第4話 Dr.グレゴリー

4 『Dr.グレゴリー』


目を覚ますと、見知らぬ場所に居た。


どうやら待合室…それも病院の待合室のようだ。

ぼんやりと、周囲の白衣達を見ていると、呼ばれたようだった。


診察室へどうぞ、というあれだ。


とたとたと、覚束ない足取りで診察室に入ると、そこは医療器具のような物の無い、一見すれば応接室のような部屋だった。


数多の本で壁は埋め尽くされている。


杖の立てかけられた黒塗りの机の上で足を組んだまま、部屋の主がこちらを睥睨した。

好意的な視線ではないが、敵対的な視線でもない。

感情を読むなら、無関心、だろう。


虫ケラを見るような目、というのはまさにこういう目ではないだろうか。


そんな目線だけで対面の椅子に座るよう促される。

此方が椅子に腰掛けるのを見届けると、本を置き、カルテを手に取り、


「六道総司で間違いないな」


そう言うと、此方の応えは聞かずに男はカルテをペラペラと捲り始めた。


「俺はグレゴリー。お前の主治医だ。よろしく頼む」


そう言って、グレゴリーは初めて此方の顔を見た。

酷く気乗りしない表情だ。


「あの女の見立て…?全く、事務屋のやる事は理解に苦しむ」


そう、苦々しい表情でグレゴリーと名乗った医師は言った。


(グレゴリー…?)


妙に気怠い頭でその名を反芻すると、引っかかるものがあった。

どうにも思い出せず、医師を見る。


男は、頬が瘦け、無精髭を生やし。

光の無い眼が印象的だった。


顔に見覚えはないが、だが、どうにも聞き覚えがあった。


そんな六道を尻目に、グレゴリーはまたすぐに視線をカルテに落とす。


「…賽子ね。それで、今回は何を見たと?」


なにを…。

問われた事を反芻すると、一瞬、眼が眩んだ。


「激しい…戦乱の中だった」


そう言葉を紡いだのが自分だと分からなかった。

まるで操り人形にでもなったようだ。

しかし、脳裏には確かにその映像が浮かんでいる。

まるで記憶に無いが、知っている映像。


「その中に、居た」


そんなわけは無い、と分かっているが、同時にそこに居たという確信もある。


ーああ、成程。だから俺は今、此処にいるのか。


支離滅裂な思考をしていると、この答えに行き着き、なぜだか妙に納得してしまった。


そんな此方の心の動きを知ってか知らずか、ほう、とグレゴリーは呟くと、カルテに何かを書き込んでいく。


「どんな戦だ?」


問われ、応える。


火薬の匂いの無い戦だと。


「ふん、齟齬は無いな」


カルテを閉じ、グレゴリーが指を鳴らすと、空中に映像が現れた。

映像は机の上にあるクリスタルから発せられているらしい。


「この映像はカッセンロストの映像だ。お前が見たらしい戦場は此処だろう」


そう言うグレゴリーが手元の杖を取り、映像の一部を指す。


するとそこが拡大された。


小高い丘に、戦陣があった。

天幕があり、柵があり。

恐らくは本陣なのだろうと思う。


騎馬を想定したような、過去の遺物のような戦陣。


その本陣の周りでは、紅蓮の焔が地を焼き、豪雷が天を裂いていた。


それらは何かしらの力で張られた防壁で防がれていたが、そこに鉄の塊が撃ち込まれる。


途端に、グレゴリーの表情が険しくなる。


「…砲弾。全く…」


容易く砲弾は防壁を貫き、陣に破滅的な破壊を齎した。

阿鼻叫喚の中、映像は指揮官らしい男にズームしていく。


―何処か、自分に似た男だと思った。


映像の中で指揮官は左腕が吹き飛ぶ中、未だ意識を保って檄を飛ばしている。


もう一度砲弾が舞う。


そこでクリスタルから発せられる映像にノイズが混じり始めた。


「レコードではこの辺りまでか」


グレゴリーの呟き。

それが耳鼻を震わせる前に、猛烈な衝撃と、激痛が体を襲った。


「ふむ、治療は投薬で十分だな」


椅子ごと倒れる六道を見下ろしながら、グレゴリーはさらさらとカルテに書き込む。


「ではお大事に。次の方」


担架で運び出される六道を尻目に、グレゴリーは粛々と職務を続ける。


六道の意識が途切れる刹那。

未だクリスタルから発せられていた映像は、今まさに指揮官が倒れる瞬間を映していた。


何かが、指揮官の失っていない方の手からこぼれ落ちたように見える。


それを自ら一瞥し、そして、指揮官はこちらを見て、不敵に嗤ったように六道には見えた。

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