異管対報告第2号-5

[TATEYAMA TOWER,APOLLO・15]

[APOLLO・15,TATEYAMA TOWER,GO AHEAD]


 雲一つない程の晴天は、東京の街を明るく照らしていた。戦時下において破損したスカイツリーの第一展望台や鉄骨の一部も修理が完了し、パッチワークのような継ぎ接ぎも市民はようやく慣れ始めたのである。多くの都市は魔術や砲撃、銃撃戦の舞台となり、その跡は不自然に新しい建物が多いということで察しがつけられる。

 しかし、急速な復興完了がなされたのは江戸川までであり、船橋の中心街や都市部を除けば千葉の街は未だに瓦礫や廃墟が目立つ場所が多い。それは、空から見れば一目瞭然であり、遠くに見える栃木や神奈川も同様に街なのか怪しい灰色が点在していた。

 日本は、未だに戦後から脱しきれていなかったのである。


[APOLLO・15,VFR.My position 25mile NorthNorthWest of you.South band.Altitude 2500 and hold.Request Traffic information Southside of you]

[APOLLO・15,Standby.TATEYAMA QNH 2986]

[QNH 2986,APOLLO・15]


 その東京上空を2本の飛行機雲がまるで青紙へクレヨンで描いたように伸びていた。その雲の先には確かに青空へ2枚の翼を広げた灰色の影がる。

 しかし、飛行機というにはその影は不自然であり、その横長な翼は時折羽ばたき、むず痒いのか胴を身動ぎさせ、時たま組んでいた腕や伸ばしていた足を空中で減速や失速も気にせず動かすのである。更には見張りの義務を全うするために機首のような頭を動かし辺を確認するその姿は、同じ空域を飛ぶ旅客機や貨物機からすれば武装を施され攻撃機に偽装された魔獣以外の何物でもなかった。

 そんな恐怖感を振りまく一歩とサブリナは、台場の上空を突き抜け、房総半島の館山基地を無線で呼び出した。彼等は、館山から南にある訓練区域を目指して飛行しているのである。

 当然ながら無線は"国際民間航空条約"や"管制方式規準"に則った航空英語で、一歩は慣れた口調で少し前まで働いてた職場にコンタクトしたのであった。当然管制塔からの声は聞き覚えのある後輩海曹の声であり、一歩は軽く口端を下げて目を細めた。そんな彼の表情は即座にサブリナによって変えられ、目は無理矢理大きく開かれ口は牙を見せながら唸り声を出したのである。


「なに言っとるのかさっぱりわからん」

「お前、何回聞いてるよ?同じこと毎回言って説明してるのに」

「うちは"はっきり聞こえん"と言っとんのだ。こっちの場所と南で飛んでるヒコウキとやらの情報を求めたんだろう?」

「"航空機"の情報だ。わかってんなら良いけど」


 飛行という行為は一見自由であるが、空の交通は数多くの制約と法律の存在する不自由な場所である。パイロットは常に周辺の航空機の位置や天候、高度計規制値に飛行ルートを確認しつつ近くの管制機関へとコンタクトを取り管制指示を仰がなばならない。そこに計器飛行方式で航行する航空機の存在や緊急機への優先権まで入ると、空はアニメや漫画のようなフィクション世界でアクロバット飛行や好き勝手に無線で喋る光景が虚しくなるほどに不自由なのである。

 だからこそ、新宿局のあるエルタワー屋上というヘリパッドもない所から離陸し東京や東京湾上空という、航空交通や法的制限の日本一激しい空を飛ぶサブリナは疲れていた。そんな疲れで苛立つ彼女にとって湾上空低高度は憩いの場であった。

 そこに来て一歩の格好を付けようとする航空無線はサブリナにとって耳障りであり、癇癪と共に一歩へ突っかかり彼に八つ当たりするのである。

 航空管制官が多くの教官から脈々と無理矢理つけられる性質は、"格好をつけて英語を喋る"なのだ。だからこそ、一歩はサブリナの苛立ちを受け入れ受け流そうとするのである。


[APOLLO・15,No Traffic Reported.Confirm Altitude 2500 and Hold?]

[APOLLO・15,Cチャーリー]

[APOLLO・15,Roger]


 一歩とサブリナは海ほたるを越えて、富津市や館山市上空を経由して訓練エリアへと向かっている。そのために必要な情報を館山航空基地へ求めた一歩だったが、無線から報告と"確認"という名の"示唆"を前に彼は少し吹き出しそうになりながら答えたのである。

 一歩の脳裏には必死にASR画面や苦い顔をしながら無線日誌へ書き込む準備をする嘗ての仲間が過っていった。


「"クロコン"っちゅうのはしないのか?」

「"Close ControlZone"はされると日誌に方位とかの詳細書いたりとか鬱陶しいし、入圏とか離脱の無線通報も面倒だから嫌なの」

「流石、"元"管制官とやらか?」

「まぁ……自分が空飛ぶとは思わんかたっよ」


 そんな懐かしむ一歩のむず痒くなる温かい感覚が気になったサブリナは、眼下の青い海を何度か眺めて呟いた。そこには海軍のイージス艦が航行しており、見張り台が慌ただしく2人の姿を確認していた。

 一歩はサブリナの質問に軽口程度にこたえると、彼女は嫌味とともに急にエルロンロールを掛け、一歩は上空を過ぎる嘗ての職場やサブランウェイをじっと眺めた。


「やっぱり、あんなに滑走路伸ばしたら漁業組合に殺されるから、固定翼もジェットも夢のまた夢だよな」


 一歩は短いメインランウェイを眺め、かつて見たアニメのワンシーンを思い出して呟いたのだった。


「よし、訓練空域到着」

「やっとか、全く遠すぎるぞ」

「たかだか数十分を長いだなんて。電車なら館山までで2時間半だぞ?」


 房総半島も通り過ぎ、一歩とサブリナは手に持っていた多くのブイを海上に投げ込みつつ、軽口と共に訓練の準備にかかったのである。

 一歩とサブリナがわざわざ東京の新宿局から海軍の訓練エリアまで訓練に飛行というある意味贅沢な手段で出かけることになったのは、2週間前のことである。

 一歩とサブリナは厚木基地での暴走後、海軍横須賀病院へと4日間入院することになった。その1日はまるまる意識不明であったが、彼等は目を覚ますと即座に精密検査の嵐に巻き込まれた。通常の健康診断内容から心電図から脳波、肺活量に深視力、最後には血液検査に精神鑑定まで測り始めたことに一歩は、異様な危機感を覚えた。自分の行った"融合"という行為はそれだけ危険なことだと理解すると、自分の左手についている指輪を前にして手が震えるのである。

 しかし、血液検査に駄々をこね精神鑑定に素っ頓狂な答えばかり返して椅子の上で貧乏揺すりをしたり辺りに視線を散らばらせ何度も目線の合う彼女のいたずらっぽい笑みに、彼は不思議と手が震えなくなった。

 そして、経過観察という虚無な時間を過した後、遂に新宿局で会議室に呼び出された一歩は目の前までやってきた断罪の時に恐怖した。


「君達!なんてことをしてくれた!なんて……全くなんて……」

「コールマンさん、この度は申し訳ありませんでした」


 薄暗くブラインドが下ろされた会議室は、パソコンとスクリーンを照らすプロジェクターの明かりのみであり、一歩はパソコン前の席に座るコールマンとその側に立つ貞元は認識できた。

 だが、会議室には見たことがないスーツ姿の男女が薄暗い闇の中で壁に沿って立ち、一歩はその人物達を厚木基地での騒動からやってきた者達と理解した。その瞬間に彼は空かさず頭を下げ、暗い顔をしながら額に青筋を立てつつマウスを掴む手を震わせるコールマンに謝罪を始めたのだった。


「木瀬1尉の負傷や厚木基地の損害は全て私達の責任です。事前ブリーフィングをしながら、過去の記憶を追う"ウサギ追い"を行うだけでなく、暴走までしたのは、私達の責任です」

「うちは悪くは……」


 頭を下げた一歩は、部屋にいる初対面の全員が不動の姿勢をとり10度の敬礼をしているのを見ていなかった。そのために1人渋い顔をしながら早口で言い訳をし始めるも、事情を察したサブリナは両手を項で組みながら口を窄めて彼の言葉にケチをつけた。

 だが、空かさず一歩は頭を下げたまま首を曲げてサブリナを凝視したのである。その目元は眼鏡の光の反射により全く瞳が見えず、不気味な圧力を感じさせる彼の沈黙に彼女は喉を鳴らす程の息を呑んだ


「連帯……責任です……」

「この責任は、暴走を止められなかった私に責任があります。彼女は甚く反省しております。なので、どうかこの事案の責任は私のみに……」


 まるで漫画の悪役のような一歩の雰囲気に、いそいそと他の局員がしていた不動の姿勢を真似たサブリナは彼と同じ角度で頭を下げた。その姿勢は脇の締りや足の角度が甘いものの、僅かな反省の色が言葉に滲んでいた。そのサブリナの言葉に、一歩は入院中に必死になって考えていた言い訳を淡々と述べ、その場を諌めつつサブリナを庇おうとしたのであった。


「あれだけ血を吹き出したのは、子供の頃親から無理矢理特訓させられて以来ですよ。全く、死んだらどうするつもりなんだか」

「生きてるだけで丸儲けだろ。そもそもなんのための1級魔術技師資格だよ」

「しばき倒すぞ、小笠原"2曹"?」


 そんな一歩の言い訳最中に、壁に沿って立つ新宿局員達の列に加わっている木瀬と小笠原の言い合いが響くと、彼は薄暗い影に2人の姿を確認した。そして、闇に慣れた彼の瞳が視線をそらしたり吹き出しそうにするのを必死にこらえる男女の姿を移すと、一歩はことの流れを理解して顔を赤くした。

 その場にいたのは新宿局関係者のみで、一歩が1人で盛り上がっていただけなのである。


「いやはやなんとも!君達2人は調べれば調べる程に特異とわかるよ!君達の融合体はとても貴重だ」


 話題が確実に逸れ始め、会議室での主導権が確実になくなったことにコールマンは少しだけ頬を膨らませるとパソコンのキーボードを数回押してスライドショーを展開させた。そこには一歩とサブリナの融合体の様々な角度から撮られた映像が大きく映っていた。

 そのスライドショーは当然ながら事の原因である一歩の視線を釘付けにするとともに、搭載された火器を構える姿はサブリナの瞳を爛々とさせたのである。

 その瞬間にコールマンは席から立ち上がりレーザーペンをスクリーンへ向けつつ楽しげに語り始めた。


「そりゃ特異でしょう。味方を攻撃するなんて」「自虐が煩いぞ、コヤツはそういうことを言っとるわけじゃなかと」

「無茶苦茶な日本語だ……」


 そんなコールマンの言葉に返す一歩は、多くの映像に映る自身の変わり果てた化け物の姿より見切れた写真の端々が気になった。そこには青いツナギ姿や青迷彩を纏う多くの同胞が写り、その表情は一応に恐怖と憎しみに歪んでいた。それは嘗てのはじめも浮かべたことがある表情であり、向けたことのある敵意である。

 だからこそ、一歩は敢えて自虐をしながらスクリーンから目を反らした。そうでなかったら彼は眼の前の映像に耐えられなかったのである。そんな一歩の気持ちを知らず、サブリナは隣に立つ一歩の腕を掴み、乱雑に近くの椅子へ座らせると彼へジト目で指摘した。その呆れる口調に僅かにため息をついた一歩は、同じくあさってな方向の返事をして再びスクリーンを見たのだった。

 そこには既に一歩達の姿はなく、多くの動物と機械を乱雑に混ぜた超獣紛いの融合体の写真が映っていた。その多くは青空をバックとしており、共通して鳥や飛行機、回転翼機のような翼を持っていたのである。しかし、それら全てにはその点以外にも共通している点があったのである。


「融合体でも"飛行可能"ってのは結構ザラにいるんだよ。でも、肝心なのは戦闘能力だ。大抵の人間の"強いもの"とか"怖いもの"のイメージとかは武器とか苦手な動物ばかり。稀に"戦闘機"ってのも確かにいるけど、ミリオタの文面や画像のイメージだから意外と漠然とした考えなんだよ」


 コールマンが吐き捨てるように説明した通り、レーザーポインターが指し示す画像には確かに武器のような類が殆ど見られなかった。確かに飛ぶことには特化しているように遥か高高度の成層圏の漆黒さえ見える写真があっても、一歩の目にはこれと言って近代火器が搭載されているようには見えず、唯一彼が見つけられた鳩とゼロ戦が歪に混ぜられたような融合体の機首のプロペラに機銃がある程度である。


「つまり……」

「どういうことだ?」


 とは言っても、一歩にとって飛行出来るということはとても重要な利点に思えた。飛行できるというということは、上空からの監視任務や侵入機に対する早期警戒管制も出来る。それは嘗ての自衛隊が大型機で行い、半端な警戒態勢ながらも脆弱な防空システム強化のために必死で大型機を導入したほどである。

 だからこそ、小型かつあくまで人力で稼働する飛行可能な融合体は一歩にとって非常に有用に思えた。それは同じ思考かどうかはいざしらずサブリナも疑問に思えたようで、2人は疑問に首を傾げながらコールマンへと尋ねかけた。

 その疑問は即座にスライドショーを進めるコールマンの写真によって答えられた。そこには惨状が広がっていた。


「飛べるだけの"生きたセスナ機"に戦闘がどうのこうのなんて命令できないということさ」


 異管対の任務は異界の関係する事件や事故に対応するということにある。つまり、多かれ少なかれ逮捕拘束を逃れるために火器や魔術によって反撃する犯人や、凶暴な魔獣と交戦するということである。

 そのスライドショーには、少し前まで元気に空を飛んでいた翼達が地に落ちた姿である。その落ち方も様々であり、対空射撃によって手足や翼、肉体を引き裂かれ赤黒い臓物を花火のように撒き散らすものや、全身が焼け焦げ大地もろともその身を焼く者と様々であった。

 鳩ゼロ戦は、巨大なコウモリの様な魔獣に頭である機首を噛み千切られ、脊髄や食道と胃を剥き出しにしながら真っ逆さまに大地へ向けて吸い込まれていた。

 コールマンが言うとおり、力ない者は無惨に消えてゆくのである。

 一歩とサブリナは、自分達にも起こりうる未来を前に言葉を失い息を呑んだ。


「それはそうと、この他の人達は……」

「安心してください港3尉、ウチの局員です。いずれ近いうちに嫌というほど紹介されます」

「いや、それって……」

「すみません、今はこちらを優先してください」


 そんな恐ろしい未来を振り払うように肩を回した一歩は、嫌な感覚をとにかくなんとかしようと一旦話題を変えた。それは暗闇に見えるスーツ姿の局員達であり、未だ彼らの所属を勘違いしている彼に取っては気が気でなかった。

 だが、すぐにその列の中にいる木瀬が一歩の言葉を被り気味で直ぐに答えると全員が一斉に10度の敬礼をした。そのことでようやく事情を理解した一歩だったが、思わず疑問の言葉が口を突いた。

 しかし、スクリーン近くのパソコンから輝く眼光が木瀬と一歩を突き刺すと彼は言葉を濁し彼女も話を先には進めるよう促したのである。


「いいかい……?」

「どっ……どうぞ」

「かまへん」


 薄暗闇からもわかる紫色の圧をかけるコールマンに、一歩とサブリナは直に答えてスクリーンを凝視した。


「これが厚木基地で撮れた映像から算出したデータだ。君達が入院してる間、外務省はてんてこ舞いだったらしいぞ?」

「はぁ」

「そんなこつ、知らんがな」


 コールマンが操作するパソコンはスライドショーを先に進めた。そこには再び厚木基地で撮影された映像が数多く並べられ、一歩とサブリナは態度に反した気のない返事を返すのである。

 そんな2人を無視するように話を進めるコールマンは更にスライドショーを進めると、そこにはCGで作られた一歩とサブリナの精巧な融合体が映された。


「それで、君たちの融合体は全高が16.16 mに翼幅が17.42 m、胴体幅4.42 mと翼面積47㎡、自重9,760 kgだ。港君、聞き覚えは?」

「さぁ。見た目は米軍のはA-10攻撃機がモチーフに見えますが」

「サブリナ君は?」

「ない」


 レーザーポインターで指し示し尋ねるコールマンの言葉に、一歩とサブリナは相変わらず気のない返事を続けた。その返事が終わる頃にはコールマンから再び鋭い眼光が2人へ突き刺さり、彼等は背中に嫌な汗をかくと背筋を正したのである。



「港君の言うとおり、このサイズ感はA-10とそのまま同じさ。まぁ、見た目通りサンダーボルトⅡに手足を生やしてコックピット付近の機首を前に折り曲げればそれっぽくも見える。シャークマウス付きだったら尚の事だろう」

「A-10……」


 コールマンの解説は続き、融合体のモチーフの解説へと移った。そのモチーフとして真っ先にアメリカ陸軍のA-10攻撃機の画像が映ると、類似点が赤丸で強調された。その映像は一歩の脳裏に過去を過ぎらせ、肩で大きく息をさせたのである。

 それだけ、融合体の外観にはA-10が多く取り入れられていた。


「しかし、ドラゴン……なんか……見覚えが……?」

「それはだね、港君!サブぼふぉ?」


 しかし、一歩としてはA-10よりも合わさったドラゴンの方が気になる点であった。彼の考えでは、ドラゴンよりもサメの方がイメージにあっていた。

 だから一歩は直ぐにコールマンへと尋ねかけた。何より、彼の記憶の中に不思議と最近ドラゴンの姿を見た記憶があるからである。

 その質問を一歩がした途端、隣の席のサブリナは宙を舞い、コールマンがパソコンを操作する席までノーモーションで跳躍した。その着地はブレることなく、パソコンを踏むこともなかった。


「それ以上いうと、その舌を引っこ抜く……」

「えぁっ……あいはい……」


 何より、着地と共にコールマンの口にサブリナは手を突っ込むと器用に彼女の舌を掴んで口から引き出した。濃い桃色の舌にサブリナの爪が僅かに食い込み、彼女はコールマンの耳元で囁いた。その表情が見える位置にいた木瀬と小笠原は絶句とともに震え、コールマンの文字通り舌足らずな返事と共にサブリナは机から降りてそそくさと元の席へ戻った。


「まぁ、とにかくA-10とドラゴンが融合体のモチーフだ。なんとまぁ特撮的というか、趣味的というか」

「強いもののイメージなんでしょう?」

「実際、強かった!」


 コールマンの説明や一歩とサブリナが答えスライドショーが厚木基地の被害を映す通り、2人の融合体はそれまで映された飛行可能な者達より遥かに強かった。

 そんなサブリナの胸を張る姿の横で、一歩は並ぶ列の中に2人視線を落とす姿を見た。


「あぁ、危うく厚木基地が廃墟になる程度には強いかな」

「やはりな、うちらは強い!」

「さながら超獣だったよ……」


 一歩の視線はいつの間にか自分達のすぐ横に来てスクリーンを共に眺める貞元によって戻され、彼は2人の横で襟首を撫でながら遠い目をして語った。

 その瞳に世知辛い高級将校ゆえの哀愁を感じた一歩は黙り、サブリナは元気よく腰に手を当て自慢すると共に悲しい瞳で答える貞元へガッツポーズさえ決めたのである。


「話を続かて良いかなぁ?」


 その脱線は再びコールマンの神経を逆撫で、3人は彼女からにらみつけるをくらい動けなくなった。


「さっきも言ったが尻尾にエンジンがあり、背中の主翼や尻尾の尾翼の形状から飛行は可能らしい。厚木でホバリングしてるからわかるだろうがね」


 コールマンの説明は続き、話は融合体の細かい性能確認へと入った。彼女が映す映像は厚木基地のエプロンでのものであり、魔術により拘束されながらも藻掻く一歩とサブリナは尻尾のエンジンを吹かして足裏を浮かしていた。

 その映像からもコールマンの説明は納得出来るものであり、一歩とサブリナは黙って頷いた。その頷きに、コールマンは更にスライドを進めたのである。


「ここが肝心だ。鼻先に30mmガトリング砲を1門」

「"ヘル・アヴェンジャー"だな」

「そして、両腕にハードポイントが3つある。そこに懸架されたミサイルが計12発だ。少なくとも形状的にAGM-65とAIM-9がそれぞれ6発」

「"ヘル・マーヴェリック"と"ヘル・ワインダー"」

「足にも同様にハードポイントが3箇所あり種類は不明だが爆弾が搭載されている……」

「"ヘル・ナパーム"!」


 コールマンが融合体の各箇所に装備された武装を説明する中、サブリナはそれに呼応するように名前を呟いた。それはまるで餅つきの突き手と返し手であり、最後にはコールマンが眉間にシワを寄せつつ肩をすくめるほどである。


「港君、さっきからサブリナ君は何を言っているんだ?」

「おい、サブリナ?」


 しかし、コールマンから尋ねられる一歩もサブリナの突然の発言には理解が追いつかず、とにかく張本に尋ねるしかなかった。

 入院期間は殆ど一歩とサブリナは接触する機会もなかったのである。


「必殺技の名前だ!」


 しかし、一歩含めその場の全員はサブリナの返答に困惑するしかなかった。


「必殺……」

「技……?」

「そうだ、敵への"贈り物"だ!変身するヒーローには必ず必殺技がある。だからその映像を観て色々と考えていたんだ!ちなみにだな、あの口から出した光線は"デモニック・バスター"!」


 一歩とコールマンが交互に尋ねても、サブリナは立ち上がりながらスクリーンに映る各武装を指さしながら得意げに語ってみせた。その表情は満面の笑みであり、無邪気ささえも感じられるものである。

 そのサブリナの語る内容から往年の特撮ヒーローの歌の歌詞を思い出した一歩は、軽く手を打ちながらその音に反応するサブリナの瞳を見た。


「お前、どこでそんなことを知った?」

「特撮というやつだ!小笠原が見せてくれた、スマホとやらの円……何とかで!」


 サブリナの答えに一歩が呆れて目を点にしたように、彼女が武装に訳のわからない名前をつけたのは完全なる趣味嗜好であった。それも、彼女が少し前の入院期間における暇つぶしで得た知識である。その知識を急に出して、彼女は場を困惑させたのだった。

 だが、一歩は点になった目をメガネを上げて一度擦ると、不思議と笑っていた。


「お・が・さ・わ・らぁ〜?」

「しっ、仕方ないじゃないですか!入院中"暇すぎて死にそうだからなんか出せ、でないと一歩のところに行って変身するぞ!"って脅されたんですよ!それに、サブリナちゃんとの雇用契約で"じご……」「"変身"じゃない!"デモニック・タッチ"だ!」


 再び雰囲気が厳かとかけ離れ始めたことに頭を抱えたコールマンは、指の隙間から元凶である小笠原を睨みつけつつ、怒気の漏れる声で彼をどやした。それも軽い茶化し程度のようであり、軽く笑みを引き攣らせた小笠原は手を前で振り早口で弁明をし始めたのである。

 それに当然の如くサブリナが訂正を入れると、会議室には数人の僅かな笑い声が響いた。


「お前、"エース"見たのか?」

「"帰ってきた"とか"セブン"も見たが、アッチのが良いぞ?お前の勇気が敵を裂く!」


 一歩はサブリナのセンスに共感しながら頷きつつ、助けを求める視線を貞元へ送った。それに頷く彼は、笑い声を出した局員の隊列へまるでネコ科の様に唸りながら睨みを利かすコールマンの肩を叩いた。


「コールマンさん、話が脱線してます。この2人の話題はころころ変わる。おまけに真剣なんだかふざけてるんだか?」

「真剣じゃい!」

「そうは見えんが……」


 貞元の助けはコールマンにとって多少の敗北感を感じさせた。そんな彼女の気持ちを無視して、サブリナは貞元の言葉に噛みつき、一歩は彼女の発言に小首をかしげた。その行動にサブリナが彼の顔を覗き込みながら睨みつける光景は自由奔放そのものであり、コールマンのストレスゲージは少しづつ上昇していった。


「コールマンさん、これじゃ収集つかないでしょ?ここは……」

「勝手にしろ」


 そして、貞元のトドメの一言でコールマンは司会進行から離れると、一人不貞腐れるように部屋の端で壁にもたれ掛かりながらサブリナを睨みつけたのである。


「つまり、飛行可能でそれだけ必殺技があるってことは、新宿局の戦力になるし、日本全体の異管対の戦力底上げになる」

「だからこそ、無罪放免ですか?」

「国際異界管理統合局の圧力さ。少なくとも、世界統一規格の魔力計が異常な数値を出してこれだけの火力だ。異管対どころか統合局の遥か上から下まで、"西"に"東"も興味津々で、局長自ら首相に"なんとしても揉み消すように"と言われたなんてのも聞いている」


 貞元が司会進行となったことで、彼は一歩対して話しかけた。その視線や口調までも完全なる軍属としてのものであり、一歩は彼の眉間を見つめつつ貞元の語る世間に対する建前を聞き続けた。

 しかし、一歩としては貞元の建前だけでは納得しかねたのである。


「それだけ……ですか?」

「流石に、"平和戦争終結の立役者"の娘を死刑には出来んしな」

「ちっ……」


 だからこそ、敢えて一歩は貞元に本音を尋ねかけた。その返答は一歩も予想していないものであった。

 不貞腐れるサブリナの横顔は一歩にとって貞元の突拍子もない発言に信憑性を加えている。そもそも、一歩もサブリナが地獄から現世へとやってきた理由が彼女の父親が切っ掛けであることは理解していた。

 だからといって、サブリナの父親が嘗ての"戦争終結の立役者"などということは一歩も知らず、彼は黙って驚くだけだった。


「しかし、君達が暴走したのも事実だ。現にこの映像は各部に届けられて"しまった"し」

「なんです、その言い方?まるで隠そうとしてたみたいな……」


 突然さらりと知らなかった事実を告げられ、更に含みのある表現をする貞元に一歩は口元を手で隠しつつ尋ねかけた。

 そんな一歩の気の抜けた疑問は木瀬の感性を大いに刺激し、彼女はすぐに彼の元へ歩み寄ると近くのテーブルに勢いよく手を突いた。

 木瀬の表情は真っ青であり、それだけ一歩の価値観は適当なのである。


「そりゃそうですよ、これだけの火力のある融合体そうそういないです!米国の魔術協会なんて、喧嘩別れした実家へ真っ先にコンタクト取ってきたんですよ?」

「そんなに重要な……」


 がなるようにこれまでさせられた不快な接客業務の記憶を吐き捨てるように語る木瀬と呆気にとられる一歩は水と油のようである。

 それはある意味で当然であり、一歩は海上自衛隊と国防海軍に所属する間は魔術や悪魔といった類とは戦ったことしかなく、倒すこと以外考えていなかったからである。


「第二の"ロサンゼルス融合失敗事件"になるって」

「つっ、つまり"消せ"って意味ですね」


 それ故に、暗闇でシルエットしか見えない寺岡やマルガリータのつぶやきに関して一歩はただ眉をひそめるだけであり、説明を求めるように木瀬を見つめるだけだった。

 それだけ、一歩は異界に関して関心がないのである。


「初期のデモンズ・リングによる融合体の暴走は地球連合常任理事国に不安を与えた。それは未だに続いてるんだよ」

「やっぱり、これってそんな危険なものなんですか!」

「初期のものはね?悪魔との魔術契約システムが不安定だったから。だからこそ、君達には内外へきちんとその力が制御出来ると主張しなければならない。下手すれば戦略兵器並の力だ、また暴走されれば、いよいよ君達2人は刑務所の奥底で怪しい実験生活の日々だ」

「そんな漫画みたいな……」


 そんな一歩に木瀬が聞かせる内容は彼にとって初めて聞く話ばかりであり、そのフィクションとしか思えない内容を至極真面目に語る木瀬や全く訂正や止めに入らない貞元、頷いて見せる新宿局員を前にして一歩はいよいよ言葉を失うのであった。 


「そんな経験、してみたい?」

「いやまぁ……嘘……ですよね?」

「新ソ連は君達の身柄を地球連合で管理すべきと主張している。まぁ、反対多数で否決だけど」


 ようやく話へ戻ってきた貞元の冗談めいた真実に、一歩は遂に茶化す言葉を失い黙るしかなかった。

 貞元の表情は穏やかな笑みてあったが、その瞳は全く笑っていなかったのである。


「そこで、君達にはその力をなんとしてでも制御して人類の平和と安全のために使ってほしい。そのために、これから君達は外務大臣と防衛大臣がOKを出すまで訓練をしてもらう!」

「訓練……?」

「訓練って!」


 不穏な表情に危機感を煽る発言をする貞元に一歩とサブリナはただ彼の言った言葉の一部をオウム返しするしかなかった。それだけ貞元の言葉は力強く、なおかつ出てくる名前の政治的拘束力が強かった。

 つまり、軍より上の上位組織から部隊指揮官である貞元を経由して達せられた命令を一介の士官である一歩が慌てた口調で何を言っても効果が無いと言うことである。


「君達の登録番号はJN583215。コールサインはAPOLLO・15。これを背負って、君達には訓練エリアでの飛行及び戦闘訓練を命令する!ついでに、家なき子のサブリナちゃんも面倒見てね。そして、私も実は面白く名付けるの好きなんだ……」


 貞元の笑みは少し前までの真剣さや高級将校としての威厳が薄れ、まるでいたずら小僧が茶化しに成功したかのようである。

 その笑みに、もう一歩はただ枯れた笑いを浮かべつつ隣で瞳や頭にハテナを浮かべるサブリナと交互に見つめるだけだった。


「名付けて!"フュージョン作戦第1号"だ!」


 こうして、一歩はサブリナの突然の実家襲来と飛行訓練の日々を迎えることとなったのだった。

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