第28話 霧の中で


「あっちの方から聞こえたよ」


 リゼルが悲鳴の上がった辺りの森を指し示す。

 同時に俺は不審に思う。


 こんな場所に人が?

 ルカニ湖は街道から大きく外れ、だいぶ奥まった場所にある湖だ。

 特に有用な素材が取れるわけでもないので、わざわざ足を踏み入れる者はいない。

あるとすれば、深い霧に惑わされて迷い込んでしまった遭難者くらいだ。

何はともあれ、俺達自身の安全にも関係してくるから放置するわけにもいかないだろう。


「状況を確認するぞ」

「了解!」


 俺達は悲鳴の上がった森の中へ急行した。

 鬱蒼と繁る草木で視界が悪い。

それに輪を掛けるように霧が濃くなってきていて見通しが利かない。

直感的に動けばリゼルとはぐれてしまいかねない。


 歩調を合わせるように森の中を慎重に進むと、前方に怯えた様子の青年を二人、発見する。

 身に付けている装備品の内容から兵士のようにも見えるが、それにしてはかなり簡素。

 もしかしたら民兵の類いなのかもしれない。


 彼らは剣を構え、何かと対峙している様子だった。


「くっ……くるなぁぁっ!」

「あ、ああっ……もう駄目だ……」


 しかし、恐怖から力が抜けてしまったのか、二人共腰から崩れ落ちてしまった。

 そんな彼らが切っ先を向ける相手。

 俺はそれに目を向ける。


 霞がかった中に薄らと現れる巨大なシルエット。

 鋭い爪の生えた手足と、燃えるような鮮烈な紅を放つ鱗状の体皮。

 そして、背中には折り畳まれた形で双翼が伸びていた。

尖った牙が並ぶ口元からは時折、火花のような炎が散っている。


 それは誰もが見ただけですぐに理解する存在。

 ファイアドラゴンだった。


「ファイアドラゴン……? あれって、お前が大昔に倒したんじゃないのか?」

「そうだよ。でも、あれは私達が倒したのと違う」

「?」

「確かにファイアドラゴンであることは間違い無いけど、あれはインファンス幼体ドラゴンだもの」


 リゼルは当然のようにそう言った。


 幼体とは思えないほど巨大なんだが……。

 まあ俺自身、知識としてドラゴンを知ってはいるが、この目で見るのは初めてなので大きさの感覚が分からないのは確かだ。


「多分、あのインファンスドラゴンは私達が倒したファイアドラゴンの子供だよ」


 彼女はさらりとそんな事を言ってみせる。


「どうしてそんな事が分かる?」

「ドラゴンて、そんなに住み処を移動する生き物じゃないし、産んだ卵が孵化するまで百年くらいかかるのはざらにあるから」

「……」

「そっかー……メスだったんだね。こうなったのも、あの時、卵の存在まで気付けなかった私の責任だよ。ファイアドラゴンは賢いドラゴンの中でも取り分け気性が荒く好戦的で、人間を捕食する種だからね……」


 リゼルは申し訳無さそうにする。


「てことは、駆除しておいた方がいいってことか」

「え……まさか……一人でやる気なの!?」


 リゼルは驚いて目を丸くする。


「リゼル達はあれの親をやったんだろ? それより弱いのは確定してるんじゃないのか?」

「そ、そうだけど……単独では無理だよ。いくら幼体でも戦闘能力は成体とほとんど変わらないんだから。私達だって四人がかりで完全に沈黙させるのに三日かかったんだからね?」

「なるほど、そいつはヤバそうだな。だが……そうも言ってられない状況になってしまったようだぞ」

「えっ?」


 会話をしている最中、ファイアドラゴンの注目は俺達に向けられていたのだ。

 ドラゴンは聴力も優れていると聞く。その状況で気付かれない方がおかしいのだが。


「あわわわ……ど、どどどうしよ……」

「そう言われてもな」


 リゼルは元勇者らしからぬ狼狽えっぷり。

 青年兵士二人も俺の存在に気付いたようだった。


 俺は手にしていたライムントの骨を側にあった岩の上にそっと置く。

 すると、こちらが身構える間も無く、ファイアドラゴンは攻撃を仕掛けてきた。

 口から吐かれた紅蓮の炎が俺を目掛けて放射される。

 俺はすかさず身体能力向上と瞬迅ゲイルファントムのスキルを使い、それを回避する。


「ひゃああっ!?」


 リゼルはというと、その場で身を屈める。

彼女は当たっても平気だろうが、俺はかすっただけでも骨まで溶かされてしまうだろう。

それが証拠にさっきまで俺が立っていた場所の木々は完全に炭化し、地面はマグマのように赤く爛れていた。


 こいつはマズい……。

 だが、翼を持つ魔物から逃げ切れるとは思えないし、やるしかないだろうけど。


 相手は炎の体を持つドラゴン。ならばその逆の属性が効果を発揮するはず。

 所持している魔法スキルの中で現状、最高ランクの水魔法をぶつけてみるか。


 俺は右手をドラゴンに向け、脳内で呟く。


 ――メイルシュトローム!


 それは何も無い空間に大海から切り取ったような大渦を作り出し、対象諸共、海の藻屑にしてしまう魔法だ。

そいつがドラゴンの体の中心で発動する。


 が――発動しかけた所で、ジュッという音と共に水蒸気を撒き散らし、魔法ごと打ち消されてしまった。


「……上級魔法でも効かないのか。なら――」


 素早くなった足で兵士達の間を駆け抜ける。

 そのまま彼らが持っていた剣をピックアップする。


「借りるぞ」

「へっ……?」


 兵士達はというと、いつの間にか自分の手から剣が無くなっていることに気付き呆然としていた。

 俺は二本の剣を両手に構え、唱える。


 ――強靱化、剣!


 強化された剣を手にドラゴンの首目掛けて跳躍する。

直後、俺を叩き落とそうと尻尾が真横から伸びてくる。

そいつをすかさず左の剣で防ぐ――が、剣は半分から折れた。


「な……!?」


 ドラゴンの鱗っていうのは想像以上に硬いようだ。

 魔法も駄目、剣も駄目。

 どっちも無理なら、もうアレしかないんじゃないだろうか。


 追撃を受けぬよう一旦着地し、体勢を整え、再び首を狙う。

 当然、奴も自分の硬さに自信があるからといって、そう簡単に隙を作ってはくれない。

だから俺は右手に持っていた、もう一本の剣を投げた。


 ドラゴンはそいつを尻尾で払い落とす。

 それが奴のミスだった。


 モーションの合間に出来た僅かな隙を狙って、俺は強化された脚で跳躍する。

 そこで唱えるスキルは――。


骸切断ヘルディバイド!」


途端、何もない空間に禍々しい形の大斧が出現する。

空中でそいつを掴んだ俺は、そのままドラゴンの首をぶった切る。


 それで鋼のようだった奴の鱗と首は、まるでナイフで切られた野菜のように、いとも簡単に吹っ飛んだ。


 苦悶の咆哮を上げることなく沈黙したファイアドラゴン。

 その様子にリゼルと兵士達は言葉を失っていた。


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