第10話 騒乱の朝ー2 追う者逃げる者


忌々しい朝だった。


まず寝不足。

次に腕が無い事を忘れ、ベッドから落ちた。


ため息交じりに体を起こすと、壁にはめ込まれた姿見に目が行った。

体の全てが見えるサイズの鏡には、何も映っていない。

妙だと思う前に、能力を発動する。


鏡の向こうに誰かいた。


監視かのぞき見か。


一瞬、マリーかとも思ったが、あの女なら部屋に忍び込むだろう。

どちらにせよ、気分の良いものではなかった。


アップグレードされた眼から得られる情報では、覗き魔の纏うオーラは蒼。

情熱的なマリーの纏うオーラとは対極にある色だ。


話に聞くスパイかとも思ったが、不穏な気配は無かった。


姿見に軽くノックし、六道は近くにあるクローゼットを開くと、手頃な服に袖を通す。

有り難いことに、服の材質は見知ったモノだ。


(最も、質は段違いだが)


失笑を零しながら適当な服を選ぶ。

そんなモノでさえ、詐欺の時の衣装で使った高級品でさえ足下にも及ばない品質らしい。


しかしながら、あちらの世界では衝撃吸収材の類いも進歩していたが、こちらの服は布の域を出ない。

少しばかりの不安を抱えていた六道の直感に訴えかけるものがあった。


感覚を広げつつ、バルコニーに向かう。


歩く度に頭が痛んだ。

偏頭痛のようだ。


(寝不足の影響か、この体の持ち主の持病か。或いは能力増大の副作用か)


前者であれば良いな、と思いながら、バルコニーに出た。

手摺りに身を隠し、眼下の景色を見る。


このバルコニーからはこの館の庭園と、外界へと繋がる大門が一望出来る。


表からの来訪者を逸早く見るためなのだろう。


真下には玄関。


(気配は玄関に三つ…一つはマリーか。それと大門の辺りに七名ほど。)


庭園の方にふと意識が向いた。


(…地下に居た人員の気配が無い…?)


眉間に皺を寄せる六道の耳に、微かに話し声が聞こえ、覗き込もうとすると。


目の前に生首が飛んできた。


感覚を広げていたため、目の前に何かが飛んでくるのは分かっていた。

分かってはいたがー。


(…手が早いにも限度があるだろうに)


虚ろな瞳と目が合い、六道は苦笑いを浮かべた。

お前も災難だな、と。


わざわざ一太刀で切り落とした頭を放り投げたのは、もう一太刀で片割れを絶命させ、落下してきた頭を、大門に向かって蹴り飛ばすためだった。


血肉をまき散らしながら飛ぶボールは、大門に屯っていた一人に激突。

それも顔面に。


四つの眼球が飛び散り、阿鼻叫喚となる中、風のように走るマリーが、雷のような速さで襲いかかる。


あとは見るまでもない、と六道は室内へと急いで踵を返した。


こう言う場合、人としては唖然とでもすべきだろうが、超感覚能力者として生きてきたこれまでがそれを許してくれない。

加えて、日陰者として育んできた本能も、これでもかと早鐘を鳴らしている。


「…全く。時間を稼ぐとはよく言ったものだな」


室内をざっと見回し、目星を付けていた観賞用の手斧を見つけると、六道はそれを取った。


(値の張る観賞用かと思っていたが、なかなかどうして、実用的じゃないか)


持ち手を幾度か確認し、足早に姿見に近づくと、手斧を振り下ろす。


片手でも容易に手斧は鏡面を砕き、隠し通路が姿を現した。

ご丁寧に明かりまで灯してある。


(至れり尽くせり…ではあるが、記憶を失ってると本当に理解しているんだろうな…)


失笑を零しながら、しかしそれでいて迷うこと無く通路を進む。


通路は一人が通れるくらいの広さだ。


隠し通路というに相応しいが、やけに掃除が行き届いているのが気になる。


清潔感すら感じる通路の先を急ぎ、六道は先ほどの目が合った生首を思い出していた。


(首の飛んだあいつらは、昨日の話から察するに政府の迎えなのだろう。)


それを瞬殺。


つまりはー。


「宣戦布告か」


そう呟くと、不意に気配を感じた。

しかし、通路は一本道。

前後どちらにも、目には何も映らない。


「ご名答」


確かにそう聞こえ、身構えた。

幸い、今は手斧がある。

―肉弾戦は苦手だが。


(光学迷彩か。先ほどの覗き魔だろうが…)


手斧を構えようとしたが、やはり思い直し、先を急ぐことにした。

後を追ってはくるようだが、一定以上の距離には来ないようだ。


(敵意の有無も感じ取れるらしい。実に便利な能力になったものだな。頭痛が難点だが)


頭を押さえ、出口を目指す。

下り、そして上り。

一度、地下に入ったようだが、出口は地上らしい。


20分ばかりは走っただろうか。

漸く出口が見えた。


木製の扉を開くと、そこは見知らぬ小屋の中だった。


(いや、知っている場所もないんだが…)


はてさて、と思いながら小屋を出ると、遠くに館が、反対側には灰色の街が見えた。


(隠し通路と、隠れ家といったところか)


あの館よりはお似合いの場所だが、と嗤う六道の耳に、けたたましい轟音が届いた。


少しの間があって、小屋にも内側からの振動が貫く。

丁度、小屋の入り口に居た六道は数メートルばかり吹き飛んだ。


「そ、そこまでやるか…」


頭を押さえながらフラフラと立ち上がり、音のした方に目を向ける。


館の方から黒煙が立ち上っていた。

先ほどまでは館の天辺辺りも見えていた筈だが、今は見えない。


勘弁してくれよ、と呟き、六道は小屋の中に戻る。


通路を通じて吹き荒れた衝撃で室内はめちゃくちゃになっていたが、ベッドは辛うじて無事だった。


埃を払い、そこに腰を下ろす。


「…一難は去ったようだが…さて、どうしたものかな」


虚空に向かって問いかける。

見えない監視者の返答を期待したが、残念ながら返答は無かった。

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