第21話 『狂人・死伝の雷魚との対決』

          21.狂人・死伝の雷魚との対決



 大島豪と大栗静子は生唾を呑みながらも緊張した面持ちで二人の狂人のにらみ合いを見守り、勘太郎の方はいつでも加勢にいける体勢を取る。そんな周囲に見守られながら二人の狂人はついに動き出す。と思われていたが先に動いたのはにらみ合っている二人の狂人達ではなく、両手を後ろ手に縛られ地面に寝そべっていたはずの花間敬一社長である。


 両腕からロープを外した花間敬一社長はサイドドアに銛が突き刺さっている車の前まで来るとその運転席のドアを開けていきなりクラクションを鳴らす。


 ビッイイイィィイィィィィィィィィーーィィッ!


「「な、なんだ?」」


 死伝の雷魚は言うに及ばず大島豪や大栗静子が花間敬一社長の方にその視線を向ける中、羊野瞑子だけはなぜかその事がわかっていたかのように視線を一瞬外した狂人・死伝の雷魚の隙を突く。いきなり動き出した羊野瞑子は俊敏な動きで正面から突っ込む。


「く、来るか!」


 その動きに一歩遅れて反応した死伝の雷魚は右手に持つ銛を素早く羊野瞑子に突き立てようとするが羊野瞑子が左手から眼前に投げつけた砂の塊は正確に飛び、マスクを被っていない死伝の雷魚はその砂の塊をまともに受けてしまう。そう羊野瞑子が素早く投げつけた砂の塊は死伝の雷魚の動きを封じる目潰しに使われたのだ。


「ぐっわぁぁ、め、目がぁぁぁ!」


 視界を奪われながらも持っている銛を振り回し羊野瞑子を切りつけようとするが、それらの攻撃を全て寸前の所で交わして見せた羊野瞑子は死伝の雷魚の懐に素早く入り込むと相手の股下に豪快な蹴りを打ち込む。


 その金的による攻撃をまともに受けた死伝の雷魚は頭を下げ、腰をくの字に折り曲げながら苦悶の表情で悶絶していたが、下を向いてしまったその顔に今度は流れるような羊野瞑子の素早い膝蹴りが華麗に決まる。


 バキッ!


「がっはぁぁーーっ!」


「そんな小娘に何を遅れを取っているのだ。お前の自慢のその腕力で取り押さえてしまえばそれで済む話だろ。そのすばしっこいだけの非力な小娘に本当の海の男の力を思い知らせてやれ!」


 大きな声で指示を出す大島豪の助言を受け、死伝の雷魚こと岩材哲夫は両手を広げながら怒りの表情で掴みかかろうとするが、羊野瞑子は岩材哲夫の目の前で素早くしゃがみ込むと右手に持つ、打ち刃物の包丁の刃先を死伝の雷魚の足の甲に躊躇無く豪快に突き刺す。


 ドッスン!


「うぎゃあぁぁぁぁーーぁぁ、足が、左足の甲が、ぐっわあぁぁぁぁ!」


 靴の上から地面を貫通するほどに包丁が深々と貫かれ、地面の回りは流れ出た血で真っ赤に染まる。その血の量と激痛によもや立つことすら容易ではなくなった狂人・死伝の雷魚は足を抱え大きくうずくまりながら羊野瞑子を睨む。


「や、やってくれたな、白い腹黒羊。車のサイドドアから脱出する際に、後ろ向きに両腕を縛られ身動きができないでいる花間敬一社長の縛りを解き、震えている花間敬一社長に耳打ちするかのように人知れず近づき、時が来たら車のクラクションを鳴らせと指示していたな!」


「あら、一体何のことかしら」


「しらばっくれるんじゃない。俺とお前が向かい会う時が来たら車のクラクションを鳴らして一瞬だけ周りの注意を集めろと花間敬一社長に指示していただろ。そうでもしなかったらまず有り得ないタイミングだからな。勝負に勝つ為ならいかなる状況をも事前に用意をするお前のその機転と狡猾なずる賢さには正直頭が下がるぜ。そしてなんの躊躇も無く相手に包丁を突き立てるその無慈悲な戦い方は、まさに元円卓の星座の狂人と言ったところか。お陰で俺はもうこの場から満足に立ち上がる事もできない。そうだ、これで完全に俺達の負けが決まったと言うことだ。非常に歯がゆく無念な事だが、まあ負けは負けだし、完全な敗北を認めるしかないだろうな!」


「そう言ってくれて正直助かりますわ。私としてはどうでもいい事なのですがこのままあなたを殺してしまったら黒鉄さんや警察の方々があまりよい顔をしませんからね」


 とくに悪びれる様子も無く無邪気に話す羊野の言葉に、話を聞いていた勘太郎が素早く反応する。


「当然だ、羊野そのくらいにして絶対に殺すなよ。岩材哲夫、その足の傷と出血ではもう動けないはずだ。今から傷の応急処置をするから、救急車が来るまでそこでおとなしくしているんだ!」


「救急車か……まさか救急車を呼んだのか。そうか。だがその救急車においそれと乗れたらいいがな……」


 ついに戦いにおいても負けを認めた死伝の雷魚こと岩材哲夫は潔い言葉を小さく呟くが、そんな諦めムードに反するかのように大栗静子が花間敬一社長の元に走り出す。


「ふざけんな、このまま諦める物ですか。どうせ警察に捕まるのなら今ここで確実に花間敬一社長を殺してやるわ!」


「大栗静子、もうこれ以上罪を重ねるんじゃない。自分の手をいくら汚しても亡くなったご主人は喜びはしないぞ!」


「うるさい、なにも知らないくせに余計な正義顔をするんじゃない。殺す、絶対に花間敬一社長はこの手で殺す!」


「うわぁぁあぁぁ、来るな、来るんじゃない。わかった、もう一度見直すから……池間島でのレジャー施設開発プロジェクトの事業は見直すから、自然や海にも配慮をするから、命だけはどうか助けてくれ!」


 ただひたすらに懇願する花間敬一社長に大栗静子は鬼の形相で掴み掛かろうとするが、その寸前の所で勘太郎に体を羽交い締めにされる。


「そこまでだ、もう勝負はついたんだから、ここでおとなしくしているんだ!」


「離せ、離しなさい。もう一歩だったのに。あと少しだったのに。ちくしょう、ちくしょう。ちょっと大島豪さん、何をボケーッと突っ立っているのよ、早く私に加勢しなさいよ!」


 必死に叫ぶ大栗静子の声は当然聞こえているはずだが、大島豪はなぜか動かない。それもそのはず自分が作り育てた狂人・死伝の雷魚の敗北に人知れず強いショックを受けているからだ。


 そんな大島豪の心情などは知る由もない大栗静子は勘太郎に押さえ込まれながらも激しくジタバタしていたが、その修羅場と化した事件現場にどこからとも無く光の方角から沼川英二巡査がいそいそとその姿を現す。沼川英二巡査は怪我をしている岩材哲夫の姿を見ると持参している救急箱を持ちながら不用意にも岩材哲夫に近づく。


「岩材哲夫さん、大丈夫ですか。今から応急処置をしますからおとなしくしていてください」


「沼川英二巡査、あんたがあの照明車の光を操り、操作と調整をしていたのか」


「まあ、そういう事です。あなた達は私の動きまではなぜか監視はしてはいないようでしたから、割と簡単にあなた達の目をかいくぐって動けました」


「お前の事はとくに脅威と思ってはいなかったからな。ほったらかしにして置いていたのだが、そんなお前を白い腹黒羊はより良く活用していたのか」


「そんな悲しい事を言うなよ!」


「そしてお前は、俺と狂人・白い腹黒羊との勝負がついたから、安心してここに来たと言うことか」


「はい、あなたとの勝負が終わったらここに来るようにとそこにいる羊のマスクを被る探偵の助手さんに言われていましたから、安全を確認後にここに来たと言うわけです。あ、言っておきますが今から逃げようとしても無駄ですよ。もう赤城文子刑事には連絡をしていますから、今頃はここに警察が向かっている頃だと思います」


「そうか、羊野瞑子の指示でお前はここに来たのか……白い腹黒羊の……そうか」


 そう言いながら羊野瞑子を見る岩材哲夫は無言でにらみつけるが、応急処置を始める沼川英二巡査の背後にいつの間にか近づいた大島豪が沼川英二巡査の腰ベルトから三十二口径のリボルバーを瞬時に引っこ抜く。


「わぁ、大島豪さん、一体何を。その拳銃をおとなしく返すんだ!」


 慌てふためきながらも取り上げられた拳銃を取り戻そうと振り向こうとする沼川英二巡査だったが、何かを決断した大島豪はその手にしたリボルバー拳銃のグリップ部分で沼川英二巡査の後頭部を力強く殴打する。


 バキッ!


「ぐわっぁぁぁ!」


 頭を抱えながら倒れる沼川英二巡査を見届けた大島豪は、リボルバー拳銃の銃口を羊野瞑子に向けると震える手で素早く構える。


「こ、これで形勢逆転だな。ここにいる者達を撃ち殺して、この場を今すぐに離脱するぞ。岩材哲夫、急げ!」


「大島さん、馬鹿な事はやめるんだ。わからないのか、もう俺達に逃げ場はないし、例え警察から逃げ切ってもあの円卓の星座の狂人・壊れた天秤が俺達を見逃すはずがないだろ。正体がばれた俺達はその掟に従い始末される運命にあるのだ。それがわからないお前ではないだろう」


「まだ正体がばれてそんなに時間は経ってはいないはずだ。それに今から海外に逃げればどうにかなるかも知れない。他の追っ手の狂人が来るにしても東京からこの宮古島まで来るには数時間はかかるはずだ。なら沖縄の海を守る会の会員達の協力を上手く利用して身を隠しながら行けば漁船に紛れて台湾か韓国に逃げられるかも知れない。その為には今ここで素早くそして確実にこの拳銃で白い羊と黒鉄の探偵と沼川英二巡査を葬る必要が」ある。そうだろ、岩材哲夫!」


「この展開は当然白い腹黒羊は知っていたはずだ。しかも白い腹黒羊はお前が沼川英二巡査に近づくのを止めもしなかった。これは明らかにおかしいぞ!」


「狂人ゲームのルールで守られているから狂人側は絶対に拳銃は使用しないと思っているようだが俺をなめるなよ。もう正体がばれてしまった以上俺達はもう狂人ゲームのルールに従うつもりはないということだ。そのルールに逆らおうが守ろうがその死の結果はもう変わりはしないのだからな。なら今ここで皆を撃ち殺してから素早くこの場を逃走しようではないか」


「いや、その逆だ。あの白い腹黒羊はあえてその引き金をお前に引かせようとしているんだ。そうとしか思えない行動だ!」


「馬鹿な、仮にそんな事になったらいくら白い腹黒羊といえども六式拳銃の弾丸を全てよけ切る事は絶対にできないぞ。ああそうさ、絶対にできないはずだ。だから大丈夫だ、お前は深読みしすぎなんだよ。白い腹黒羊はただ単に俺が絶対に拳銃は撃たないと高をくくっているんだ。油断をしているんだ。ただそれだけの事だよ!」


「大島さん……いいから俺を見捨てて逃げてくれ。俺がなんとか時間を稼ぐから」


「だめだ、お前にはまだこの海を守る使命があるはずだ。ここから逃れたらもう一度一から仕切り直しだ。新たな海外の拠点を立ち上げて、また狂人・死伝の雷魚の活躍の場を作り上げてやるよ。その為にはどうしてもお前の力が必要だ!」


「大島さん……」


「そんな訳で白い腹黒羊、お前には真っ先に死んで貰うよ。お前さえなんとかすればここから逃げられそうだからな!」


「フフフフ、撃てる物なら撃ってみてくださいな。どうせそんな勇気もないくせにつまらないはったりはやめて貰いましょうか」


「はったりかどうか、今ここで見せてやるよ!」


 三十二口径の拳銃を羊野瞑子に向けながら構える大島豪はその引き金に人差し指を掛けるが、そんな大島豪を見ながら勘太郎は困惑の顔を向ける。


(あれ、確か沼川英二巡査は自分の拳銃を何処かに紛失して、今腰に下げている拳銃はただの玩具のモデルガンだったはずだ。だがその拳銃を取り上げた時点でいくら大島豪が素人でもその拳銃が玩具か本物かは重さやその材質の手触りでわかるはずだ。でもなんの違和感に気づくこと無くその拳銃を羊野に向けていると言うことはもしかしたらあの拳銃は本物だと言うことなのかな。つまり俺が知らないうちに紛失した拳銃がいつの間にか見つかっていたとも考えられるが、一体どっちなんだ。だがいずれにしても自棄を起こしている大島豪があの拳銃を撃つことは誰の目にも明らかだ。ならなぜ羊野はそんな大島豪の行動を黙って見過ごしたんだ。本当に大島豪は撃たないと思い、高をくくっているのか。いやあの慎重な考えを持つ羊野がそんな楽天的かつご都合主義的な思考は絶対にしないはずだ。一体羊野は何を考えているんだ?)


 沼川英二巡査から奪った拳銃が果たして本物かどうかを疑う勘太郎の思いとは裏腹に大島豪は手に持つ拳銃を更に構え直しながらその狙いを羊野瞑子の心臓に合わせる。


「これで終わりだ、白い腹黒羊。お前の後に黒鉄勘太郎と沼川英二巡査に、おまけに花間敬一社長の三人も必ず始末してからここを去る予定だから安心して先に地獄に行くといいぞ!」


 冷徹にそう言葉を返すと大島豪は覚悟を決めながら拳銃の引き金を引くが、カチャリと音が鳴るばかりで一向に弾丸が発射されない。

 もしかしたら不発かと思い回転式リボルバーの引き金を何度も引くが、拳銃の回転式弾倉が空しく回るばかりで銃口から弾丸が発射される事は一向になかった。


「馬鹿な、この拳銃はどうなっているんだ。まさか弾が入っていないのか?」


 焦りながらも拳銃の弾丸を確認しようと大島豪は装填されている弾を調べにかかるが、そんな大島豪と岩材哲夫の元にどこからともなく誰かの声が飛ぶ。


「やれやれ、やはり拳銃を撃っちゃいましたね。大島豪さん、これは明らかなルール違反ですよ。でもまあ正体がばれているのですから、自暴自棄となり自棄を起こすのも分かりますがね」


 そう言って闇夜が広がる草むらから現れたのは新人ミステリー小説家を名乗る山岡あけみである。


「山岡あけみだと……奴は一体何をしにここに来たんだ?」


「そうか、彼女が……だとするなら大島さん、もう俺達はどこにも逃げられないと言うことだ。そうだろ、白い腹黒羊!」


「そうです、彼女はあなた達と私達探偵との勝負の顛末を確認しに来た監視役であり、円卓の星座側が送り込んで来た工作員です。彼女の使命は私達の勝負の行方を正しく把握し、その過程や経緯をファイルに纏める事ですが、その調べ上げた全てのレポートを狂人・壊れた天秤に献上する役目を命令されているはずです。なのでただの監視役兼工作員がこの事件に直接関与する事はまずないのですが、もしも今回のように狂人側が自らルール違反をするような事があったらその後始末をするのもまた彼女の役目なはずです。そして私の予測した通りにその観察人がここに来たと言うことは……まあそういう事なのでしょうね」


「円卓の星座側が俺たちにも内緒で、人知れず送り込んで来ていた監視役だと。その監視人が姿を現し、そしてここに来たと言うことは……まさか。は、大島さん、逃げろ。今すぐここから逃げるんだ!」


「もう遅いです」


 まるで全てがわかっているかのように山岡あけみはため息交じりに大島豪と岩材哲夫の間合いに入ると、下げてあるウエストポーチの中からトカレフ拳銃を取りだす。


「すいませんが、あなた方にはルール違反で死んで貰います!」


 山岡あけみは淡々とした口調でそう言うと、手に持つトカレフ拳銃を構えながらその引き金を引く。


 パァァーーン! パァァーーン! パァァーーン!


 正確に放たれた山岡あけみが撃つ三発の弾丸のうちの一つが正確に大島豪の眉間に当たり、残りの二発は岩材哲夫の胸の辺りを確実に射貫く。その瞬間大島豪は力なく地面へと倒れ。岩材哲夫は口から血を吐きながらその場に崩れ落ちる。


「これがお前が仕組んだ……俺たちへの結末か……白い腹黒羊!」


「勘違いしないでください。その愚かな選択をしたのは他ならぬ大島豪さんじゃないですか。私のせいではありませんわ」


「そうなるように焚付け、拳銃を撃つように仕向けたんだろ。大島さんが拳銃を向けてもお前は警戒すらしなかったと言うことは、その拳銃に本物の弾丸が入ってはいない事を最初から知っていたと言うことになる。白い腹黒羊……沼川英二巡査が持つその拳銃に予めなにかの細工をしたな。そうだろう!」


「さあ、なんの事ですかね」


「どっちにしろ……遅かれ早かれ、死の運命を回避する手段がなかった大島豪は、その手に持つ拳銃を撃つ意外に道はなかったと言うことか。これが……他の狂人達が畏怖し警戒している狂人・白い腹黒羊こと羊野瞑子のやり方か。まったく、血も涙もない奴だ……」


 そうため息交じりにつぶやくと狂人・死伝の雷魚こと岩材哲夫は、既に眉間を撃たれて即死をしている大島豪の姿を眼球に焼き付けながら静かにその最後を迎えるのだった。



 その十秒後、目的を果たした山岡あけみはトカレフ拳銃を下に下ろすと、何かを思いながら静かに目を伏せる。そんな山岡あけみに勘太郎の力強い声が飛ぶ。


「山岡あけみさん、なぜ大島豪と岩材哲夫を撃った!」


 大栗静子を押さえつけながら勘太郎が大声でそう叫ぶと、山岡あけみは悲しげに苦笑いをしながら小さく肩を竦める。


「大島豪さんは本当に馬鹿な事をしてくれました。これじゃこっちまでとばっちりですよ。彼らが最後の最後にルール違反をしてくれたお陰で私まで表に出てこざる終えない状況になってしまいました。このまますんなりと副業を終えて家に帰れると思っていたのに非常に残念です」


「それは一体どういう意味だよ!」


「その正体がばれた者はたとえ誰であろうと死なないといけないのですよ。それがたとえただの工作員や監視役でもね。まあ円卓の星座の内情を深く知らない工作員や監視役は例え正体がばれてもその場に放置されて、まず殺される心配はないのですが、私は結構深く関わっていましたからしょうがないですよね。その為の人質も取られている事ですし私はあの組織からは絶対に逃げられないのですよ」


「人質、逃げられないだと……山岡あけみさん、あんたは一体何を言っているんだ?」


「山岡あけみですか、実は私は山岡あけみではないのです。大島豪と岩材哲夫がこの殺害計画を実行するにあたり事前に、警務所上がりの鮫島海人なる人物に全ての罪を被せる計画を立てていたようです。そして今回のターゲットでもある花間敬一社長の殺害後に全ての罪を鮫島海人に被せる計画を立てている情報を事前に入手する事ができた私は池間島に潜入するに当たり鮫島海人を知る昔の幼なじみに成りすます設定を思いつきました。山岡あけみの容姿や性格を真似て鮫島海人に宛も何十年ぶりに偶然出会ったかのように親しげに接してみせたのですが、彼とは中々に気があってしまいまして、短い時間ではありましたが楽しい一時を過ごさせて貰いました。私は偽物ですがもっと早く彼のような人間に出会えていたらこんな悪事には染まらなかったのかも知れませんね」


「山岡さん……あんたは……」


「あ、因みに本物の山岡あけみは九州の方で結婚をして楽しく暮らしている用ですからご心配なく。そして鮫島さんにあったら言っといてください。じつは私はシングルマザーで、ある幼児施設に三歳になる娘を一人預けているのですが、暇な時にでもいいですからその子に一度だけでも会ってくれたら非常に嬉しいです。私は小さい時から身寄りがいませんでしたから、人生を生きるうえで非常に苦しい思いをしました。その過程で好きな人もできましたがその男には逃げられてしまい、母一人子一人になってしまいました。そんな身寄りの無い私には当然保証人もいませんでしたから真っ当な住所も無く、そのせいで真っ当な就職すらもままならない有り様でした。そんな私がお給料のいい悪の秘密組織の工作員になるのは極自然な流れだったのかも知れません。なのでそんな惨めな人生をこれからは一人っきりになる娘にも背負わせたくはないですからね。だから時々、年に一度でもいいですから娘の様子を見に行ってくれたらウチの娘も喜ぶと思います。非常に身勝手なお願いですが……昨日のお酒の席で彼は私の子供に会って一目見てみたいと言ってくれましたから、だから是非とも彼に会わせてみたいのです。よろしいでしょうか」


「まさか円卓の星座側の指示に背いたら裏切り者とみなし、その子供を殺すと脅されているのか、なら安心しろ。俺が、いいや、俺達が必ずあんたとそのお子さんを守ってやる。勿論警察もお前の子供を守る為に全力で動くだろうから、だから馬鹿な考えはやめるんだ。君が死んだらその娘さんは本当に一人ぼっちになってしまうぞ。それでもいいのか!」


「二代目・黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎、なるほど、あの凶悪凶暴の元円卓の星座の狂人がなぜ未だに暴走もせずに他の狂人達に勝ち続けているのか、その理由がなんとなく分かったような気がします。あなたは彼女に臆すること無くその行動を諫める事ができる唯一の人なのですね。他の狂人達はあなた達二人を警戒し、壊れた天秤に至ってはあなた達に興味津々です。これからもその危ない羊の狂人を操って、どうか円卓の星座の狂人達の野望と巨大な悪意に挑み続けてください。そしていつの日か私の娘が安心して過ごせる世の中になるといいですね。そんな日が来る事を祈っていますよ」


「や、やめろ、早まった真似はするな。羊野、何をしている早く彼女を止めるんだ!」


 必死に叫ぶ勘太郎の声も空しく山岡あけみと名乗るその偽物の女性は、手に持つトカレフ拳銃を自分のこめかみに当てるとその引き金を静かに引くのだった。



______________________________________


 あと最後の1話で死伝の雷魚編は終わりです。ここまで付き合ってくれた方、本当にありがとう御座いました。(笑顔!)

 またいつの日か『断罪の切断蟹編』か『猛禽の鳥人編』でお会いしましょう!

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