第6話 『戦慄、死海へのいざない』

          6.戦慄、死海へのいざない


 時刻は二十一時丁度。


 夕食後、今現在行方不明になっている高峰やすし工場長と菊川楓の捜索に出かけようと思っていた勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人は、ペンションのフロントに掛かってきた高峰やすし工場長からの電話で突然状況が動き出し、そのまま電話の相手に指示されるがままに北側の島の端にあるフナクスビーチ海岸を訪れていた。


 夜の海は真っ暗で人の気配は無く、時々吹き荒ぶ風のざわめきと海から聞こえてくる波の音がより一層恐怖を掻き立てる。

 それに加えて高峰やすし工場長が助けを求めたこの場所は人のいる気配がしない崖の方角であり道とは呼べない獣道を歩いているような物なので勘太郎は手に持つ懐中電灯を照らしながら懸命に草木を掻き分ける。

 途中パイナップルによく似た実がなるという植物のアダンの葉にスーツズボンを引っかけたりもしたが、勘太郎は生い茂る宮古島特有の植物に悪戦苦闘しながらも何とか暗闇を突き進む。


 地元の人間なら土地勘さえあれば例え暗闇でもスムーズに目的地まで来れるとは思うが、三人は関東出身なので指定された亀岩に近い夜の崖に近づくのも歩き慣れない為に物凄く大変なのだ。そんな勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人が高峰やすし工場長から助けを求められ来るように指定された、切れ立った高い崖が見える所まで何とか辿り着く。


 勘太郎は波の音しか聞こえない暗闇に懐中電灯の光を当てながら崖の付近にいるはずの高峰やすし工場長をひたすらに探す。


「どこだ、どこにいるんですか。高峰やすし工場長! それに菊川楓さん! いたら返事をしてください!」


「いないわね、ここじゃないんじゃないの。勘太郎、もっと向こう側の海岸の方も探してみましょうよ。しがみつぶしに探せばもしかしたら二人を見つけられるかも知れないから!」


「黒鉄さん、赤城文子刑事、気をつけてください。高峰やすし工場長が電話で助けを求めたと言う事は死伝の雷魚が電話を掛けることを彼に許したと言う事です。それは即ち私達に対する何らかの罠かも知れません。なので充分に注意を払って行動をした方がいいと思いますよ」


 お互いに注意を払いながら懸命に周りに声を掛けていた勘太郎だったが当然声は返ってはこず、仕方なく三人はその場所から引き返そうとする。だがその時暗闇で包まれていたはずの崖の辺りに行き成り明かりが灯り、暗闇に阻まれ見えなかった周りの状況があらわとなる。


「な、なんだこの光は? う、まぶしい!」


 いきなり光が点滅した為に回りに目が慣れず状況を把握するのに時間が掛かったがそこに見えていたのは、口に猿ぐつわを噛まされ更には両腕を後ろ手に縛られている高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の姿だった。

 二人は酷く緊張したような顔をしながら目で必死に助けを求める。


「ううぅぅ~ううぅぅ~、ううぅぅ~ううぅぅ……」


「ううぅぅ~ううぅぅ!」


「高峰やすし工場長、それに菊川楓さん、そんな所にいたんですか。待っていて下さい。今そちらの方に向かいますから!」


「よし、勘太郎、二人を保護するわよ!」


 安堵の表情を浮かべながら助けに行こうとした勘太郎と赤城文子刑事を後ろにいた羊野が殺気を漂わせながら直ぐさま止める。


「待って下さい、黒鉄さん、それに赤城文子刑事。無闇に彼らに近づいてはいけません。これは恐らくは何らかの罠であり、近くには必ず奴が……犯人がいるはずです。恐らく犯人が高峰やすし工場長を使って私達をここに呼んだ理由は、高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長を私達の目の前で豪快に殺して見せる為です。この演出は犯人側からの私達に対する自己紹介と自己アピールです。そうですよね、円卓の星座の狂人、死伝の雷魚さん。でもまさかこの段階で自分からわざわざその姿を見せに来るだなんて、ちょっと無謀で大胆過ぎはしませんか。狂人ゲームはまだ始まったばかりだと言うのに。それとも自分は絶対に捕まらないという自信とこの六年間の間誰にもバレることのなかったトリック能力に絶対的な驕りと自惚れを持っていると言う事なのでしょうか!」


 殺気立つ羊野の言葉に促されたのか高峰やすし工場長と菊川楓が直立で立つ後ろの方から、全身黒のダイバースーツに身を固めた、背中から頭部に掛けて魚のウロコを持つ人型の何かが勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人の目の前についにその姿を晒す。


 そこにいたのは片手に長い水中銃のような物を持った不気味な魚の頭を持つ半魚人のような見た目の怪人だった。

 その魚人間は手に持つモリの矢先が付いた水中銃の刃を勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人に向けると、直ぐに攻撃態勢を取る羊野瞑子に向けて話しかける。


「お前が壊れた天秤が言っていた元円卓の星座の狂人、白い腹黒羊か。なるほど、確かに白い羊の姿をしているな。こうして初めて見ると同類と言う事が嫌でもわかるよ」


「そういうあなたはお魚の姿をしているんですね。私がまだ円卓の星座に所属をしていた頃はあなたのような狂人はいなかったと記憶しています。と言う事はあなたは私が抜けた後に円卓の星座に入った狂人ですね。海に誘い溺死させることができる狂人だとか。二つ名は確か……」


「ああ、では改めて名乗らせて貰おうか。円卓の星座狂人が一人、この美しい青き海をそして島を汚す悪しき愚かな人間達から守る、人魚様から選ばれた神の使い、死伝の雷魚だ。この人魚様から授かりし偉大な名を覚えておくといい。私は数年前海で人魚様からな悲痛な願と嘆き悲しみを……ご神託を聞いて以来人魚様に代わって海を汚す愚かな人々を裁く権利と呪いを操る能力を特別に手に入れたのだ。そしてこの能力にはなんのトリックも仕掛けも隠されてはなく、本当に海を統べる神様から授かりし真の呪いによる力なのだ。だから海を汚す計画を企てていたこいつらは今ここで死ぬべきなのだ。クククク、白い羊と黒鉄の探偵、それに特殊班の女刑事よ、お前らの力だけで、人魚様から授かりし本当の呪いの力を操るこの狂人・死伝の雷魚の天誅を退ける事ができるかな!」


(人魚様……本当の呪い……天誅……何を言っているんだ。こいつは?)と内心思いながらも勘太郎は目の前にいる狂人・死伝の雷魚に向けて叫ぶ。


「円卓の星座の狂人・死伝の雷魚、お前が誘拐し人質に取っている高峰やすし工場長と菊川楓さんを今すぐに解放するんだ!」


「お前が噂の二代目、黒鉄の探偵だな。確か黒鉄勘太郎とか言う名前だったか。そしてそこにいる赤いスカートを履いた女が警視庁捜査一課の特殊班の赤城文子刑事か。つまりはこの狂人ゲームの参加者だな。こうして相見える事が出来て正直嬉しいよ。そして今回こそは我々が勝たせて貰うよ」


「円卓の星座の狂人がここにいると言う事は、そのお前に依頼をした闇の依頼人も当然いるはずだ。その殺しの依頼をした依頼者とタックを組んで高峰やすし工場長と菊川楓さんを誘拐したんだな。ならやはり個室のお風呂場で死亡していた日野冴子さんを不審死に見せかけて殺したのもお前らの仕業か!」


「さあ、それはどうかな。どう思うよ、黒鉄の探偵。その謎、お前の推理で見事解き明かしてみろよ。お前はそうやって今までに戦った幾多の狂人達の正体とそのトリックを暴いてきたのだろ。なら今回も俺が操る人魚様の祟りの謎を解いてみろ。まあ俺が操る人魚様の呪いには初めからトリックなんて物は存在はしていないがな!」


「花間建設の役職についている高峰やすし工場長と菊川楓さんを誘拐した動機はお前の今の台詞から何となく分かるが、ユーチューバーの日野冴子さんを殺害した動機は一体なんだ。やはりあの大炎上したユーチューブ動画が原因なのか?」


「俺は特に手を下してはいないが、あの日野冴子という女は事もあろうに珊瑚を破壊する動画を撮影しながら海を汚した二人組の一人だからな。だからこそ人魚様の呪いの力で死が遂行されたのだろうよ。本当に人魚様の呪いの力とは恐ろしい物だぜ。これも全ては海を……自然を汚す人間達のせいだ!」


「今までに起きた現象には全て人魚様の呪いが関わっていて、そこにトリックなどと言う物は初めから仕掛けられてはいないと言いたい訳だな。円卓の星座の狂人が、ふざけやがって!」


「と、とにかく今は、高峰やすし工場長と菊川楓さんを返して貰うわよ。という訳で勘太郎、行くわよ!」


「はい、赤城先輩!」


 檄を飛ばしながら走り出そうとする赤城文子刑事に従うかのように勘太郎も待た走り出そうと気をはやらせるが、そんな熱意溢れる二人を再び羊野瞑子が止める。


「迂闊に出てはいけません。私達の接近を待ち構えながら水中銃を構える死伝の雷魚の姿が見えないのですか!」


「なに、水中銃だと。この狂人ゲーム内での銃火器は全く使えないんじゃなかったのか?」


「火薬を使用している銃火器類が駄目であって、空気圧や強力なバネや弦やゴムの力で飛ばすことのできる類いの飛び道具はルール上大丈夫だったはずです」


「なら死伝の雷魚が持つ水中銃はこの狂人ゲーム内では使用可能という事か。くそ、これじゃ迂闊に二人を助けにいけないじゃないか!」


 勘太郎と赤城文子刑事は流行る気持ちを抑えながらも頻りに地団駄を踏んでいると、ついに耐えきれなくなったのか、高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長が堰を切ったかのように勘太郎達がいる方に目がけて我先にと勢いよく走り出す。


「「ううぅぅ~ううぅぅ、ウグググググーーゥゥ!」」


「おい、何処に行く、いつ向こうに帰っていいと言った。勝手な行動をすれば人魚様の呪いによる天誅を今すぐに受ける事になるぞ!」


「どうやら二人は死伝の雷魚の忠告を無視して、自力でその場から逃げて来るようです。どうします、赤城先輩」


「もうこうなったら今すぐにでも助けて保護をするしかないわ。こっちです。高峰やすし工場長と菊川楓さん、早くここまで逃げてきて下さい!」


 勘太郎と赤城文子刑事の呼びかけに必死に逃げていた高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の二人だったが、その場から約十歩ほど走るといきなり二人の動きがピタリと止まる。


「な、なんだ、一体どうしたんだ?」


 なにが起こっているのかが分からず勘太郎がそんな事を呟いていると、まるで何かの力に引っ張られるかのようにいきなり高峰やすし工場長と菊川楓の二人が、何か見えない力で狂人・死伝の雷魚がいる元いた場所まで強引に引き戻されていく。


「な、なんだ、一体なにが起こっている。いきなり高峰やすし工場長と菊川楓が後ろに勢いよく転んだかと思うと死伝の雷魚のいる方に体が勝手に引っ張られて行っているように見えたんだが回りが暗くてよくわからないな。先程こちらに走って近づいてきていたあの二人は一体どこに消えたと言うんだ?」


「今の状況に不思議がる勘太郎の耳に(猿ぐつわが取れたのか)高峰やすし工場長と菊川楓の声が崖のある方から悲鳴となって聞こえてくる。


「た、助けてくれ。体が、体が、勝手に崖のある下の方に引きずられて落ちてしまう。このままだと確実に落ちてしまうよ。誰か、誰か助けてくれ。一体どうなっているんだ。おぉぉぉ、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」


「いやよ、いや、全く見えない闇が広がる海の中に落ちるのだけは絶対に嫌よ。私は全く泳げないのよ。誰か、誰か私を助けて! 何か見えない力で勝手に体が崖の方に引きずられて行っているみたいなの。このままじゃ海に落ちてしまうわ。助けて、助けて下さい。うぎゃあぁぁぁぁあぁぁーーぁぁ!」


 その助けを求める悲痛な叫びを聞き勘太郎と赤城文子刑事は咄嗟に声のした方角に懐中電灯の光を当てるがもう既に遅しとばかりに高峰やすし工場長と菊川楓の二人が崖のある方に引きずられて落ちていく姿をハッキリと見てしまう。そしてその二人が落ちた崖の前には勘太郎の方を見ながら仁王立ちをする狂人・死伝の雷魚の姿があった。


「高峰やすし工場長ぉぉぉ、それに菊川楓さん。なんだか知らないが勝手に崖から海に落ちて行ってしまったぞ。ちくしょう、ちくしょう、一体どうなっているんだ。回りが暗くてよく状況がつかみきれないぞ!」


「そんな事よりも宮古島の警察署にいる川口大介警部に電話をして警察と池間島漁港組合の人達に頼んで捜索に船を今すぐに出して貰いましょ。夜の海に飛び込むのは流石に自殺行為出し、確実に二次災害になるわ。電話は私がするから、勘太郎、あなたは羊野さんと一緒に死伝の雷魚の方をお願い!」


「分かりました、任せて下さい。死伝の雷魚は絶対にここからは逃しませんよ。そうだよな、羊野!」


「フフフ、勿論ですわ!」


 そう不気味に言葉を返すと羊野は、大きく長い二振りの包丁を両脚の太股に装備してあるホルダーから勢いよく引っこ抜くと、履いてあるロングスカートを大きく揺らしながらその両手に持つ得物を崖の方角にいる死伝の雷魚に向けて豪快に構える。


「人が無残にも海に落ちて死ぬ姿を私達に見せた所で、もう一仕事終えたつもりでいるのでしょうか。まさかそのトリック能力の謎を私達に見せつけながら悠然とこの場所から退場できると本気で思ってはしないでしょうね。そんな事はないですよね。そんな訳で死伝の雷魚さん、面白い前座も終わった事ですし、そろそろ私達も二次会と行きますか。単純な接近戦であなたがどこまで戦える狂人なのかは知りませんが、その手に持つ水中銃の一撃を外したらその後は無いと覚悟して下さい。私、その一瞬の隙は絶対に逃しませんから!」


 相手に不気味にプレッシャーをかける羊野瞑子の巧みな心理戦に死伝の雷魚もまた今まで味わった事のない緊張と重圧を感じているからだ。


 確かに白い腹黒羊の言うようにもしも水中銃の一撃を外してしまったら死伝の雷魚に取っていきなり大ピンチになってしまう恐れが充分にある。だからこそ今は他の人達を寄せ付けない威嚇として使えるが一度その水中銃のモリを放ってしまったら、直ぐに二撃目のモリを装填できない以上、死伝の雷魚は人数的にも不利になる事は明白なのだ。


 死伝の雷魚はそんな事を考えながら目の前に徐々に迫る羊人間の威圧をその肌に嫌でも感じ取る。


「なるほどな、白い腹黒羊……噂にたがわぬ狂気を纏った狂人だな。同じ狂人ながらもその格の違いをヒシヒシと感じるよ。元円卓の星座の狂人でありその悪行を幾多も繰り返して来た凶悪凶暴の狂人が、今は何故か探偵側に寝返り、刺客として差し向けられる狂人達を幾人も凌駕しその狂人ゲームに勝利し葬って来ただけのことはあるようだな。その経験と実績の差はいかんともしがたいと言う事か」


「なんですか、まさか私との戦いを放棄して逃げるつもりですか。まさかここに来て臆病風に吹かれたんじゃないでしょうね!」


「ああ、ここは無理はせずおとなしく退散させて貰うよ。俺は元来死闘や接近戦には向かない狂人だからな。お前の挑発には乗らずに逃げるルートを選択するぜ。じゃあな、白い腹黒羊に黒鉄の探偵、それと特殊班の女刑事よ。今は逃げるが、この狂人ゲームは絶対に勝たせて貰うよ。この自然溢れる美しい海を汚す者達には絶対なる天誅をくれてやらなくてはならないからな。そうこれは我が物顔でこの恵みをもたらすありがたい海を汚す者達への人魚様からの呪いなのだよ!」


「あ、待ちなさい!」


「では、近いうちにまた会おう。フハハハハハアーーァァ!」


 狂人・死伝の雷魚は崖の上から何も見えない暗闇が広がる海へと豪快にダイブすると、そのまま海の底へと消えて行くのだった。

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