天壌霊柩 ~超高層のマヨヒガ~ 第6回

 誰が何人、という言葉に、拓也は眉をひそめた。

「僕も妙な噂を聞いたけど、本当に、そんなに大勢いなくなってるのか?」

「いや、俺もほとんど噂で聞いただけなんで、よくわかんねえ。でも、あのDQN三人組が消えたのは確かだな。マジに夏休み前から学校に出てきてねえし」

「そうなのか……」

 いじめ事件の被害者である佐伯沙耶は、卒業を待たずに、市外に転校している。

 転校した当初は、拓也が励ましのメールを送ると短い返信があったが、あの記事が発表されてからは、一度も連絡がとれない。

 学校側の当事者である校長は春に定年退職し、教頭は病気療養を理由に休職中、担任教師は人事異動で他校に赴任した。おそらく市教が意図的に異動させたのだろう。

 一方、加害者側の三人は、青山と同じ私立高に進んでいる。

 池川光史、杉戸伸次、そして犬木茉莉まり――。

 三人とも成績は中位で、けして劣等生ではなかった。しかし親が甘やかしすぎたのか、社会常識は最底辺に近かった。とくに犬木茉莉は、男子たちの中でもとりわけ素行の悪い池川や杉戸、さらに他校のヤンキーや年上のハングレと遊んでいることを、一種のステータスと心得るほど軽薄な女子だった。

 いじめ現場の写メを他校の悪仲間に送る際、同級の男子数人に誤爆したのも茉莉である。しかし自分では、その失敗に気づいていないらしい。のちにネットで大炎上した動画も、元々は彼女が悪仲間限定のSNSに上げ、それが巡り巡って拡散したと噂されている。

 青山は訳知り顔で話を続けた。

「まあ、俺としちゃ、三人つるんで家出したか、親が世間体を気にしてどこかに隠したか、そんなとこじゃねえかと思ってる。もしかしたら学校や市教も、陰で絡んでたりしてな」

「いや、さすがに、それはないだろ」

 拓也はそう返したが、内心、一抹の疑念はあった。

 佐伯親子は、身寄りのない母子家庭である。母親が複数のパートを掛け持ちして、なんとか生計を立てていると聞く。

 拓也は幼い頃、町内で佐伯家の父親と何度か顔を合わせた記憶があるが、町が消えた後は一度も見ていない。職場の金を横領し、不倫相手と駆け落ちした――そんな話を拓也が聞いたのは、中学に上がった後である。無論、佐伯母子の口からではなく、周囲の良からぬ噂としてだった。

 対して加害者三人の父親は、職種こそ違え、この地域社会の中枢に近い要職に就いている。県下有数の不動産会社社長、複数のシネコンや大型遊戯施設を束ねる興行グループ会長、そして現職の県会議員――甘やかされた子供がどんな不始末をしでかしても、親の地位と権力に変わりはない。

 蔦沼市は、そんな忖度が、官民双方を繋ぎかねない土地柄なのである。


     *


 展望エレベーターに向かう青山と別れ、拓也は予定どおり市政専用のエレベーターに乗った。

 ドアが閉まる間際、三十代半ばと思われる男が一人、するりと同乗してきた。

 エレベーターが動き始めても、男は目的階のタッチパネルに手を触れず、達也に声をかけてきた。

「哀川拓也君だよね」

 見ず知らずの男にフルネームで呼ばれ、拓也は声を返すより先に、男の風体を窺った。

 同じ階に行くなら、市教の職員だろうか。それなら拓也の顔を知っている可能性もある。しかし、中学でいじめ問題の調査を受けた職員たちとは明らかに別人だし、服装もワイシャツではなくラフなポロシャツとデニムのスラックス、肩にはカメラバッグのような鞄を下げている。

 不審人物――そう判断した拓也は、あえて無邪気な笑顔で答えた。

「こんにちは。どこかでお会いしましたか?」

 男も馴れ馴れしい微笑を浮かべ、

「なるほど、賢明な対応だ。怪しい相手には正体をぼかし、しかし不快感を与えず、あわよくば相手の正体を探る――噂どおりの優等生だな」

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