第2話 神のサイコロ

2 『神のサイコロ』


真っ暗闇だった。

脳裏に浮かぶ映像から察するに船底なのだろう。


この脳裏に浮かぶ視界というのは、よくゲームにあるマップのようなものだ。


頭の中にレーダがあると言えば分かりやすいだろうか。


その気になれば数百メートル四方の情報を得られるが、処理速度が追いつかなくなる。

だから常時は二十メートル四方程度に抑えているがー。


「退きなさい」


女の声。


恐らくは、先に入った俺に何も起こらないかを確認していたのだろう。

そんな卑劣極まりない女の姿が、足の方から衣が剥がれるように現れ始めた。


―光学迷彩。


能力としては良くあるものだが、此処までの時間、あそこまでの精度で行える者は少ない。

六道が広範囲に能力を開き続けられないのは脳の処理が追いつかない為だが、何キロも全力疾走が続けられないように、この手の物理に干渉する能力は肉体的な限界がそのまま限界値となる。


それを少なくともタンカー潜入の直前から使用していたとするなら、とんでもない能力値だ。


程なくスーツ姿の女が現れた。


「中にはなにがあるの?」


気の強そうな女が、きつい口調で詰問してきた。


「わからん」


疲労の色が見えない女に内心驚きながら,六道は即答した。


「わからん?ふざけているの?」

「そういうわけじゃねぇよ。実際に何も見えねぇんだ」


てめぇで確認しろ、と言わないのは、前に似たよう

な事を言った際、ノータイムで発砲されたからだ。

今回もきちんと銃口を此方に向けている。

それを指で退かし、


「わかってねぇみたいだが、俺がわからねぇってこたぁ、此処には何かあるって事だよ」


そう言って、再度周囲に気を巡らせる。


本当に、何も見えなかった。


辛うじて壁が分かるが、それだけだ。

船底と判断したのも、これまでの経路から判断したまで。

それこそ、この船程度なら細部は分からずとも、大まかには全てが見えただろう。

しかし、この部屋に足を踏み入れた途端に、何も見えなくなった。


酷く気持ち悪い。


分からないというのは実に心細いものだなと思っていると、女の手に光が灯った。

段々と激しさを増す光の球を、前方に向かって女が放る。

程なく光が炸裂し、小さな光の球が辺りに散らばった。


(おーおー、ド派手な事で)


一気に船底に光が満ち、全容が明らかになる。

がらんどうの空間の真ん中に、硝子ケースにがあった。


その中には、羊皮紙が一枚あるようだ。


「…あれが予言ね。今回は書面のようだけど」


女が進み出し、それに続こうとすると、また銃口を向けられた。


「貴方はそこで待っていて」


有無を言わさぬ口調。

肩を竦めて見せると、睨むように此方を一度見て、女は歩を進め始めた。


(おっかねぇなぁ、全く)


だが、別に見ないに超したことはないか、と思い直す。

そもそも、確かにこの予言に興味を持ったことは事実だが、知りたかったわけではない。


売り払いたかっただけだ。


あんなもんを見てしまえば、後の生活は地獄だ。各国から狙われるなんぞ御免被る。

転売で結構。有る場所のマップでも作って売れば十二分に儲かる算段だった。


そう思って情報源に会いに行ったのが間違いだった。


恐らくは能力を察知する輩でも使って網を張っていたのだろう。

奴らは、眼が良い奴が欲しかった。

それにむざむざ引っかかったのだ。


慎重に歩みを進める女の周りに眼をやれば、銃火器の影が見えた。

そこにあるが、そこに無い。

存在を消す類いの能力の痕跡だろう。


この世にある能力は、木火土金水の五行と光闇の陰陽。


消す類いは闇と相場が決まっている。

闇系の罠でも有り、この船の人員は飲まれでもしたのではなかろうか。


…だとするなら、規模がデカすぎるが。

しかし、予言絡みなら何が起こっても不思議ではない。


しかし、お国の方々はそうだと当たりをつけ、わざわざ闇に対抗出来る光の高位能力者を動員し、おまけに眼が良い奴に案内をさせたといった具合だろう。


女の手が硝子ケースに触れた。

一瞬、周囲の光量が下がったが直ぐに元に戻る。


(光で押さえ込んだか。つくづく大した能力者だな)


ケースを外し、羊皮紙に。


「…っ!おい!」


手を伸ばす女の対面に、別の人影が見えた。

いや、厳密には違う。異様な雰囲気だ。

それが人影という形になって見えたのかもしれない。

呼び止められ、女が振り返る。

だが、その表情を見る前に、女の姿は忽然と消え失せた。


ひらりと、羊皮紙が床に落ちた。


幾ら眼を凝らそうとも、感覚を研ぎ澄まし能力の範囲を広げようとも影も形も感じられない。

本当にこの場から消失している。


「冗談じゃねぇ。災厄級もいいところじゃねぇか…」


関わっていられるか、と背を向けると、いつの間にか閉じられていた扉に、羊皮紙が貼り付けられていた。


「っつ!」


思わず眼を閉じても、分かってしまう。

見覚えの無い字。文様。そしてー。


「あれ、見える人?」


声が聞こえた。

いや、聞こえたと言うよりも、頭に響いた。


「へぇ。今はこういうタイプもいるのね。あれかしら、波長が近いとか?特化型かな」


よいしょっと言いながら、真っ黒な衣を纏い、真っ白な長髪を靡かせた女が現れた。


…現れたでいいのだろうか。


恐らくは目の前の空間にこの女はいない。

頭の中に入り込んできたような感じだ。


「まあそれで間違いないわ。居るとか居ないとか、私たちには関係がないもの」


まるで思考を読んでいるように女は語る。

いや、思考を読むというよりー。


「そう、思考を読むっていうか、私は貴方でもあるから。そういうものなのよ。誰でもあって誰でも無い。どこにも居ないのにどこにでも居る」

「それはそれは…」

「そんなに怯えないでよ」


カラカラと女は嗤うと、ぐっとこちらに顔を向けた…ようだった。


「ふうん。なるほどねぇ。どおりで都合良く貴方が此処に来たのねぇ」


眼をのぞき込まれているような気分だった。

怖気がする、全てを見透かされそうな眼。

この感覚には覚えがあった。


それもごく最近に。


「あんた…この前会ったよな?」


そう問うと、女はまた嗤った。

実に愉快そうに。

そして、閉じられた掌を差出し、ゆっくりと開く。


そこには三つのダイスがあった。


「これは神のサイコロ。私たちは振らないけど、貴方たちには必要なもの。私はこれを与える為にいる」


怖気の走る笑みを共にそう告げると、女は姿を消した。


ゆっくりと眼を開くと、閉じられた掌の中に違和感を覚えた。

何があるかは見ずともわかる。

だが、目下の問題は別だ。


「待て待て、俺は何もしてねぇぞ?」


六道がそう言うのと、勢いよく開かれた扉から幾つもの銃口が向くのは、ほぼ同時だった。

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