第二部 エルドラド

17話 あれから三年経ちまして。

グランドル家の、文字通りの崩壊から三年。


カッセンロスト国は混乱の一途を辿った。


初めこそ、グランドルと勢力を二分していたとされるベルグリード一族による統治がうまく行っていたが、次第に綻びが見え始めた。


その一番のキッカケは、グランドル家が所持していたカッセンロスト製真玉製造方法の喪失。


真玉とは、紅玉・蒼玉・翠玉・雷玉の四つの魔玉の上位互換。


魔玉は、各属性の能力者が力を結晶化させたものであり、様々なエネルギー源として使用されている。


魔玉の製造自体は昔から存在していたが、その利便性は乏しく、エネルギー効率で言えば、前の世界での石炭と原子力程の差があるようだ。


そのため、カッセンロスト国がエネルギー輸出大国としての地位を失うばかりか、各国ではエネルギー不足に直面、経済の縮小を余儀なくされ、世界規模の大不況となった。


経済で世界に君臨するベルグリード一族にしてもその影響は大きく、加えて彼らにしてみればエネルギーというカードを失ったカッセンロストに固着する理由は無い。


故に、ベルグリードがカッセンロストから手を引くのは時間の問題だった。


ベルグリードが去ったのち、カッセンロストは各国からの蹂躙を受け、事実上、消滅した。


灰色の街・グランドルにしてみてもその余波は勿論あった。


寧ろ、不世出の天才・ネイブの残した痕跡を求めて、各国が軍を送り込むほどに苛烈な扱いを受けた。


いつの世も、どこの世界でも普遍の法則。

弱肉強食の理。


滅ぶのも時間の問題だと、逃げ出そうとした俺の目に、とんでもない光景が写っていた。


万の軍に相対する女。


両手に小太刀と短刀を持つメイド服の女。


煮えたぎるオーラを迸らせ、猛る女ことマリーは軍を蹂躙した。


目を疑う光景だった。


たった一人の能力者に、万の能力者からなる軍は壊滅の憂き目をみる。

丸二日に及ぶ激戦…というよりも一方的な殺戮の後、撤退していく軍を執拗にマリーは追撃し、姿を消した。


そして、マリーが姿を消すと、それに呼応するように、グランドル家の残党が蜂起し、灰色の街グランドルはカッセンロスト国崩壊後の初めての独立国となってしまった。


元カッセンロスト領地内に点在する自治区・独立国はグランドル家残党が作ったものであり、それは、灰色の街グランドル防衛の為の拠点となっている。


この世界における不世出の天才、ネイブ・フォン・グランドルの死去による混乱の様子はこんな感じだ。


そんな中、俺こと六道はというと、しっかりと床にモップがけをしていた。

それはもう、ゴシゴシと。

赤黒いシミを落とすために、ゴシゴシと。

片腕で器用にゴシゴシと。


「ぬぅあぁぁあ!やってられるか!」


モップを床に投げ捨てると、カウンターでグラスを磨く無表情な男に視線を投げかける。


「なんで俺があの女の後始末をせにゃならんのだ!」

「なぜと問われれば、お前が居候だから、としか言いようがないが」


ぐうの音も出ない。

初めの半年は、状況把握のために。

次の半年は、国自体がきな臭くなったから。

次の一年は、マリー騒動で出るに出られず。

次の一年は、独立国となった為に各国の監視が厳しくなり。

気がつけば三年。


そして、一年半辺りから、いよいよもってヤバい事にも気がついた。


今の俺は、ネイブ・フォン・グランドルなのだ。


中身は違おうが、能力が無かろうが、姿形はそれなのだ。


世界が探す男であり、万の軍を屠った女の主人であり、亡国の残党達の主人なのだ。


更に言えば、世界各地でエネルギー不足による飢饉も起こっているという。

そういう連中から見れば、技術を秘匿した恨みの対象にもなりうる。


カウンター席に腰掛け、深いため息を溢す。


「俺が何したってんだ…」

「色々と悪事は働いていたのだろう?」

「別の世界でな!?」


無表情のままのジョンに噛み付く。

このジョンの無表情にも慣れてしまった。

なんでも、この男の体というのは能力によって維持されているらしく、表情というのは存外エネルギーを食うから普段は無表情なのだという。


転生だか転移だかの説明の後、ポツポツとあちらの世界の話を語ったが、それくらいからジョンは六道の前では殆どが無表情だ。


(まあ、喜怒哀楽くらいは眼で読めるからいいんだが…)


良いのだが、なんとも不気味でもある。

ちなみに、今現在のジョンの気分は楽だ。


しかし、と前置きを置きながら、ジョンは六道を見る。


「これからどうする。やりたい事でも見つかったかね」

「あれですね、平和に生きていきたいですね」


無表情のままジョンは笑った。


「望むのは自由だがな」


そこで言葉を区切ると、六道の前にジョンはグラスを置いた。


「お前には何が出来る。それが問題だ」


琥珀色の液体を注ぎながら、ジョンはそう言った。


(なにが…できるねぇ…)


数年間、ずっと己に問いかけ続けた問い。


それにまた思いを馳せようとしていると、ふと能力に引っかかるものがあった。

途端、逃げるようにグラス片手にカウンター内に滑り込む。


「なんだ、客か?それともあの子の依頼人か?」


足元で座り込んでいる六道を見下ろし、ジョンは問うたが、六道は曖昧に首を振った。


「なんともな。それなりの能力者だ。ある程度のトラブルなら自分で何とかなるレベルの。だが、アンタの友人と思えるほどの能力者じゃねぇな」


ふむ、とジョンは考え込む。

そうこうしているうちに、扉が開いた。


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