第5話 『その場にいなかった者達のアリバイ』

          5.その場にいなかった者達のアリバイ


「ダメ、高峰やすし工場長と菊川楓さんに電話が一切つながらないわ。ほんと一体どこに行ったのかしら。車で直ぐに追いかけたけど、まさか道の真ん中にあんな大きなトラックが横向きに置いてあって、そこで道を阻んでいたとは思わなかったわ。そしてその大きなトラックに阻まれるかのように高峰やすし工場長と菊川楓さんが乗る車がその場に止まっていたから、私が現場に到着する直前まで二人はその場で途方に暮れていたことは先ず間違いはないはずよ。でもなぜか二人は車の中にはいなかった。あの短い時間の間に一体二人はどこに行ってしまったのかしら。そしてあの大きなトラックは一体だれが置いていったのかしら。謎、本当に謎だわ。これじゃ最初から高峰やすし工場長と菊川楓が逃げる時間を最初から知っていたみたいじゃない。そうでなかったらできない妨害だわ。そしてその妨害行為が犯人の手による者なら、二人は犯人の手に落ちたと考えるしかないわね。池間大橋の宮古島の入り口で検問をしている警察の話によれば、橋を通った中年の男女はいなかったとの話だから橋を渡って宮古島の中に入ったという事もないみたいね」


 時刻は二十時十分。


 赤城文子刑事が乗った車が現場に着く短い時間の間に高峰やすし工場長と宣伝部長の菊川楓の二人は乗っていた車の中から突然その姿を消し、道を阻んでいた大きなトラックの運転席にも何故か人はだれも乗ってはいなかったとのことだ。直ぐにその大型トラックの持ち主を調べた結果、そのトラックは花間建設が所有している砂利や土を運ぶ大型トラックである事が判明する。その事からもそのトラックは建設現場から盗まれ、ジャストタイミングで逃げる二人の行く道を阻んだ事が判明する。


 犯人はその情報を一体どうやって知り得て行動に移れたのかはまだ謎だが、このペンション内の中に犯人が……いいや犯人と繋がる密告者がいることだけは間違いないようだ。 勘太郎と羊野、そして赤城文子刑事はそう考える。


 高峰やすし工場長と宣伝部長の菊川楓の二人が車で外に出たその短い時間の間、その場にいなかった人間が何人かいたようなので、勘太郎と羊野はその場にいなかった人達の事情聴取を急遽する事になる。


 因みについ先ほどまで赤城文子刑事は、高峰やすし工場長と菊川楓の二人が突如として消えた車の中や道路に乗り捨ててある無人の大型トラックの中に何か犯人に繋がる物的証拠がないかと必死に調べていたとの事だが、もう辺りはすっかり暗くなってしまっていたので急いでペンションに帰ってきたとの事だ。


 その後、岩材哲夫シェフが作ってくれた豪華な海産物を使った夕食を美味しく頂く事ができた勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人は、そのまま大広間のリビングでコーヒーを飲みながら互いに調べてきた結果の報告をする。


 先ず最初に話し出したのはその場にいなかった人達のアリバイを調べていた黒鉄勘太郎からだった。


「十五時三十分くらいに赤城先輩が、外に出た二人を車で追いかけて行きましたが、その時ペンション内にいなかった人物が三人ほど存在します。一人目は足りない食材や調味料を南にある漁港のある町まで買いに出かけていたという料理人の岩材哲夫、六十歳です。彼の話では警察からペンション内からでるなと言われていても足りない食材がある以上夕食は準備しないといけないとの事で、十五時くらいに車で町に向かったとの事です。でもまあ岩材哲夫は別に池間島から出た訳ではないので犯人の標的にはされなかったのだと推察されます。ですがもし岩材哲夫が犯人なら、外に出た以上どうにかして高峰やすしと菊川楓の二人を誘拐し、そこからどこかに連れ出すことはもしかしたら可能かも知れません。なにせ彼は地元にはかなり精通しているみたいですし、このペンションでは仕事として管理人もこなしながら住み込みで料理人もやっているみたいですから、花間建設の大型トラックを盗んだり、用意した別の車で高峰やすし工場長と菊川楓さんを拉致する事もできるかも知れません。因みに岩材哲夫が戻ってきた時刻は十七時丁度です」


 その勘太郎の説明に羊野がついでに言葉を添える。


「補足、いいですか。岩材哲夫さんが漁港のある町に買い物に出かけていたと聞いたので彼が買い物に行ったお店を一軒一軒聞いて調べて、その店を本当に訪れたかを電話で確認しましたわ。その結果、岩材哲夫さんはその全てのお店に出入りをしているという証言が取れましたので彼が犯人である可能性は先ず無いと思われます。まあでもそのお店の人達が皆で嘘の証言をでっち上げていたのなら話は別ですが、そんな事は先ずあり得ませんし、岩材哲夫さんがこの辺りになじみのある人物なら人口の少ないこの町ではその顔も当然知られているでしょうから、アリバイは完璧だと思われます」


 羊野の補足の話でいきなり岩材哲夫の犯人説を否定された勘太郎は「ぬぬぬ……」と不満の声を漏らしながら気を取り直して次の人の話をする。


「二人目は沖縄県の那覇市内でお土産店と副業でスキューバダイビングのインストラクターもしているという、谷カツオ、三十七歳です。谷カツオは十五時から十八時くらいまでフナクスビーチに行ったり池間湿原の周りを散歩をしていたと証言しています。彼の話では、せっかく息抜きに来たのにペンションに閉じ込められるのは嫌との事で、滅入った気持ちをリフレッシュさせる為に隠れて勝手に散歩に出かけていたとの事です。一人で行動していたんで特にアリバイを証明してくれる人はいないとの事なので、彼にアリバイがない以上もしかしたら高峰やすし工場長と菊川楓の二人を連れ去ることも出来るかも知れません」


「補足、いいですか」


(またお前かあぁぁぁぁ!)と心の中で言いながら勘太郎は羊野の顔を怪訝そうな顔で見るが、当の羊野は特に気にする様子も無く淡々と話し出す。


「谷カツオさんは一人で十五時から十八時くらいまでフナクスビーチや池間湿原の周りを散歩をしていたそうですが、だれも彼の姿を見たという人はフナクスビーチ方面にはいなかったので谷カツオさんのアリバイは証明できないように見えますが、彼はデジタル一眼レフカメラを持っていて、絶えず写真を撮りながら移動をしていたらしいので、その時間帯に撮られた写真の画像データを調べればその画像から彼が一体どこにいたのかが特定出来ますし、日にちや時間も記載されていますので充分な証拠になると思いますよ。でもまあそのデジタル一眼レフカメラを他の人に渡して別行動をすればそのアリバイは崩れますが、ペンションの二階の部屋にいたという花間建設の社長の娘さんでもある花巻礼香さん(二十五歳)が窓を眺めていたら遠くで池間島湿原の周囲を歩く谷カツオさんらしき人の姿を見たと証言していますので、彼のアリバイは一応は証拠があると言う事になります。それに花間礼香さんが目撃した時間も十五時二十五分なので、そこからたったの五分で谷カツオさんが高峰やすし工場長と菊川楓さんの車に先回りできる時間はまずないと思いますよ」


(うぐぐぐ……またしても……なんなんだよ、あいつは……)


 またしても補足とばかりに美味しい所を持って行かれたので、勘太郎は更に眉間にシワをよせるが、仕方なく最後の人の話をする。


「そして三人目は、沖縄県にある水族館で働いている職員の流山改造(四十九歳)です。彼はイキヅビーチやハート岩があるとされる方面の海に行っていたとの事ですが、そのアリバイを証明してくれる人はどうやら誰もいないようです。彼もまた我々には内緒で勝手に、レンタルの自転車でサイクリングを楽しみながら移動をしています。ペンションを出入りした時刻は、十五時から十八時くらいまでだそうです。まあ彼は沖縄の那覇出身ですし飛行機で来たようなのでこの池間島には都営バスに乗り、風景を楽しみながらゆっくりと池間島の地に降り立ったそうです。なので移動もこの池間島でレンタルで借りた自転車を使用して移動をしている訳ですから、車を持っていない流山改造は高峰やすし工場長と宣伝部長の菊川楓を誘拐する事は先ずできない物と判断します。それに宮古島にはレンタカー屋も当然ありますが、流山改造が車を借りた記録は無いようなのでこの島のどこかにレンタカーを隠している可能性は極めて少ない物と思われます。ていうかその可能性はまずないですね」


「補足、いいですか」


 その勘太郎の憶測と考えに羊野がまたまた更に堂々と口を出す。


「確かに流山改造さんはレンタカーは借りてはいないとは思いますが、だれかが用意した車を運転したり盗んだりすれば、遠くへの移動は(その気になれば)十分可能ですしアリバイ作りも容易に出来るのではないでしょうか。それに流山改造さんは十五時から十八時くらいまでイキヅビーチに行っていたと証言していますが、そのアリバイを証明してくれる人は誰もいないのですから、どこかで自転車から車に乗り換えていたとしたら、高峰やすし工場長と菊川楓さんを拉致した現場に向かうことは充分にできると思いますよ。まあその場合は必ず流山改造さんにだけでは無く、裏方で色々と協力をしてくれる別の犯人が必ずいないと成立しない事ではあるんですけどね」


「別の犯人か。やはりこの事件には最低でも犯人は二人はいるという事か。つまりあの時ペンション内にいる誰かが高峰やすし工場長と菊川楓さんを拉致した犯人に何らかの連絡をしていたとお前は言いたいんだな」


「はい、そうでないとこの誘拐は成立しませんから。外に出た二人に気付いて先回りをするとか、最低でも犯人が二人はいないとできない事ですよね。やはりあの時あの二人を技と逃がして犯人の行動を知ることに間違いはなかったですわ。あの逃げた二人が誘拐されたお陰で死伝の雷魚に情報を流している誰かの存在を確認する事ができたのですから。これはある意味大収穫ですわ。あの逃げ出した男女の尊い犠牲は無駄ではなかった!」


「ちょっと待てよ、まだ高峰やすし工場長と菊川楓さんは死んだと決まった訳じゃないぞ。勝手に犠牲者にするなよ!」


 十五時以降、ペンション内にいなかった人達についてのアリバイの説明を全て羊野に補足をつけられた事で内心むっとしていた勘太郎はかなりムキになりながら羊野に反論をしていたが、そんな勘太郎の心情を察した赤城文子刑事は羊野瞑子が調べていたペンション内にいた人達の中にアリバイが成立していない人はいなかったのかを聞く。


「勘太郎の方は分かったけど、羊野さん、次はあなたの報告よ」


「ええ、ではお話ししますわ。私が調べたのは十五時三十分に池間島から出ようとしていた高峰やすし工場長と菊川楓さんの二人をどれだけの人がその事を知っていたかと言う事ですわ。気付いていたのは荷物を抱えて玄関に向かう姿を見たという花間礼香さんだけで、後の人達は皆部屋にいたり大広間のリビングにいたりして二人が出て行くのに気が付かなかったと言っていました」


「そう、もしもその中に狂人・死伝の雷魚に連絡をしていたかも知れないもう一人の犯人がいたのだとしたら、その矛盾から犯人を追い込む事ができるかも知れないわね」


「ええ、私もそう思っています。このペンション内にいる犯人が一体どうやって外にいる死伝の雷魚に連絡を送ったのか。その謎が分かればそこから芋ずる式に二人の犯人を炙り出す事が出来るのですが……」


「当然みんなの携帯電話の履歴は確認したのよね。十五時三十分に誰かにスマホを使って電話やSNSで連絡をした履歴が残っていたらそこから犯人が割り出せるかも知れないからね」


「ええ、でもあの場にいた皆さんのスマートフォンの中身を全て調べてみたのですが特にその時間はだれもスマホで電話をしたり、メールやツイッターやチャットを打ったりしている人は誰もいませんでしたわ」


「十五時三十分にあの場にいた人達のスマートフォンの履歴には何も変化は無かったのね。つまりあの時間はだれも誰かに連絡をしてはいなかったと言う事ね」


「はい、そういうことになりますね」


「そう、ご苦労様。それじゃ次は私が無人となった車や大型トラックを調べた事について説明するわ。あの大型トラックは今日の朝までは池間島の中にあるレジャー施設の建設現場に停めてあった物で、それを無断で誰かが使用したみたいね。その大型トラックの鍵は三日前から無くなっていて、トラックを動かす事ができなかったとその砂利を運んでいた従業員の証言を得ているわ」


「その大型トラックを急遽動かして、高峰やすし工場長と菊川楓さんの逃亡を阻止して誘拐したと言う事ですね。でもその情報を一体どうやって知ったのかしら?」


「さあ……それさえわかれば、一つの謎にも光明が射すんだけど」


「もしかしたらスマホを複数持っていたり、iPadやノート型パソコンといったSNSを利用できる機械類なども持っていると思い、持ち物検査という形で更に彼らを徹底的に調べてみたのですが、やはりどの機種にも送信履歴はありませんでした。特にユーチューバーの池口琴子さんや新人小説家の山岡あけみさんはその仕事からノート型パソコンを持っていましたので絶対に怪しいと思っていたのですが……当てが外れてしまいました」


「そう、高峰やすし工場長と菊川楓さんが乗っていた車の中も特に犯人に繋がる物的証拠は何も見つからなかったわ。本来なら直ぐにでも緊急配備をして警察官達を動員して池間島中を全て探し回りたいんだけど、今はこの池間島には警察は私とこの池間島の中にいる沼川英二巡査しかいないから、とてもじゃないけど今夜中に島の中を探し回れはしないわ。恐らく誘拐された二人はどこかの空き家にでも監禁されていると思うんだけど、その空き家を二人の警察官とその他二名の探偵だけで今日中に探し出すのは流石に不可能よ」


「「川口大介警部と山田鈴音刑事はどうしたんですか。池間島の中にいるんじゃないんですか?」


「いいえ、今は宮古島の方に行って現地の警察官に池間大橋を三日間だけ封鎖が出来るように説得しているらしいから、その説明にかなり苦労しているとさっき山田鈴音刑事から連絡があったわ」


「そうですか。まあ狂人ゲームの事とか。地元の警察官の方々には説明しづらい事がありますよね。でも本当にペンション内にいる協力者は一体どうやって死伝の雷魚に連絡をしたのかしら?」


「そうね、そこが一番の謎よね」


 羊野瞑子と赤城文子刑事が二人でそんな事を話していると、話を不思議そうに聞いていた勘太郎が一言ボソリと言う。


「そんなの……普通にペンション内の奥に設置してある公衆電話を使ったんじゃないのか。公衆電話ならその場を見られていなければだれがどこに連絡したのかは分からないし、逆探知もできないだろ」


「あ、そう言えば……」


「大体昭和の身代金誘拐のさいは犯人はみんな足が付かないように公衆電話から掛けていただろ。それくらい常識だし、短い通話なら逆探知もできないだろうしな。まあ逆探知に仮に成功したとしても電波の出どころはこのペンションなんだから、一体だれが公衆電話から掛けたのかはまず分からないと言う事だ。この令和のご時世でスマホで身代金誘拐をする奴がいたとしたら、そいつはレトロな公衆電話の存在や使い道を知らない便利なハイテクに盲目にされたただのド素人と言う事だ。まあ赤の他人のスマホを使って通話をするという手もあるんだが、みんな携帯電話は肌身離さず持っているし暗証番号機能でシステムロックをしているスマホもあるはずだからわざわざスマホを人知れず奪いに行くというリスクは負えないだろうしな。それで、ド素人のお二人さん、俺に何か言うことはあるかな」


「「い……いいえ……なにも……」」


 ハイテクにまみれ過ぎてすっかりその事を忘れていた羊野と警察にあるまじき失態を犯していた赤城文子刑事の黙りに、勘太郎は久しぶりに二人の鼻を明かしてやった小さな喜びを胸に心の中で(よし!)と大きくガッツポーズを決めるのだった。

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