第9話 騒乱の朝ー1 五者の集い
9「騒乱の朝ー1」 5人の集い
清々しい朝です。
何故ならば我が主にして、最愛の君、そして、至高の御方であり、今世の奸雄たる若君がご帰還なされたのですから。
卑劣なる者どもの策略により、矮小なる者どもを護るため、愚物どもの戦場に赴かれた若様。
決死の戦場から生還されたと聞いた時は、思わず神に感謝を述べていました。
最も、生還なされたのは、神なんぞの力ではなく、若様の徳と御力によるものなのですが。
しかし、誠に残念ながら、若様は片腕と記憶を無くされました。
我らが償い切れるものではありません。
ですが、勿論ですが、その魅力が損なわれる事はありません。
ありませんが、若様の御身に傷を与えた者には万死を持って報復とせねばなりません。
「ちょ、ちょっと待って」
滔々と話すマリー。
そこに同じメイド服に身を包んだメリー・ジュンが口を挟んだ。
「若君が負傷されたのは聞き及んでいるけど、記憶が無いって…」
赤髪の才媛はそう言うと、卓についている面々を見渡している。
周りの面々も知らなかったらしく、珍しく動揺の色をみせていた。
メリーにならって、マリーも卓を見渡してみる。
卓についているのは、
痩身の優男・エンデバー。
隻眼隻腕の騎士・フィリップ。
小柄な老骨・アレスター。
赤髪の才媛・メリー。
今現在、当家を仕切る四人。
これに近衛たる自分を含めた五人が、若君の忠実なる剣であり盾。
その剣の最後の仕事が、若君の命を消すことで終わりそうになったなんてー。
なんて残酷で、それでいて最後の瞬間を賜らせようとするなんて、なんという御慈悲。
ーまさに、これこそ、愛!
「ちょっと、マリー?ねぇってば」
何処か別の世界に行こうとしていた意識を、赤髪の言葉で引き戻された。
幾分かマリーは気分を害したが、この才媛にしてみればそれどころではない。
「若君が記憶を無くされたって…大丈夫なの?」
「私の夜伽を拒絶される程に重傷です」
憮然と答えると、メリーは苦笑いを浮かべた。
「それはいつもの事じゃない…。私たちの事は覚えているの?」
一瞬だけ考え、マリーは首を横に振る。
それを見てメリーは肩を落とした。
「…参ったわね。若様が前線に赴かれた時よりも困ったわ」
そう、この才媛を筆頭に、我らは全員が反対に周った。
しかし、若君の意志は固く、止められかったのだ。
一生の不覚とはこの事。
あの際、若君は最後の指令を私に下され、そして、策は講じてあるとも仰られていた。
まさかとは思うが、結果を見る限りその策は…破られたのだろう…。
否、その策があったからこそ死地から生還なされたのだ!
恍惚としているマリーを他所に、老骨・アレスターは人懐っこい笑みを浮かべて口を開く。
「しかし、生きておられるのであれば、それでよかろう」
エンデバーの言葉に、フィリップも頷き、口を開いた。
「者どもが地下に集まっているが、我が君への謁見はどうされるおつもりか」
それはまだじゃろう、とアレスターは言い、マリーへと目を向けた。
「当座の軍に関しては儂が何とかしよう。問題は政府からの呼び出しじゃの」
ええ、とメリーは頷く。
「工作をしようにも、時間が足りないわ。マリーが若君を此処に連れてきたと聞いたときは頭を抱えたけど、今となっては最良だと思うわ」
卓の全員が同意した。
「まあ、我らで護ればええからの」
「まさに」
「然り」
三人を一瞥し、メリーはマリーに視線を送った。
「じゃあ、私たちはこれまで通り潜るわ。表の事は頼んだわよ、絶対強者・マリー。ちょうどお客様も来たみたいだし」
玄関のベルが鳴った。
訪ねてきたのは、政府関係者。
四者が席を立ち、各々が部屋を後にしていく。
その姿を見送り、マリーは息吹を一つ。
そして、軽やかな足取りで玄関へ。
扉を開き、穏やかに微笑みかけ。
問答も無く。
有無も言わさず。
館を訪れた先触れの二人の首が飛んだ。
その後ろに司法の面々がいるが、いきなりの光景に固まっている。
「先に手を出したのはあんたらよ?」
誰に言うわけでも無くそう言うと、マリーは疾風のように駆けた。
その手には、美しい刀身の小太刀と、無骨な短刀があった。
この日、世界は混沌の渦に落ちる。
解き放たれた獣はその先触れとなり、暴力の嵐を振り撒き始めた。
まるで、定められた黙示録の一つのように。
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