなくなった。複座はいよいよ無用の長物と評価されるのである。

 そんな一歩の愚痴もサブリナからすると気になるのは名前が呼ばれないこと程度であり、彼女は彼の悪態に空かさず返すほどである。一歩よりサブリナの方が融合という概念に理解があった。

 とはいえど、一歩は現状に対して不服なのは変わらずサブリナの視界に何度となく北側の方位を示したのだった。


「まぁ、だからってデモニック・バスターの練習はやらんけどな」

「ケチ!ゴミ!カス!」

「なんとでも言え」


 そして、サブリナはようやく一歩の主張を受け入れ、悪口と共にようやく北へ向けて上昇を始めたのだった


[APOLLO・15,TATEYAMA TOWER.We have message from your HQ]

「何じゃ?」

「HQってことは、新宿局か?」


 だが、そんな2人の耳に独特なかすれるような無線独特のノイズ混じりな声が響いた。その声は不思議と神妙さを感じさせ、サブリナは小首でも傾げていそうに一歩へ尋ね彼も直ぐに応答と準備をした。

 後席である一歩には理論は彼も解らないが無線の内容を文字的に記憶するシステムがあったのである。


[TATEYAMA TOWER,APOLLO・15.GO AHEAD]

[APOLLO・15 Break,発、異管対新宿局局長。宛、APOLLO・15,TACO。本文、Channel1に入圏せよ。Break Over]


 一歩が館山管制塔に応じたことで、管制官は直ぐに2人へメッセージを読み上げた。その内容を直ぐに一歩は記憶するものの、記録した内容に彼は直ぐに首を傾げた。

 その動きにたまたま連動したAPOLLO・15も首を傾げると、サブリナは首の向きや位置を直しつつ大きくその場で左旋回をかけたのである。

 サブリナは怪しい無線を聞いたらとりあえず旋回待機をするように一歩が教わっていた。


「Channel1……確か1は……」

要撃管制エインシャン連中か。何かマズイことになってるのか?」

「ADIZ《防空識別圏》ってのの近く飛んでるんじゃないのか?」

「んなわけあるか。INNER ADIZの近くだって飛んでない」


 それだけではなく、一歩の実家に居候し始めてから、サブリナは港一家から朝昼晩飯の作り方から掃除洗濯の仕方などを習いつつ一歩から航空関係の知識を叩き込まれていた。それは最低限の航空法や管制方式基準だけでなく、国防軍の航空関係も含まれている。

 それゆえにサブリナの知識に"Channel1"は強く引っ掛かり、一歩のボヤキで彼女は夜中まで定規で小突かれつつ習ったことをはっきり思い出した。

 管制方式基準において、航空無線において周波数の変更を指示する場合はその変更先の周波数を明言しなければならない。しかし、防空関係の重要周波数だけは例外であり、無線で周波数を伝えず伏せることができる。特に一桁の数字は要撃機が防空式所と連絡を取る専用のものである。

 その知識から、サブリナは辺りの真っ青な海を見回しながら一歩へ尋ねかけた。彼女の記憶の中で与えられた自室へ日本列島の地図を広げその周りを囲う赤と青の線を指差し彼女のわけの分からない単語を説明する一歩の言葉に"ADIZを飛ぶと空自が喧しい"というものがあった。

 そんなサブリナの予想も直ぐに返事をする一歩の言葉で否定され、彼女は旋回を大きく緩めたのである。


[TATEYAMA TOWER,APOLLO・15,Roger.Leave Frequency]

[APOLLO・15 Frequency Change Approve]

[Frequency Change Approve APOLLO・15.Good day!]

[Good day,Sir]


 そして、いよいよ訳の分からない一歩は館山管制塔へと無線を送ると、管制官の励ますような明るい言葉に明るい声を作って応えると早々に周波数を切り替えた。


[DC,DC!This is APOLLO・15,VFR.30NM,SouthSouthWest of TATEYAMA.North Band.altitude climbing 2000]

[APOLLO・15,DC.We have Order from your HQ]


 それまでの声とは打って変わって、一歩は苛立ったように入間の防空式所を呼び出した。その声の変わりようにサブリナは瞳を細めた。

 それと同時に、サブリナの記憶の中に一歩の実家の部屋に飾られた松島基地や小牧基地のペンネントや彼のダル着のTシャツが過ると小首を傾げたくなったのである。


「これは面倒ごとか?」

「羽田や成田には事前に通知してる筈だ。無理矢理俺達を航空機の扱いから外して法を掻い潜ってるのに、今更飛行停止はないはずだ」

「なら、早く連中の無線に答えろ」


 一歩は入間からの無線内容に再び内容記憶の準備を始めた。その傍らでサブリナは様子を伺うように彼へと尋ねかけたのである。彼女は蚊帳の外に置かれるのが好きではなかった。

 その声に一歩は記憶の中にある知識を呼び起こし、サブリナの言う"面倒ごと"を打ち消そうとした。彼は仕事における"面倒ごと"に巻き込まれることが嫌いだった。

 当然ながら、一歩とサブリナの融合体であるAPOLLO・15は法的に航空機と言えるか怪しいしものであった。航空法に航空機は"人が乗って"という但し書きがある。その法的な穴を使って国土交通省や外務省、国連との協議によって異管対のみ航行の法的特例が与えられていた。

 その一歩の回りくどい言い方にどやしかけるサブリナは、彼を急かして状況を進めようとしたのだった。


[DC,APOLLO・15,GOAHEAD]

[APOLLO・15, Intercept mission.HazardMonster《魔獣》 Approaching Tokyo BayArea.You are under my control]

[APOLLO・15……Roger]


 そして、一歩は入間へ尋ねかけたこととサボることを忘れ真面目に振る舞い続けたことを後悔したのである。


「インターセプトって、なんだ?」

「緊急任務だ……」

「緊急任務?任務って」


 入間からの無線内容が早口かつ聞き覚えのない言葉ばかりだったここでサブリナは一歩に聞き取れた部分だけと尋ねかけた。彼女は確かに一歩から航空関係の知識を叩き込まれたが、通常の英単語に関しての勉強はサボっていたのである。

 そんなサブリナからの言葉に現実を飲み込んだ一歩は応え、彼女はその言葉に声音を弱く露骨に疑問で尋ねかけた。


「こんな練度で、いきなり実戦かよ……」

「キタコレ!!」


 サブリナの言葉に一歩はこれまでの訓練の状況を思い出しつつ、一歩は小声で悪態をついた。彼の脳裏に過るのはトリガーハッピーのように射撃を急かし、射撃のたびに謎な技名を叫び攻撃タイミングを何度かずらすサブリナのボケた行動であり、一歩として練度は飛行するという最低限しかこなせないと判断できるものである。

 それに対してサブリナのやる気は十分以上であり、どこで覚えたかも知らないネットスラングを口に出すほどである。

 つまり、一歩は命令と相方のやる気を前に事実を受け止めるしかなかったのだった。


[DC,APOLLO・15,Roger.Request Vector To MissionArea]

[APOLLO・15,FryHeading 290.Climbing3000.Increase M1.2]

[Roger,FryHeading 290.Climbing3000.Increase M1.2,APOLLO・15]

「サブリナ、飛ばせ!」

「あいよ!」


 ターボファンエンジンが大きな唸りを上げて、APOLLO・15は太平洋から館山湾の方へと青空を切り裂り先を急いだ。

 無線に響く一歩の不安や鼻歌交じりに加速するサブリナを見送る青い空は雲一つなく、青い海は高い波を何度となく砕いていたのだった。

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