18話 魔性

灰色の街・グランドルの衛星都市には大別して二種類がある。


一つ目は、グランドルの防衛を主観とした防衛都市エデン。


グランドルを囲む形で四つ点在するその都市には、ネイブ配下であり、元国軍生粋の武人、隻眼隻腕の騎士・フィリップが総帥として君臨している。


その近辺には国崩壊の煽りを受けた者たちが庇護を求めて集まり小規模な集落となったが、早期の段階でそれらは纏まりを見せた。


更にその纏まりを統合した物がグランドルのもう一つの衛星都市に数えられる、商業都市・アスラン。

此処の首魁は、ネイブの抱える知者であった老骨・アレスター。


賢人として各国に名を知られる男であり、同時に策謀に長けた男として嫌悪される男。


その傍らに侍るのが、エンデバー。


アレスターの弟子とも、ネイブの弟子とも言われる男であり、各国が騒動の際、グランドル占拠と同時に、真っ先に矛先を向けた人物。


彼を保護する為なのか、グランドルの防衛のためなのか。

アレスターとフィリップの行動を語る際には、この二点が必ず争点になってしまう。


そして、これらを語る時に忘れてならないのは、絶対強者・マリー。


各国の連合軍を単騎で蹴散らした暴力の化身。

天災とさえ謳われた女。


各国首脳陣からしてみれば悪夢でしかないそれだが、その圧倒的な力に魅了される者も現れた。


現人神として彼女を崇める集団は、自らを風炎党と称し、各地で布教や勧誘を行っているという。


どこまで彼女が関与しているかは不明だが、単体でも集団でも、真に面倒な勢力となっている。


そしてー。


「メリー・ジュン。貴女を含めた四人がネイブの側近であり親衛隊。貴女はネイブの懐刀と言われ、あのマリーと双璧を成すと言われた…」

「あれと一緒は勘弁して欲しいわね」


男の言葉を遮ったメリーだが、言葉の強さほど、その形はよろしくなかった。


一年に及ぶ監禁生活により、頬はこけ、どことなくその姿も薄汚れている。


衣服に隠された白玉の肌にも、見るに耐えない傷がある。

言語に表せぬ所業を受け、それでも尚、女の瞳には理性と知性が宿っていた。


「それは…申し訳ない。だが、そろそろ強情はやめていただきたい。これでも私は貴女を評価している」


男の言葉に、メリーは冷笑を浮かべた。


「兵士たちに襲わせるのに?ああ、成程。そこまで、魅了してやまない肢体だと言いたいのかしら」


自虐的な言葉の筈が、何故だか、男にはやけに恐怖を覚えさせていた。


「…貴女への配慮が足りなかったことは謝罪する。だが…勝手をした兵士達は軍法に則り処刑を…」

「法に触れたから処刑した?」


くすくすと女は嗤う。


「嘘はいけないわ。貴方はそうしたいからそうしているのよ」


嗤う女を見て、男は狂っていると感じていた。


職務柄、尋問や拷問はやり慣れている。

心を折る術も、懐柔する術も知り尽くしている。

だからこそ、この女の尋問も任されている。


だが、どうしても、だからこそ、疑問が拭えない。

この女は、目的と行動が一致しない、と。


「我々が望むのは、ネイブが残した遺産の情報。これだけでも一生の安泰は約束する。こちらの陣営についてくれるのなら、更にだ」


この一年間で幾度となく繰り返した要求。


「自由が欲しいというのなら、我が国での自由を保障しよう。これ以上、貴女が傷つくのを見ていたくはないんだ」


我ながら、稚拙な交渉だと思う。

だが、このくらいしかもう無いのだ。


そもそも、この女を捕らえられたのは、全くの偶然だった。


魔女がいる。


その垂れ込みを元に、踏み込んだ宿で、メリーは捕らえられた。

いや、捕らえられたというのは誤りかもしれない。


あの時点では、この女が何者かはわからなかったのだ。


だが、兵達は、まるで何かに取り憑かれたかのように、この女を捕らえた。

垂れ込み元に話を聞いてみれば、この女が魔女と呼ばれるのは、一目見た男達が狂うからだという。

垂れ込んだのも、自らの旦那が入れ込んでしまったが故。


魔女というより、魔性とでも言うべきなのかもしれない。


かく言う己も、尋問室で初めて対面した時、何とも言えない感情の昂りを感じていた。


今思えばあれは、自らのものにしたいという独占欲と、汚してみたいという昂りだったように思う。


だが、その昂りは一時的にだが、女の語ったグランドル都市群の内情と、ネイブ麾下の面々の話で収まった。


各国が欲してやまない情報。

まことしやかに囁かれていたネイブの私兵達に対する重要情報。

母国の情報機関による裏取りの結果、彼女の重要度は跳ね上がった。


だが、そこで彼女は黙ってしまった。

まるで興味を失ったかのように。


初めの数ヶ月は良かったが、月日を重ねるにつれ、彼女への対応は苛烈さを増した。

それはイコールで上層部の焦り…だと思っていたが、それだけではないらしい。


全てを語れば彼女は去ると思った連中の、下世話な欲望がその身を襲っていたように思えた。


身を削がれ、汚され、嬲られ。


それでも尚、彼女は彼女であり、それ故にー。


「なあに?私の処刑でも決まったのかしら?」


まるで人ごとのように言う女を見て、また背筋に冷たいものが伝った。

だが、それと同時に、この女を死なせてはならないと思えてしまっていた。


その処刑は、自らの進言によるものであるのに。


矛盾をかかえたまま、男ことゴーウェン卿は扉を開いたのだった。

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