未知の世界へ

「ねぇ柊、青って知ってる?!」

「なんだよ、いきなり。また都市伝説か?今から約1000年前には俺たちの上空に広がってた色……だっけ?」

「そうそれ!『ウミ』ってやつも青らしいよ?」

「へー……」

青、か。僕は生まれてから、青と呼ばれる色を見たことがない。今から1000年前にはあった色らしいが、今はどこを見ても暗いジメジメという擬態語が似合うような色しか見えない。

「ねぇ、見に行かない?青!」

「……そんなこと出来るの?」

「なんかね、この暗い世界の上には未だにあるらしいから!ロケット的なの飛ばせば見えるかもしれないと思って!」

「ロケットか、最近教えてもらったやつを応用すりゃいけないこともない気がするな……」

「でしょでしょ!」

僕の言葉を聞いて無邪気にはしゃぐ桃。教えてもらった、と言ってもかつてあった教育とは全くの別物だ。僕が生まれる500年ぐらい前までは、この国も義務教育というものが存在し、誰もが教育を受ける権利を与えられていたらしいが、今はそんな権利などない。世界ではIT化やGDP争いが進み、僕たち子供は言語を喋れたりなど最低限のことが出来れば十分だという見方がされるようになった。その結果この国では『義務教育撤廃法』が制定され、全国の学校や教育に関する機関は全て工場や研究所となった。

「柊ならさ、ロケット作れない?」

「作ったことないけど、やってみるか」

「やったー!」

桃の頼みはやはり断れない。

僕が実際にロケットを作ったことはないけれど、作り方は最近の教わったことに似ているし、何回かロケットを作る工程を見たことがあるのでその記憶を頼りに部品を組み合わせていく。

作り始めてから約2時間。ようやくそれらしいものが完成した。桃は作る工程を見るのに飽きたらしく、いつの間にか僕の足元で寝ていた。

「桃、出来たよ」

「……ん、え、ほんと?!」

「ほら、これ。外に出て、飛ばしてみようか?」

「うん!」

こんな無邪気にはしゃぐ桃を見るのはいつぶりだろうか。最近は自分が望まなくとも同じようなことが繰り返されるだけの毎日で、桃も僕も正直疲れ切っていた。けれど、都市伝説と聞くとなんとなくワクワクしてしまう。都市伝説全てを鵜呑みにするわけではないが、この都市伝説だけはなんとなく信ぴょう性が高い気がして、久々にワクワクしていた。

「このロケットにはカメラもついてるから、もし本当に青があるなら見ることが出来るよ」

「おぉ!早く見てみたい!」

本当に青はあるのだろうか。こんな暗い色に包まれた世界の上に、本当に……。信ぴょう性が高い、とは言いつつもやはり都市伝説は都市伝説ではないのか、と半信半疑になりながらロケットを打ち上げる。

「おぉ!飛んでった!どうどう?青、見える?」

「今から見るからちょっと待って……。あ、色が……」

「え……何この色」

僕達は絶句した。

今まで見た事がないとても美しい色がそこには広がっていたから。

透き通っていて。明るくて。

「これが、青……」

昔はこれが当たり前のように見ることが出来たなんて、信じられない……。

「ねぇ柊、」

「何?」

「私たちが大人になったらさ、いつか青い所に行ってみたいね」

「……そうだね」

ロケットを使って見る前は、たかが都市伝説だろって思っていたけれど、本当に青は存在したんだ。もしかしたら『ウミ』も本当に存在したのかもしれない。けれど今は……。周りを見るだけで悲しくなってくる。

僕たちよりも前に生きていた大人たちは、なぜこのような世界にしてしまったのだろうか。青という色を消してまで、何を求めていたのだろうか。僕には理解することが出来なかった。

きっと昔の人は青があることが当たり前だった。けれど僕たちにとっては、唯一の楽しみであり、唯一の目的となった。


***


「また若者が都市伝説を信じて青を探しているらしいですよ」

「最近多いな、都市伝説」

「まぁ、青に関しては事実だけれど。各国でオゾンホールを隠すためのバリアを開発し、今は地球全体がそれに覆われているから青なんて見えやしないのだろうけどな」

ロケットで青を見ようとする若者が映ったモニターを見て、静かに嘲笑する。

「けれど、バリアの向こうにはまだ広がってるらしいですよ?かつて当たり前だった青い空が」

「へぇ、面白い。俺らも見てみたいな」

「バリアは割と透明に近いらしいので、バリアを破壊せずとも青い空は見えるらしいです。ただ地上では大気汚染が酷く、地上から青い空を見ることは出来ませんが……」

大気汚染、環境破壊……。環境を汚してまで、オゾンホールの存在を隠したかったのだろうか?

確かにオゾンホールが大きくなれば、地球全体に甚大な被害をもたらすことになる。それを恐れた各国の政府は、「GDPを世界一にするため」などてきとうな理由をでっち上げ、オゾンホールを隠すためのバリアを国民に開発させた。その結果バリアは完成したが、周りを見れば酷い有様だ。

「俺らも行ってみたいな、青い空が見えるところへ」

「行ってみます?ここからは、未知の世界ですが」

「あぁ、そうだな。とりあえず、今日の監視が終わらせよう」

暗い毎日の中で、初めて光を見つけた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未知の世界 藍崎乃那華 @Nonaka_1212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ