第3話 『日野冴子の死因』

          3・日野冴子の死因


「死亡している女性は沖縄にある大学に通う日野冴子、二十歳です。趣味で動画作りなんかもやっている挑戦系の人気ユーチューバーで、この池間島の旅行に一緒に来ている池口琴子とは同じ大学に通う同学年であり一緒にユーチューブ動画を作っている相方だそうです。そしてお風呂場での日野冴子の死因ですが、お風呂場で転倒した時に後頭部をタイル張りの浴槽にぶつけたようで、その後頭部から流れ出ている血の跡と外傷から、何かの拍子に転倒して運悪くその後頭部を浴槽の角に強く打ち付けてそのまま意識を失った物と思われます。他には特に変わった外傷がないことから明らかにただの入浴中の事故死だと思われます。恐らくは急いで浴槽から出ようとして足でも滑らせてそのまま運悪く浴槽の角に後頭部を打つ付けてしまったのでしょう。それに入浴してから約三十分は時間が経っているとの事なので早期発見出来なかったのも死因の原因でしょうね」


「報告ご苦労様、わざわざ来てくれて悪いわね」


「いえいえ、事件が起きたのなら当然の事ですよ。まさかこのペンションで働いている料理人の岩材哲夫さんから連絡を貰った時はまたかと思いましたが、今回は海での怪事件ではなかったので急いで来たのですが、まさか東京から来ている警視庁の刑事さんがいるとは思わなかったですよ。それに沖縄県警に応援を頼んでも何故か現場には行けないとの解答が帰ってきましたからもう訳が分かりませんよ」


「そう、今日から三日間は沖縄県警や宮古島の駐在所にいる他の仲間達の応援は先ずないでしょうからあなたの頑張りに期待するわよ」


「は、はい、精一杯やらせて頂きます!」


「なら先ずはここにいる私達以外の部外者はこの中には絶対に入れないこと。ここでなにが起きたかの情報も一切話しては駄目よ、分かった」


「はい、分かりました。この中には誰一人として入れません。勿論情報も一般の人達には流す事はありません。守秘義務は厳守します!」


 そう言いながらその中年警察官は自分より遙かに年下の赤城文子刑事に向けて大袈裟に敬礼をする。


 時刻は十三時0五分。


 料理人の岩材哲夫の通報で地元の警察官らしき一人の男がテキパキと仕事をこなしながらその状況を近くにいる赤城文子刑事に報告する。

 その四十代くらいの警官はとても緊張しており、東京の警視庁から来たエリート組の赤城文子刑事に地元の警察の仕事ぶりを見せようと必死に奮闘しているようだ。


 そんな本庁の女性刑事に緊張しながら働く地元の警察官の仕事ぶりを確認していた勘太郎と羊野は、お風呂場の中に設置してあるシャワーの下で倒れている日野冴子をマジマジと見る。


 勘太郎も一応は若い童貞の男性である。当然裸のままでタイル張りの床に死体となって倒れているまだ若い女性への目のやり場に困っていた勘太郎は死因の確認と状況証拠の確認が終わったのを知ると手に持っていた大きなバスタオルをそっとその死体となった日野冴子の体に掛けてやる。

 もう既に死体になってしまったとはいえ、中年の警察官や自分にじろじろと裸を見られるのは流石に不本意ではないかと感じたからだ。


 本来なら直ぐにでも沖縄県警の鑑識に連絡をして死体がある現場を徹底的に調べて貰いたいのだが、警視庁側からの謎の命令でこの三日間は例え地元の警察でも池間島に入る事は絶対に許されてはいない。なのでその日野冴子の死体は池間島の交番にたまたまいた沖縄県警・宮古島駐在所・池間島交番勤務の沼川英二。四十代が、責任を持って死体の保管と現場の封鎖をするようだ。


 だがそんな地元の警察官も現場状況の記録と確認報告を優先している為かまだ裸のままの死体への気遣いには頭が回ってはいなかったようだ。なので勘太郎が代わりに気を利かせる。


 そんなさり気ない気遣いをみせた勘太郎は日野冴子の後頭部の傷口を見ながらお風呂場の全体を頻りに見る羊野に話しかける。


「今地元の警察の人が話してくれたようにどうやら何かの拍子にお風呂場で転倒して、そのまま運悪くタイル張りの浴槽に強く後頭部を打ち付けた事による外傷性ショックと出血多量による出血死のようだな。他には特に変わった外傷は見られないみたいだし、他殺の可能性はないようだな」


 その勘太郎の指摘にタイル張りの床を見ていた羊野が白い羊のマスクを脱ぎながら気になる疑問点を述べる。


「でもこの死体の状況、なんだか違和感がありますね。例えば日野冴子さんが転んで頭を浴槽に後頭部を打ち付けた時に出血したと思われる血の痕跡の流れの跡です」


「血の流れの跡だと?」


「はい、日野冴子さんは浴槽に後頭部をぶつけてそのまま床下に倒れたみたいですが、タイル張りの浴槽にぶつけた時に浴槽に飛び散った血と死体が寝そべる床に流れている血には矛盾があります」


「矛盾だと。普通に倒れている日野冴子の後頭部から血が流れて、そのまま風呂の水が流れる排水口の方に血が続いているのが見えるんだが。流れ出が血の量はそんなに多くはなさそうだが、外傷だけではなくもしかしたら頭蓋骨陥没による内出血もしていたかも知れないから血の量はあまり関係はないんじゃないのか。出血多量で死んだ訳ではないだろ」


「日野冴子の死因の事ではありません。気付きませんか、最初に日野冴子さんがタイル張りの浴槽に後頭部をぶつけた時に飛び散った血の跡を」


「血の跡だと?」


 そう言いながら勘太郎は、浴槽の外側に飛び散り流れ落ちたと思われる血が流れた跡の痕跡をマジマジと見る。


「この血痕は……あ、そういうことか」


「気づきましたか」


「本来なら日野冴子が頭部を浴槽に打ち付け、飛び散った幾つかの血の雫は痕跡となってタイルを流れて床へと続いているはずなのに、床下十センチくらいの所で血痕が途中で綺麗に途切れている。まるで床に流れ落ちる前に綺麗に拭き取ったかのようだ」


「ここから考えられる事は一つですわ。日野冴子さんが倒れているこのお風呂場に誰かが入ったのではないと言うのなら、排水口に流れる落ちるはずの水の流れが(詰まっていたかして)止まって、水かさが約十センチほど増えていたと言う事ですわ」


「水かさが増えていた、なるほどね、だから日野冴子が倒れる直前まではお風呂場の床には湯船から流れ落ちたお湯が溜まっていたと言いたいわけだな。そしてその十センチほど溜まった床下のお湯にでも気を取られた日野冴子はそのまま転んで湯の流れが悪い水たまりの床に仰向けに倒れてしまったから、その大量に流れ出たはずの血痕はお湯で薄まり、時間の経過と共に溜まっていたお湯が徐々に排水口の中へと流れ落ちた。そして血の跡がついた浴槽のタイルには途中で切れたような血痕の跡ができあがったと言う訳だな。まあ理屈は分かったがそれが一体なんだと言うんだ。排水口の水の流れが悪いのは髪の毛でも詰まっているからなんだろうし、日野冴子が死亡した原因に結びつけるにはちょっと弱いし無理があるんじゃないのか。仮に湯船から上がろうとして床下にお湯が溜まっていたとしても驚きはするがそこから滑って転倒する確率は物凄く低いと俺は思うぜ」


「普段ならただの事故で片付けられるとは思いますが、今は狂人ゲームの真っ最中だと言う事を忘れて貰っては困ります。それに黒鉄さんは髪の毛が排水口に詰まっていて水の流れが悪いだけだと言っていますが、掃除が行き届いていない普通の一般家庭の家ならまだしも、このペンションは他のお客さんも泊まれるように宿の部屋を貸しているんですから当然毎回掃除は欠かせず行っているはず。当然排水口の水の詰まりもチェック済みのはずです。ならこのお風呂場に溜まっていた水の詰まりには私達のまだ知らない何かがあると思うのですよ。日野冴子さんを死に至らしめた犯人の思惑が……」


「犯人の思惑だと。羊野、お前は日野冴子のこの事故死には犯人の思惑とその細工が施されていると考えているのか。ならこれが仮に他殺だと仮定して犯人は日野冴子をどうやって都合良くお風呂場で転倒させる事が出来たんだ?」


「いくつかその可能性と仮説は立てられますがまだ証拠がありませんしもう少しよ~くこの辺りを調べてみないと軽率なお話は出来ませんので、証拠が固まったらお話ししますわ」


「なんだよ、すっきりしない言い方だな。だが俺達がこのペンションに来て赤城先輩が長々とこの建屋の中にいる人達の紹介をしていたんだから少なくともあの説明にあった人達の中に犯人はいないんじゃないのか」


「確かに紹介にあった人はみんなあの場にはいましたが、彼女がお風呂に入っていた時間は三十分くらいだったそうですから、自動的に日野冴子さんが転倒する何らかの仕掛けがあるのかも知れませんよ」


「仕掛けね。仮に都合良く日野冴子が転倒して、浴槽のタイルに後頭部をぶつける物かな。それに彼女がその犯人に殺されなくてはならない理由とその動機は一体なんだ?」


「まず仮に日野冴子さんが都合良く転んで気を失った場合、死に至る原因は二つあります。一つ目はこのお風呂場の回りは全て硬いタイル張りになっていて、無防備に転倒した際は回りが皆凶器となる点です。仮に何らかの方法で意識を失って転んだら大怪我くらいはするかも知れません。そして二つ目は床に十センチほどのお湯が溜まっていたと言う点です。もしもこの殺しが狂人・死伝の雷魚の仕業なら、彼としては日野冴子さんを気絶させてその十センチの水の詰まりを利用して溺死させたかったはずです。なぜなら彼は人を溺死させる事が心情の狂人のような気がしますからね。でも彼女の思わぬ転倒のおかげでその死因が変わってしまった」


「つまりこの犯人は、本当は日野冴子を何らかの方法で転倒させてお風呂場で溺死させる計画だったが、浴槽に後頭部を打つ付けて死亡してしまったせいで溺死にする事が出来なかった」


「ええ、私はそう考えています。後は日野冴子さんがなぜ殺されなくてはならないかと言う話ですが、もしかしたらその原因は池口琴子さんが知っているかも知れません」


「池口琴子さんがか?


「はい、なので私はこのお風呂場の排水口の水が一体どこに流れているのかを外に出て調べて来ますから、黒鉄さんは池口琴子さんの容態が良くなったのを確認したら、彼女から色々と話を聞いてきて下さい」


「一体なにを聞けと言うんだよ?」


「そうですわね。例えば最近、相方の日野冴子さんと共に海に関わる悪戯や自然を汚す、或いは破壊する行いをしたかどうかを聞いておいて下さい。先程の紹介の説明では彼女達はどうやら動画の企画として結構無茶な挑戦企画や迷惑行為が目立つ危険な動画なんかも流していた見たいですから海を侮辱する行いの動画もあるかも知れません」


「海を侮辱ね……だがそれだけでその犯人は日野冴子を殺害したというのか。流石にそれはあり得ないだろ」


「そうでもないと思いますよ。ネットで軽くこの事件に関わりがあるかも知れない事件を調べてみたのですが、今までに死んだ被害者達は皆海を侮辱するような行いをした人達が大半のようです。なので今回もその可能性は充分にあるかと。どうやらこの死伝の雷魚という狂人は地元愛が強く、そして南の島に物凄い関わりのある狂人のようですからね」


「しかしお前、その服装で外は大丈夫なのか。今は日が照っているし外は地獄のように熱いだろ」


「大丈夫ですわ。この白い羊のマスクには小型のバッテリーがつないである小型の扇風機が内蔵されていて以外と涼しいのですよ。それに体の方にも同じように小型の扇風機が内蔵されていますので暑さ対策は万全ですわ」


「その小型の扇風機内蔵型の衣服って今熱い所にいる工場作業員が使っているあの小型のプロベラ内蔵型の作業着ヘルメットだよな。それの応用品か。お前は一体どこからそんなのを仕入れてくるんだ!」


「フフフフ、秘密ですわ」


 小さく笑いながら妖艶にそう応えると羊野瞑子は、白い羊のマスクを再び被り直しながら静かに外へと出て行くのだった。

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