12話 才媛の苦悩
これはまた、と瓦礫と化した館を見て、赤髪の才媛・メリーはため息をこぼした。
その手には紙束がある。
その一枚を読み、またメリーはため息をこぼした。
あの美しかった館周辺の光景を、こんな荒れ野に変えたのはただ一人の仕業。
マリー・ジュン。
己と同じ姓を与えられた女。
絶対強者ことマリーの持つ属性は風。
火と木、二つの属性の血筋が交わった際、稀に産まれる希少能力。
そして、マリーは火寄りの風なのだそうだ。
能力自体が如何なるものかはわからないが、その威力は凄まじい。
その気になれば辺り一帯を一人で焦土に変える事も、炎を帯びた風を四方に発生させる事も出来るだろう。
それに、どういうわけか、肉体的なポテンシャルも高ければ、獰猛さも桁違いに高い。
理性というタガが酷くぐらついている。
とてもではないが、人間社会に置いておける類でない、人災の類だ。
事実、若君と呼ばれるネイブに召し抱えられるまでは傍若無人な生き方をしていたそうだ。
天衣無縫であり、純真無垢な生き物。
軍まで動くことになったマリー討伐の際、ネイブはそう語った。
そんなネイブの持つ属性は闇だった。
本来、能力者というのは五行に応じた能力を発現させる。
マリーの風というのも異例ではあるが、五行内での能力であり、未だ人の域だとメリーは思う。
だが、闇は違う。
そもそも、太極から全ての能力は生じたとされる。
まず初めに、太極があり、それが陰陽に分かれた。
太極から陰陽に分かれた時、闇の特に冷たい部分が北に移動して水が生まれ、次いで光の最も熱い部分が南に移動して火が生まれた。
さらに残った光と熱が東で風となって散り、木が生まれ、西では残った闇が集まり金が生まれた。
そして、四方の余ったものが集まり、中央に土が生まれたとされる。
つまり闇とは、五行でいえば、実に半分の属性を持つことになる。
それは、人の域を逸脱する力だ。
実際は五行の半分の能力が使えるわけではなかったが、人としては逸脱していたのだろう。
だが、彼が物理的な力を振るう姿を見たことは、殆どなかった。
もっぱら、権力闘争や技術開発に勤しんでいたように思う。
特異な力と言えば、彼は、誰かに何かを尋ねたりしなかった。
どういうわけか、全てを知っていた。
まるで未来でも見ているように。
まるで全てを知っているかのように。
おそらくはそれこそが彼の能力だったのだろう、と思う。
そんな彼に対しての周りの反応は二つ。
畏敬か、恐怖か。
それしかなかった。
マリーの場合は畏敬…いや、もはや崇拝だったようだ。
いや、そう言えば、マリーに限らず、現人神のように彼を祀る連中はいた。その大半は国側による矯正教育が施されたと思うが。
そんな人外が相手だったからか、絶対強者とまで呼ばれたマリーは彼に仕えたらしく、そんな強者であるからこそ、彼女は新参であっても敵方の籠絡も洗脳工作も通用しなかった。
しかしながら、古参の我らからしてみれば、マリーという猛獣は、言うことを聞く相手がネイブしかいないから側に居たのを認めていたに過ぎない。
目の前の光景を見て、当時、彼女の暗殺を提言したのは間違いではなかったとメリーは思う。
しかし。
獣は野に放たれたのだ。
それも、愛しい主人に牙を剥けたものに対し、明確な殺意をもって。
特定のものを憎んでいない時でさえ人の手に余っていた化け物が、明確な敵意と殺意を持って暴れ始めるのだ。
既に、打つ手は相手にはないだろう。
空を見上げ、次いで下を見て、地面に手を触れる。
すると、ズブズブと瓦礫が地面に埋まりはじめた。
程なく瓦礫の山は地面の下に埋まり、その上に薄らと緑が生え始めた。
(これでいいのね、ネイブ。我が友にして我が主人だった男)
手を地面から離し、薄い芝生を見渡すと、メリーは薄い笑みを浮かべた。
これで数年もすれば、長閑な光景の広がる平原にでもなるだろう。
あの男の終わりにはいいんじゃない、と思い、メリーはそこを立ち去った。
が、ふと立ち止まり、持っていた紙束の一番上に目を落とす。
(そういえば、あの子はどうしたのかしら。確か、マリーと似たような時期に拾ってきたとか…)
そうは言っても、メリーは会ったことも見たこともなかったのだが。
館の従僕などは事前に避難させていたが、見えぬ隣人までは気が回っていなかった。
しかし、今更掘り返す事も出来ない。
ふむ、と少し考えていたが、直ぐにメリーは考えを改めた。
今回のこれは、ネイブの残した指示書に従っての行動。
唯一、コミュニケーションを取っていたのだから、一言二言くらいは言っているだろう、と。
そう思うと、メリーはまた空を見上げた。
「ああ、ネイブ。本当に貴方は行ってしまったのね。そんなにこの世界が嫌だったのかしら」
空に問うても返事がない事も、手に持つ紙束にもその答えは記されていない事をメリーは知っていた。
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