第4話 『ついに動き出す狂人の影』

          4. ついに動き出す狂人の影


 時刻は十五時三十分。


 死体のある部屋を封鎖し、腐敗を防ぐために日野冴子の死体を一時的にこのペンションの厨房室にある食料を入れる冷凍保存庫に運んだ勘太郎と警察官の沼川英二はお互いに礼を言いながらその場で別れ。その後勘太郎は池口琴子が安静にしている医療の設備が整ってある小部屋を訪れる。


 適切な処置も相まって激しい動悸が和らいだもう一人の大学生ユーチューバーの池口琴子に事情聴取をした勘太郎は、この沖縄周辺の海で二人の女子大生が最近投稿したという水中でふざけ合う動画に思わず目を細める。


 池口琴子がスマホで見せてくれた動画に映し出されていたのは、珊瑚の強度はどのくらいの重さまで耐えられるのか、検証してみようという企画で。海中でサンゴの上に乗りながら自分の体重と脚力で踏み付け破壊しまくるという、常識では考えられない炎上物の動画だった。


 案の定この動画は大炎上をし抗議のコメントが多数来たとのことだが、炎上商法を敢えて狙ったのかその動画は今までに投稿した動画を遙かに越える一番の再生数となり、皮肉なことに別の意味で二人を時の人にしてしまう。


 そして何より、日野冴子は解散をする前に少し無茶なことをやってでも自分達が人気ユーチューバーだったという記録を残したいと言っていた事を池口琴子の口から聞かされる。

 だからこそ日野冴子は池口琴子に海中での珊瑚破壊を技と指示したのだ。


 だがその軽率な行動はその動画を発見した、南の海をこよなく愛する冷酷な狂人の怒りをどうやら買ってしまったようだ。

 その事で日野冴子もまたもれなく殺されることになってしまったと推測した勘太郎は、日野冴子が誰かの思惑で殺されたかも知れないという可能性を濁しながら、池口琴子が見た現場の状況を警察以外には絶対に話さない事を硬く約束させる。


 その後はこのペンション内にいる人達のアリバイを聞くために一応は聞き込みをした勘太郎だったが、十二時以前に行動をしていた皆のアリバイは当然バラバラで、自室にいたり外にいたりと全員のアリバイを立証する事はどうやらできないようだ。


 だが誰も日野冴子の部屋を訪れた者はいないと証言をする池口琴子は、十一時五十分くらいに日野冴子が浴室に入る所を見てから部屋のカードキーを持って廊下に出たと証言をしているので、日野冴子と池口琴子が同じ部屋にいた事がこの話の流れから判明する。


 だからこそ池口琴子は、入浴時間が長いとの理由で日野冴子の無事を確認に行く際にロックがかかっている部屋の鍵を開けてから中に入り、日野冴子の死体を発見する事ができたのだ。


 そしてもう一人の証言者は新人小説家の山岡あけみだ。彼女の部屋は日野冴子と池口琴子が宿泊している部屋の隣にあるので人の出入りの音だけでは無く、シャワーが流れる音もある程度は聞こえるとのことだ。だからこそ池口琴子の証言を後押しできたのだが、このペンションの部屋の壁は隣の音が聞こえてしまうくらいに薄い事が判明する。


 山岡あけみは十二時に探偵が来たと言う話を聞いて部屋を出たとのことだが、思いのほか壁が薄い事で池口琴子のアリバイとその後の日野冴子の生存が確認できた勘太郎は池口琴子以外にこの部屋の中には誰も近づいてはいないことに内心首をひねる。


 日野冴子がいる部屋の中に入らずに一体どうやって日野冴子をお風呂場の中で確実に転倒させる何らかの仕掛けを施したのかという謎である。


「やはり羊野の言うように排水口に何らかの秘密があると言う事なのか。やはりここは羊野にだけ任せるのではなくこの俺も外の方を見に行った方がいいようだな」


 新しい黒の半袖シャツに着替えながら玄関入り口から外に出ようとした勘太郎の目の前に青い顔をした中年の男女が体を震わせながらなだれ込んでくる。


(な、何事だ……て、こいつら一体誰だ?)と思いながら勘太郎は思わずその男女の顔をマジマジと見るが。そんな相手の素性を疑る視線に気付いた男性の方が勘太郎に向けて話し出す。


「あ、すいません。私は隣の別荘に最近滞在している宮古島の自然を守る会・会長の大島豪と言う者です。そして私の隣にいるのが」


「私は宮古島の自然を守る会・推進派であり、職業はこの地元の病院で薬剤師をしている古谷みね子と言う者よ。それと珊瑚を守る会にも所属をしているわ」


「そうですか、お隣さんですか。確かそんな人達が隣の建屋にいると赤城文子刑事が言っていましたからね。それでそのお隣さんがそんなに急いで、一体どうしたんですか。このペンションの中の誰かになにかようでもあるんですか?」


「ええ、あるわ。今日もこの池間島周辺にレジャー施設開発のプロジェクトに着工しようとしている花間建設の工事を停めてもらう為に直談判に来たのよ。こちら側も何度も池間島町内会と花間建設の社長との話し合いを何度も呼びかけていたけど取り合っても貰えず全て無視されていたから。だからわざわざ監視と抗議のために一年前からとなりに即席の建屋を建てて、社長やその高い役職の人が来たらすかさず話し合いができるようにと今回も抗議をしに来たのよ!」


「そうじゃよ、この池間島に大きなレジャー施設が出来るのは観光業に力を入れているこの島にもいいことだとは思うが、余り度が過ぎるとこの宮古島の大自然や綺麗な海を汚す結果になるやもしれん。だからどんな工事をするのかを我々町の住人達と話し合い、互いに納得のいくような落とし処を模索して行かなくてはならない説明と義務が工事をする側には当然あるはずだ。だからこそ説明会でも開いてくれると非常にありがたいんだが、我々には一切話し合おうともせずに勝手に独断で工事を使用としているから我々が直接出向いてきていると言う訳だよ。昨日から花間建設の社長がどうやらこのペンションに来ているらしいから、これは話し合うチャンスだと思って来てみたのだが……まさかそのペンションの外で可笑しな生物を目撃する事になろうとは正直思わなかったよ。だから急いで変な生き物が外の排水管を弄っていると知らせにきたのだよ。あれは絶対に地球外生命体だ。羊の頭を付けた真っ白な羊人間が堂々と外を歩いているんだからな!」


「そ、それって……っ」


 彼らが言っている可笑しな地球外生命体が、外で証拠探しの捜査をしている羊野だと直ぐに理解をした勘太郎は「それはメンヘラで心が病んでいるウチの可哀想な探偵助手だと思います。びっくりさせて申し訳ありません。あいつはたまに人の理解が不能な可笑しな行動をするので余り気にせずにそっとしておいてあげて下さい」と物凄く申し訳なさそうに大袈裟に説明をする。


(よし、上手くその場をフォローできたぞ。羊野、俺の咄嗟の機転に感謝をしろよ!)


 その勘太郎の訴えに闇が深い訳ありの女性だと勝手にそう解釈をした大島豪と古谷みね子の二人は、外で懸命に働く羊野を遠巻きに見ながら可哀想な視線を送る。


「そう、そんな訳ありの情緒不安定な彼女を敢えて雇っているだなんて、あなたも苦労しているのね」


「いえいえ、あれでも優秀な俺の部下なので、あの可笑しな姿もどうか大目に見てやってください。あと彼女は生まれつきアルミノなので直射日光には弱いんですよ。だからあんな格好をしているという側面もあります」


「そうですか、アルミノですか。ならその素顔は真っ白という事ですね。ならあの姿も合点がいきます。でもこの真夏にあの姿は……彼女も大変ですね」


 そんな他愛の無い話を二人の中年の男女と話していると、その横をレジャー施設開発を任されている花間建設工場長の高峰やすしと、宣伝部部長の菊川楓が重い荷物を抱えながら外に出ようとする。


「ちょっと待って下さい。そんなに荷物を抱えて一体どうしたんですか。まさかここから出て帰ろうとしているんじゃないでしょうね」


 いきなりの行動に慌てふためきながら勘太郎が叫ぶと恐怖に耐えきれないかのような顔を向ける高峰やすし工場長が体をブルブルと震わせながら自分の思いを必死に話し出す。


「じょ、冗談じゃ無い。人魚伝説の祟りに触れることだけは絶対にやってはいけないことだ。それは当然社長も分かっていたはずなんだ。なのに社長があの祠を壊すから……建築の邪魔だと言って撤去してしまうからいけないんだ。この沖縄周辺に住む人なら誰もが知っている……人魚伝説が深く根付いている祠を壊す事には俺も宣伝部部長の菊川楓さんも社長に猛反対したんだ。あの祠は地元のユタの人も絶対に粗末にしてはならないとキツく釘を刺していたからな。なのにあの花間敬一社長が『迷信なんぞくだらん。今は何世紀だと思っているんだ。呪いだなんてそんな非科学的な物はこの世にあるわけが無いだろ。そんなくだらない事を言っている暇があったら、この建設を反対している地元の住民を何とか黙らせて、早く工事に着工できるようにしろ。それに形なりにもお祓いをしてユタの人も呼んだんだから特に心配は無いだろう』と言っていたが、最近あの祠を壊してから、ウチの社員が立て続けに三名も亡くなってしまったからな。だから今すぐにでもここから離れないといけないんだ。そうだこれは全て社長のせいだ。俺達は被害者なのにどうしてこんな目に遭わないといけないんだ。ちくしょう、ちくしょう!」


「し、しかも昨日は明日に行われる予定の着工式典に参加をする為に敬一社長とその娘さんと……更にはなぜか一緒に来たという女刑事がこのペンションに来て、ウチの社長と色々と話し合っていたけど、探偵さん、あなた達が来てからまた呪いは加速してしまった。このままこの池間島にいたらあの祠を壊す事に加担してしまった私達は近い内に、確実に人魚の呪いで殺されてしまうわ。嫌よ、私はあの三人の従業員達のように海で溺死なんてしたくはないわ。それに仮にこのまま部屋の中に閉じこもっていたとしても、謎の事故死で……祟りで殺される事は日野冴子さんとかいうユーチューバーの死で確実な物になったわ。だから私達は一早くここから出て行くの。今池間島をでて宮古島空港で飛行機に乗る事が出来たら、夜になる前に沖縄の地から離れる事ができるわ。沖縄の地から離れればそれだけ人魚の呪いも弱まると誰かが言っていたから。後は知り合いの力の強い有名なユタの人に頼んでこの人魚様の怒りを静めてくれる対策をしてもらうつもりよ。全く、こんな事になるんならあのワンマン社長の下からは早々に逃げ出すべきだったわ。ただ責任のあるいい役職にも就いているし、給料もそれなりに高かったから逃げ出すタイミングを逃していたけど……」


「だが逃げるのなら今しか無いと言う事だ。そんな訳で俺と菊川はこの池間島から逃げさせて貰うぞ。そこをどけ!」


「だ、駄目ですよ、高峰工場長……それに菊川さん。この地から三日間は絶対に出てはならないと警視庁からきた赤城文子刑事にそうキツく言われているでしょ。この事件には人の手が……謎の犯人が絡んでいるかも知れないんですから、今無闇に外に出るのは余りに危険過ぎますし、あなた方の勝手な行動で犯人を怒らせて、この島を無断で出ようとしたあなた達にその矛先が向くかも知れません。なので今日の所はどうか思いとどまって下さい。お願いですから!」


 その勘太郎の必死な言葉に乗るかのように今度は宮古島の自然を守る会・会長の大島豪が高峰やすし工場長と宣伝部長の菊川楓に詰め寄る。


「お二人とも逃げないで下さい。私達はあなた方幹部にも話があるんですよ。今回池間島に建設するという一代レジャー施設建設について住民側ともよ~く話し合える場を、機会を設けてはくれませんでしょうか。なんの説明も無く勝手に工事なんかを始められたら正直困りますので、そこの所をお願いします。どうやら一部の区画は地ならしをし……自然を破壊し……かつてそこに奉っていた祠を取り除いて新地にしたみたいですけど、これ以上の工事は絶対に許さないと言う事だ!」


 続いて地元で薬剤師をしている古谷みね子が怒り顔で話す。


「そういうことよ。もうこれ以上の過度な工事でこの池間島の豊かな自然を破壊させる訳にはいかないわ。別にレジャー施設が無くたってこの池間島には自然豊かな植物と、綺麗な海があるわ。だからそんな過度な奇をてらった一時的に注目されるだけのレジャー施設は正直いらないのよ。それにあなた達もこの沖縄諸島に住む住民ならあの人魚伝説のある祠を壊す事がどんなに恐ろしい事かは言わなくても分かるわよね。多分あなた達には確実に呪いがジワジワと迫っているわ。水難事故に関わる人魚伝説の呪いがね!」


「うっわあっぁぁぁぁーー、うわあぁぁぁぁぁーー、人魚だぁぁぁ、人魚様の呪いだぁぁぁ。俺達は決してやってはいけないことをしてしまったんだぁぁ! 呪われる、呪い殺されてしまうぅぅぅ!」


「いや、嫌よ、海で溺れ死ぬ事だけは絶対に嫌よ。だって私、全然泳げないのよ。それに海で死んだ人の死体はむごいって言う話だし……もしかしたら遠くに流されたりサメに捕食されたりして、死体すらみつからないかも知れない。だから溺死は絶対に嫌よ!」


「ふ、二人とも落ち着いて下さい。ここにいたら大丈夫ですから!」


「うるさい、そこをどけ!」


 大きな声で叫びながら目の前にいる勘太郎を豪快に突き飛ばすと、大急ぎで高峰やすし工場長と部長の菊川楓の二人は一台の車へと乗り込む。


 ペンションの中にいた他の人達が何事かと徐々に集まりだしている中、勘太郎は咄嗟に「羊野、その二人をとめろぉぉ!」と大きく叫んだが、羊野は特に動く事はなく、車が急発進するのをただ呆然と見ているだけだ。


「くそ、羊野の奴、なんであの二人をとめないんだよ!」と文句を言っていると騒ぎを聞きつけた赤城文子刑事が勘太郎を叱りつける。


「勘太郎、なぜあの二人を止めなかったの!」


「止めたんですが、半ば強引に勝手に出て行ってしまったんですよ」


「このままあの二人を池間島から出す訳にはいかないわ。いいわ、私が二人を連れ戻しに行ってくるから、勘太郎あなたはもうこれ以上人がここから出て行かないように見張ってて頂戴。いい、分かったわね!」


 非常に焦りながらそういうと赤城文子刑事は自分が乗ってきた車に飛び乗りながら大急ぎで二人の後を追う。


 急発進をする赤城文子刑事の車を見送りながら羊野に近づいた勘太郎は、なぜあの二人をとめなかったのかを聞く。


「羊野……一応聞くが、なんであの二人を敢えて行かせたんだ?」


「フフフフ、その言い方はもう大体のことは察しているんじゃありませんか。勿論あの二人を敢えて行かせて、狂人・死伝の雷魚がこの後どう動くのかを観察する為ですわ。私は人の人命よりもこの狂人ゲームを楽しんで、死伝の雷魚が作り出す殺人トリックとその正体を暴くことが最優先だと判断しました。なので事件を解決する為だったら多少の人の命などは正直どうでもいいと言う事です。理解しましたか」


「やっぱりな。お前はそういう奴だったよ!」


 そうここにいる羊野瞑子という女性は、元円卓の星座の狂人、白い腹黒羊と呼ばれていた最も凶悪で悪名の高い狂人である。その事を勘太郎はまた改めて再認識する。


 そしてあの時、羊野瞑子に頼ろうとした自分を勘太郎は大きく悔やむ。


 勘太郎は、何事も無かったかのようにペンションの中へと入る羊野を見つめながら、車で池間島を出ようと試みる高峰やすし工場長と菊川楓宣伝部長の安否を本気で心配するのだった。

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