第3話 このくそったれな世界に


問い。

お目付役が消え、みんなが欲しがる予言を見たらどうなるでしょう。

*予言の書かれた羊皮紙は、回収後の調査で意味消失が判明しているものとする。


答え、軍事裁判。


その理由として、

どうやら今回の一件は軍が主導していたらしく、あの物騒な女も軍属だったと。

その女を消し、予言を独占したと。

要約するとそういう容疑で、裁判にかけられるのだそうで。


無論、軍に入ったつもりなんぞなかったのだが、この作戦に参加した時点で軍属になっていたのだと。


やったね、初めてお堅い定職に就いたね。


でも、だからこそ、公益に反する行為をしたから軍事裁判で処刑な!よろしく!

でも、予言の内容を此方に渡すのであれば、魚心あれば里心だよ!


(この上なくクソな状況になってしまった…。)


独房の中で、思わず頭を抱えてしまう。

待遇は悪くなく、拘束もされていない。

飲食も可能で、煙草もある。

問題は時間が無いこと。


それにー。


掌の中でダイスを弄びながら、周囲に気を配る。

至る所にセンサーやカメラがあるようだ。

だが、このダイスには誰も反応しない。

この独房にぶち込まれた際にあった身体検査でも、そこにダイスという『物』があるということを認識出来ていなかった。


ダイスー神のサイコロの面数は八。

その面々にはよく分からない文字や文様が描かれている。


「神の…サイコロねぇ…」


思わず呟くと、近くのセンサーが反応したようだった。


「神のサイコロとはなんだ?」


さっそく、マイクからの問いかけ。


「出歯亀かよ。品の無い軍人さんだな」


軽口を叩いてみても、あちらの反応は思わしくない。

覗き見をしている割に、面白味のない連中だ。


―しかしまあ、見る事に関してはこっちの方が上手なんだがな。


どうせ動けないのであれば、と感覚を広げてみる。

鈍い頭痛を感じるまで広げたところで、限界と判断し、得られた情報の整理に移行してみよう。


テクニカルや、銃火器から察するに、此処は軍事施設の地下らしい。

人員総数は数え切れないが、あの女レベルの能力者はちらほら…。

この独房の監視についているのも高位能力者。

実に人口の1%しかいないと言われる高位をこれだけの数を保持しているとなると、軍は軍でも特殊作戦群だろう。


この国のトップシークレットに属する部隊だ。


予言を扱うとなるとそうだろうな、と一人、六道は頷き更に虚空に目を泳がせる。


つまりは、状況の最悪さに拍車が掛かったわけだが。

さてどうしたことかと考えている内に、三名の男が独房に現れた。

いかにも軍人といった様子の二人は護衛だろう。もう一人はエージェントか。

あの消えた女と似た雰囲気を感じる。


「お前が見た予言を我々に渡す気になったか」


高圧的な口調までそっくりだ。


能力の高さを鼻にかける奴はいるが、こいつの場合は、それよりも能力を持っていながら、何処にも属していないのが気に入らないらしい。

尋問の時にそう感じたのだが、あながち間違いではないだろう。

思えば、あの女もそうだったのではないだろうか。


別に殊更に自由を愛する訳でもないが、生まれが悪けりゃ政府の引くネットに引っかからない事もある。自分はその典型だったわけで、自分が産まれた後の世代からは検査の厳格化や検査自体の精度上昇で早期発見が進められていた。

俺らの世代では、能力者こそ認知されていたが、その能力の強弱を調べる術が不十分だったのだ。


特に超感覚寄りの能力は。


今でこそ超感覚寄りの能力者は優遇され、幼い頃から施設での強化教育や道徳・愛国教育に加え、各種支援も行われている。


ここまで一気に支援体制が整った要因は、超感覚能力者による犯罪行為の増大。

元より認識範囲の拡大などの超感覚は、物理的な能力行使よりも見つかりにくい。

加えて、中には無自覚に使用している者いたり、それを見つけて悪用する者も多くいたという。

詐欺・恐喝・情報漏洩・プライバシー侵害・イカサマの類などがメインの罪状だ。


だから、超感覚寄りの能力者に嫌悪感を持つ者は少なくない。それが未登録者であると尚更だ。


それなら登録をすれば良い話に思えるが、それをしてしまえばこれまでの少しばかりの悪事が露見しかねない。

そうなると、やらずに今の生活を続けた方がいい、と思う輩も出てくる訳で。


それが正しく俺で、だから、ここまで嫌悪感を示されるのも納得はいく。

だが、だからこそー。


「渡すも何も、俺は何も知らない。見たのは消えた女だけだ。俺が見たのは、意味消失したらしい状態のものだけだと、さっきも言っただろう」


一瞬、エージェント風の男の口が歪んだように見えた。

しかし、それは直ぐに消え、両脇に控えていた軍人二人に目配せを送る。


ズッと、二人が歩み出た。

この上ない嫌な予感がする。


「貴様がそのつもりならば構わん。だが、予言を個人に持たせるわけにはいかない」


どう言う事だ、と言葉を返す前に、椅子に押さえつけられ、両腕を軍人二人に拘束された。


「ああ、気を楽にしてくれ」


そういうエージェント風の男は、右手を軽く振る。


すると、まるで手品のように小ぶりのナイフが現れた。


物質創造。しかも刃物となると、土か…いや、金の能力者。

中々良い腕前だ。


物質創造の疲労度は桁違いだという。


余程の熟練者でも、サイズによるが、一日に作れるのは三つから五つ程度。

―問題は、そんな個人的には貴重な品をわざわざ見せてきた事だがー。


「おいおい…まさか…」


にやりと、サディステックな笑みを男は浮かべ、左眼に向かって刃を突き立てた。


声も出なかった。


直ぐに来る激痛にのたうち回ろうとするのを、軍人二人が押さえつけてくる。


「お前はその目が自慢なのだろう?しかし、能力者は管理下に置かれるもの。管理のきかんものは排除すべきだ。なに、眼を潰すだけだ。冷静沈着さが売りの超感覚能力者様には、どれが自らのメリットかどうかなんて言うまでもなかろう?」


どうにもこのお方は超感覚能力者に私怨でもあるようだ。

その昔に超感覚能力者に浮気でも突き止められたのだろうか。

それとも、ヘマの証拠でも見つけられて降格でも食らったのか。


嘘や真、隠し事を探り当てるのに超感覚能力者に勝る者はいない。

そんな連中に腹芸で挑む事自体が間違いだ。


だから、この男がこういう手段に早々に出てきてのは悪手ではない。

無論、こちらにしてみれば最悪だが。


(だがしかし、早々にここまで物理的に来ることもなかろうに…!)


ゆっくりと、次は右目の前に刃が来た。

切っ先が眼球に触れる刹那、声が聞こえた。


「あらあら、大変ね」


聞き覚えのある声。

船底で聞いた声。


全ての時が止まっていた。

声だけが聞こえる。


つっと、視界に女の姿が見える。

真っ白な衣に、真っ黒な長髪を靡かせた女。

予言の情報を此方に売ろうとした女。


「お前…」


声が出るとは思っていなかったが、発言はできるらしい。


「お前は何者だ」


うん?と女は首を傾げた。


「予言の情報を流して国を動かし、目の良い奴を見つけさせた。そして女を消した。どれもお前の手の中だろ?」

「半分正解かなぁ」


惚けたようにそう言うと、女は此方に触れてきた。

触れられたのは右手と、右の頬。

そこだけが時を取り戻したように動き出す。

最後に左の頬を撫でられた。


「あらぁ、酷い事するわね。こんな事をしても貴方の能力は消えないのに」


不思議な事にーいや、時を止めている時点で不思議も何もないのだがー潰された左目の痛みが引いていた。


「殆ど嫌がらせのようなものだ。それに、超感覚に関しては部位を潰せば無くなるという偏見もあるしな。そんな事より、半分とはどう言う事だ?」


「ああそれは、別に貴方じゃなくてもよかったの。偶々始めに来た眼の良いのが貴方だけだっただけ。消えたあの子も、たまたま適した能力を持っていただけ」


あっけらかんとそう言うと、女は右手を指さした。


「ねえ、こうなったら使うしかないんじゃない?」


指さした先は、右手に握られている神のサイコロ。


「…使うも何も、これは何だ?」

「何って、神のサイコロでしょ?」

「いやだからだな…」

「少なくとも眼が潰されるのは回避出来るわよ?それに、此処から逃げれないとマズいのでしょう?」


そう仕組んでおいてー。


グッと怒りを押し込み、女に問う。


「お前は…いや、お前らは神とか、そういう類か?」

「さぁ?」

女はそう即答した。


「管理者とか、そういうのが近いのかな。貴方たちでいう仕事?かな?それで、その賽子を一定数配布することになったから、無作為に選んだの。それに、使って貰わないと困るから、そういう状況も提供してるのだけれど」

使わない?と女は此方を覗き込みながら首を傾げてきた。


整った…浮世離れした美貌の女だ。

だが、これは直感だが、この女は俺個人に興味は欠片も無い。

断れば女は躊躇なく時を進め、ダイスも他の人物に渡すことだろう。

ならば選択肢は一つしかない。


「あらぁ。決意したのね、有難う。良かったわ、これで帰れるもの」


微笑む女を余所に、ダイスを転がす。

転がすといっても、拘束はされたままだ。

ただ、軍人の一人に抑えられている右の掌を開き、下にダイスを落とすだけ。


これは、眼の能力だろうか。

それともダイスの効果なのか。


出た目が脳裏に浮かぶ。


一つ目は、3の国。

二つ目は、闇。

三つ目は、目。


読めなかった出目が、翻訳されたように頭に浮かぶと、酷い頭痛がした。

能力の限界使用の時と似た部類の頭痛だが、桁違いの痛みだ。

呻く自分を、女は微笑ましそうに見下ろし、軽く手を振っていた。


程なく激痛が無いはずの左目に走り、六道は気を失った。

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