第19話 『移動殺害トリックの正体』

          19.移動殺害トリックの正体



「それでは最後に、高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長が崖から落ちてから一日経った深夜に行方不明となり、その翌日の朝にフナクスビーチ側の海で水死体となって見つかった政治家の金丸重雄さんの移動殺害トリックについてお話しします。金丸重雄さんの死亡推定時刻は朝方の三時から五時の二時間の間で、胃の中からは大量の海水が見つかった事から崖から海に落ちた事での溺死でほぼ間違いないと思われます。ですが死体が運ばれたその漁港で私が金丸重雄さんの死体を調べた時、ある違和感と衣服にわずかについていた物的証拠の品で死伝の雷魚が一体どうやって金丸重雄さんをペンションからフナクスビーチ側まで運び、その後殺害する事ができたのか。そのおおよその想像ができました」


「おおよその想像だと、一体それは何だと言うんだ。あの夜、俺や羊野、それに赤城先輩や沼川英二巡査が各道路を監視し、この池間湿原の水辺は船の類いの物が通ったらわかるようにと監視カメラをセットし深夜中撮影をしていたはずだ。だが明け方そのビデオカメラの中身を調べた結果、水辺を通った怪しい船のような物は何一つとして映ってはいなかったし、人を乗せて空を飛ぶようなプロベラ機のような物があるとは流石に考えづらい。更にはフナクスビーチ側の海岸まで繋がっている地底洞窟のような都合のいい物も当然この池間島にないのは確認済みだ。このような八方塞がりな状況で狂人・死伝の雷魚こと岩材哲夫は一体どうやって酒で溺水していたと思われる金丸重雄を誰にも見つかる事無くペンションからフナクスビーチ側の海岸まで運んだと言うんだ?」


 狂人・死伝の雷魚が作りし不可思議な移動殺害トリックの謎に挑むべく色々と考え必死に頭を使う勘太郎だったが、もういい加減にお前の見解を聞かせろよという勘太郎の無言の圧力に、羊野は仕方が無いとばかりにその捜査結果を話し出す。


「死伝の雷魚の暴挙とも言うべき無慈悲な策略により高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の二人は抵抗のかいなく崖から海へと落ち、後にその捜索に池間漁港の人達が駆り出され協力をしてくれましたが、私達もまた四人に別れて各主要の道路や地元民しか知らない秘密の小道といった各場所も隈なく監視をし、朝方まで検問をして犯人の行方を追っていました。そんな私達の裏をかいくぐり動いていた岩材哲夫さんは管理人の特権とも言うべき合鍵を使って金丸重雄さんの部屋へと難なく潜入し、応援に来てくれた大島豪さんや大栗静子さんと共にお酒で酔い潰れている金丸重雄さんをペンションから外へと連れ出す事に成功します。そして今いる池間湿原のこの場所から金丸重雄さんと死伝の雷魚の二人はある特殊な移動方法を使ってフナクスビーチ側の崖まで移動をし、無事に目的地に到着した物と思われます。その後死伝の雷魚は、まだ目覚めない金丸重雄さんを(一輪車か何かを使って)フナクスビーチ側の崖まで運び、崖の一歩手前の先で慎重に降ろしてから急いでその場を立ち去ったのではないでしょうか。その最後の仕込みとして金丸重雄さんが必ず三時に目覚めるような仕掛けを施してからその場を後にしたようです」


「だからその仕掛けとは一体なんだよ。いい加減もったいぶらずに教えろよ!」


「今から三時間前に漁港の船乗り達が海にプカプカと浮かんでいるある物を見つけたそうです。そのある物とは釣り竿とその糸の先についた小型のデジタル時計です。海水のせいで時計の機能は完全に止まってはいましたが色々と調べて貰った結果、その小型のデジタル時計は目覚まし設定機能がついていてその設定した時間になるとピカピカと豆電球を光らせながらスイッチが切れるまで永遠に音が鳴り響く仕組みになっているそうです」


「つまり手動じゃないとアラーム音は止められないと言うことか」


「そしてここまで言ったら金丸重雄さんが一体どうやってフナクスビーチ側の崖から落ちて亡くなったのか。その想像はつきますよね」


「そうか、金丸重雄は三時に設定された目覚まし時計のアラーム音と豆電球の光で眠りから目覚めたのか。そして真夜中の三時に目覚めた物だから状況が掴めず金丸重雄はかなり焦ったんじゃないかな。ここは一体どこだと心の中で思いながら」


「ええ回りはかなり暗かったでしょうから物凄くびっくりしたでしょうね」


「その目覚まし時計のアラーム音と豆電球の僅かな光に導かれてまだ酒が抜けていない金丸重雄は何も考える事無くフラフラと闇をかき分けながら音と光のある方に近づいて行った。その音と光の先には崖があるとも知らずに……。本来しらふの状態なら周りの状況と波の音でここは海岸だと気づいたんだろうが、まだ酔いが抜けておらず目覚めたばかりでパニックを起こし冷静な判断ができない状態であっただろうから、釣り糸の先にぶら下がっている人参に近づくがごとく金丸重雄はそのままその釣り糸に繋がっているデジタル時計と共に闇が広がる海の底へと落ちていったと言うことだな。そういう事だろ」


「はい、そういう事です」


「その殺害方法はわかったが、その移動方法はまだあやふやのままだぞ。一体金丸重雄はペンションからフナクスビーチ側までどうやって運ばれたんだ?」


「その答えは大島豪さんの傍にある機械にありますわ。大島豪さん、もうその移動トリックの全貌はわかっているのですから、最後はその答えを大島豪さん自身の手で作動させて私達に見せてはくれないでしょうか」


「ばかな、はったりだ、お前は狂言を噛まして嘘を言っているんだ。あのトリックがばれるはずがないんだ!」


「金丸重雄さんの体からわずかですがお酒の匂いがしました。それも着ている衣服からです。そしてその衣服から何かに引っ掛けたのか小さな木材の破片がくっついていました。その木片がなんなのか、その答えを調べたらなんとなく自ずと想像ができました。一体金丸重雄さんはどんな方法で何で運ばれたのかが」


 その羊野の含みのある言葉に大島豪は愕然とししばらく下を向きながら黙りこくっていたが、膝下まである何かの機械に手を伸ばすと物凄く悔しがりながらも羊野瞑子を睨む。


「く、くそぉぉぉぉーーぉぉ、元円卓の星座の狂人・白い腹黒羊。お前はやはり物凄く危険な奴だ。あの狂人・壊れた天秤が一目置くのも頷ける。なら見るがいい、これが金丸重雄をフナクスビーチ側の崖まで移動させたそのトリックの正体だ!」


 大島豪がスイッチを入れた二秒後に機械が動きだし、その機械から水底に伸びているであろうホースに空気がいきおいよく送り込まれる。


「こ、これは、まさか、こんな仕掛けが水辺に施されていようとはにわかには想像ができないだろうな。正直これは奇想天外過ぎて実際に実物をこうやってお目にかからないとだれも信じやしないか。本当に単純で馬鹿馬鹿しい発想だが、これが死伝の雷魚が考えた移動殺害トリックの正体か!」


 呆然と呟く勘太郎の目の前に飛び込んで来たのは、突然沼地の水面から顔を出した大きな酒樽である。人が一人はいれるくらいの酒樽はまるで起き上がりこぶしのように縦にプカプカと浮かんでおり、酒樽の下に重しとなる比重がある事を軽く想像させる。そしてその樽が水面からいきなり浮かんで来たと言うことは空気が送り込まれた事で樽の中の水が外へと排水され、代わりに空気が満たされた事で酒樽が軽くなり浮力を得たのだと軽く推察する。


「そうか、大島豪の足下にあるその機械は酒樽の中に空気を送り込む為の排水を調整する機械だったのか。と言うことはその酒樽の中は上と下との二重構造になっていて、上の半分に人が一人入れるスペースがあって、その下の半分は水を入れたり空気を入れたりしてその重さを調整できるように工夫と改造が施されていると言うことだな。恐らくは人の重さと空気の配分を計算して水面ギリギリになるように上手く調整して酒樽の浮力を確保していたんだ。たく、こんな移動方法を思いつくとは、その構造はまるで小型の潜水艦だな」


「それだけではありません。この酒樽の一番下には恐らくはモーターのスクリューがついていて、予めセットしてある無人の赤外線のナビシステムに従ってまるで掃除機械のルンバのように充電器に向かうがごとくフナクスビーチ側の沼地の端に設置してあるゴール地点まで移動したのではないでしょうか」


「そうか、そのナビの力で無人で動く酒樽に捕まりながら水底を共に泳げば遠くから池間湿原全体を撮影しているビデオカメラにも当然映らないと言うことか。中々に考えるじゃないか。死伝の雷魚としても自動で障害物を避けながら動く酒樽に捕まってさえいれば目的地まで勝手に運んでくれるし、水底でライトを灯す事ができない以上恐らくはマスクの中に内蔵されている探知機のような物で周りの状況を確認していただろうから、例え光がなくとも道に迷う事無く暗闇でも移動ができた訳だな。あの闇と孤独が広がる水底の中に長時間潜っていられるとは、なんて精神力の強い人物なんだ。まさに水に取り憑かれた海や自然を愛する狂人と言った所か」


「はい、それが狂人・死伝の雷魚が使用した殺人移動トリックの全貌です。金丸重雄さんの服に残っていた僅かな臭いは、本来お酒を入れていたはずの長年使用していた酒樽であり、その酒樽の一つを無理やり改造した物です。なのでお酒の臭いがまだ樽の中から抜けきってはおらず、金丸重雄さんの衣服にわずかですが臭いがこびり付いてしまった。そして眠っている金丸重雄さんを酒樽に出し入れする際に酒樽の木目の何処かに衣服を引っ掛けてしまい、その過程で酒樽の材料に使われている木片の僅かな一部を剥ぎ取ってしまった。だからこそ私はわずかに服に引っかかっている木片を見てこの酒樽の存在に気づく事ができたのです」


 羊野は長々と説明しながらもゆっくりと歩み出すと、停車している車のサイドドアの前に立つ。そして最後の追い込みとばかりに羊野の推理は加速する。


「更に移動の際は酒樽の中に蓋をして空気を閉じ込めれば中は密閉され、空気も十分から二十分はどうにか持つはずですから、それだけの時間があれば(その移動速度にもよりますが)ギリギリゴール地点までは持つと計算をしたのだと思われます。どうでしょうか、大島豪さん。これで合っていますか」


「全く恐れ入ったよ、その通りだ、流石は元円卓の星座の狂人・白い腹黒羊と言った所か。そして悔しいが、どうやらこの狂人ゲームはお前達の勝ちのようだ。この土壇場で全てのトリックとその正体を暴かれてしまってはもう我々は降参するしか道はないようだ。こんな形で海を守れなくなるとは正直思わなかったが、ここが年貢の納め時と言うことなのかな。流石に未練も残るし口惜しい限りだがな」


 全てのトリックが暴かれた事で自分の運命を悟った大島豪は深く溜息をつくと、下を向きながら静かにうなだれる。だがそんな諦めムードの光景を見ていた大栗静子は、まだ諦めてたまるかとばかりに堂々と羊野の前へと出る。


「まだ、まだよ、まだ諦める物ですか。そうよ絶対に諦めないわ。大島さん、なに勝手に諦めているのよ、まだ負けた訳じゃないでしょ。こちらにはまだ花間敬一社長という人質がいるわ。そしてその利用次第ではこの窮地だって乗り越えられるかも知れないじゃない。それにあなただってこのまま警察に捕まったらこの綺麗な宮古島の海を永遠に守れず失う事になるわ。このまま心ない侵略者達に海を汚されてしまってもいいの!」


「そ、そんなのは勿論だめだぁ。この沖縄諸島全体の海は我々沖縄の海を守る会が今後も積極的に行動をして悪の建設業者から尊い自然を守るのだ。これは南の島に住む全ての人々に託された我々の義務であり、そして絶対に譲れない使命なのだぁぁぁ!」


「そうよ、その息よ。私だってこの憎い花間敬一社長に家も仕事も全て奪われてその過程で旦那を自殺にまで追い込まれて人生が滅茶苦茶になってしまった。だから花間敬一社長の経営している事業や大切な物を徹底的に破壊し尽くしてからその命を奪わない限りは、絶対に復讐は完遂しないわ。そうでしょ!」


「確かにそうだが、このままでは勝ち目はないぞ。黒鉄の探偵はともかくとして、白い腹黒羊には『その人質は別に殺してもいいですよ』と言われるのが関の山だろうしな』


「なら、この二人を今ここで始末すればいいだけの話じゃない。こちらにだって海を愛する驚異の狂人が付いているんだから、その後の展開もどうとでもなるわよ!」


「こいつらはもう俺たちのことを全て警察に言っているだろうから、もうどこにも逃げられはしないぞ!」


「なら最後にせめて、私達の計画の邪魔をしてくれた白黒探偵を血祭りにあげてから私達の宿敵でもある花間敬一社長に復讐をなし遂げましょう。そして大島豪さん、あなただけはここからどうにかして逃げて頂戴。海外にでも逃げてそこからやり直して、その盲目な会員達と共にまた体制を立て直すのよ。自然を汚す悪漢共から沖縄の自然を守る為にもね!」


「大栗さん……あんた、まさかここで死ぬ気か!」


「大島豪、大栗静子、往生際が悪いぞ。もうお前達が犯人である証拠が沢山出てきたんだからもう逃げられはしないぞ。それに俺達がお前らを逃がすと思うか!」


 真剣な眼差しを送り動き出そうとする勘太郎の行動を、被ってあるフードを自らはだけながら大栗静子は悪意に満ちた形相を向けてその行動を止める。その諦めの悪い執念は更なる憎悪を産み、開き直りにも似た最後の足掻きが勘太郎と羊野、そして花間敬一社長に襲いかかる。


 その危険性溢れる最後の悪あがきに勘太郎と羊野が警戒していると、意を決した大栗静子が間合いを計りながら大きな声で叫ぶ。


「もう大体の話は聞いているんでしょ。勿論近くにいるのよね。さあ出てきなさい、円卓の星座の狂人・死伝の雷魚。あなたが持つ水中銃でこの白黒探偵に確実な死を与えてやりなさい。そして復讐の対象でもある花間敬一社長とその娘さんはその後よ。私はあなたの依頼人なんだから私の最後の願いを聞きなさい。さあ出て来て白い羊と黒鉄の探偵を血祭りに上げるのよ!」


 大栗静子の虚勢に合わせるかのように池間湿原の沼地の水面の中からいきなり水中銃の銛が羊野に向けて勢いよく放たれるが、その銛による攻撃を寸前の所でどうにかよける。


 シューーン。ガッチン!


「もう、危ないですわね。当然、死伝の雷魚が何処かに隠れている事は前もってわかっていましたから警戒はしていたのですが、まさか水面の中から水中銃をぶっ放して来るだなんて想像していませんでしたわ。なので今の攻撃をよけられたのはただの偶然です。でもどうやら死伝の雷魚の真の狙いは私を殺す事ではなく私の動きを封じる事だったようです。なので黒鉄さん、気をつけてください。ここからが正念場ですわよ!」


「何だって、それはどういうことだよ。あっ!」


 羊野の発した言葉の意味を探ろうと勘太郎が羊野の方を見てみると、水面から超スピードで放たれた銛は大栗静子達が乗って来ていた車のサイドドアの部分に深々と刺さり、その隣にいた羊野の白生地のロングスカートの裾を巻き込みながらその場に固定された事で身動きが取れない状況にいるのが目に映る。


 そう羊野瞑子は車のサイドドアの部分にスカートを巻き込みながら固定され、勝手に動けないようにその場に封じられたのだ。


「くそ、マジかよ。これじゃ即戦力の羊野が死伝の雷魚とまともに戦うことができないじゃないか。と言うことは必然的に俺が死伝の雷魚だけではなく、大島豪と大栗静子を入れた三人を同時に相手しないといけないと言うことじゃないか。いや、無理、それは流石に無理ゲーだろ。いきなりこれは形成が逆転してしまったんじゃないのか。俺は今かなりの大ピンチに陥っているのかも知れない。不味い、不味いぞ、流石にこの状況は不味すぎる。一体どうしたらいいんだ。誰か教えてくれぇぇぇ!」


 そんな悲鳴とも言うべき言葉をつぶやきながら体を震わせる勘太郎の戸惑いに応えるかのように沼地の水面が物凄い飛沫と水泡の泡と共に空中へと高らかに噴き上がり、その水柱の勢いを借りて水面から現れた狂人・死伝の雷魚が両手に持つ水中銃を構えながら豪快に地面へと着地を決める。


 ドッスン!


「先手必勝と思い、手始めに白い腹黒羊を狙ったつもりだったが、まさかあの攻撃を寸前の所でよけるとは正直思わなかったよ。だが奴の動きはこれで封じたも同じだから、後は黒鉄の探偵、お前、一人だけだ。そして花間敬一社長共々今ここで死んでもらうぞ!」


「円卓の星座の狂人・死伝の雷魚、ついに現れたな!」


「このままでは黒鉄さんに勝ち目はありませんわ。このスカートに突き刺さっている銛をどうにかして引き抜かないと!」


「やってしまいなさい狂人・死伝の雷魚。あなたの本当の力をそこにいる白黒探偵に見せてやるのよ!」


「そうだぞ、お前の頑張りにこの南の島の自然の行く末がかかっているんだから、絶対に白黒探偵は始末しろ。いいな、今こそその使命を果たすのだ!」


 精巧に作られた不気味な半魚人のような出で立ちで迫る死伝の雷魚は、ロングスカートに突き刺さっている銛をどうにか引き抜こうとする羊野と、警戒しながらもその間合いを取る勘太郎を交互に見ながら、その怪しくも真っ赤に光る魚の眼光を煌々と輝かせるのだった。

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