異管対報告第1号-9」

 土煙が舞い半壊したドン・キホーテ歌舞伎町店を前に、コールマンを先頭にその後ろを一歩とサブリナがついて行き、左側に伸びているゴジラロード手前まで少しずつ歩み始めた。


「さて、港3尉。ここからがホントの新人研修ですよ。さっきまでのは"あくまで"前座。よくよく見ていて下さいね。貴方の着けた装備がどのように使われるのかよくわかりますから」

「ここからがって?よく見ておけってどういう……」


 そのゆっくりとした歩みはゴジラロードの向こう側で何が起きておるのか把握しきれていないからということもあり、3人は一旦ガラスがすべて割れ店内が乱れに乱れたとらそばの前で止まった。

 すると、コールマンはその場で振り返り一歩の眉間を見つめるとしたり顔で説明を始めた。その表情はそれまでの烈火の如き怒りの感情がなく、サブリナ同様に多少楽しんでいるようにも見えるものである。

 その笑みに一歩はコールマンが吹っ切れたことを理解すると彼女の語った内容に尋ねかけた。いい加減に彼も大雑把な説明と混乱する状況だけでは何もわからず、本質的なものが知りたかった。だからこそ一歩の表情は真剣そのものであり、コールマンの視線を見つめ返す程であった。

 だが、一歩の疑問は途中で脇腹に肘鉄を入れ襟首をつかんで自身の顔に引き寄せようとしたサブリナによって遮られた。


「ドンパチが始まるってことだ!いやぁ、うち楽しみ!」

「ドンパチって!ここは日本だぞ!銃火器の持てない……」


 サブリナの角の先端に頬を刺され角表面で強く摩擦された一歩は目の前で楽しそうにするサブリナの言葉を理解したくなかった。だからこそ、彼は現実的な発言で正論をぶつけると彼女の言葉を否定しようとした。

 そんな一歩の言葉は警察の封鎖線を越えて自分達の元へ走ってこようとする人影に停められた。

 そのスーツ姿の人影は直ぐに警察に止められ、何度か頭を下げながらビジネスバッグの中から小さなカードを取り出し見せた。すると、その人影へ警察は空かさず敬礼で応え、人影は会釈と共に再び自分達の元へと駆け出したのである。


「木瀬……さん?」

「おっ……お待たせ……しっ……しました……」


 やってきたのは額に汗を垂らしシャツさえも濡らす木瀬であった。彼女は息を上げてになりながら肩を激しく揺らし大口をあけて息をしながら膝に手を突く程である。

 ここまで全力疾走してきたことを露骨に見せる木瀬に一歩が声をかけると、ゆっくりと上目遣いに顔を向ける彼女は息も絶え絶えに返事をした。シャツの胸元が滝のような汗で湿りうっすら透け、前屈みとなっているその姿は僅かに煽情的だった。

 しかし、今の一歩にはそんなことを考える余裕はなく、既に体力を消耗しきった戦力として怪しい彼女の登場に首を傾げるだけだった。


「木瀬くん!良かった、来てくれたか!都庁から魔法陣描きつつこれだけ早く来るとは、箒でも使ったのかね!いやぁまぁありがたい!」

「コっ……コールマンさん……まっ、魔術師を……なっ……何だと思ってるんです……」

「この際なんでもいいとも。それより、魔法陣は?」

「描き上げ……ましたけど、時間的に強度は"ステージ4になりかけぐらいが暴れても"って程度です」

「それでいいとも!これ以上の被害が出なければね!」


 だが、コールマンは一歩の反応と大いに反して木瀬の登場に大喜びしつつ彼女の元へ駆け寄りハグするほどであった。その勢いを殺しきれない木瀬が背中側に倒れようとするのをコールマンは満面の笑みで社交ダンスのように支えると彼女の顔へ自分の顔を寄せた。

 鼻先を突き合わせるコールマンは木瀬の姿勢を正しながら肩を叩いて褒め称えつつ彼女へと現状を尋ねた。それに息を整えながら答える木瀬だったが、彼女は僅かに眉をひそめ目を細めると自信なさげに答えた。しかし、彼女の自身など知らないとばかりに両手を広げ回り始めさえするコールマンはようやっと現場である新宿東宝ビルから伸びるゴジラロードへ力強く歩みだしたのだった。


「ということだ。寺岡くん、マルガリータくん!やぁ〜っておしまい!」


 どこから出したか解らないハンディ無線にコールマンが語りかけた瞬間、彼女の前を無数の瓦礫が吹き飛ばされていった。その衝撃はゴジラロードの電柱や看板を吹き飛ばし、足を踏み入れようとしたコールマンさえも木瀬の元へ吹き飛ばしたのである。


[そう言われて!]

[はっ、"はい、そうですか"と]


 無線機と道の先の方から二重に声が響く中、一歩は恐る恐る歩みを進めた。そして、彼はゆっくりと通りを覗き込んだ。


[[出来るかぁあぁぁあ!]]


 その瞬間、一歩の鼻先をなにかが男女の絶叫を上げて通過していった。その何かはあまりに近かった為に一歩は黒いという以外認識できず、気づいたときには衝撃によってアスファルトとブロック張りの道路を何度となく転げるのである。

 そして、転げる一歩をサブリナがフットボールよろしくトラップすると、彼は眼の前の光景に驚愕した。


「なっ……なんじゃありゃぁ!」


 一歩は特撮や映画に造詣があった。それは特にジャンルを問わないものであったからこそ、彼は眼の前の光景に驚くしか出来なかったのである。

 一歩の脳裏に過ぎったのは、キングコングとベルセルクである。

 つまり、一歩の眼の前には信号機の高さを優に超える巨大なゴリラのような巨人と漆黒の鎧のようなものを身に着けた人間大の人型が中央分離帯を挟んで対峙しているのであった。


「あの露骨にダークマターっぽい人型が指輪を着けた人間と悪魔の融合体。悪魔や魔獣に対抗する人類の切り札だよ。それで、あっちのスーパーゴリラみたいなのがスパルタン」


 言葉を失い座り込む一歩は半口開けてただ目の前の光景を眺め、その横でサブリナは楽しげに左右に揺れていた。そんな2人の落差を無視してまるで日常のことのように話しかけるコールマンは、一歩の肩越しに指差して彼の耳元で説明を始めたのである。

 彼女の説明通り、スパルタンと呼ばれる薬物中毒者は、もはや人間であったと思えないほどに激変していた。8m以上はある身長にそれを支えるべく異様に発達した筋肉と生い茂る体毛は霊長類はゴリラの姿に似ていた。だが、スパルタンはゴリラと違い完全に2足歩行しどことなく人間的な顔付きである。更には、対峙する黒い騎士のような何かによって付けられた体の傷からは筋繊維のようなものが飛び出し治癒し始めると、一歩は猿や人以前に生き物と思えぬ不気味さを感じたのであった。何より、一歩はゴリラより東宝映画のフランケンシュタインを思い出した。

 そんなスパルタンと対峙する悪魔との融合体と呼ばれた人型は、一歩より身長が高い程度の人間大のサイズであり、見た目はファンタジーの魔王が身に纏っていそうな棘や装飾の多い顔の見えない騎士風のフルプレートメイルである。しかし、そのプレートはよく見ると流動しており、まるで粘性の液体が体に纏わり付き鎧のような形をしているだけにも見える。何よりその騎士の異質さは、その流動する黒い何かは右肩を大きく肥大させており、その形は一歩に心臓を思わせた。実際その心臓のような形の何かは鼓動していた。そして、その肩から伸びる右腕はまるで自動小銃の銃身のような形をしていた。

 特撮映画の怪物とアニメ作品の悪役の対峙を前にした一歩も、コールマンに説明されたことでようやく彼の思考も目の前の事象を現実と理解し始めた。

 その間にも化け物同士の戦闘は再開され、スパルタンはその太い足を踏み出し巨体を黒い騎士へと向けて前進させた。


「そっちに!」

「いっ、行ってください!」


 スパルタンの前進を前にした黒い騎士はその動きに呼応するかのように足を運ばせ一歩達の方向へ走り出した。その走り出しは爆発的な加速であり、一瞬辺りに風が吹いた程である。

 そしてその騎士は走りながらに右腕をスパルタンの分厚い胸板へ向けると、厳つく低い男の声と声質の高い少女のような声に続いて数発の銃声が響いた。その爆音は辺りに響き渡り、右腕先の消炎制退器が激しく炎を上げて銃口から弾丸を吐き出した。その弾丸は迷うことなく真っ直ぐにスパルタンの胸筋へめり込み、小さいながらもその胸筋を引き裂いた。

 それでも、一歩にはその射撃はあまり意味がないように思えたのである。たしかに黒い騎士が撃ったのが小銃弾で人に向けたのであれば威力は期待できる。しかし、黒い騎士が射撃した相手は相手は圧倒的に巨大な体躯には小銃弾さえも豆鉄砲に近いからであった。

 だが、一歩の予測と目の前の光景は大きく異なった。


「よしきた、木瀬君!」


 黒い騎士の放った弾丸はスパルタンの分厚い胸板へ突き刺さった瞬間、空間が歪むような異様な衝撃が走り、巨体はバランスを崩して勢いよく跪いたのであった。

 その大きなスキを前に空かさずコールマンはガッツポーズで木瀬へと呼びかけた。それに応じた彼女はビジネスバッグの中から20cm程度の木の枝を取り出すと、その先端を目の前のスパルタンへと向けた。その姿は往年の魔法使い映画さながらであった。

 

「エロイムエッサイム……以下略ぅ!」


 しかし、木瀬の放った呪文は一歩が一度聞いたものとは打って変わって短く、まるで必殺技のように枝が振られるのと堆肥になるほどの様にならない省略のし方である。

 それでも魔術の効果は発動したようで、地面が猛烈な勢いで黄色い光に包まれると光の線が複雑に模様を刻み始めた。その線が刻み終わるのを待たずして地面からは無数の黄色い光の腕がスパルタンへと伸びてゆき、その巨体へ巻き付くとまるで繭のように拘束していったのだった。


「ふぅ……」

「なっ、何とかなりましたね!寺岡さん!」


 光の繭が出来上がるまでコールマン達の盾になるように立ち塞がり右腕の腕の流動する何かで形作られた銃らしき何かを構える黒い騎士は、繭の完成と共に気張っていた肩肘の力を抜くと右肩を大きく回しながら男の声で一息ついた。その声に続き騎士からは女の声で喜びの声が大いに響いた。

 1つの体から男女の声が響くということに異質さを覚えた一歩は、寺岡と名前が呼ばれたことで本当に人間と悪魔が融合して戦っていると理解した。その理解は同時に"どのような理論で融合体が成立しているのか"や"目の前の全く理解出来ない何かを纏い戦う同胞"という疑問と驚愕を生み、彼はいよいよ現実離れした現状に言葉を失うのだった。

 そんな一歩を置いて状況は刻一刻と過ぎており、安堵する寺岡とマルガリータの融合体へコールマンが歩み寄るとその背中にハイキックをかますのである。


「"何とかなった"だって?マルガリータ君?何もなってないさ、見てご覧!ゴジラロードもTOHOシネマズもボロクソじゃないか!」


 顔を真っ赤にしたコールマンは自分へと体を向ける黒い騎士の融合体であるLEO・01に向けて喉が枯れる勢いで怒鳴りつけた。その怒りは声だけでは収まりきらず、身振りをもって戦闘の惨状を指し示そうとしたのである。

 コールマンの言うとおり、ゴジラロードは新宿東宝ビルまで含めて悲惨としか言いようのない状態であった。コンクリートとブロックで敷かれた地面はあちこちに陥没やひび割れでき、周辺の建物には無事なガラスがなかった。何よりガラスが割れるだけならまだマシであり、新宿東宝ビルは正面玄関に巨大な人型の崩落があり、象徴とも言えるゴジラの頭は無惨にもぎ取られ近くの建物に突き刺さっている。そして、通りの奥に見えるゲームセンターは一階がほぼ消失していたのである。それだけに留まらず、通りの建物は戦闘の移動が解るほどに削り取られている。

 つまり、コールマンの言葉通りTOHOシネマズとゴジラロードは観光名所としての機能を失った。


「また修繕費で色々と金が吹き飛ぶよ……」

「仕方ないじゃないですか」

「たっ、逮捕への抵抗でまさか、いっ、"命の霊薬"をあんなに投与するとは思わないですよ」


 当然ながらその修理は捜査の不行きである警察と被害拡大を止められなかった異管対に責任が回ってけるのである。

 その解決には当然多大な労力を必要とするために、コールマンは今度は顔を青くして肩を落とし悪態をついたのだった。

 だが、戦闘を行った寺岡とマルガリータはその苛立ちと疲れ、不満感が溢れた悪態には納得がいかなかった。その気持ちを若干ムキになった反論をもって表現するも、コールマンからすればただの言い訳以外の何物でもなかった。


「黙らっしゃい!全く、ねぇ、どうすんの?これ、ねぇ?靖国通りのこんなど真ん中に拘束して、歌舞伎町は観光地なのよ?どれだけ被害額が出るか考えれば……」

「コールマンさん!そろそろなんとかしてほしいんですけど!私の魔力は無限じゃないんです!」


 寺岡とマルガリータの2人がそっぽを向いて不貞腐れる中、コールマンは2人の言い訳に正論という反撃できない手段で叱りつけようとした。その姿は文字通り地団駄踏みながらであり、現場にいながら放置される一歩はただサブリナと現場で駄弁る2人のように見える3人を見つめるのだった。

 その駄弁りを遮るように声をかけたのは木瀬であった。結界を張ってスパルタンを拘束しているのは彼女の魔術と魔力のおかげである。それは言い換えると彼女だけで止めていると言える。その魔力消費は魔術展開までに体力を大幅に消費していた木瀬には苦しく、彼女は来たとき以上に汗をかいていた。その汗はスーツの上着やスカートの腰元を濡らして色を変えさせる程であり、手に持つ枝を震わせる木瀬の言葉は必死であった。


「あっ……ゴメン」

「ゴメンって!」

「まぁ、お得意の気合と根性で耐えてよ」


 木瀬の言葉に返すコールマンの態度は素っ気がなかった。そのあまりに軽すぎる対応は木瀬に思わず大声でツッコミを入れさせるほどだった。

 だが、そんなことを気にも留めないコールマンは身を震わせる木瀬の背中を励ますように叩き、汗で湿ったその手を上着の乾いた部分で拭きつつ檄をかけるのである。


「それじゃ、寺岡君、マルガリータ君、トドメ刺してさっさと終わらして」

「了解」

「りっ、了解しました」


 完全に木瀬を消耗品扱いしているように見えるコールマンだったが、自分の汗がついたと手を拭かれた上着の肩を何度と見る木瀬を一瞥した彼女は不貞腐れる寺岡とマルガリータへまるで買い出しでも頼むかのように掌を振って指示を出した。

 上司からの命令となればいくら不貞腐れているとは言えど寺岡とマルガリータも了解する他なく、彼等は直ぐに返事をしてスパルタンが拘束される繭へと向き合った。


「マルガリータ、30cmの徹甲榴弾」

「りっ、了解しました!」


 黒い騎士の姿をした融合体であるLEO・01から寺岡の声が響き、それにマルガリータが返事をすると鎧のような形を取る黒い流体は突如としての流れを早くした。その流れは主に右腕において早くなり、体の別部位から黒い何かが右腕へ集中し始めると銃身のように見えていた腕はいつの間にか太くなっていた。

 その見た目は、寺岡が言った通り徹甲榴弾さえ放てそうな砲身そのものである。その砲身を大きく上へと向けた後、左手で支えながら腰を落とし構えるその姿は、一歩にはまるでロボットアニメの必殺技のように見えたのだった。


「あっ、あれは?」

「融合体は融合する各々の"強いもの"と"怖いもの"のイメージが合わさって作られる。"強いもの"はそのまま力に、"怖いもの"は弱点となる。まぁ、あやつらみたいに怖いもののイメージが予期せず利点になることもあるが」

「"強いもの"と"怖いもの"……」


 そんなLEO・01に見惚れかけた一歩だったが、いつの間にか進み既に追いつけないと思えるほど進んだ状況に慌てると腕組みしながら不敵に笑うコールマンの元へと駆け寄った。その腰を落とし衝撃や破片から逃れることを考えた走りは素早く、そして足を止めても彼の言葉がその速度を引き継いでいた。

 そんな一歩の慌てように不敵な笑みが崩れ吹きかけたコールマンだったが、彼女は軽く深呼吸するとゆったりとした口調で指さしながらな説明を始めた。

 だが、その内容は抽象的であるたに一歩は首を傾げ、視線をコールマンに向けた。その視線で頭を軽く振り息をつく彼女は数回指を回してLEO・01の頭を指さした。


「寺岡君……あの黒いのの隙間から少し見える厳つい男ね。彼は銃火器と"心臓"で、マルガリータ君という悪魔は"寺岡君"と"未知"のイメージが合わさっている。その結果として、寺岡君の全身を鎧のように未知であるダークマターが包み込み、右腕を様々な銃火器に変えられるようになった。しかし、右型の心臓みたいなのが弾倉になってるから吹き飛ぶと暫く戦えなしい、ダークマターの制御は完全じゃない。利点と欠点の同居が融合体なのだよ」


 コールマンの指差す通りヘルムの隙間からは寺岡の顔が僅かばかりみえ、その強面に一歩は人の気配を改めて感じた。

 だが、その身に纏う粘性の液体のようなダークマターと呼ばれる何かが形造る鎧は確かに未知で不気味なものを感じさせた。それと同時に、お互いの強さと恐怖のイメージだけでこれだけの装備とも武装とも言えない何かを得られるということに驚くと、一歩は自分の左手薬指にハマっている指輪を震える手で撫でるのだった。


「あれが……切り札……」


 "進みすぎたは科学は魔法に見える"という言葉を思い出す一歩は、自分の左手に付けている未知を恐怖して呟いた。それと同時に、いつの間にか自分のそばで楽しげに戦闘を観戦するサブリナを彼は呆れて見つめたのである。


「木瀬さん!」

「おっ、お願いします!」

「行きますよぉ!せ〜〜のっ……」


 そんな一歩とサブリナを置いて状況は更に進み、射撃態勢を整えたLEO・01が銃身に頬を付けるようにして構え直すと、寺岡とマルガリータは木瀬へ大声で呼び掛けた。それに応じる木瀬が手に持っていた木の枝をゆっくりとオーケストラの指揮者よろしく振り始めると、彼女は大きくその腕を杖ごとフルスイングしたのである。


「はいっ!」


 木瀬のフルスイングした腕の先では彼女の持つ木の枝が猛烈に煌めきだし、その先端から勢いよく光の玉が弾けた。

 その瞬間、スパルタンを包んでいた光の繭は一瞬で空中へ霧散し、中にいたゴリラか巨人の化け物は獣のように一目散に突進しようとした。

 その先には、真っ直ぐ自身を狙う砲門があるとも知らず。


「「ばぁんっ!」」


 寺岡とマルガリータの気の抜けた効果音が響いた瞬間、マズルから猛烈な硝煙と炎が左右へと吹き出し、耳を引き裂く爆音が辺りに響き渡った。その音は衝撃となりあたりに響くと、生き残ったガラス窓を叩き割り細かな瓦礫や砂埃を辺りにばら撒いた。

 そして、漆黒に赤黒い血管のようなものが脈打つ砲弾はスパルタンへ迷うことなく宙を駆け抜け、その巨体へとめり込んだ。厚い胸板を螺旋を巻いて引き裂き進む砲弾は脈動と共にスパルタンの胸筋と胸骨を無理やり砕いて心臓へとその先端を推し進めると、最後にはあらん限りの真紅の輝きと共に無数の黒い破片を撒き散らし弾けたのである。


「た〜〜まやぁ〜〜!」

「玉屋って……」

「派手じゃのぉ!悪くない!」

「悪くないって……」


 サブリナと一歩の目線の先にスパルタンはもういなかった。そこには腰より上にあったはずの上半身だったものを辺りの瓦礫や砕けた建物へ撒き散らす生き物だった肉塊が両足を突っ張り立ち続けていた。僅かに漏れ出す胃腸らしきものは最後の生へとしがみつこうと脈動していたが、既に本体がないことを悟ると諦めたように動きをやめ、下半身は倒れた。

 倒れたスパルタンの下半身から臓器のだったものが一気に流れ出すのを楽しげに見るサブリナは狂気的であったが、その光景に不思議と一歩は慣れ始めていると気づいたのだった。


「対処完了しました。後はこちらが委託してしている清掃業者が……」

「鑑識と現場検証して、その情報を渡せばいいんでしょ?全く、あんたら本当にやることが雑だよ!」


 サブリナの言葉に反応しきれず呆然とする一歩と魔力を使いいい汗かいたとでも言いたげに額の汗を拭う木瀬、顔の右側に左手でピースをする決めポーズのようなものを魅せるLEO・01の後ろでは、コールマンがそそくさと警官隊の指揮者の元へと駆け寄っていた。その表情は戦果に満足した笑顔であり、大手を振る姿はまるで戦勝パレードをしているかのように見える。

 一方で警官隊の指揮を執る男はコールマンの勇ましく優雅な身振りから放たれる言葉を激昂した態度で迎えた。その顔は血の気が昇りすぎて血管が切れそうな勢いであり、手足を激しく振り地団駄踏む彼の目元には涙さえ浮かんでいた程であった。

 そんな警官隊の絶望した空気に満足したコールマンは再び一歩の元へと駆け出した。


「さて、港君。これが今後の君の仕事だ」

「これがって……これがぁ?」

「そう、簡単にいえば、君にはサブリナ君と"変身ヒーロー"になってもらうってことさ」


 コールマンがかける言葉は一歩にとって耳を疑うようなものではなかった。彼もサブリナとの契約から続くこの極限状態に否応なく慣れ始めてしまったのだ。それどころか、目の前で繰り広げられる戦闘は現実離れしていても現実であり、未だ裂けた血管から噴水のように血を吹き出すスパルタンは合成でもマネキンでもない。

 だからこそ、一歩は陸軍程に地上戦を訓練せず、暫く後方勤務だった自分に務まるのか疑問でしかなかったのだった。

 そんなに一歩を小馬鹿にしたように笑うコールマンの冗談は、彼にとって全く笑えなかった。


「んっ……な……バカな……」

「かなり前だけど、君、班長手帳に書いてたでしょう?"この国を護るために戦いたい。管制なんて勉強ばかりの後方勤務はもう嫌だ"って」

「十何年も前だろ!なんで海士長の頃の話を持ってきてんだ!」

「"あくまで"、私は君の希望に応えたまでだよ」


 笑えない分コールマンへと噛みつこうとした一歩だったが、彼女は肩をすくませ軽く微笑むとまるでオペラ歌手のように嘗て彼が喚いていた軽口をその場で回りながら語ってみせた。

 その明らかなる茶化しは一歩の瞼を痙攣させたが、コールマンの言い分に返す言葉を彼は持ち合わせていなかった。その為に、一歩は振り上げた握った拳をただ虚しく落とすのである。


「ふっ……ふざけんなよ……」

「良かったのぉ、うちとおれば一瞬で大戦果じゃ!」


 一歩の苦しみに、サブリナはどこ吹く風と笑ってみせた。その笑みは屈託なく、彼は彼女が何より本当に楽しそうに見えた。その年頃少女の笑みは美しくも見えたが、その笑みの理由が化け物との殺し合いが楽しみということを嫌でも脳裏を駆け抜けてしまうと、一歩はただ草臥れたように上着の胸ポケットを弄り何も入れてなかったことを後悔したのだった。


「この国は……いや、ここは狙われた都市なんだ。"たった1つの日常を捨てて、生まれ変わった無敵の体。企む悪魔を叩いて砕く。私達がやれねば誰がやる"って感じ?」


 コールマンの軽口もとうに一歩の耳には届かず、彼はポケットというポケットを探しようやく潰れた紙箱のHARVESTを口に咥えて震えるジッポーで火をつけた。


「はっ……ハハハ……」

「楽しみじゃのぉ!」


 煙草とチェリーフレーバーの煙はどれだけ吸い込んでもただ甘いだけで、一歩は乾いた笑いと共に肩を落として小躍りするサブリナを眺めた。


「まぁ、すぐに慣れるさ。"君の行動"の全ては世界の為になるから」

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