第22話 『最後と始まりの夜明け』

          22.最後と始まりの夜明け



 狂人ゲームが終わり、駆けつけた赤城文子刑事にアピールするかのようにどこか誇らしげに大栗静子の身柄を沖縄県警の警察官達に渡した沼川英二巡査は、勘太郎と羊野に深々とお辞儀をしながらその場を後にする。


 そんな沼川英二巡査を見送りながら沖縄県警と赤城文子刑事に後の事を全て任せた勘太郎と羊野は、まだ意気消沈でいる花間敬一社長に声をかけると、無事を確認しその反応を確かめる。


「花間敬一社長、大丈夫ですか」


「あ、ああ、何とかな。一時はもう駄目かとも思ったが、君から受け取っていた発信器のお陰でなんとか耐える事ができたよ」


「ガムテープで腰に貼り付けていたから大島豪会長や岩材哲夫にも気づかれなかったようですね。なので拉致されても的確に居場所を把握する事ができました。そしてご苦労様でした。この後の事ですが、詳しい事情を聞くために沖縄県警の刑事達がまだ花間敬一社長にお話があるそうなので、お疲れとは思いますが、ご協力のほどをよろしくお願いします」


「ああ、俺が知っている事ならいくらでも話すよ。今回の事で俺は今までいろんな人達の思いを踏み台にし、各地でいろんな人達の恨みや妬みを買って事業を展開していた事がわかったよ。これからはもっと考えないとな!」


「そうですか。確かに事業展開って様々な人の思いや期待が集まっていますから難しいですよね。まあ俺はどこかの会社で正社員として働いた事はないですからよくはわかりませんがね。でもまあ、本当の意味でこの宮古島の自然を生かした観光事業に貢献するつもりなら、この土地に住む地元の人達の意見は積極的に取り入れるべきだと思いますよ」


「地元の人達の意見を尊重しろと言うことか」


「はい、それさえしていれば大島豪会長と岩材哲夫ももしかしたらここまで自分達の考えをエスカレートさせる事はなかったかも知れませんからね」


「そうか……確かにそうかもしれないな。あいつらの海を愛する心だけは本物だったからな。もう少し本気であいつらの話を聞いてやればよかったと今は後悔をしているよ」


「今からでも遅くはありませんよ。話し合う気があるのなら、一度地元住民との話し合いの場を設けてもいいのではないでしょうか」


 それだけ言うと勘太郎と羊野は花間敬一社長に一礼し、その場を後にする。


 この後、花間敬一社長は沖縄県警から少しばかりの尋問を受ける事になる。



 そこから深夜を経て日の出を迎えた三日目の朝、時刻は八時丁度。尋問を得てペンションに戻ってきた花間敬一社長は皆に軽く挨拶を済ませると、帰って来るなり何かに取り憑かれたかのように部屋へと戻るが、その後の花間敬一社長の姿を見た者は誰もいない。

 だが娘の花間礼香曰く、何か大きな決断をしたような晴れ晴れとした顔をしていたとの事だ。


 そんな花間敬一社長の考えがいい方に向かってくれたらいいと思いながら勘太郎はフロントの入り口まで来ると、今からペンションを後にしようとしている谷カツオと別れの挨拶を交わす。


「短い間だが世話になったな。経ったの二~三日の間に沢山死人も出たし色々とあったが探偵さん達が事件を解決してくれたお陰で俺はなんとか生き残る事ができた。もしもこのまま丸一日事件が長引いていたら俺まで犯人の餌食になっていたかも知れないからな。そう考えると死んでしまった人達には悪いが俺はついていたと言うことになるのかな」


「谷カツオさん、あんたがこのペンションに呼ばれた訳は、この池間島で海や自然を利用したアウトドアな商売をするためにインストラクター事業を考えていたのを大島豪に知られたからだ。大島豪はもしかしたらあんたをわざと生かしてこの不可思議な人魚伝説が関わる殺人事件の生き証人にしようと思っていたんじゃないかな。自分達の仲間のコミュニティを利用して噂を広げるよりも、沖縄の那覇市の土産物屋店を構えているあんたがその人魚伝説の噂を口づてに流してくれたら、日本全国だけではなく海外にもその噂は広がるかも知れませんからね」


「それに自分達でこの事件の体験談をネットで文字にして広げようとしてもどうしても嘘の作り話だとネット民に誤解をされてまともに読んでもくれないと思ったから、だから一応はSNSも利用しつつ、全く関係のない俺を生き証人にして噂に貢献させようと画策をしていたという事か。納得がいったぜ」


「でもなにか不都合な事があったら谷カツオさんも、正体を知った流山改造さんのように不幸な目に遭っていたかも知れませんからこの二~三日は命の保証はなかったんですけどね。でもなんにせよ、谷カツオさんが無事でよかったです。それにうちの探偵助手が言っていましたが、谷カツオさんが趣味で池間湿原で行っていた野鳥の撮影も、池間湿原の水辺を監視するという名目で上手く活用させて貰いましたから大変助かりました。あなたが持つデジタルビデオやカメラがなかったら池間湿原全体を監視する事はできませんでした。なので感謝の言葉を言っといてくださいと羊野の奴が言っていましたよ」


「あの羊の姉ちゃんか。聞いたぜ、デジタルビデオに映ってある夜間の池間湿原の映像を見た彼女は真っ先にこの犯人の移動方法はこの池間湿原を通っての移動だと薄々は気づいていたらしいぜ。その理由はその夜間の映像のある時間だけ草地で休んでいた野生の水鳥達が何かの気配を感じて皆一斉に騒ぎ出していたらしいんだよ。そこが怪しんだ理由だとあの羊の姉ちゃんは言っていたぜ。全く、なかなかの観察眼を持つ姉ちゃんじゃねえか。正直その水鳥のざわめきは俺も一応は気づいてはいたんだが、水鳥の寝込みを襲いに来たネコやイタチといった他の捕食者だと思い気にも止めなかったからな」


「あいつは変なんですよ。同じ変人同士、なにか犯人側と感じる物があったのでしょうね。だから今回の移動トリックの正体もわかったんですよ」


「はははは、全く君達コンビは豪快かつ愉快で中々に面白いな。また南の島に立ち寄る時があったら宮古島だけではなく、今度は俺の店がある沖縄にも立ち寄ってくれ。観光で立ち寄ってくれたらその時は沖縄の海や山々といった大自然を満喫させてやるよ!」


「はい、その時はよろしくお願いします」


 勘太郎が穏やかに話を返すと、谷カツオは日焼けした笑顔をニッと見せながらそのままペンションを後にする。



 その少し後に続いて来たのは沖縄の海を守る会の会員でもある薬剤師の古谷みね子である。

 関係者でもある会長の大島豪が今回の殺人事件の主犯格だと聞き流石に憔悴仕切った顔をしているが、古谷みね子は正面玄関に立つ勘太郎に気がつくと深々と頭を下げる。


「探偵さん、色々とご迷惑をお掛けしました。では私もそろそろ行きますね」


「大島豪さんの事でいろいろとショックも大きいでしょうが海や自然を守る活動は捨てないでください。確かに大島豪さんや岩材哲夫さんはその思いが強すぎてやり過ぎましたが、あの二人の海を守ろうとする気持ちは本物だったはずなので、亡くなった二人の純粋な思いを継ぐ為にも南の島を、綺麗な自然を守り続けてください」


「この南の島々は私達が活動している庭のような物ですし、あなたに言われるまでも無く今後も海や自然を守っていくつもりよ。ただ今回の件に沖縄の海を守る会の会員達が何人か関わっていたみたいだから、これから沖縄県警に出向いて事情聴取を受ける事になっているわ。その取り調べでうちに所属をしていた特別会員達が何人逮捕されるのかは知らないけど、もしかしたら過激な自然活動団体と認定されて全てが打壊してしまうかも知れないわね」


「まあ今回の件でかなり団体の印象が悪くなってしまいましたからね」


「でも沖縄の海を守ろうとしている活動団体は大島豪が会長になっている沖縄の海を守る会だけではないし、他の団体だっていくらでもあるわ。でも私は大島豪の熱意や愛だけは偽りのない本物だったと確信しているから、これからもこの沖縄の海を守る会の一人の会員として海を守る活動に勤しんでいくつもりよ」


「なるほど、あなたらしいですね。これからもこの南の島々を守る為に活動を頑張ってください」


「でもまさかあの大島豪さんと岩材哲夫さんが海を守る為に様々な犯罪に関与していただなんて未だに信じられないわ。そしてその近くにいた私が大島豪会長の行いに全く気づく事ができなかっただなんて、今はそれだけが悔やまれてならないわ。その事に気づいて私が大島豪会長の犯行を止めていたら、彼らの殺人行為を思いとどまらせる事ができたかも知れないのに」


「いいえ、そんな危険な事をしていたらあなたも口封じの為に殺されていたかもしれませんよ。実際問題大島豪会長があなたを犯人側の仲間にしなかったのはこの計画を持ちかけてもあなたは犯罪行為にはいい顔をしないと大島豪もわかっていたからではないでしょうか。なので何も知らないあなたを同行させたのはアリバイを作りあげる上での材料として利用する為だったのだと思います」


「なるほど、確かにそうなのかも知れませんね。大島豪会長は相手の性格を見抜くのが物凄く得意な人でしたから、だから私には声をかけなかったのでしょう。私に犯罪を持ちかけても、もしかしたらそのまま警察に通報されるかも知れないと思っていたはずですから」


「それだけあなたの海を愛する心と正義感は高く買っていたと言うことですよ。そんな人をわざわざ悪の道に誘うのは大島豪会長としても本意ではなかったはずです。なのでこれからもいろんな険しい困難に打ちのめされる事もあるかも知れませんが、めげずに自分の信じた正しいと思う道を思いのままに突き進んでください」


 心の隠った勘太郎の暖かな応援の言葉を聞くと古谷みね子は再びお辞儀をしながらすっかり静かになった哀愁漂うペンションを足早に出て行く。



「二人とも行ってしまいましたね」と言いながら勘太郎の前に現れたのは花間敬一社長の娘の花間礼香である。

 気丈にも元気に振る舞う花間礼香は勘太郎の前に立つと綺麗に両足を揃えながら深々と頭を下げる。


「この度は父の命を救って頂き、ありがとう御座いました。父に代わり私からも感謝の言葉を言わせてください。このご恩は一生忘れません。人の恨みを買うようなあんな父ですが私にとってはかけがえのないただ一人の父ですから最後まで見捨てないでくれて本当に感謝しかありません。その父が手がける事業と海に関わりのある沢山の罪のない人達が亡くなってしまいましたが、その罪深い責任を胸に一日一日を過ごしていきたいと思っています」


「礼香さんは何も悪くはないんだからそんなに責任を感じることはないですよ。礼香さんがいようがいまいがこの池間島に大規模なレジャー施設開発プロジェクトの話が出て来た時点で犯人達は動いていたらしいですからね。確かに花間敬一社長は住民の意見や反発も聞かずにこのプロジェクト開発を実行していましたからその行き過ぎた一方的な行為に犯人側が目をつけたのがこの事件の始まりです。だから礼香さんはただの被害者なのです。あんなワンマン社長の行き過ぎた事業展開と行動には例え娘といえどもそう容易に口出しはできないと思いますからね」


 その勘太郎の偏見じみた指摘に話を聞いていた花間礼香は肩を竦めながら小さく笑う。


「じつは、父はペンションに帰ってきてからいきなり本社に戻ると言い出しまして。パンクしてある車のタイヤを自らの手で取り外し、予備のスペアタイヤに付け変えてから、そのまま宮古島の空港の方に向かってしまいました」


「命に関わる大きな事件に遭ったばかりだと言うのに仕事熱心な人ですね。こんな凄惨な事件に至ってしまった大本の責任は花間敬一社長にもあるというのに」


「ええ、だからですよ。一体どういう心境の変化かは知りませんが、ウチの父は今回のプロジェクトの方針を大幅に変えて、海や自然に優しい地域密着型の開発プロジェクトに変更するようです。勿論地域住民達とも積極的に話し合いをし、お互いが納得するようなレジャー施設開発プロジェクトに作り替えるのだと声高だかに言っていました。こんないきなりの方針転換は今までの父にはなかった事です。探偵さん、父は……大島豪会長・岩材哲夫さん・それに大栗静子さんの三人に誘拐されていたらしいですが、ウチの父に一体何があったんですか。たとえ殺されたって自分の考えは絶対に曲げない人だったのに?」


「それだけ今回の件で強いショックと何か感じる物があったのでしょう」


「でも父のあの顔は何か吹っ切れたような、そんないい顔をしていました。なんだか命の大切さや信頼の大切さを知ったとこのペンションを出て行く時に呟いていましたから」


「命の大切さねぇ」


(まあ自分の命だけではなく娘の命も危うい状態にされて、尚且つ大栗静子のあの怨念のような恨み節を聞かされながら殺されかけては、自分の考えや事業方針が間違っているんじゃ無いかという疑問を持ち出してもおかしくはないか。また懲りずにこの路線で事業を拡大して行ったらまた誰かに恨みをたくさん買って今度こそ全てを失うかも知れない。そんな執念のような思いを犯人側からヒシヒシと感じたから、流石の花間敬一社長もついに自分の考えを少し改めようと思ったんじゃないかな。知らんけど)


 そんな事を考えながら黙る勘太郎に花間礼香は一歩距離を離しながら話す。


「最後にこのペンションを閉めて家に戻るようにと父に言われていますから後一日だけこのペンション内にいますが、これから野暮用で漁港のある町の方に行かなくてはならなくなりました。聞いた話だと探偵さん達もそろそろここを出て空港の方に向かうと聞きましたから、もうお別れだと思い挨拶をした次第です。今回は本当にありがとう御座いました」


「いやいや、俺達の力不足の為に罪のない沢山の人が亡くなってしまいましたから、誰かにお礼を言われる資格はないですよ。確かに事件は解決しましたが、かなり後悔と無念が残る結果になってしまいました。それを考えると俺も責任を感じています」


「いいえ、探偵さんは被害を最小限にするために一日中頑張っていたじゃないですか。それはあの場にいた誰もが認めている事ですからどうか胸を張ってください。やはり噂の通り、白い羊と黒鉄の探偵は凄腕の名探偵でした。今後もし、また私たち親子に何かあったらその時は直接黒鉄探偵事務所に連絡を入れますね」


「俺達に頼らないといけない日が永遠に来ない事を祈りますよ」


 勘太郎のその言葉を最後に花間礼香は、漁港のある町の方に行くために駐車場へと向かうのだった。



 最後に表玄関に現れたのは殺人の濡れ衣を着せられていた運送会社の社員の鮫島海人である。鮫島は勘太郎の所まで来ると深々と頭を下げながら感謝の言葉を言う。


「事件を解決してくれてありがとな。お陰で俺の濡れ衣も無事に晴れた。これというのも全てあんたの所の探偵助手さんが俺を匿ってくれたおかげだから後で礼を言っといてくれ。いくらペンション内を隈無く探してもあの羊の姉ちゃんに会うことができなくてな、最後に直接会って礼くらいは言いたかったんだが、俺もそろそろ行かないといけない時間になってしまったからな、ここで失礼させて貰うよ」


「そうですか。羊野の奴には、鮫島さんが礼を言っていたと言って置きますよ」


「ああ、助かる。それじゃ世話になったな」


 そう言って玄関を出ようとした鮫島海人に勘太郎があることを聞く。


「鮫島さん、山岡あけみの事なのですが……」


 言ったはいいが、なんだか言いにくそうにしている勘太郎の心情を理解したのか鮫島が逆に勘太郎の考えている事を答える。


「ん、どうした。もしかして、あの自殺した山岡あけみは実は彼女の偽物だったという事を言いたいのか。その事ならなんとなくだが薄々は気づいていたよ。最初は数年ぶりに現れた山岡あけみにびっくりして話を合わせながら記憶を探っていたが、数年も会っていないとその容姿も記憶も微妙にぶれる物だと思い昨日は一緒に楽しくお酒を飲んでいたんだが、あることに気づいてしまってな」


「あることですか?」


「彼女はシングルマザーで三歳になる娘が一人いると言っていたが、俺が一年前に風の便りで聞いた話では生まれた子供はみんな男の子で、もう既にお子さんは三人もいるいう話を聞いていたからなんだか話が合わないと思っていたんだよ。だからこっそりと山岡あけみのその後を知っている古い友人に電話をして、今現在の山岡あけみの写真と情報をスマホに送ってもらったんだよ。だから昨日いた彼女が偽物だと言うことが分かったんだ。最初は俺を陥れる為に近づいた犯人の仲間かとも思ったが、彼女の目的がよくわからなかったから、一応は泳がせておくことに決めたんだよ」


「そして濡れ衣を着せられ羊野の部屋に匿って貰う際にその話を羊野にした訳だな。山岡あけみももしかしたら犯人側の仲間かも知れないと」


「ああ、確かにそんな話もしたかも知れないな。あの時は気が動転していたからな」


(羊野の奴……そうか、だからあいつは山岡あけみが円卓の星座側が送り込んだ監視人かも知れないと思い、それらを逆に利用しようと大島豪会長と岩材哲夫を始末する道筋を密かに作り上げようとしていた訳だな。全く恐ろしい伏線を考える女だぜ)


「それで、その偽物の山岡あけみの約束は一体どうするつもりですか。今から二時間前にあなたには山岡あけみの最後の遺言をそのまま伝えたのですが。まあどこの誰とも知らない一日だけ共に過ごした身勝手な女性の願いではあるのですが、鮫島海人さん……あなたの答えを聞きたいです」


 その勘太郎の試すような言葉にしばらく目を閉じながら黙っていた鮫島海人だったが、いきなりギッと目を開けながらニヤリと笑う。


「勿論会いに行きますよ。彼女との約束ですからね。彼女は悪い組織に脅されてあの大島豪会長と岩材哲夫に加担していた用ですが、俺を殺そうとはしなかった。昨日の酒の席を利用すれば毒薬や睡眠薬を盛ることも容易だったというのにだ。だから俺はもしかしたら彼女に助けられたのかも知れない。だからこれは大きな借りなんだよ。そうとも考える事ができるよな。そうだろ、探偵さん!」


 鮫島海人の出した都合のいい考えに、勘太郎は心の中で否定的な言葉を述べる。


(いいや、違うな。ただ単に彼女と大島豪会長達はグルでも仲間でも何でもなかったから、目立たない監視人として普通に鮫島さんに接して正体を隠していただけの事だよ。それに一人でいるよりも夜はできるだけ誰かと二人でいた方が安心だし、予期せぬハプニングで命を危険にさらす事もないだろうからな。その自らの安全性を確保する為にも山岡あけみの偽物は鮫島海人に近づいたのだと推察するぜ)


 だがそんな詳しい内情は絶対に言えない勘太郎は、熱弁する鮫島海人を見ながら同調するかのように深く頷く。


「そうですね。きっとあの山岡あけみの偽物さんは犯人達の意に反して、鮫島さんを殺害するのをためらったのかも知れませんね」


「そうだろう、だから俺は彼女の遺言通りに、そのお子さんに会いに行く事に決めたんだよ。それに俺もしばらく塀の中にいたからわかるが、誰も面会に来てくれないと不安になる物だし一人は寂しい物だしな。だから俺なんかでよかったら時々は土産でも持って会いに行くつもりだ。それを彼女も望んでいるかも知れないしな」


「そうですね。きっとそうなることを望んでいますよ。もしもその子に会えたなら、もしかしたらあの偽物の彼女の本当の名前もわかるかもしれません。もしもそのこのいる幼児施設が分からないのなら俺に連絡を入れてください。ウチの赤城文子刑事に頼んで居場所を調べて貰って、そのお子さんに会えるように許可を取ってもらいますから」


「そうかい、そいつは助かるぜ。実は昨日の内に事前にその幼児施設の住所は教えてもらっていたんだが、その施設内に入れて貰えるかどうかが不安だったんだよ。普通に考えて赤の他人の男がその子供に会いたいと願い出ても当然却下されるのが落ちだからな」


「はははは、その子に本当に会う気があるのなら、こちらの方でなんとかして見せます。だから鮫島海人さん、あなたも心無い誹謗中傷や世間の荒波にも負けずに、これからも頑張ってください!」


「ああ、じゃあな、黒鉄の探偵さんよ。またどこかで会える日が来るといいな!」


 元気よく別れの言葉を口にした鮫島海人は日焼けした逞しい大きな背中を勘太郎に向けると、堂々とした足取りで表玄関を後にする。



「あら、みんな出て行ってしまいましたか。だれもいなくなったペンション内は物静かでとてもいいのですが、なんだか大きなお祭りが終わってしまったようで寂しさも感じますわね」


 ペンション内にいた皆が去った後、そう言って勘太郎の前に現れたのは白一色の衣服を羽織り、左手には羊のマスクを持つ羊野瞑子である。

 羊野は日の光をできるだけ避けながら勘太郎に近づくと、一番近い表玄関の柱の影に隠れながら話をし出す。


「黒鉄さん、今回もご苦労様でした。南の海で活動していた、不可思議な海に関わる謎のトリックを操る狂人・死伝の雷魚を見事撃破したその勇気と手腕は直ぐに他の円卓の星座の狂人達にも伝わりますわ。そうなれば狂人達は否応にも私達に一目を置きながらも更なる警戒をし、そして迫り来る挑戦者達の試練に打ち勝ち続ければいつかはあの狂人・壊れた天秤にも辿り着けますわ!」


「狂人・壊れた天秤か。不可能犯罪を追求し掲げる秘密組織、円卓の星座と呼ばれる組織の狂人達の頂点にしてカリスマ、そして円卓の星座の創設者の狂人か。まあそんな奴にはできたら一生関わり会いたくはないが、今回のように彼らと関わり合わなくてはいけないというのならいつかはそのボスとも対峙する日が来るのかもしれないな。まあそんな事よりだ、羊野……お前に三つほど聞きたい事があったんだ」


「私にですか。一体なんでしょうか」


 勘太郎のただならぬ真剣な姿勢に羊野は、勘太郎がこれから何を語るのかをわかっているかのように落ち着き払いながら、その切れ長の美しい瞳を妖艶に細める。


「第一の質問は、羊野お前は、濡れ衣を着せられた鮫島海人を自分の部屋に匿う時に彼から今いる山岡あけみは偽物かも知れないという話を聞いて、彼女は円卓の星座側が密かに送り込んだ監視人だと直ぐに気づく事ができたな。そうなんだろ」


「確かに鮫島海人さんから山岡あけみさんは偽物かも知れないという話は聞きましたが、彼女自身が今回の犯罪に加担している行動が見受けられなかったので監視人である可能性は確かに考えたかも知れませんね。でもそれだけですわ。とくに無害のようなのでほおっておいたのですが、それがなにか」


「第二の質問だ。沼川英二巡査が無くした拳銃の件だが、あれを盗んだのはまさかお前じゃないだろうな」


 勘太郎のその真剣な指摘に羊野は口元を押さえながら、わざとらしくおどけて笑う。


「ホホホホ、そんな訳ないじゃないですか。私を犯人扱いするのはやめてくださいな。それにもし仮に私が沼川英二巡査の拳銃を盗んだというのならその目的は一体なんですか」


「それは勿論沼川英二巡査の拳銃に偽物の弾丸を装填する為だろ。死伝の雷魚こと岩材哲夫の言うようにお前は大島豪会長と岩材哲夫の息の根を止める為にわざと大島豪会長が銃を抜くような状況をわざと作り上げ、挑発して沼川英二巡査が持つ拳銃を大島豪会長に撃たせたんだよ」


「ちょっと待ってください。いくら私でもそう都合よく大島豪会長に沼川英二巡査が下げている腰ベルトからその拳銃を抜かせて、尚且つ撃たせる事は流石にできませんよ。いやですわ、黒鉄さんったら、あんな結果になったのは大島豪会長が自発的に拳銃を奪い私を撃った事によるルール違反が原因じゃないですか。だから彼らが死んだのは私のせいじゃありませんわ。大島豪会長は自らの意思でそのルールを破り、裏切り者として監視人にその命を奪われたのです」


「果たしてそうかな。人の行動を操る心理学に精通しているお前ならあの状況を作り上げる事はそう難しくはなかったんじゃないのか。鮫島海人から山岡あけみが偽物かも知れないという情報を聞いた時点でお前の大島豪会長と岩材哲夫を殺害する計画は進行していたんじゃないのか。その証拠に盗まれて紛失していたはずの沼川英二巡査の拳銃は、犯人達に会いに行く過程で照明車の運転席から見つかっている」


「まあ、そんな所に拳銃があったのですか。見つかってよかったですわね」


「白々しい事を。大体工事現場にある照明車で辺りを照らして犯人達の視界を攪乱しようと言い出したのは他ならぬお前じゃないか。そしてその車の運転を沼川英二巡査に頼んだのもお前だったよな」


「偶然ですわ。それにその照明車の利用は黒鉄さんもノリノリだったじゃないですか。そのいいかたでは互いに照明車の事を知っている黒鉄さん自身ももしかしたら犯人かも知れないとも言い切れますよ。この話には互いに私達のアリバイを証明してくれる目撃者がいないんですから証明の仕様がありませんよ。照明車に沼川英二巡査が乗り込む事を知っているのは、私と黒鉄さんの二人だけですからね」


「ぬぬ、確かにな。だがその後照明車の運転席で拳銃を見つけた沼川英二巡査はそれが自分の本物の拳銃だと言うことがわかると、喜びいさんで玩具の拳銃から本物に変えて、腰ベルトに下げてあるホルダーケースにしまったんじゃないかな。その拳銃自体は本物だが、弾丸の方は偽物だとも知らずに。お前はそこまで計算してあの拳銃を照明車の中に置いて行ったんだ。そうなんだろ!」


「まあ~ぁ、そうだったんですね。だから大島豪会長が撃った拳銃は弾が発射されなかったのですね。不思議な事もある物ですわね」


 真面目に話す勘太郎の指摘に、羊野は今わかったかのようにわざとらしく驚いて見せる。


「つい先程わかった事だが、本物の六発の弾丸は照明車の助手席のサイドボックスの中から見つかったそうだ。一体だれがなんの為にご丁寧にも拳銃と弾丸をわざわざ分けて別々にしたんだろうな」


「そうですね、不思議ですよね」


「もうこんな事をする理由は、大島豪会長にその実弾が入ってはいない拳銃を撃たせる為の伏線作りとしか考えられないじゃないか。羊野、もういい加減自分がしでかした犯行だと認めろよ。大島豪会長をその気にさせて殺人教唆をしたとな。その過程で大島豪会長や岩材哲夫だけではなく、結果的に監視人でもある山岡あけみさんの偽物も共に死へと追いやっている。これが今回の狂人ゲームに勝つお前のやり方なのか。どうなんだ、羊野!」


「それで、三番目の質問は、なぜ大島豪会長、岩材哲夫、山岡あけみさんの偽物の三人をわざわざ殺す必要があったのかと言うことでしょうか」


「そ、そうだ。なぜあの三人をわざわざ殺す必要があったんだ。答えろよ、羊野!」


 あくまでも殺人教唆の関与を疑う勘太郎に羊野は長い白銀の髪をなびかせながら真剣な視線を向ける。


「今回の狂人ゲーム、結構時間も丸一日余りましたし余裕を持って事件を解決したように見えますが、警察上層部としても今回だけはまかり間違っても負ける事は絶対に許されない勝負だったようです。なにせ今回、狂人・死伝の雷魚VS白い羊と黒鉄の探偵との狂人ゲームをプロデュースした主犯格は円卓の星座の創設者、壊れた天秤ではなく。円卓の星座、始まりの六人の一人でもある狂人・震える蠅ですからね。彼がこの狂人ゲームに間接的に関わっていたのなら、どこか遠くで私達の勝負を見ていたはずです。そんな情報を裏ルートから密かに入手していた物ですから、もしも負けてしまっていたらと心配していたのですよ」


 狂人・震える蠅という言葉を聞き、驚いた勘太郎はその顔を引きつらせる。


「狂人・震える蠅だと、あの最悪邪悪な驚異の狂人がこの勝負を見ていたというのか。確かにあの狂人が手がけた狂人ゲームなら絶対に負ける訳にはいかないな。俺達が最悪狂人ゲームに負けても狂人・壊れた天秤ならその約束した人数以外は絶対に人はむやみには殺さないが、あの狂人・震える蠅は違う。あの狂人が関わっているのなら俺達が負けた際はそのペナルティーとして、当初言っていた数のその十倍の人間を無差別に殺害するだろうからな。初代黒鉄の探偵でもあった俺の父親はその狂人・震える蠅との狂人ゲームに負けて、当初十人だった数をペナルティーとして更に九十人ほど追加をされて、およそ百人もの人間が無差別に殺されてしまったらしいからな。黒鉄探偵事務所始まって以来の初の大敗であり失態だと、生前ウチの父さんがよく悔やんでいたからな」


「心理学と精神学に通じ、驚異のメンタリストでもある狂人・震える蠅が関わる狂人ゲームだというのなら私達はたとえどんな手を使ってでも絶対にこの狂人ゲームを落とす訳にはいかなかったのです。なにせ今回の事件は警察側も円卓の星座側が手がけた狂人ゲームである事をひた隠しにしていた訳ですからね。そして私達に本当のことを言わなかったその理由は……」


「狂人・震える蠅が関わる狂人ゲームだったから、ということか。仮に俺達がこの狂人ゲームに失敗して、日本国中の一般人が沢山殺されても、その関わった狂人の名を知らなかったら俺に無駄に罪の意識を背負わせる事はないという警察上層部の配慮という訳か。全く余計な気遣いをする物だぜ」


「こんな道半ばで責任と罪の意識に押し潰されてメンタルを病んでリタイヤをされても警察上層部としては困ると思ったのでしょうね。だからこそ今回のこの事件は、狂人・震える蠅が関わる狂人ゲームだとは言えなかったのです。今回の事件の犯人はあくまでも狂人・死伝の雷魚であり、あくまでも大島豪会長と岩材哲夫が起こした怪事件だと私達に思わせたかったのでしょうね」


「だからお前も問答無用でその手段も選ばずに、徹底的に大島豪会長と岩材哲夫、それに山岡あけみさんの偽物を殺すという暴挙に出たのか。そして事件が無事に解決したならば多少の人の死は更なる人の命を守る為の必要な誤差だと上の上層部もそう思っている訳だな。全く反吐がでる話だぜ!」


「フフフフ、何度も言いますが私は何もしてはいませんよ。それとも大島豪会長・岩材哲夫さん・山岡あけみさんの偽物の三人をわざわざ殺人教唆で死なせたという的確な証拠でもあるのですか」


「お前の言い分では、山岡あけみが偽物だという情報は鮫島海人に話を聞いただけで特になにかをした訳では無いと言うことと。沼川英二巡査の拳銃を盗んだ犯人の姿を見たという目撃者もいない以上、羊野がその犯人である証拠も可能性もまた実証はできないと言うこと。そして最後に、その拳銃や照明車からも沼川英二巡査の指紋以外は一切検出はされなかったと言うことを言いたい訳だな」


「なら私があの三人を死に追いやったという証拠は当然出ては来ませんよね。全く黒鉄さんはちょっと考えすぎですわ。私にそんな芸当ができるわけないじゃないですか。人の心理を操る狂人・震える蠅じゃあるまいし」


「お前のやり方と、震える蠅が使う人の心理を操る殺人トリックは何処か似ている所があるからな。それにしてもお前の罪と嘘を暴くにはやはり証拠が足りないか。ちくしょう羊野、わかっているのか。お前は人をあやめただけでは無く、その殺された人達に関わるその人間の未来をも不幸にしたのかも知れないのだぞ!」


「ですから私は何もしてはいませんわ。拳銃の引き金を引いたのは大島豪会長ですし、その大島豪会長と岩材哲夫さんを撃ち殺したのは山岡あけみさんの偽物です。なので私は全く関係はありませんわ」


「全くお前という奴は、その冷徹無比な精神は一切ぶれないんだな。山岡あけみさんの偽物のお子さんがかわいそうだとは思わないのか」


「赤の他人ですし、言っている意味が分からないのですが」


「はあ~ぁ、お前はそういう奴だったよな。聞いた俺が馬鹿だったよ。やはりお前の言動には目を光らせて置かないとやっぱり駄目だと言うことか。改めて肝に銘じておくよ。元円卓の星座の狂人・白い腹黒羊は勝負に勝つためだったらその手段は選ばないと言うことか。ならその手綱は常に俺が持って置かないとな!」


「手綱って、私は馬ですか。相変わらず私は信用がないですわね!」


 まるで困ったかのようにわざとらしくおどけて見せる羊野は、手に持つ白い羊のマスクを深々と頭に被ると直ぐさま話題を変える。


「そんな事より、事件も解決した事ですしこのまま宮古島旅行に行きましょうよ。まだ見たい所や食べたい海産物が沢山ありますから黒鉄さんにはそのエスコートを頼みたいのですが」


「そんな事よりもって、お前。全くお前はこの状況でよく旅行を再開する気になれるな」


「私は何もしてはいないのですから、むしろ堂々としていて当たり前じゃないですか」


「くそ、その証拠がない以上お前の疑いを追求する事はできないか。なら仕方が無い、そのわだかまりは今回は保留にして置いてやるよ。いろいろと懸念は残るがな」


「フフフ、ではそろそろ私達もこのペンションをでて行きますか。もう直ぐバスが来る時間でもある事ですし」


「な、なにぃぃぃ、もうそんな時間か。急げ羊野、そのバスを逃したら次に来るのはその数時間後だぞ!」


「それは流石に困りますわね。では急ぎましょう!」


 勘太郎と羊野は事前に用意をしていた荷物を互いに手に取ると、あと三分で来ると思われる市内バスに間に合う為、近くのバス停に走りながら、いろんな人達の思惑が交差し漂う、哀愁溢れるペンションを後にするのだった。



死伝が巣くう島。終わり。

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白い羊と黒鉄の探偵。死伝が巣くう島 藤田作磨 @fuzitakazuma

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