20話 朱鷺原圓

記憶の底にあるのはなんだったのか。

そもそも私とは一体何だったのか。


そんな事を転移して暫くの間は思い悩んでいた。


ネイブ曰く、一人の体に二人の人格が入り混じり、それによって生じた不具合であったのだそうだ。


私が私であって私ではない。


拭いきれない不快感。


だが、これは昔からあったようにも思えた。


あちらの世界では、幼い頃に能力を見出されて訓練を受けていたように思う。

あれはいつの頃だったか。

五つか六つくらいだったように記憶しているが、それも曖昧だ。


確実なのは、私は後天的能力者である、と言う事と、能力の属性。


発現した能力は、光。

陽とも呼ばれる希少能力。


そうであるが故に、完全に私は国によって隔離され、教育を施された。


通常で言う、小学生の頃から、戦闘技術から愛国心、各種基礎知識と、一般の学習よりは桁違いの教育を軍隊方式で叩き込まれる。

この辺りから、人権であるとか社会的モラルが能力者にはあまり適応されないのがわかるだろう。


どう言い繕ったところで、高位能力者とは脅威であり、国益の為の道具でしかないのだ。


別段、これ自体に恨みも何もないが、どうにも能力が強まる程に、両親への感情や、国への忠誠心が薄れていくようだった。

能力者は力が強まるにつれ、モラルを無くしていくであったり、サイコパス気質が増えるというのにも納得だ。

それが心地いいわけでも、抗い難い欲求なわけでもないが、自然と周りの眼が、自分が標準的な気質に落ち着いていっているのを教えてくれていた。


どこまでも他人事に感じていたが、この変化に自分でも気がついた出来事があった。

あれは転移の数ヶ月前。


妹と再会した時だった。

私は、妹の存在を完全に失念していたのだ。

相対しても、まるで数学の公式を思い出せないように、妹という存在を思い出せなかった。


パブリックエネミーである六道総司の情報を垂れ込んできた女、それこそが妹であったが、何とも妹は複雑そうな顔で私との再会に挑んでいた。

かく言う私も似たような顔をしていたのだろう。


そして、噂に聞く男に先導させ、世に謳われる予言に触れた。

断っておくが、予言の類に触れたのは初めてではない。

国内の事案にしろ、国外での非合法な案件にしろ、両の手では収まらない程度には予言の類は扱ってきた。


そのための、国子飼いの高位能力者なのだから。


だが、あのタンカーにあったものは根本が違った。


世界に散らばる予言とは、その世界において意味を成す超情報であるのに対し、あの予言は能力者にのみ意味を成す何かだ。


能力者以外が触れれば無論毒にはなろうが、まだあの世界にはとどまれただろう。

不用意に近づき、触れて位相に飛ばされた者はいたようだったが。


だが、能力者が触れた場合は、強制的な転移が発生する罠であったらしい。


全く違う、無関係な世界への転移ならばまだ良い。


この場合の転移とは、あくまでも同一の場所にある別の世界への転移であるそうで、そうであるが故に、飛ばされた先に同一と見做される二人が同時に存在することは出来ない。


だから、自らの中に致命的にもなり得る揺らぎが生じていると、この世界屈指の天才・ネイブは語って聞かせてきた。


なるほど、と思う前に、それならば。


それならばなぜ、私はあちらの世界でも揺らぎがあったのだろうか、と疑問に思っていた。


疑問という切り口があれば、簡単に謎は解ける。


能力が発現したあの日、私の中に、知らない私が入り込んで来ていたのだろう。


生まれ持っての能力者と、後天的能力者の違いはそこにあるのではなかろうか、とネイブに問うと、ネイブは首を横に振った。


彼が言うには、この世界では無能力というのがあり得ないので実証のしようがないとの事だった。


わからないでも、別段、困る事はないと私はネイブとの会話で思っていた。


何せ、その揺らぎとやらは昔からあるし、現実問題として私は今ここに存在はしているのだから。

その私が個としての認識が出来ているのかどうかなんて、差して問題ではないだろう。


能力に関しても、転移の影響か、それとも元々はこの世界で駆使される力だったからか、幾分か強まってはいたが、それも劇的と言うほどでもない。


間違ってもネイブの側に侍る似非メイドに敵うような代物ではないのだ。


ただ一点。


変化があったと言えば、沸るような激情を失っていた事だろうか。

不要ならば切り捨てる、邪魔ならば殺しても構わないと言った、今ならば過激と思える感情の起伏がなくなっていた。


これが普通なのかはわからないが、随分と生きやすくはなっている。

未だ、己というモノに確たる信頼も確信も持てないのだが。


そんな私は、一応はネイブの率いる私兵の一人として、各地を見て廻るのを生業として生きる事となった。


なにせ、ネイブという男には味方も多ければ、敵も極めて多い。能力の用途からしても、自分でも、諜報員は適所だと思えたからだ。


程なくネイブは戦火に巻き込まれる。


巻き込まれると言うと語弊があるが、兎に角、あの男は命を落とした筈だった。


だが。


ネイブは、もう一人の己として蘇った。

揺らぎも何もなく、まるで入れ替えるように。


それを目の当たりにした時、私は何か脳内で弾けたような気がした。


『私は、何故、あの男の元にいる?』


根本的な疑問に、私は答えられなかった。

まるで旧知のように、私は転移して男と語り合っていた。

男も、私を受け入れていた。


ー謀られていたと思い至るのに時間は必要なかった。


実験の一環か、何かの下準備か。

或いはサンプルでもあったのか。

男の持つ能力が、思考を停止させていたのか。


どれにせよ、あの男、ネイブが絡んだ問題だったのだろう。


恨みがあるのか、わからない。

わからないがー。


失った激情が戻ってくるような気がして、それでいてまだなにかを忘れているような気がして。


私は動き出していた。


答えなんてものに、自らが望むストーリーがあると信じて。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

El dear-エルディア-  ネイさん @Neisan-naisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ