15話 下賎の民

世の中、うまくいかない事は多い。

特異な眼を持って上手く立ち回っているつもりでも、上には上がいるわけで。


思えば若かりし頃は能力に溺れもしたが、いつしか『普通』に憧れていた。

しかしながら、儘ならないもので、能力者には能力者なりの生き方の中で、普通を見つけねばならないようだった。


生まれながらの異能。

それ自体はギフトだと、六道は思っている。


国による整備の不備や、実の親の不出来さは運の内だとも思っている。


だから、自らが悪の道に染まったのは自らの選択によるものだと納得していた。


そのはずだった。


目の前のバーテン風の男、名をジョン・ドゥと言うそうだ。


元の世界では行方不明者を指す名だ。

それを指摘すると、ジョンは不器用に笑った。


なんでも、この体の元の主人が、記憶のないこの男に名付けたのだそうだ。


数多使ってきた偽名を捨て、最近ではそのジョンを使っている。

しかし、それでいて、賛同者ではなかったのだそうだ。

聞いた限りでは友人、というのが一番近そうだったが、ジョンは否定していた。


「つまり、この転生…でいいのか、これは、ネイブとやらの計画の内だったって事か?」


一通りの説明を受け、そう問うと、ジョンは頷いた。

そして、しかしながら、と注釈をつける。


「私はあくまでも部外者。受けていた相談の内容から察したに過ぎん」


当初の口調から一変した態度に恐縮してしまう。

そして、明らかな強者の気配に気圧されていた。


マリーからも強者の気配は感じていたが、あれは狂気染みたものだった。


言うなればあれは、『馴染み深いモノ』。


しかし、このジョンの纏う気配は、『理知的』なそれだ。

一般社会ならばそちらの方が歓迎されるのだろうが、能力者の場合、理知的なまま能力を究めるものというのは稀だ。


能力というものは、人の手に余るモノでしかない。


高位能力者ほど理性的或いは常識的というのからは離れていく。

少なくとも、六道の知る能力者の常識とはそうだった。


そういう意味では、ネイブという男はぶっ飛んだ思考の持ち主だったのかもしれない。

だかもし、理性的な知性の持ち主だったのなら、と思ったがそれを振り払い、六道は口を開く。


「別の世界に転移して…ネイブは何をしたいんだ?その、責任ってのは何なんだよ?」

「かの御仁の目的は御仁にしか分らん。その為、周りにも告げなかったのだろう。しかしながら、そのきっかけとなったのは、貴様の持つ真玉だ」


テーブルに置かれた紅玉をジョンは指差した。


「それはカッセンロスト国原産の真玉だろう。かなりの濃度だ…そういえば、彼の者の側近に火の能力者がいたな。ああいや、風だったか。その者の力を封じた物だろう」


マリーの事を言っているらしいが…。

あの女が纏うものは赤つまりは火には違いなかったが、少々混ざり物があったように思う。

それがあの炎の粘着性を生んでいたのだろうか。


「すまないが、その真玉ってのの説明をしてくれるか?」


一瞬の間があり、ジョンは驚きの表情を見せた。いや、作った。

注意深く男を観察する六道にはそう見えていた。


「ーてっきり、それの技術を確立している世界からの来訪かと思っていたのだが…。ふむ、それならば説明しようか。その真玉と言うのは、能力者から湧き出る力を結晶化したものだ。増幅機と変換器を使用して様々な用途に利用できる」


説明がてら、ジョンが近くのランプの根元にある蓋をあけ、紅玉のカケラを入れると煌々と光出した。


「このように明かりであったり、車の動力であったり、用途は様々だ」

「…俺がいた世界でも研究されていたが、実用には程遠かった…凄い技術力なんだな…」


さてどうでだかな、と言ってジョンは虚空に眼を向けた。


「長いこと生きているが、これが出回ったのはほんの20年ばかりの間だろう。かの御仁の言葉を借りれば、ある日突然現れた、のだそうだ」


そう話す男の顔には、表情がなかった。

如何なる感情もそこには無いように六道には見えていた。


「技術の大躍進とも言っていた。御仁にしてみても、当初はその能力を用いて、画期的な増幅機や変換器を発明し、真玉生成技術の飛躍的向上にも関わっていた。その結果、当国は他国の追随を許さな程の技術大国となっている」


「天才というやつかい?」


無意識に皮肉混じりになっていたが、ジョンは意に解さない。

ある意味ではそうだな。とジョンは肯定した。


「かの御仁は、これは自らの研究結果ではないと気がついたそうだ。ただ、頭に浮かぶのだと。それを自分は出力しているに過ぎない、と。浮かぶ内容を理解した者の中で、最も早かったのが自分であったに過ぎないのだ、と」


かつての、前の世界での技術躍進も似たようなものだったと聞いていた。

最も、この男のように疑問を持った者がいたのかは知らないがー。


「それから、彼はこの謎に挑み始めた。そして、神のサイコロの存在を知ってしまった」


そこで終わればよかったのだがな、と言ってジョンは六道の、いや、ネイブの失われた左腕に視線を向けた。


「さて、ここからが問題だが、かの御仁は神のサイコロを得た。そして、それを使う前に、さまざまな下準備をしたようだ。そして、最後に戦にて命を落とし、貴様と入れ替わった」


その最後の辺りはグレゴリーの元で見たが…。

だが、しかし。


「…なぜそんな事をする?」

「かの御仁曰く、『持つ者の責任』だ、と」


ハッと鼻で笑ってしまった。


「随分と大層な話だが、成り代わられた俺はどうしたらいいってんだ。俺はそんな才人じゃねぇし、その男の言う責任もわからないぜ?」


嘲笑う六道に対し、ジョンは侮蔑するような視線を寄越していた。


「そんなものをかの御仁も望んではいないだろう。それとも、やれと言われて、貴様はやれるのかな?」


キッパリとした口調でジョンはそう言った。

胸を抉られたような一言だった。


「随分と…身勝手な話じゃねぇか」

「全くだ。だからこそ同情して匿って差し上げている。何分、貴様は弱そうだからな」


侮蔑などではなく、淡々と事実を述べるように。

感情の起伏もなくジョンは言った。


「言ってくれるね」


ある程度の感情を読んでしまう『眼』を逸らした六道を一瞥し、ジョンは口を開く


「眼は良いようだが、それだけではどうにもな。何をするにしろ、暫くは此方にいて構わん。貴様を貴様として扱うのは、おそらくは私だけだろうしな」


参ったね、どうも、と頭を抱える六道。

そんな、椅子に座った六道と、その隣のあたりを交互に見て、ジョンは問う。


「そう言えば、名前を伺っても?ええ、もちろん、あなた方二人の」


ジョンの言葉に驚き、横を見ると、そこには少々前に見た、女の姿があった。



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