第17話 『姿を見せる犯人の正体』

          17.姿を見せる犯人の正体



 時刻は牛水時の深夜の二時丁度。


 美しい月夜の下に見える水源をまるで囲むかのようにほとりに生えている草木が風の揺らめきと共に静かに揺れ、暗闇の下に隠れているカエルの鳴き声を呼び覚ます。そんな沼地の先にあるほとりに懐中電灯を持つある男の影が一つ現れる。


 その隣には膝丈くらいの何かの機械が地面に置いてあり、その機械に繋がるホースのような物がそのまま沼地がある水面の底へと消えていく。

 

 端から見たら何に使うのかが全く分からない小型の機械を調整しながらその男は、地面に倒れている人物に目を細めながら着ている上着の襟を直す。


 その人物の名は、沖縄の海を守る会、会長の大島豪である。


 機械の調整の準備ができたのか大島豪は大きく背筋を伸ばすと仁王立ちをしながらその場へと立つ。


 自前の車で連れて来たのかは知らないが、目の前には両手足を縛られ仰向けに倒れている花間建設の社長の花間敬一が恐怖に満ちた目を向けながら今まさに自分を殺そうとしている大島豪に向けて何かを叫ぼうとするが、猿ぐつわを口に噛まされているせいで当然喋る事ができない。


 必死にもがく花間敬一の最後のあがきに再び絶望を与えるかのように車の助手席から現れた黒いフードを被る小柄な人物がその惨めな姿を見つめながら何やら満足げに深い笑いを噛み殺している用だったが、その深い恨みを嫌でも感じてしまうくらいにその人物からは黒い物を感じてしまう。


 一体どこの誰でなぜ自分をこんなにも恨んでいるのかは分からないが、未だに姿を見せない狂人・死伝の雷魚だけではなく、更に二人の協力者がいることに唖然としながら花間敬一社長はその絶体絶命的な状況に絶望しながらもせめて猿ぐつわだけでも外そうと懸命に頭を動かす。


 その努力が実ったのかようやく口から猿ぐつわを緩める事に成功した花間敬一社長は荒い息を吐きながらしばらくは辛そうに咳き込んでいたが、少し落ち着きを取り戻したのか大きく息を吸い込むとそばにいる大島豪に向けて叫ぶ。


「大島豪……やはりお前がこの一連の事件の犯人だったのか。たとえ俺を殺したってこのプロジェクトは止まらないぞ。この事業にはいろんな人達の思惑と数々のスポンサーと出資が絡んでいるんだから俺だけの一存でこのプロジェクトは止まらないということだ。俺がいなくなってもまた別の誰かがこの事業を引き継ぐからだ。だからお前がやっていることは全くの無意味なことだ!」


「いいや、そんな事は無いだろ。いろんな事業を展開しているあんたが死ねば業界関係者はざわめくし、その下にいる部下達もこのプロジェクトには難色を示すはずだ。このプロジェクトに関わった人達には死人が多すぎると言ってな。そのためにも花間敬一社長、あんたにはこの美しい海を守る為に是が非でも犠牲になって貰うぞ。お前の死を知った者達はその意味不明な水や海に関わる呪いとも言うべき恐怖に必ず尻込みをする切っ掛けになるはずだ。それだけ海に関わる人魚伝説の呪いや祟りはこの辺りに住む者達には深く浸透している事だろうし、死伝の雷魚の今までの活動のお陰でその呪いは現実に完成しつつあるからな!」


「まさかその呪いとやらをでっち上げる為にこのまま俺を殺すつもりか」


「ああ、この尊い海を守る為にもお前には絶対に、是が非でも死んで貰う事になるな」


「やはり俺を殺す動機は、池間島でのレジャー施設プロジェクト開発の阻止を狙っての事だったか。その為にまさか殺人まで行うとはな、まさに地元や海を愛するあまりに行き過ぎた行為が暴走をして事の善悪の判断すらもおぼつかなくなったと言った所か。まさに狂っているとしか思えない行為だぜ!」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ、よそから来た侵略者ども、この美しい沖縄の海は誰にも汚させはしないし、俺にはこの南の海を守るという尊い使命があるのだ。その為だったらたとえ殺人を犯そうとも俺はなんとも思わないさ。悪いのはこの宮古島の海や土地を汚そうとしたお前らだし、何度も話し合いを希望したにも関わらずお前らはその権力や財力や暴力を利用してその邪悪な計画を欲望のままに実行しようと動いたからこそ、俺達は皆で……立ち上がったのだからな!」


「み、みんな……だと?」


 大島豪が何気に発した皆という言葉に花間敬一社長は何やら困惑している用だったが、そんな彼の疑問に答えるかのように今度は黒いフードをかぶった謎の人物が怒りと恨みに満ちた声で話しかける。


「そう、あなた達が理想を掲げ作り出そうとしている事業の下では、力の無い人達がみんな苦しんでいるわ。そしてその事業の余波を受けた者達は皆があなたを恨んでいる。どうやらその事すらも知らなかったようね。だから何の力もない私達は大企業でもあるあなた達に対抗する為に、同じくこの南の海を愛し守ろうとしている海の代行者に……いいえ驚異の狂人とやらに全てを託すことにしたのよ。やはり巨大な悪を倒すには同じ悪の力で対抗しないと何も変わらないし何も守れないと思ったから。いくら抗議の声を上げたりデモをしたって状況は何も変わらないことを私達は知っているからね。だからこそその尊い何かを守る為だったら私達は殺人をも問わないわ。そしてそんな心境にさせるくらいに私を追い込んだのは紛れもなくあなたですからね。花間敬一社長……あなたは私達のような弱者のことなんて気にも止めないし知らないでしょうけど、私はあなたを非常に恨んでいるわ。その為に私はある人からの紹介であの海を異常に愛する闇の者を雇いあなたの近くに潜入させたのですから!」


 頭からフードを被るその人物は声を発する時にボイスチェンジャを使用している用だったが、大体の体型からこの人物が女性であることだけはなんとなく感じる事ができた。


「や、闇の者だと……まさかそれはペンション内に現れたあの半魚人のような姿をした不気味な異形の者のことか。一体あれはなんなんだ。あれは人間なのか?」


「さあどうでしょうね。もしかしたら海の神様が地上に使わした人魚様なのかも知れませんよ」


「ふざけた事を、あんな不気味な生き物がいてたまるか。くそーくそぉぉぉ、この紐を外しやがれぇぇ!」


「フフフフ、ダメダメ、あなたはここで死なないといけないのですから。あなたが死ねば私の夫も天国で浮かばれますし、大島豪さんのような海を愛する者達にしても花間建設の事業で働く人達の行動を止める切っ掛けになるかも知れませんからね」


「死んだ夫だと、やはりあんたの正体は……」


「おっと、少し余計な事を言い過ぎましたね。ではそろそろあなたには死んで貰いましょうか。な~に心配はいりませんよ。明日には娘さんの方もちゃんとあなたの後を追わせてあげますから決して寂しくはありませんよ」


「まさか私に続いて娘も殺すつもりなのか。やめろ、俺だけを殺せばいいだろ。礼香はこのプロジェクトには全く関係はないはずだ!」


「確かに直接的な関係はありませんが、あなた達親子が死ぬことで不可思議な人魚伝説の呪いが完成し、後に残された人達が声を上げてこの土地や海を汚す行為は危険だぞと考えを直してくれるかも知れません。その礎を築く為にもあなた達親子の死は絶対に譲れないのですよ。ならその尊い犠牲は決して無駄ではないですし悪い事でもないですよね。だってこの海や大地を守る事にもつながるのですから」


「いいや、お前が言っている事は可笑しいぞ、話が破綻している。頼む、頼むから娘は、礼香だけは見逃してくれ。あいつは何も関係はないんだ!」


「ダメダメ、あなた達親子はここで死なないといけないんです。この島の自然を壊そうとする者には死の鉄槌を、それがこの海を統べる神様が私達に提示したご神託なのですから」


「狂ってる、こいつら狂ってるよ。自然団体の活動にしては行き過ぎている。まさか海を守ろうとする思いが強すぎてこんな大それた悪行に身を投じるとは、落ちる所まで落ちたな」


「黙れ黙れ黙れぇぇぇ、全部あんたが悪いのよ。あんたが私の幸せの全てを根こそぎ奪ったからこんな事になっているんじゃないか。なら今度はこちらの番ですよね。あなた達親子を殺して、必ずこのプロジェクトは絶対に破綻させて、必ず断念に追い込んでやるわ。それが私達の使命であり、悲願なのだから!」


「た、探偵さん、助けて、助けてください!」


「はははは、何を言うかと思えば、無駄よ、むだ。今彼らは漁港のある町に入り日だって捕まった鮫島海人の尋問をしている真っ最中じゃないかしら。あの時鮫島海人がペンションから逃げ出したのは正直予想外だったけど、そのお陰で鮫島海人に全ての罪を被せる事ができたんだからまさに結果オーライと言った所ね。あの女性の刑事や探偵の二人は少なくとも今夜はペンションには絶対に帰っては来ないと言うことよ、理解できたかしら。そして今頃あの三人は鮫島海人を犯人だと思い込んで必死に事情聴取をしている真っ最中だと思われるから彼らの負けはほぼ確定したも同じだと言うことよ」


「くそ、くそ、ちくしょうぉぉ、このロープさえ外れれば!」


「もう無駄な抵抗はやめなよ、往生際が悪いわよ。それにあいつらの話じゃこの事件を解決できなかったらそのペナルティーとして罪のない一般の市民が何人も殺されるらしいんだけど、ほんとご苦労な事よね。あの鮫島海人という人物は私達が罪をなすりつける為に用意したただの囮だったとも知らずに。フフフフ……」


 まるで勝ち誇ったかのようにフードを被る女性が不気味に高笑いをした時、どこからともなく聞き慣れた女性と男性の声が飛ぶ。


「あ、すいません。お取り込み中の所申し訳ありませんが、現場に行ってみたら鮫島海人とは全くの別人だったようで誤報だと言うことが分かりました。なのでそのままここに張り込んでいたのですが、どうやら間一髪の所で決定的な現場を目撃してしまったみたいですね」


「全くだ。はははは、こんな偶然ってある物なんだな。ほんと偶然って恐ろしいぜ……なんてな」


 どこからともなく明るい光が辺りを照らし、その光の中から現れたのはダークスーツを着込んだ黒鉄勘太郎と不気味な白い羊のマスクを被る羊野瞑子の二人である。


 勘太郎と羊野は地面で仰向けに倒れている花間敬一社長の生存を確認すると大島豪と謎のフードを被る女性の行動を観察しながら堂々と前にでる。


「私の読み通りに、私達の注意が鮫島海人に移った事を確信したあなた方はこれをチャンスとばかりに今夜中に決着をつける為に必ず花間敬一社長を拉致してこのペンションの近くにある池間湿原の沼地のほとりで殺害しようとすると信じていましたよ。なぜならこの池間湿原を渡らないとその反対側にあるフナクスビーチ側までは絶対に行けないですからね。各必要な使用の道路も・空も・地底も・沼地の水面の上も・渡れないと言うのならもうあの方法しかないですよね。でもまさか現実的にあんな方法で移動をするだなんて、金丸重雄さんの死体の衣服からある証拠の品を見つける事ができなかったらまず絶対に思いもつかない事でしたわ。だからこそ私達はここで自信を持って張り込む事ができたのです。ここならあれを起動させるには打ってつけの場所ですからね」


 その全てを知っているかのような羊野瞑子の言葉に動揺と警戒をしながら、大島豪は一歩後ろへと後退する。


「なぜだ、なぜお前達がここにいる。ペンションから逃げ去った鮫島海人が池間大橋付近で捕まったと聞いて、そのまま漁港のある町で取り調べをしている真っ最中じゃなかったのか?」


「ホホホホ、その必要はありませんわ。だって彼はとうの昔に私の部屋の押し入れの中に避難をしていましたからね。因みに私の部屋に逃げるようにと自室の鍵を渡して匿っていたのも当然この私です。彼は昔若気の至りで誤って人を殺してしまったトラウマがあるみたいでしたからたとえ弁明しても前科がある自分の言葉は誰も信じてはくれないと思い思わずその場から逃げてしまったのだそうです。でも逃げ出してしまった事に罪悪感を感じて再び戻ろうとしていた所で私と鉢合わせをしたのですよ。そして彼から今までに起きた全ての事情を聞いた私は瞬時にこの犯行は鮫島海人さんに全ての罪を着せる算段だと想像ができましたから、彼が犯人ではないという自分の確信を信じて彼を匿う事にしたのです。そして鮫島海人さんの行方不明を利用して真の犯人達の思惑を上手く釣る事ができる画策をしたのですが、まさかこうも上手くいく事ができて本当によかったです。鮫島海人さんが本当に消えた事で犯人達の思惑を逆に利用する事ができましたからね」


「思惑を利用だと。まさか鮫島海人を犯人だと思い捜索しているふりをして、本当はお前の部屋に匿っていたということか。その理由は俺達が鮫島海人を犯人に仕立て上げて警察の目を誤魔化す罠にまんまとはまったかのように見せかける為と、その罠を逆に利用して更なる罠で俺達をここに誘き出す仕掛けを画策する為だな。そうだろう。くそぉぉぉ、なんてあざとく姑息な事を考える奴なんだ。白い羊の狂人……噂通りに狡猾な奴だ!」


「ホホホホ、私達の三文芝居を信じたあなた方が悪いのですわ。まあ鮫島海人さんに全ての罪をなすりつけて私達の目を誤魔化そうとしたのですから騙し騙されはお互い様ですよね。恐らくはあなた方の安全の為に監視役として町の人の誰かに私達の動向を探らせて監視もしていたのでしょうがこちらも安全そうな町の若者を何人か買収して鮫島海人役と私達の探偵役の身代わりを三人立てましたから、あなた方が雇った監視の人からは私達は今も取り調べ中だという報告を貰っているはずです。だからこそあなた達は安心して今夜は念願の花間敬一社長の殺害の実行に移れたんですよね。でも残念でしたね。私達の嘘を信じた時点であなた方の負けは決定していたのです。そして当然あの死伝の雷魚もこの近くに来ているんですよね。私としては現行犯であなた方全員を一網打尽にしたいですから、大島豪さんが犯人の一人だとわかっていてもあえて泳がせて現行犯で押さえられるこの瞬間が来るのをジーと待っていたのですよ」


 得意げに話す羊野の言葉に何やら腑に落ちない顔をする勘太郎は直ぐさま話しに相づちを入れる。


「話の途中割り込むが、お前が岩材哲夫を匿っていた事はついさっきまで俺は全く知らなかった情報だぞ。これは一体どういうことだ。そんな計画があるのならまずはいち早く上司でもある俺に報告をするのが筋だろ。なぜ報告をしない!」


「あら、報告していませんでしたか。赤城文子刑事には言いましたからその経由で当然知らされているとばかり思っていましたわ。なので伝達のミスは私のせいではありません」


「屁理屈を言うな、明らかにお前のミスだろ。大体お前、わざと俺に知らせなかったな」


 その勘太郎の言葉に羊野は気まずいとばかりに数秒ほど黙りこくっていたが、仕方が無いとばかりに本当のことを言う。


「だ、だって黒鉄さんに言ったら必ず失敗すると思いましたからあえて言わなかったまでの事です。黒鉄さんは直ぐに顔に出るタイプですから腹芸は苦手かと思いまして。なので黒鉄さんの下手な三文芝居の微妙な違和感を気づかれでもしたら、犯人側に警戒をされて犯行を思いとどまる切っ掛けになるかも知れません。そうなっては元もこうもないですからね」


「た、確かに……そんな思惑を最初から知っていたら俺は緊張のあまりに何かミスをするかも知れないな。と言うことは余計なことは知らない方が正解だということか。だからこそ赤城先輩も俺には特に何も言わなかったのか。なんだか悲しいが納得は言ったぜ!」


「そして円卓の星座の狂人・死伝の雷魚の正体は岩材哲夫さんですよね。なぜ彼が犯人なのか、その訳と今までのトリックの全貌を全てお話ししますわ」


 そうここから羊野瞑子の一連の殺人事件の推察が、今始まる。

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