第18話 『犯人側のアリバイ、崩れる』

          18.犯人側のアリバイ、崩れる



「円卓の星座の狂人・死伝の雷魚の正体は岩材哲夫さんであり、その協力者は大島豪さんです。フードを被る謎の人物の依頼で動いているあなた達は池間島レジャー施設計画に着手している花間建設の社長の花間敬一を元々目障りだと思い殺す計画を立てていた。だから依頼を受けるという形で花間建設に関わりのある人達や特に関係はないが海に関わる人達をこのペンションに偶然を装って招き入れて、そして殺しのターゲットとして集めたのですね。全てはこの地方の民間伝承になぞらえた海に関わる人魚伝説の祟りや呪いを現実の物として完成させる為に」


「羊野、先ずは俺達がこのペンションに来た一日目に、人気ユーチューバーであり編集担当の日野冴子をどうやって殺害したのかを話してやれよ」


「分かりました。では岩材哲夫さんや大島豪さんが一体どうやって日野冴子さんを殺害したのかを順にお話しますね。私達が池間島を訪れた一昨日の十三時頃部屋に様子を見に行った第一発見者の池口琴子の悲鳴からこの狂人ゲームは始まります。私と黒鉄さん、そして赤城文子刑事の三人は自室の浴室で頭から血を流して倒れているという日野冴子さんの生死を確認する為に直ぐに彼女が借りている部屋に向かったのですが、その光景はなんとも疑問が残る物でした。日野冴子さんは後頭部から血を流していてタイル張りの浴槽の角に頭を強く打ち付けたらしく仰向けで死亡していましたが、死因は恐らくは脳挫傷と思われます。でもそんな騒ぎがあったにも関わらず、池口琴子さんが大広間に来て日野冴子さんが倒れていると叫んだ時、その時点で恐らく岩材哲夫さんは厨房の中にはいなかった物と思われます。そうです彼は池口琴子さんの『冴子がお風呂場の中で倒れて、頭から物凄い量の血を流して死んでいる!]という言葉を聞いてはいなかった。だからこそその場にいた他の人達は皆、日野冴子さんの死因は脳内出血や出血多量や果ては頭蓋骨陥没による脳挫傷と考えたはずなのですが岩材哲夫さんだけはなぜか日野冴子さんの死因は溺死だと勘違いをしていた。その一言で私は岩材哲夫さんが犯人ではないかと疑い疑問に感じていました。それが岩材哲夫さんを疑った理由です。恐らく岩材哲夫さんはあの時厨房の裏口から外に出ていて、予め仕掛けておいた日野冴子さんが借りている部屋の浴室の排水口から筒の中を通って伸びているコード線を密かに回収し、その作業をしていた物と思われます。そう考えればあの(先端が剥き出しの)銅線が出ているコード線が巻かれているドラムがゴミ置き場の中から発見されたのも頷けますし、ゴミ回収の人が来れば自然とその証拠の品は時が来れば自動的に隠滅ができると考えたのではないでしょうか。そしてこのトリックはその二日目に別の部屋を借りたにも関わらず洗面台の前で死亡する事になる池口琴子さんにも使われています。二人とも家庭用のコンセントから流れる電気ショックを与えられて、日野冴子さんの方はその衝撃で浴槽から出る際に体勢を大きく崩してしまい、後頭部を浴槽に強く打ち付けている。そんな理由から浴室の排水口から溢れ出て床に溜まっているお湯の水の中で溺れ死ぬ事はなかった。本来の岩材哲夫さんの計画では、溜まっている浴室の水に日野冴子さんの足が触れて感電をし、その強い電気ショックで気絶をした日野冴子さんはそのままお風呂場の水で溺れ死ぬと言うのが本来の計画だったはずです。そのような理由から死因を初めから知っていた岩材哲夫さんは日野冴子さんの死因を誰にも聞き返す事無く溺死だと思い込んでいた物と推察されます。そして私達もその後は日野冴子さんが死亡した現場やその死因は非公開にしていましたから尚更岩材哲夫さんはその死因を勘違いしていた物と思われます。恐らく岩材哲夫さんは密室を作り上げるトリックに余程の自信があったのでしょうね。普通なら後に再度現場を確認したり犯行仲間にその死因を尋ねたりして状況を確認していたらそんなボンミスはまず起こさない物ですが、立ち入り禁止の部屋の中に入っている所を誰かに見られたらかなり不味いですし、仮に犯行に加担している仲間達の誰かに日野冴子は頭から血を流して死亡していたらしいという情報を聞いていたとしても、その直接的な死因は溺死だと思い込んでいたでしょうから特に話の進展はなかった物と思われます。そしてもう一人の人気ユーチューバーの現場担当の池口琴子さんの方は、元々心臓に重いご病気を抱えていましたから日野冴子さんが死んだというショックと自分も何者かに命を狙われているかも知れないという強い不安はかなり心臓に負担をかけていた物と思われます。そんな時にいきなりあの家庭用のコンセントから流れる電気ショックを洗面台でその体に直接受けてしまったのなら彼女の死亡確率はグーンと跳ね上がります。そして実際に池口琴子さんはその後に死亡してしまった。ですが日野冴子さんと池口琴子さんの二人の殺害はあくまでも本丸の花間建設の社長の花間敬一を精神的に追い詰める為の余興の一つであり、人魚伝説の祟りに見せかける為に用意した文字通りのただの生け贄だと思われます。だっていくらユーチューブ動画の中で珊瑚を壊していたとはいえ、二人を殺害する動機としてはかなり弱いですからね。大島豪さん、この推理はどうですか」


「フフフフ、なかなかにいい着眼点だな。確かにそうだ。あの人気ユーチューバーの二人はたまたまその動画を俺が見つけて、これは花間敬一社長を恐怖に叩き込む為の呪いの材料に使えるかも知れないと思ったのだよ。あの死の運命が待ち構えているあの二人には悪いとは思ったが、内の息がかかった会員の店を訪れた際に福引きを引いていたのがそもそも悪いのだ。私は何も悪くはない。あの行為が私の悪の考えを犯行へと実行させる切っ掛けになったのだよ。この池間島旅行に参加をする申し込みをした時点で彼らの死は決定ずけられていたのだ。本当についてない娘さん達だ。だがこれで池間島の自然を守る礎になれたのだから多少なりとはいえ彼女らも最後は自然の保護に貢献ができて喜んでいる事だろう。それにしても死伝の雷魚の奴……いいや、岩材哲夫の奴、この羊の姉ちゃんに疑われるようなそんな小さなへまをしていたのか。全くあいつは肝心な所でミスをする」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら大島豪は羊野を睨み、フードを被る女性はその底の知れない威圧を勘太郎に向けていたが、羊野は話の続きとばかりに更にテンションを上げながら雄弁に語り出す。


「続いては一昨日の午後の十五時三十分にペンションを出て、その後二十一時にフナクスビーチ側の崖から落ちて溺死した高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の事についてお話しします。高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長は私達の目の前で海岸から海に落とされて死亡していますがそのトリックは至って単純です。丈夫な釣り糸の先に後ろ手に縛られている高峰やすしさんと菊川楓さんにくくりつけて反対側には氷の重しをセットすればこの仕掛けは完成ですわ。外は暗闇ですから仕掛けは見えにくいですし、重しとなる氷は海に落ちたら砕けて水に変わるだけですから証拠も残りません。釣り糸の方も海岸で釣りを楽しんでいる人が釣り糸をどこかに引っかけて切らした物と区別はつかないと思いますから(被害者の体にその釣り糸が残っていない限りは)まず特定は難しいでしょう」


「確かにな、そして俺達が海岸に到着したのを見計らって死伝の雷魚は後ろ手に縛られている高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の二人に僅かな希望を与えてから、その後氷の重しのストッパーを外して重りの力で二人を奈落の海へと引っ張り落として殺害したんだよな。そしてその肝心の氷の塊はペンション内の厨房の中にある冷凍庫から持ち出した物だと言うことが分かっているから、あの氷の塊の中に海水で作られた氷が一つだけ混じっていた事も分かっている。それが岩材哲夫を更に犯人かも知れないと疑りだした要因の一つだからだ。だが岩材哲夫が死伝の雷魚だという証拠を証明する為には彼のアリバイを崩さないといけない。だが彼には十五時から~十七時の二時間、漁港のある町で食材の買い物をしていたという歴としたアリバイがある。彼が立ち寄った数々の店で岩材哲夫を目撃したという店の主達がそう証言をしているからな」


「そこが私達が見誤った所なのです。その数々の証言があったからこそ私達は常識に捕らわれて考えを見誤ってしまった」


「それは一体何だと言うんだ。岩材哲夫は一体どんな方法であのアリバイを成立させたんだ?」


「いや、至って単純な事ですよ。大島豪さんが岩材哲夫さんのお仲間ならもうその答えは見えているのではありませんか。私達は大島豪さんが持つノート型パソコンの中からある資料を目撃したはずです」


 その羊野の言葉に大島豪は目を血走るほどに見開きながら鬼の形相をする。


「お、お前ら、あの中身を見たのか。何を勝手な事を!」


「パスワードは大島豪さんの物と思われる黒革の手帖の中にしっかりと記載されていましたから凄く助かりましたわ」


「き、貴様らあぁぁぁぁぁぁぁ!」



「あのパソコンの中には沖縄の海を守る会に所属をしている特別会員の名簿が書かれてあったのですよ。誰でもなれる普通の会員の名はネット上のホームページに公開されていますが、特別会員はその存在は非公開の用でした。ですが私はその非公開の特別会員の中にある氏名とこの漁港のある町に点在しているいくつかの商店街で働く主達の氏名を照らし合わせた結果、その町の中にも特別会員の人が何人もいることが分かりました。そしてその中には岩材哲夫さんが来店した店が根こそぎ入っていたことが分かりましたわ。つまり岩材哲夫さんがお店に来たと証言をしてくれた人達はみんな沖縄の海を守る会の特別会員であり、その者達は皆、岩材哲夫のアリバイを作る為に嘘の証言をしていた事になります」


「そうか、その商店街にいる彼らからして見たらレジャー施設開発で海や土地が汚される事を憂慮しているだけではなく小さな商店街も根こそぎ潰されるかも知れないと考えているから、彼らも自らの生活を守る為に必死でレジャー施設開発に反対の意思を示しているのか。その中には必然的に沖縄の海を守る会の方針と倫理に賛同する者達がいても別におかしくはないよな。俺達の捜査を攪乱する為にあえて嘘を言う過激な人達も中にはいると言うことか。いやもしかしたら大島豪はこのレジャー施設プロジェクトに反対をしている人達にわざと近づいて、あること無いことを語って協力をするように誘導したとも考えられるな。しかしまさか立ち寄った店の全ての主達が犯人側の仲間だったとは、まず常識的に考えても考えずらいだろ。全く恐れ入ったぜ!」


「岩材哲夫さんの行動はこうです。午後の十四時くらいに高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の二人に不安を煽る事を語り、今ならこの池間島から抜け出せるかも知れないと不安と希望を煽りわざとたきつけます。その後十五時にペンションを出て工事現場からトラックを拝借して道路で地道にスタンバイをする岩材哲夫さんは、二人がペンションを後にする時刻とその正確な距離を算出しながら他の仲間からの報告をただひたすら待ちます。十五時三十分、公衆電話からかけてきた仲間からの連絡で二人が車で出た事を知った岩材哲夫は道路を通過使用としていた高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長が乗る車をトラックで止め、その後は水中銃で脅して予め現場に用意をしておいた冷蔵完備のトラックで拉致をしその場から移動をした物と考えられます」


「だがあの冷蔵機能完備のトラックではあの海水の氷は運べないぞ。あのトラックの冷凍機能では大きな氷は時間とともに溶けてしまうからだ。そこはどう考えているんだ」


「いえいえあのトラックにはスイッチ一つで冷蔵から冷凍に切り返られる機能が初めから備え付けられているのですよ。その切り替え機能を使えば海水入りの氷を溶かすことなく運ぶことは可能です」


「そ、そうなのか。俺はてっきり冷蔵機能しかないと勝手に思い込んでいたよ」


「後は二人を冷凍設備があるどこかの空き家にでも監禁して、海水の氷をそこで保管すれば、後は夜に二十一時から~二十二時三十分までの時間はペンションに来ている大島豪さんに自身のアリバイ作りを任せて、自分は死伝の雷魚として隠してあるバイクか何かでその空き家に再び戻って殺人トリックの準備をしていた物と思われます」


「その氷の仕掛けも、死伝の雷魚の衣装も二人を監禁している空き家に隠してあったと言うことか。そして高峰やすし工場長に電話をわざと掛けさせて、その後は高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の二人の殺害場面を俺達にわざと見せる為だけにフナクスビーチ側の崖までおびき出したという訳だな。全ては狂人ゲームの殺人トリックの謎を俺達に提示する為に」


「そういう事です。ですがその後、私達と特に戦うことなく崖から海へと飛び降りて逃げた死伝の雷魚はジェットスクーターの力を借りながら泳いだ末、池間灯台がある海岸付近から上陸して、ただひたすらに仲間が回収に来るのを待つ事になります。そうですそこにいるフードを被る女性の正体は大島豪さんの仲間であり、今回の闇の依頼人でもある大栗静子さんです」


「なにぃぃぃいーーっ、あの目の前にいるフードを被る女性の正体は沖縄で飲食店のアルバイトをしているという大栗静子さんだと言うのか。つまり彼女が今回の闇の依頼人と言うことか。彼女が……そうか」


 薄々はそうではないかと思いながらも勘太郎は自分の思いをあえて否定し続けていたが、羊野のその言葉でその思いに確信を持つ。そんな勘太郎と羊野に正体を見破られた事で観念したのかフードを被る女性はその正体を自ら表す。フードを自ら下げるその素顔はまさに大栗静子その物だ。

 大栗静子はいろいろと覚悟を決めた厳しい顔をしながら白黒探偵と対峙する。


 そんな大栗静子の厳しい視線などはお構いなしに羊野瞑子の語りと勘太郎の相づちは尚も続く。


「実は大栗静子さんは本当は私達を迎えに来る時間よりも早くペンションを出ていて、先ずは池間灯台付近の海岸で迎えに来る車をジーと待っている岩材哲夫さんと合流をしたはずです」


「俺達を迎えに来る前に大栗静子は岩材哲夫を迎えに行っていたのか。だからあれこれと理由をつけて俺達を迎えに来る時間が遅れたんだな」


「そういう事です。そして大栗静子さんは、自分が借りたレンタカーで岩材哲夫さんを素早く回収してから密かにペンションの近くまで送り届けるつもりだったはずですが、その姿と場面をたまたま夜の道路を自転車で通りかかった流山改造さんに見られてしまい、そのままペンションの方に逃げ去った流山改造さんにかなりびっくりしたはずです。だからこそ焦った岩材哲夫さんと大栗静子さんは正体を見た流山改造さんの口を封じる為に急いで流山改造さんの後を追った物と思われます。ですがかなり慌てていたのか岩材哲夫さんは大事な水中用のジェットスクーターをその場に放置し、忘れて行くことになります。そしてその移動の過程で岩材哲夫さんは直ぐにその事を大島豪さんに知らせたはずです。『流山改造に自分達の正体を見られたからそちらの方で時間を稼いでなんとかしてくれと』、でも言っていたのでしょうか」


 仮説を語りながらも大島豪の動向に注意をする羊野に対し大島豪はその場からいつでも逃げられる体勢を取っているようだったが、その心境は定かではない。


「その後、大島豪さんに酒蔵の倉庫の中に呼び出された流山改造さんは話し合いの末にいきなりその場で二人はもみ合いとなり、激しい攻防の末に流山改造さんは大島豪さんに殺されてしまった。でも酒蔵に移動をする際に流山改造さんはもしかしたら大島豪さんも犯人の仲間ではないかという真実に薄々気づいていたのかも知れません。だからこそ流山改造さんはもしもの時のために、大島豪さんに繋がる証拠の品を手のひらに隠し、もしもの時はその証拠の品を密かに残すつもりでいたのではないでしょうか。そうその証拠の品とは……」


「そこに出てくるのが同じく沖縄の海を守る会の会員であり、薬剤師でもある古谷みね子の名刺という訳だな。多分流山改造は大島豪に繋がる品をその場では持ってはいなかったから仕方なくそれに繋がる古谷みね子の名刺をあえて半分にちぎってもしもの時の為に持っていたんじゃないかな。もしも自分が大島豪に殺される事があったら酒蔵の樽の隅に投げ捨てた古谷みね子の名刺を俺たちの誰かが見つけて、沖縄の海を守る会の会員でもある古谷みね子の名刺の切れ端から、そのまま大島豪に行き着くかも知れないと流山改造はそう考えた訳だな。中々に賢いじゃないか。正直非常に助かったぜ」


「そして今もどこにあるのかがよく分からないでいた流山改造さんの死体は、ある所から見つける事ができましたわ」


「ある所だと、それは一体どこだ?」


「流山改造さんの死体は厨房にある冷凍室のマグロの中にありましたわ。もっと正確に言うのならマグロの形を模した精巧に作られた本マグロの模型の中ですがね。その中で冷凍保存されていたからこそ流山改造さんは死んでも腐敗や臭いは一切せずに見つかることはなかったと言うわけです。私がその事に気づいたのは沼川英二巡査が日野冴子さんの死体と間違ってその本マグロの方をトラックの荷台まで運んでしまった話を聞いた時です。その間違いを見て岩材哲夫さんが物凄い形相で追いかけてきたと聞きましたから、あの時点で岩材哲夫さんを疑っていた私としてはその本マグロをもう一度じっくりと調べて見るという発想に至ったという訳です」


「そうか、だから酒蔵で会った沼川英二巡査との話が終わった時、お前はすかさず別行動を俺に進言したんだな。全てはその怪しげな本マグロと、岩材哲夫の部屋と、大島豪と古谷みね子が借宿としている隣のプレハブ小屋を調べる為に。そしてそのついでにそこで逃げていた鮫島海人とばったり出くわしたお前はその事情を察し、その後は彼を自分の部屋へとかくまったんだな。ほんと抜け目のない奴だぜ」


「そして流山改造さんが残した古谷みね子さんのもう一つの片割れの名刺の行方は一体どこに行ったのかという事ですが、それは恐らくもみ合った大島豪さんの体の、いいえ衣服のどこかに挟み込まれているはずです。そんな訳でちょっと失礼しますね」


 堂々とした態度でそう言うと羊野は白いロングスカートをなびかせながら軽やかな足取りで、険しい顔を向ける大島豪に近づく。


「く、来るな。俺に近づくんじゃない。この羊の化け物め!」


「うるさい、おとなしくしなさい。出ないと殺してしまいますよ」


「ひ、ひっぃぃぃ!」


 精巧に作られた白い羊のマスクを被る羊野の態度に狼狽し警戒をする大島豪だったが、特に気にする様子もなく羊野は素早くボディチェックをしながら大島豪の着ている上着の襟首を調べる。


 ガサガサガサ……。


「これです、やはりありましたね。あの流山改造さんと接触をしてつかみ合いの争いをしているのなら必ず流山改造さんはもみ合いの際に襟首にもう片方のちぎった名刺を人知れず差し込んでいると信じていましたわ。というわけで大島豪さん、あなたが狂人・死伝の雷魚こと岩材哲夫さんの共犯者であり、そして流山改造さんを殺した張本人ですね。そして何より、この半分にちぎれた古谷みね子の名前が書かれてある名刺がその襟首に差し込まれていた事こそがその証拠です!」


 そう言って大島豪の上着の襟首から抜き出したのは古谷みね子の名前が書かれてある半分に敗れ折りたたまれていた片割れの名刺である。そうそのあるはずのない破れた名刺を大島豪の上着の襟首から発見した事で大島豪が流山改造を殺した犯人である事が確定したのだ。

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