「フュージョン作戦第1号」

異管対報告第2号-1

「なっ……なんて日なんだ……」


 靖国通りを1人歩く一歩はただ呆然と呟いた。その呟きに多くの人々が彼へと視線を一瞬向けるとすぐに反らした。一歩の服装はスーツに革靴、ビジネスバッグとおおよそサラリーマンのような見た目である。

 だが、コンクリートの欠片を数個残して乱れた髪に砂埃や飛び散ったスパルタンの血が付いた跡、あちこちに残った冷や汗の跡が一歩を圧倒的に不審者としていた。

 唯一無事だったのは眼鏡だけであり、一歩はズレた眼鏡の位置を右手で直すと、その掌を見つめた。

 一歩の手は、僅かに震えていた。

 

「俺はいつから特撮世界に迷い込んだんだ……あっ、結構前からか……」


 一歩が少し前に経験したスパルタンと異管対捜査員の大立周りは彼にとって見たこともない異質すぎるものである。それだけ、彼のいた館山は犯罪の少ない平和で犯罪に手を出すような思考をする者が居られない程に田舎と言うことだった。

 そんな田舎に居たからこそ、一歩は己の置かれた境遇を眉間にシワ寄せ深刻な口調を作り嘆こうとしたのである。

 だが、脳裏に駆け抜ける血飛沫で赤くなる配管だらけの白色の壁や、崩落する管制塔と弾けて手を焼く薬莢の感覚は彼の嘆きを打ち砕き、一歩は1人天を仰いで笑った。その動きは彼の怪しい見た目によって不気味さを放ち、買い物帰りの主婦や子供達から刺すような視線を集めた。


「昔の人に"未来人は悪魔と戦争しました"なんて言ったら、特撮かアニメと思われるわな」


 自分に刺さる視線も無視して足と独り言を進める一歩は数時間前の出来事を思い出した。

 スパルタンを撃退した後、一歩はサブリナと共にコールマンによって再び異管対新宿局が入るエルタワーへと戻った。そして、彼等は現場で見たことや話した内容を時系列順に雑用紙へ書き上げコールマンに提出させられたのである。

 その後、コールマンから新宿局の受け持つパトロール範囲と各管轄の支局の位置を地図で教えられると一歩は本日分の課業終わりを伝えられ帰らされたのであった。

 だからこそ、一歩はその落差に猛烈な違和感を感じ、あれ程のことがあっても平常な日の夕方を続ける見慣れた実家への道に不気味ささえ覚えたのだった。


「"アニメじゃない、ホントのことさ〜"ってか?」

「何が"ってか?"だよ、キモいよ1人でブツブツとさ」


 いつの間にかスーパーマーケットの三徳が呼び込み君を大音響で流す通りを過ぎ、防衛省のタワーが見え坂を登る一歩はいよいよ背中をむず痒くする違和感に耐えられなくなりそれを払うためにステップを踏んで軽く歌を口ずさみさえした。

 だが、その圧倒的不審者な見た目や行動へ遂に呼び止める声が掛かったのである。

 しかし、その声は不審者となりつつある一歩に対して親しさが僅かばかり感じられるものであり、彼にとって聞き覚えのある声質はいいが僅かにドスの利いた低い女の声だった。何より、その声を彼が聞くのは片手で足りない程の年が過ぎていた。


「あっ、愛子!デカくなったなぁ、元気してたか?」

「キモいなぁ、ジジ!近寄るな!」


 だからこそ、一歩は自分に声をかけるその声に振り返ると、そこそこに太い眉をひそめて焦げ茶の瞳を細め、口元を引き攣らせて身を大きく反らし隠すことなく露骨に不快感を顕にする妹の愛子がいたのであった。

 身長は一歩より低く、長い茶髪に赤いインナーカラーを入れる一歩の妹である愛子は、黒いTシャツに短パン、ビーチサンダルに買い物袋を下げる"買い物帰りの一般市民"であり、彼へ嫌悪の言葉を投げつけながらも並ぶその姿は一歩をさらに不審者へとしたのだった。


「それ何回目?会うたびにそんなんだとキモいんだけど」

「何度だって、家族との再会は嬉しいものなの!」


 明らかに普通と異なる状態の兄に対して、愛子は一瞬だけ怪訝に一歩の姿を足先から乱れた髪まで眺めた。そのうえで最後に一歩の瞳を見ると、彼女は数回頷いてから彼に再び悪態をついた。

 妹からの観察に肩をすくめる一歩だったが、彼女なりの家族への情であることを理解すると彼は軽口と共にわざとらしく愛子の歩調と合わせて歩いた。


「いつ帰ってきたの?」

「今日」

「荷物届いてるよ」

「ありがと」

「本当に突然の"市ヶ谷に転属するから住まわせて"って、ホント都合がいいよねアンタさ」

「お前が言えた義理かよ?元彼の家から"浮気された"って飛び出してきてから何年経つよ?」

「私はいいの!」


 街頭の灯りが付き始めた曙橋の長い歩道を2人は歩いた。気を配ることも距離感を測ることもない言葉の応酬はまるでドッジボールであった。それでも2人はきちんと会話のキャッチボールを続けた。

 歩きながらの会話では決して顔を横に向けず前だけ見て話すのは港兄妹の当たり前であり、視線を合わせず歯に衣着せないからこそ2人は思ったことをぶつけ合えるのである。

 それ故に、港兄妹は仲が良くもあり最悪でもあった。


「それなら、アンタはいい歳したオッサンなのに"実家に住む"とか、まだ一人暮らし再開出来ないの?」


 その兄妹関係が最悪になるのは、兄妹揃って触れられたくない部分にまで悪態をつくからである。

 愛子は兄の心の暗部へ蹴りをいれた。そのことに気づいた彼女だったが、開いた口は言葉を止めず、暫くは車道を走る車の音しか聞こえなかった。


「いやぁ……未だに部屋を暗くして出掛けられなくて困っちゃうよな、ホント!ハハハ!」


 一歩はただ戯けて笑った。その瞳は僅かに影を見せ、頬は静かに震えていた。


「ハハハ……」

「ごめん、今のは言いすぎた」


 作った笑いに反応しない妹に、一歩はそのまま笑って頭を搔いてみせた。すると、髪に引っかかっていたコンクリート片が落ち、彼は髪を何度となく払った。

 そして、愛子は店員の居ないピザーラへ顔を反らしてから誤った。


「指輪、戻したの?」

「えっ?」

「私じゃない、アンタ!」


 車が3代エンジンを吹かして走り去ると、愛子は一歩に尋ねかけた。彼女の視線は道の先を見ていた。

 愛子へ答える一歩は、敢えてはぐらかすも彼女は負けじと声を強くして尋ねたのである。


「デザイン違うだろ、仕事でつけてるの」

「はぁ?なにそれ?わけわかんない!仕事で薬指に指輪つけろって、どういうつもり?人の気も知らないでそんなこと命令するとか……」


 一歩の実家であるマンションのエントランスホール響く愛子の声により、一歩はバッグを持つ左手を上げた。その薬指には少し前までいたフィクション世界が作りものでない証拠が嵌っている。

 その証拠について説明した一歩だったが、それは愛子の怒りの琴線に触れると彼女は怒りの言葉を掻き鳴らした。それは不思議と一歩に懐かしさや安心感を覚えさせた。


「ホント、武器とか戦争とかしたがるやつなんてみんな消えれば良いんだよ……自衛隊とか、わけわかんないよ」

「今は国防軍だよ」


 エントランスのロックを外してエレベーターに乗り込む愛子は、気疲れしたように壁へもたれ掛かり呟いた。その独り言へ敢えて意見する一歩は、扉のガラスが反射して見せる愛子の姿で暫く黙った。

 愛子は僅かに凹んだ左手薬指を撫でていたのである。


「アンタを散々振り回して、結局半端に偉くして給料出して終わりでしょ?それ以上にはなにもない。なのにどうしてあんなところで働くの?」

「相変わらず、武器は嫌いか?」

「武器よさらば!」


 2人はとにかく軽口を続けた。

 決して暗くなりすぎないように、茶化しや笑いを忘れないようにと口調だけは明るくした。


「"アナタに向いてるよ"って言われたら、辞められないよ」


 だが、一歩の一言からは感情が消えていた。


「それに、管制官は高級士官相手に管制指示って命令出せるんだ、いい気味だろ?普段偉ぶってるクセにってさ」

「キショ……」


 自身の一言に言葉を失った一歩は、エレベーターの扉が開いた瞬間に外へと飛び出し、タップダンスのようなステップを踏むと敢えて笑って冗談を言った。

 その笑顔は作り笑いであっても、愛子はただ笑って悪態をつくのである。

 気まずい2人はその空気で部屋に入るのを戸惑い、鞄から鍵を取り出すのでもたついた。その空気を壊すように、一歩のスマホはスーツの胸ポケットで激しく震えながら科特隊の呼び出し音を鳴らした。


「悪い、電話」

「出なよ」

「言われんでも」


 一歩は軽く胸元と愛子の顔を一瞥すると、彼女が答える前に電話へ出た。


「はい、もしもし。港です」

[やぁやぁ、港君。私だよ]

「切っていいですか?」


 一歩は電話の向こうの声に肩を落として眉間へ深くシワを刻むと、心底嫌と言いたげに応えた。


[切ってもいいけど、その時は覚悟してほしいな?私は"あくまで"しつこいよぉ?]


 だが、一歩の言葉に対するコールマンの反応はむしろ楽しげであり、猫なで声さえさせる彼女に一歩は背筋を震えさせた。


「で、なんですか?」

「では簡潔に。明日は新宿局ではなく厚木基地に行ってくれ。そこでサブリナ君との融合試験を行う。0730iには正門のところに居てくれよ。それと、新宿局でサブリナ君を浩っといてくれ給え。それじゃあバイバイ!」

「あっ、ちょっと!」


 それでも滅気ない一歩は、声だけで呆れ具合を表現するように尋ねかけた。

 その疑問が癪に障ったのか、コールマンは猛烈な早口で説明をすると一歩の呼び止める声さえ無視して通話を切ったのである。


「ホントに切りやがったわ」


 一人つぶやく一歩は、自身に不安そうな視線を向ける愛子の瞳を見つめ返し軽く溜息をついた。それと同時にスマホの画面にメールの送信とコールマンのアドレスであることを確認すると、彼は戯けたように肩をすくめて視線だけで愛子を家に入るよう促した。

 こうして一歩の初出勤は終わり、彼の初任務が始まるのである。

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