第7話 『消えた死伝の雷魚の行方』

          7.消えた死伝の雷魚の行方


 時刻は二十二時三十分。


 勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人は、沖縄県で飲食店のアルバイトをしているという大栗静子が運転するレンタカーでフナクスビーチからペンションに帰ってきていた。


 死伝の雷魚が海に消えた後、直ぐに池間漁港に連絡をし、海に落ちた高峰やすし工場長と菊川楓の捜索を大至急頼んだが、その生存はまさに絶望的なので勘太郎と赤城文子刑事は救えなかった命に物凄い後悔をする。だがこのまま後悔ばかりしていても状況はなにも変わらないので、勘太郎と赤城文子刑事、そして羊野の三人は次の行動に移るために直ぐさま駐車場に停めてある車に飛び乗り、すかさずエンジンを掛ける。


 車を発進させようとした時、車のタイヤがパンクをしていることに気付き直ぐにスペアのタイヤはないかとトランクの中を探ったがこの車もまたレンタカーな為に当然スペアタイヤのような物も用意されてはいない。

 

 業を煮やした赤城文子刑事は今現在池間島駐在所に唯一駐在している警察官、沼川英二に電話をしたのだが何故か電話の呼び出しに出る気配はなく、仕方なくペンションにいる管理人の岩材哲夫に頼んで彼の車で迎えに来て貰うことにしたのだが、ペンションのフロントに設置してある固定電話に出たのは岩材哲夫ではなく、なぜか隣の別荘にいる大島豪だった。


 大島豪の話では、今岩材哲夫は外の倉庫で必要な荷物の上げ下ろしをしているとのことなので彼の代わりにちょっとした留守番をしていたとのことだ。


 どうやら岩材哲夫と大島豪は互いに宮古島出身なだけあって酒を飲み交わせる程に仲がいいようだ。そんな大島豪の「伝えておきます」との返事で迎えの車が来るのを待たされることになった三人だったが二十分経っても車は来ず、そこから更に十分待ち……三十分後に迎えに来たのは料理人の岩材哲夫でもなけねば隣の別荘にいる大島豪でも無く、ペンションに滞在をしている大栗静子だった。


 沖縄で飲食店のアルバイトをしている大栗静子は自分が池間島に来るために借りているレンタカーでわざわざ迎えに来てくれたと言う訳なのだ。そして今に至る。


 勘太郎達がペンションに着くなり申し訳なさそうに謝りに来た岩材哲夫の話によれば、留守番をしていた大島豪の話を聞き、直ぐさまワゴン車を出そうと駐車場に向かった岩材哲夫だったが明らかに何者かの手によりパンクをさせられていた事に気づき、かなり憤る。


 その明らかに人の手による人為的なパンクに嫌な物を感じた岩材哲夫は宮古島でレンタカーを借りて来ている社長の花間敬一・政治家の金丸重雄・土産物屋店を経営している谷カツオ・そして隣の別荘にいる大島豪の四人の車も調べてみたが、案の定乗って来た、いずれの車も何者かの手によりパンクをさせられている事が直ぐにわかる。


 そして幸いな事にまだパンクをさせられていないレンタカーがまだ三台程あったので、その一台をレンタカー屋から借りているという大栗静子に車を出して貰い、代わりに勘太郎達を迎えに行って貰っていたと言うわけなのだ。


 因みにパンクを免れた後二台ある車の持ち主は、新人小説家の山岡あけみと隣の別荘に大島豪氏と共にいる宮古島で薬剤師として働く古谷みね子の二人の車である。


 死伝の雷魚とは別に、この犯人は一体どういう理由でわざわざ車を選んでパンクをさせたのかはまだ謎だが、パンクをさせられていない車もあると言う事はただの悪戯による別の事件という可能性も充分に考えられる。なので勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人は、パンクをさせられた他の人達が乗る車を隈無く調べて見て回る。


 そんなパンクをさせられている車を見ながら羊野瞑子が羊のマスク越しに言葉を発する。


「確かに鋭利なアイスピックのような物でパンクをさせられていますね。ただの愉快犯とも考えられますが、死伝の雷魚と相対した直ぐ後と言う事も考えて、車をパンクさせたのはやはりもう一人の犯人の方の仕業だと思いますよ」


「もう一人の犯人か」


「パンクをさせた理由は、単純に私達の足止めでしょう。もしも車で直ぐに戻ってしまったら、海を泳いでいる死伝の雷魚がペンションに戻る時間が無くなるからでしょうね」


「狂人・死伝の雷魚。やはりあのペンション内にいる誰かが死伝の雷魚の正体なのか?」


「私はそう考えています。なので直ぐにでも皆さんのアリバイを調べて見ることをお勧めします」


「わかった、ならこのままこのペンション内にいる人達の事情聴取をしよう。その事情聴取でもしかしたら俺達がいない間にペンション内にいなかった人が絞り出せるかも知れない」


「ではそちらの方は黒鉄さんにお任せします。私はもう少し詳しくパンクをさせられた車やこのペンションの外側を調べて見ますわ」


「そうか、頼んだぞ羊野。そして……赤城先輩は……」


「私はこのまま池間漁港の方に向かうわ。このペンションから少し離れた裏手に沼川英二巡査が乗ってきたパトカーがあるから、このペンション内にいるはずの沼川英二巡査を探し出してから彼のパトカーで池間漁港に向かうつもりよ」


「夜の海での死体探しですか。奇跡的に生きていたらいいのですが」


「この視界の聞かない夜の海ではたとえどんなに泳ぎがうまくともパニックを起こして必ず溺れるでしょうね。しかもあの二人は両腕を後ろ手に縛られていたからまず助からないでしょうね」


「そうですか……じゃ高峰やすし工場長と宣伝部長の菊川楓の捜索の方はお願いします」


 話し合いの後に自分が今何をするべきか……なすべき事を確認し合った羊野瞑子と赤城文子刑事はロビーのある広場で不安の目を向ける勘太郎の元から離れていく。


「……。」


たった一人になってしまった事で内心少し気弱になっていた勘太郎だったが、新たに気を引き締め直しながら管理人の岩材哲夫に、これから一人ずつ呼ばれたら自分の部屋まで来るようにと言いつける。


 勘太郎達が外で死伝の雷魚とにらみ合っている間にペンション内にいる人達のアリバイはどのくらい立証できているのか。勘太郎の事情聴取が今始まる。



 最初に勘太郎がいる部屋に呼び出されたのは、花間建設株式会社社長の花間敬一である。

 花間敬一はいかにもいやそうな顔をしながら用意された椅子へと豪快にズシリと座る。


「花間敬一さん、ここに呼んだのは他でもありません。二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間、あなたはどこで何をしていましたか?」


「野暮から棒にそんな質問か。どこって……明日の開会式のスピーチを頼んでいる政治家の金丸重雄先生とお酒を飲んでいた所だよ。こんなペンションからでれない缶詰めの状態じゃ酒でも飲まないととてもじゃないがやってられんと言ってな、付き合っていたんだよ」


「酒ですか」


「ああ、先生はかなりの臆病者でな、人がこのペンション内で死んだ事で内心ビクビクしていたのだよ。だからお酒でも一緒に飲もうかと私から誘ったのだよ。だから二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間はず~と金丸重雄先生と二人でいたことになるな。信じられないのなら金丸重雄先生に直接聞いて見るといい。後娘の礼香と……たまに追加のお酒を持ってきてくれていた隣の別荘に住む住人の大島豪とかいう奴が代わりにお酒を金丸重雄先生の部屋に運びに来ていたから奴にも聞いてみるといい。全く奴は岩材哲夫シェフの古い友人らしいから特別にこのペンション内に入れてやったが、そうでなかったら門前払いをする所だよ。なんの魂胆があって私に付きまとっているのかは知らんが、社長であるこの私がこの池間島で計画をしているレジャー施設開発計画をたかが話し合いで中止にする事などは例え天地がひっくり返っても絶対にあるはずがないのだ。それが今までの経験上わからぬ奴ではないはずなのに。全く無駄な事をしおって。あいつはいつも往生際が悪いんだよ。海の生態系がどうだとか自然がどうだとか、全く馬鹿馬鹿しい!」


「ん……つまりアリバイがあるということですか」


「そういうことだ。ていうか、この度重なる怪事件で死んでいるのは何れもうちの社員だと言うことを忘れるなよ。つまり俺は被害者なんだよ。それなのに俺からも事情聴取を聞くだなんてどうかしているんじゃないのか!」


「これも捜査の基本のような物ですからご協力のほどをお願いします」



「フン、大体お前は警察ではなくただの探偵ではないか、なんでただの探偵なんかにここまで協力をしないといけないんだ」


「それだけこの事件が特殊であり、難解かつ異常だからです。うちの黒鉄探偵事務所はこのような不可思議な事件だけを専門に取り扱う特別な探偵事務所です。なのでその実績も確かですし、今回のように警察からの信頼も厚いです」


(まあ、かなり内容をはしょってはいるが、うそは言ってはいないよな)


「まあ、いいだろう。どういう訳かは知らないが確かに日本の警察はお前らに全面的に協力をしているみたいだから、探偵であるお前に全てを任せる事にするよ。そうしないとどうやら俺達は永遠にこの池間島からは出られないみたいだからな」


「恐れ入ります」


「あのお風呂場で転んで死んだ、あのユーチューバーの事件は事故死かどうかは正直分からないが、逃げ帰る途中で消えた高峰やすし工場長や宣伝部長の菊川楓の失踪は不可思議だからな。もしも誰かに誘拐されてその後は海に突き落とされて殺されたと言うのなら一刻も早くそのふざけた犯人を捕まえてくれ。頼んだぞ」


「分かりました、全力を尽くします!」


 勘太郎のその言葉を最後に花間敬一・金丸重雄・花間礼香・そして大島豪の四人のアリバイが立証された事になる。


 ……。


 花間敬一が部屋を後にし、続いて訪れたのは、このペンションの専属の料理人であり管理人も兼ねている岩材哲夫である。岩材哲夫は彫りの深い渋めの顔を向けながら、なんとなく怖じ気づきびびっている勘太郎に向けて話しかける。


「探偵さん、私に聞きたいこととは、一体何ですかな。私に答えられる事でしたら何でも話させていただきますよ」


「聞きたいことは他でもありません。今夜の二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間、あなたはどこで何をしていましたか」


「おや、大島豪さんから聞いてはいませんでしたか。私は今日急遽買い込んだ食材の品々や倉庫にある機材や荷物を整理していましたよ。仕事も立て込んで来ましたしそれらも今夜中にやらないと社長に怒られそうでしたからね。だから私がフロントにいない間だけ大島豪さんに電話番と人との応対を頼んだんですよ。あいつは人と話をしたり、取り纏めるのがかなりうまいですからね。だから安心して任せられると思ったんですよ。それにもう知っての通り彼は、沖縄や宮古島の海を守る会の会長を務めている人物ですから、私の手伝いの話には直ぐに飛びつきましたし、社長と少しでもお話をするチャンスを密かに狙っていましたからね。でもまあ彼の思惑がどうあれ、大島豪さんは私の昔からの友人ですし、社長と少しでも会う機会を作ってあげたら少しはこの宮古島の全てが改善するのではないかと。そんな期待を密かに抱いています」


 厳つい見かけによらず人を気遣える岩材哲夫の優しい言葉に、勘太郎はしばし考える。


「ええ、つまり……岩材哲夫さんのアリバイは、大島豪さんが証明してくれると言うことですか」


「つまりはそういうことです。あの女の刑事さんから電話が来た時はたまたまフロントにはいませんでしたが、大島豪さんとは仕事の合間に雑談をしながらお茶を飲んでいましたからね、間違いないです。もしも疑うんでしたら、大島豪さんに聞いてみてください。後私のワゴン車がパンクをしている事に気づいたその時にたまたまその場を通りかかったお客様の大栗静子さんが、自分が乗ってきたレンタカーを出して探偵さん達を迎えに行ってもいいと言って下さいましたから、そのありがたいお言葉に甘えてあなた方を迎えに行って貰ったのですよ。それに大栗静子さんが乗ってきたレンタカーはどうやらアイスピックによるパンクは免れていましたからね」


「なるほど、岩材哲夫さんにも大島豪さんと大栗静子の証言でアリバイが成立していると言うわけですね。という事は必然的に俺達を海まで迎えに来てくれた大栗静子さんも白と言うことになりますね」


「そういう事になるのかな」


「ありがとう御座いました」


 ……。


 続いて訪れたのは沖縄県那覇市で土産物屋店を経営している谷カツオである。谷カツオは若々しい筋肉質の体を見せつけるかのように真っ白なタンクトップのランニングシャツを着用している。その色黒の肌質からして普段から外でアウトドアスポーツをしていることが容易に想像ができる。


 勘太郎は今度こそ有力な情報を探り当てようと谷カツオにアリバイを聞く。


「谷カツオさん、ここまでわざわざ来て貰ってご足労をかけますが、あなたのアリバイを聞かせてください。今夜の二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間あなたはどこで何をしていましたか?」


「二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間……ああ、俺はこのペンションの隣にある池間湿原にいる野鳥の観察に出ていたよ。今物凄くはまっているアウトドアスポーツなんだ!」


「野鳥の観察はよく自然の中を歩きますしアウトドアだとは思いますが、別にスポーツではないでしょ」


「細かいことは気にするなよ。とにかく俺はその時間は池間湿原の周りをデジタル一眼レフカメラに内蔵されている暗視カメラで写真を撮りまくっていたから、当然アリバイはないぜ!」


「そうですか、アリバイはないですか。でも夜間に写真を撮りながら散歩をしていたのならデジタルカメラの写真画像一枚一枚に背景とその日付が表示されていますから、それが立派なアリバイになると思いますよ」


「そ、そうか、そいつは助かるぜ」


(まあ本当に一人ならの話だがな。もしも協力者が代わりに写真を撮っていたらそのアリバイも必然的に崩れるんだけどな。でも数時間前に羊野が言っていたデジタルカメラの写真の日付が証拠になるのは確かだからな、その話を聞いといて本当によかったぜ)


 そう思いながら勘太郎が持参してある黒革の手帖にメモをしていると、何かを思い出したかのように谷カツオが「ああ、そう言えば」と声を上げる。


「そう言えば俺がペンションに帰ってきた二十二時二十分にこのペンション内にいる水族館職員の流山改造が物凄く青い顔をしながら『マジか……マジか……早くあの女の刑事さんに知らせないと……』と呟いて歩いていたのを見たぜ。何気に俺の部屋の前ですれ違った時になんだかかなり怯えていたようだったから気になっていたんだよ。まあ警察にその何かを言おうかどうかを真剣に悩んでいたみたいだったから、なにかとてつもなく恐ろしい物でも見たんだと俺はそう踏んでいるけどな」


「恐ろしい物か。水族館職員の流山改造は俺達のいない間に一体何を見たと言うんだ?」


「さあな、それが知りたいのなら直接流山改造に会って直接話を聞いてみたらいいと思うぜ。あの怯えた感じじゃまだ誰にも話してはいないみたいだからな。もしかしたら幽霊やこの池間島周辺にいる妖怪の類でも見てしまったのかな。もし聞いて面白い話だったら俺にも是非聞かせてくれよ。俺も非常に興味のある……じゃなかった……非常に心配をしている事だからな」


「分かりました。この後で流山改造さんに話を聞いてみますね。彼がおびえながら赤城文子刑事に相談がしたいことがあるとつぶやいていたことには非常に興味があります」


「おう聞いとけ、聞いとけ、そんな事よりもあのいなくなった二人の花間建設の役職に就いている従業員はその後どうなったんだ。あれからどうなったのか話が全然ないぞ」


「そ、それは……守秘義務があるのでなんとも」


「いなくなった男女の二人といい、風呂場で頭を打って死んだユーチューバーの女といい、このペンションは一体どうなっているんだ。まさか本当に人魚の呪いがあるんじゃないだろうな」


「呪いがあるかどうかは分かりませんが、人の命を奪う何者かがこの池間島周辺にいることだけは間違いないようです」


「池間島周辺の海にいると言われている呪いをばらまく……伝説の死の人魚か……お、恐ろしい……本当に恐ろしいぜ!」


 その谷カツオの真剣な言葉に悪い空気に当てられた勘太郎は二人で俯き、蒸し暑くも静かな静けさが不気味に漂う夏の夜に虫の鳴く音色だけが深々と響くのだった。

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