第11話 我思う故に我あり

元の世界の皆さん、お元気でしょうか。


共に賭場を開いた某広域団体の方々、その後の運営に行き詰まっていませんか?


あの時は最後の最後に1人だけ手入れを察知して逃走を図り、申し訳ありませんでした。

その際に持ち出した売上は後日、本家筋に八割がた送っております。


下手に儲けすぎると、色々なところに目をつけられて大変ですね。

お陰様で私は無事です。


お世話になった方と言えば、某国の諜報員の皆様、いかがお過ごしでしょうか?

凡そ五年あまりのお付き合いでしたが、様々な国へと行かせて頂きましたね。


超感覚者の有用性を最も見出されていた貴国が、全く新しい能力安定薬を開発したのを覚えていらっしゃるでしょうか?

画期的な効果を上げていたあれです。


その中身に、能力安定作用の成分とは別に、新種の依存物質を混ぜ込んでいた事案の発覚。


あれをやったのは私でした。


国連レベルの問題になっていましたね。


名目ばかりのものとはいえ、各国の批准する能力者保護条約違反だけでも大事でしたが、その上、その依存物質の出本が秘匿していた予言からだったそうで、とんでもない騒ぎになったのは記憶に鮮明に残っております。


とても愉快痛快でした。


お陰であなた方と良い形で手を切れたわけですし、お宅の囲う、私の御同類にもいい置き土産が出来たと自負しております。


これは密かに思っているのですが、私のような小悪党は世界から見れば砂の一粒程度のもの。

しかし、そんな小物の手によって、貴国は実に大きく歴史に名を残されたわけです。

ですので、感謝状の一つでも送ってくださるものと思っています。


その際は、受け取ってやらんでもありません。


さて、まだまだお世話になった方々はおりますが、特段に記憶に残っている方へ。


我が母国の軍の皆様。

特に、どこの方面軍の部隊かはわかりませんが、特殊作戦群の各々がた。


その節は大変お世話になりました。

神もどきの手筈もあったようだとは言え、あそこまで見事に嵌められたのは実に20年振りくらいだと思います。


その手腕には惜しみのない賛辞と、私のような小悪党風情に国税を使った事への苦言を呈したく思います。


あと、眼ェ抉ってきた貴方様。


テメェは許さん。


全身全霊を持ってテメェの恥部を探り出し、世界の表と裏全てに流通させてやるからな。

なんなら、このためだけに神もどきに頭を下げるのも辞さない覚悟だ。


ーさて、末筆ではございますが、私の現状を記させて頂こうと思います。


私は、どうやら別の世界に意識だけが飛ばされ、能力は強化されたけども反面副作用が大きくなりました。

おまけに、かのグレゴリーとの対面まで果たした次第です。

狂死しないように頑張りたいと思います。



加えて、元の体の持ち主は、国に喧嘩でも売っているらしく、その鉄火場にいきなり放り込まれそうになっているようです。

知りもしなければ興味のかけらもない骨肉の争いに、唐突に巻き込まれたわけです。


そこまで記すと、小さな声で、


「ははっ、最悪」


と笑いながら呟き、六道は記していた紙を握りつぶした。


別に日記を書いているつもりではなく、度々行う能力安定のためのルーティンだ。

投薬が出来ない以上、幼い頃からやっているルーティンを復活させるしかなかった。


幸い、記し終えると頭痛が引いたようだった。


恥を晒した甲斐があったものだ、と安堵しながら周囲を探る。


(あの見えない尾行者はまだいるのだろうか…覗き見されたかな…)


気配を感じ取れず、直ぐに能力を解くと、潰した紙切れを引きちぎりながら事前に起こしておいた火にくべた。


少々室温が上がってはいるが、小屋はまだその役割を果たしている。

これ幸いと家探しをしたが、中には大したものはなかった。

あったものはペンと紙束、薪が少し。

それとー。


棚に大事そうに並べてあった紅玉。


あの衝撃でも倒れぬ程、強固に備え付けられていた棚でも、揺れまでは消せなかったらしく、棚の中で紅玉は四方に散らばっていた。


綺麗な円形のものあれば、倒れたショックで割れたらしいものもある。


明らかに貴重品らしく保管してあったそれ。


それを見つけた時、思わず今現在唯一の武器である目を疑ってしまった。

信じられない事に、このビー玉サイズの紅玉には、火の能力が秘められていたのだ。


丸いものにも、欠けたものにも。

サイズの大小で秘められた力の増減はあるようだが、紛れもなく、各属性の能力者と同じ色であり、雰囲気であり、感覚があった。


こういうものが採れるのか、それとも作っているのか。

後者ならばとても興味深い技術だ。


もしこれが、能力者から能力を一部だけでも取り出し、固定したものなら、あちら側では画期的では済まないレベルの成果だろう。

なにせ、この能力の取り出しと固定の研究はあちらの世界でも日常的に行われて、日常的に失敗していたのだから。


繁々と紅玉を手に取り、見つめる。

見つめるが…。


この目が無ければこの紅玉に気が付かなかったが、気づいたところで使用方法まではわからなかった。

これが人工物なのか天然物なのかもわからない。


この目は便利だが、最も効果を発揮するのは、対生物なのだな、と痛感してしまう。


とりあえず薪を並べ、苦し紛れに紅玉を叩きつけると大きな火柱が上がった。


それどころか、火柱は天井まで届き、まるで生物のように天井を覆いはじめる。


その動きは炎などではなく、粘性のある液体のようだった。

粘着するように、天井を炎が覆っていく。


唖然としていると、まるでこちらの意図を読むように火はいきなり勢いを落とし、薪だけを燃やすサイズにまで小さくなっていった。


(この世界での炎は…こういう性質なのか…?)


だとすれば便利だが。


この思考性とでも言うような性質も気になるが、使い方も頭を悩ませる。


投げつけて発火したが、衝撃だけがトリガーなら既にこの小屋は火の海のはずだ。

なにせ、小屋をボロ小屋に変化させるほどの衝撃波が駆け抜けたのだから。


(この世界では普通の代物なのか、それだけでも分かれば助かるんだがな)


燃料のようなものではなく、手榴弾的なものだったら嫌だな、と思いながら六道は、紅玉と一緒に置いてあった布袋にゆっくりと紅玉を入れ始めた。


一緒に置いてあるのなら、専用の入れ物だろうという希望的観測からの行動だったが、幸い、紅玉同士がぶつかろうとも熱を発する事は無かった。


少々手早く手斧を腰に差し、布袋は手に持った。

流石に懐にはしまう気にはなれなかったそれをチラリと見て、館と小屋を繋いでいた通路に目を向ける。


その通路に六道は薪を積み、紅玉を投げ込み、火を確保していた。


退路を断つ意気込みなどではなく、後からついてくる連中がいては困るからだ。


あの館を吹き飛ばした爆発…衝撃ならば死の偽装なんかも出来るのではなかろうか。

それがマリーの言う時間稼ぎなのだろう、と六道は解釈していた。


解釈というより、それのほうが都合が良いからそう思うようにしていた。


此処で待て、と言う割りには食料も見当たらないのも根拠の一つではあるのだが、それよりなにより。


論理的ではどうあれ、既に嫌になっていた。


人様の都合で振り回されるのも、わからない状況というのも。

今の状況は、六道にとってみれば、とても耐えられない状況に感じられてならないのだ。


どうなろうとも、俺は俺だ、と思いながら熱のこもる小屋から出ると、少々離れてから、小屋に向かって紅玉を一つ投げつける。


小さなガラス玉にしか見えないそれは、壁にぶつかると炎を吹き出す。

炎は、まるで生き物のように小屋に纏わり付いていた。


燃え上がる小屋に背を向け、六道は歩を進め始めた。


向かう先は名も知らぬ街。灰色の街。


あても無ければ金も人脈もないが、今よりはマシだと心に言い聞かせながら。


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