13話 灰色の街

遠目に見て灰色に見えた街。


近づいてみればなんて事はない。

街を囲う壁と、そこから見え隠れする大小様々な屋根の色が同じだっただけだった。


なんでも、この灰色がこの街の与えられた色であり、この国では色を与えられることが都市としての格になっているのだそうだ。


ふぅん、とうなづきながら、六道は酒を舐める。


「それで、灰色ってのはどういう意味なんだい?」

「お客さん、本気で聞いてます?」


目の前のバーテンは、本気で驚いているようだった。

失笑を零し、六道は肩をすくめてみせる。


「本気も何も、俺には記憶がないんだよ。さっきも言ったろう?」


おどけるようにそう言う六道だが、能力は展開していた。

この街に足を踏み入れてから常時展開してるのだが、未だ限界には至らないらしい。


しかしながら、幾分か気分が高揚しているような気がしている。

酩酊にも似た感覚だ。


解放された気分からのものかもしれないが、と思いながら六道はバーテンに意識を戻す。

別段、敵意は目の前の男からは感じない。


だが、店の奥の方からは妙な気配を感じ取っていた。

無論、六道とてそれを顔に出すような男ではない。


「いやあ、それなら説明させていただきますがね。この灰色というのは、この国の御貴族さま、グランドル家の現当主様が爵位と共に継承された色なんですよ」


聞いてもわからなかった。

バーテンはやけに誇らしげに語っているが、よく意味がわからない。


「つまりは、その当主様の直轄領なのかな?」


そう問うと、バーテンの顔に影が差した。


「お客さん、冗談でもそれは言っちゃいけない。土地ってのは、国のもんなんだから…」


言い淀む男を見て、わかりやすい男だなあ、六道は呆れながら思い、反面、さりとて、と思う。


この男の言う当主とは、恐らくはこの体の主、つまりは見てくれだけで言うのなら自分であろう。


畏怖や敬愛の念は見れるが、顔は知らない。

そして、直轄領といったときの反応の過敏さ。


ーそして、あの衝撃の後というタイミングでの密会。


店舗の奥。

バックヤードなのか厨房なのか知らないが、複数人の人物が、膝を突き合わせてご相談中らしい。

6人ほどいるが、全員能力者だ。

だが、精々が中位程度らしい。


笑みが溢れそうになるのを抑え、六道は口を開く。


「そういえば、この街からも見えるのかな。あの館は。どうもあそこで何かがあって、俺は記憶を無くしたようなんだ」


わかりやすいカマ掛けのつもりだった。


「…なんだと!?何を見た!」


だが、目の前のバーテンの反応はあまりに劇的だった。

理解に時間がかかったのか、一拍の間を置いて驚いた男は、今にもカウンターを乗り越えてきそうな勢いだ。


「何をも何も…その衝撃のあおりを食らって俺は記憶を無くしたみたいなんだ。どうにも大きな出来事があったみたいだったんだが…」


そこで思い出したように六道は紅玉を一つ取り出してカウンターに置いた。

そして言葉を続ける。


「意識を取り戻した俺は、この街の外れにある小屋にいたんだ。そこで妙な男に会ってな。まだ意識が朦朧としていたからか、今ひとつ思い出せないが、その時にこの玉を渡されたんだ。アンタ、ひょっとしてこれが何か知ってるかい?」


問うてはみたが、聞くまでも無く、バーテンは知っているようだった。

それどころか狼狽すらしている。


もう一押ししてみようかと思ったところで、カウンター内にある、バックヤードに続いているらしい扉が開いた。


姿を見せたのは厳つく、筋骨隆々の大男。


傷の多い大男は、壮年期を超え、老年期に突入していそうだが、なかなかどうして。

身体能力の衰えは見た目からは感じられず、纏う赤いオーラも強い。


しかし、強いとは言え、マリーなんかのとは質が違う。

特に、これまでと違い、能力強化のおかげでその差異は際立ってわかる。


(まあどちらにせよ、殴り合いなんかだと俺には勝ち目がないんだがな!)


ふはは、と思わず声を出して笑ってしまうと、射殺すような視線を向けられてしまった。


「てめぇ、何がおかしい」


そう言われたら、確かに愉快痛快だった。


なにせここ最近は、高位能力者だったり、化物だったり、果ては神もどきが相手だったのだ。

神もどきは論外だが、高位能力者相手に備えも無く火遊びはしたくない。


しかしまあ、それと比べれば何とも見劣りのする連中だ。

ようやく日常に戻ってきた気がする。


しみじみと懐かしい感覚を味わいながら、六道はグラスを空にする。

飲んだことのない酒だが、口に合わなくもなかった。


「ふむ、何がおかしいと言われると少々困るな。何せ今は何もかもが面白くて仕方ないもんでな」

「てめえ…気狂いか?どっかおかしいんじゃねぇか?」


もう一度、ふははと笑ってしまった。


「記憶が無いと言っただろう。ついでに片腕も無い」


沸点を通り越したらしい大男。

今にも飛びかかりそうな大男の目の前に、紅玉の入った布袋をかざした。


「おっと、やめとけ。一緒に死ぬか?」


袋を振り、じゃらじゃらと音を鳴らすと、近くにいたバーテンの顔色が蒼く変わった。


「そう、それでいい。それよか、今この店は殺意の強い輩が取り囲みつつあるぜ。選べよ、ここで捕まるか、俺を引き連れて逃げるか」


騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきた仲間らしい奴らに、大男は周囲を見に行かせる。

程なく斥候に出た連中は戻ってきた。


「間違いありやせん。国軍の連中です」


それを聞いたバーテンの顔色は青から最早白に変わっている。

大男は驚きよりも怒りを込めてこちらを見た。


「貴様!売りやがったな!」


いやだから、


「記憶がないと言っただろう?」


馬鹿じゃないのか、と言いかけてやめた。

流石に煽りすぎは良くない。


だが、大男は我慢の限界を超えているらしく、小刻みに震えている。

それを駆けつけた面々が抑えている状態だ。

その面々にしてみても、敵意に極めて近い疑いを持っているらしい。


ー少しばかり種明かしをしてやるべきかな。


周囲全体に能力を発動しつつ、六道は口を開く。


「別にアンタらを売っちゃいない。なんならこの店の事も俺は知らん。ただ単に、この店が、アンタらの言う国軍の連中に取り囲まれつつあったから俺は来たんだ」


トラブルの影には儲け話がある。

無くても退屈は紛らわせる。

あても何も無い人間としては、何とか縁を繋ぐ為に来たわけだが、中々の当たりだったらしい。


そうこうしている内に、斥候に飛ばした仲間の動向が国軍とやらに察知されていたらしく、包囲網が一気に狭められていた。


震える大男は相変わらずの怒り一色だが、その中で一人、敵意が引いていく男が居た。

そして、その男は、六道の顔を見ると、目を見開く。明らかな驚愕。


不敵な笑みを浮かべ、六道は静かにその男を指差す。


「そいつが裏切りもんだぜ。信じるかどうかはアンタら次第だがな」

 

な、なにを、と男が言う前に、真っ青な顔色をしていたはずのバーテンが男を拘束した。


「お前…いや、お、俺は何も…」


暴れる男に、バーテンは無遠慮に一撃を見舞う。


一撃で男を昏倒させると、バーテンは立ち上がり、深々と首を垂れてきた。


「貴方様のお手を煩わせ、誠に申し訳御座いません。店舗内の事は私の領分。後はお任せを。間違っても紅玉の使用などと言う愚行はご遠慮下さい」


そう言うと、雰囲気の一変したバーテンは呆気に取られている周りの面々の首を一息に跳ね飛ばした。


一瞬だけ、金色の強いオーラが見えたが、すぐに収まる。


偽装…というべきなのだろう。

全く予見できなかった能力値だった。

紛う事なく金属性の高位能力者、あの目を潰してきたエージェントなんて比べものにならないレベルだ。


「…いい腕だ」


内心、冷や汗ダラダラだったが、辛うじてそう言うと、バーテンは首を深々と再度垂れると、奥へと誘ってきた。


そこは隠し通路などではなく、単なる小部屋だった。


「こちらで少々お待ちいただけますか。後始末をして参ります」


慇懃な態度だった。

言われるままに、そこで待つ事にした。

バーテンが扉を閉じると、六道は静かに嘆息すると頭を抱えた。


どうにも、誰かの掌からは逃れられないようだ、と思いしって。


酔いにも似た高揚感なんてものは遥か彼方に飛んでいってしまっていた。

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