19話 傾国の毒婦

ふむ、と話を聞き終わるとジョンは言葉を溢した。

感想はその一言。


その無機質な声色から感情は読み取りにくいが、まだ表情よりはわかりやすいだろう。


難易度の高い、この男の感情当てクイズの答えは、無関心だと六道は思う。


だが、無関心と一口で括ったところで、取るに足らない事なのか、それとも既に知っていたが故の興味の薄さなのか。

この差は大きい。


はてさて、と思案を巡らせる六道の触覚に、ゴーウェンと名乗った男から漂い始めた不安げな雰囲気が絡みついてきた。

仕方なく、六道はジョンの足を小突く。


「ああ、申し訳ない。何分、知り合いの話なものでね。それで、どうしてこの店を訪ねて来られた?」

「彼女が、ここにはネイブの馴染みがいると…」


その瞬間、ゾッとするほどの殺意がジョンから湧き出た。

思わずグラスを落とそうとするのを堪え、また足を小突く。

すると、すっと殺意は消え失せた。

幸か不幸か、目の前の男には伝わっていなかったようだ。


(いや、あの殺意に気がつかないなんて事はあるのか…?尋問官なんかだと逆に過敏でも良さそうだが)


六道の疑問を余所に、一言二言ジョンと会話を交わすと、ゴーウェンは店を去る。


その様は、六道から見れば、ジョンが適当にあしらって煙に巻いたようだったが、男は満足して立ち去ったようだった。

違和感を覚えながらも、六道はカウンターの影から出て、ジョンの対面に腰を下ろす。


「よく知らん名前が出てきたが、そのメリーってのは何者なんだ?」


先程の会話で六道にわかった名前と言えばマリーだけ。状況の把握もままならない。

問われたジョンは、ゾッとする無機質な視線を寄越してきた。

作り物特有の気味の悪さが際立っている。


「ネイブの懐刀…だな。ある意味では最もアレに近しい人物でもあった」


おや、と六道は思う。

人形のような立ち振る舞いをしているジョンの言葉の端々に、人らしい怒りを見出したからだ。


妙なアンバランス。


目を通してわかるジョンの感情も、怒りや嫌悪を表していた。


「ふぅん。俺は残念ながらお会いした事はないがな。それどころか名前すら初耳だ。衛星都市の首魁連中の噂は聞くが、その女傑の噂は聞かんな」

「それはそうだろう。あの女は、マリーとは別の意味で人外だ。その気になれば誰にも捉えられも、記憶に残ることもなかろう」


人外。

ハッキリとそうジョンは断じた。


「人外か。俺から見ればお前もそうだがな」


まあな、とジョンは肯定する。


「俺にしてみても、あのマリーにしてみても、そしてネイブにしてみても、最早人外だ。その中でも人の枠にギリギリ居たのがネイブだったのさ」


今はどうか知らんがな、とジョンは続けた。


「そんな人外の中で、いや、人外だからこそかもしれないが、人の枠にギリギリ収まっている男に心酔したのがマリーだ。そして、メリーという女は…人としての残滓をあの男に見出していた」


忌々しげにジョンは語る。


「あの女が捕まる?そんな事はあり得ない。野に放たれた獣がマリーならば、放浪する幽鬼がメリーという女だ」


愛憎入り混じる…というより、同族嫌悪のように六道には感じられた。

しかし、それはそれとして。


「大層な話だな」


別段、己には関係も無いだろうと思いながら言葉を吐いた六道を、ジロリとジョンの眼が見据えた。


「戻ったのか」


正確には、ジョンの眼は六道の直ぐ後ろに向いていた。

パリパリと剥がれるように光学迷彩が解けていき、女の姿が現れる。


「メリーの話は本当なの?」


女の問いかけに、ジョンはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「やはりお前の狙いもメリーか」

「私は元の世界に戻らなければならないもの」

「転移か。あの女にそこまでの力はあるまいよ」

「ネイブ・フォン・グランドル亡き後、手掛かりはあの女しかないわ」


二人の会話に挟まれる六道の背後には、いつか見た女がいる。


目の前で消失した女。

光の能力を操り自在に姿を消す女。


名を朱鷺原圓。


この女が世界を飛ばされたのにも、ネイブが絡んでいたらしい。

羨ましい事に、姿形はあちらの世界のまま女は飛ばされているらしく、ジョンが言うには、能力もキチンとブーストされているそうだ。

それでもマリー達ほどではないが、少なくとも六道の目を欺ける程にはなっている。


こちらに飛んでからはネイブに匿われていたらしいが、些細を女は語らない。


それどころか名前すら、ジョンに出会った時に聞いたくらいだ。


会話にしてみても、六道とは交わさなかった。


もっぱら、今のようにジョンとしか話さない。

なにやら日常的に仕事を請け負ってはいるようだが、その内容も六道は知らない。


ただ、依頼主とのトラブルや恨みを買うこともあるらしく、先日は店内で流血沙汰を起こしていた。


その後始末を朝っぱらからやらされていたわけだが、何にしても他人事の話。


今や唯一の心の拠り所になってきた名も知らぬ茶色の液体を舐めようとする六道の肩に、華奢な指が置かれた。


思わず身を固くする六道に、圓は微笑みかけていた。


「さあ、行きましょうか。お膳立ては済んでるわよ、ネイブ様?」


初めて見た笑顔にゾッとし、語られる言葉にゾッとし、呼ばれた名前にゾッとし。


絶句する六道の背中に、何か硬い筒が押し当てられた。


覚えのある感触に顔を引き攣らせ、六道は立ち上がると、正面のジョンは幾分か気が晴れたような顔をしていた。

普段無表情の男にしては、極めて珍しく、表情からでも楽しそうに思える。


そして、男は言う。


「言ったろう?平穏無事を望むのは自由だと」

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