第2話 『死を伝染させる狂人ゲームの始まり』


          2 死を伝染させる狂人ゲームの始まり


「旨い、これが宮古蕎麦か。麺もモチモチしていて喉越しもいいし、ダシもカツオダシでいい味を出しているな。それにこの分厚い牛の肉の角煮が中々に食べ応えがあっていい感じに仕上がっている。いやまさに大満足の一品だよ!」


 まるでどこかの食レポのような感想を口にした勘太郎はズズズーと最後のスープを飲み干しながら空になったドンブリをテーブルに置く。その豪快な食いっぷりを隣にいる羊野はもう食べたのかといった顔で見つめていたが、麺を啜りながら赤城文子刑事にこのペンション内にいる人物達の人数と自己紹介を促す。


「それでは赤城さん、このペンション内にいる人物達を紹介して貰ってもよろしいでしょうか。どんな人達がいて何人いるのかを把握しておかないとこれから始まる新たな殺しは防げませんからね」


「分かったわ、じゃ私が今現在このペンションにいる人達の紹介を簡単にするわね」


 白い羊のマスクを額にズリ上げながら宮古蕎麦を食べる羊野瞑子の奇妙な格好に目を奪われていた周りの人達はいきなり現れた可笑しな二人組の男女をただ遠目で見つめているだけだったが、そんな観光客らしい彼らに目配せしながら赤城文子刑事がこのペンション内にいる人物達の自己紹介をする。


「一人目は今あなた達が食べている宮古蕎麦を作ってくれたこのペンションの厨房を任されている岩材哲夫さんよ。岩材さんは料理人でありそのうえ海に出て漁をする漁師でもあるから新鮮な魚の目利きは確かよ。見た目は厳つくて頑固そうに見えるけど、物凄く面倒見がよくて優しい人だから今夜の夕食は期待した方がいいわよ」


「岩材です、私が作った宮古蕎麦はお口にあったでしょうか。夕食も私が心を込めてお作りしますのでそれまでごゆゆりとして下さい。因みに今日の夕食はこの近くの海で取れた新鮮な魚料理を出しますよ」


 そう言いながら大柄な体をした岩材哲夫という料理人が、勘太郎と羊野のテーブルに新たな麦茶を置きながら食べ終わったドンブリを片付けていく。


「二人目はこのペンションのオーナーの花間敬一さんよ。花間さんは花間建設株式会社という大きな事業を手広く広げている沖縄諸島周辺を統べる社長さんで、建設の業界ではかなりその顔も広い人よ。話では有権者だけではなく政治家とも交流があるとか。とにかく凄い人よ」


「はははは、君達がこの女性の刑事が言っていた優秀な探偵か。その業界では物凄く有名で警視庁お墨付きの凄腕の探偵を急遽手配したと言っていたが、俺が想像していた探偵とはかなり違うな。まさかこんな変ちくりんな可笑しな格好をした二人組を呼ぶとは思わなかったよ。でもまあ実際この宮古島に建設の仕事をしに来ていたウチの社員の三人が続けざまに次々と不審な死を遂げているんだから、もしもこの近くに彼らを殺した犯人が本当にいるというのなら、是非ともその手腕を発揮して事件を解決してもらいたい物だね」


 そうふてぶてしく言いながら背の高い細マッチョ体型の叔父さんが勘太郎と羊野を見ながらがっしりと腕組みをする。その仕草からこの社長は勘太郎と羊野の事を何やら胡散臭い奴らだと思っているようだ。


「三人目は花間敬一社長の一人娘の花間礼香さんよ。礼香さんは大学四年生で一級建築士の資格を取る為に日夜勉学にいそしんでいるそうよ。その知識と経験と資格でゆくゆくは親の跡を継ぐのかも知れないわね」


「ウチの父の会社を継ぐかどうかはまだ分からないけど、建築に興味があったからちょっと建設学科がある大学に通っているだけよ。やっぱり将来資格を取って置かないと将来がかなり不安だし、手に付く職は身につけておきたいしね」


 健康美溢れる綺麗な小麦肌と良く鍛えられた体育会系の細身の体を持つその女性は、はにかむ笑顔を向けながら明るくそう答える。


「続いて四人目は、今話題の衆議院の政治家、金丸重雄さんです。金丸さんは沖縄県に選挙区を構える政治家でたまにテレビにもでてその顔は知られているわ。観光業界の発展と町のインフラに最も力を入れているそうです」


「フン、他ならぬ花間敬一社長の頼みで明日は午後から行うレジャー施設開発着工式典のテープカットと祝いの言葉を述べる為に来たんだがどうやら変な事件に巻き込まれてしまったようだな。ここから帰ろうとしてもこの頭の硬そうな女刑事に強引に止められるし、もう訳が分からんよ。ここは一体どうなっているんだ。なぜ我々はここから帰ることができんのだ。もっと詳しく教えて貰わないと困るのだがな!」


 そう不満を言ってきたのは今紹介にあった政治家の金丸重雄である。金丸は中肉中背の体型をしており、その他人を見下す言動からもかなり傲慢そうなおじさんのようだ。


「五人目は花間建設の現場工事を任されている工場長、高峰やすしさんです。高峰工場長はこの池間島で建設されるというレジャー施設プロジェクトの工事を任されている工場長で、その地域の視察も兼ねて宮古島で準備を着々と進めているそうです。もしもそのレジャー施設が池間島にできたら宮古島に新たな観光スポットができあがるとの事です」


「ええ、明日はレジャー施設着工式典がありますのでその後に本格的な工事が再開される予定です。ですが開発で自然に与える影響がどうとか、ゴミ問題や自然破壊の問題がどうとかで反対する地域住民が多くていかんですよ。せっかく我々が大きなレジャー施設を建ててこの池間島の周辺に新たな観光客を更に呼び込もうとしているのに、我々の苦労も理解されない物です」


 大袈裟に溜息をつきながら話し出したのは四角い眼鏡を掛けた真面目そうな仕事人、高峰やすし工場長だ。


「そしてその高峰工場長の隣にいるのは、六人目の人物の花間建設の部長の菊川楓さんです。菊川さんは女性でありながら部蝶の地位まで登りつめたやり手で一級建築士の資格も持っています。建物の設計や立案、そして宣伝にも深く関わっていて今回のレジャー施設のプロジェクトにも大きく関わっている人物の一人です」


「こんにちは、可笑しな格好をした二人の探偵さん。今回不可思議な死を遂げているウチの三人の社員の死因が他殺か自殺か、事故か呪いかをまた調べるそうだけど、警察の見解はもう既に出ているというのにわざわざこんな南の島まで警視庁お墨付きの探偵が来てまた新たに捜査をするとは一体どう言う事なのかしら? でもまあ、もしもこの女刑事さんのいうようにウチの三人の社員達を殺した犯人が本当にいるというのなら是非とも捕まえて貰えると正直助かるわ。何故か家にも帰しては貰えないし、このままじゃ寝るに寝れないからね!」


「そして七人目の人物は沖縄県の那覇市内で土産物屋店とスキューバダイビングのインストラクターをしている谷カツオさんです。サーフィンやシュノーケル、釣りや島の原生林の観察と言った多彩な趣味や経験をそのままガイドの仕事に生かしているというアウトドア派の人物です。普段は那覇市にある土産物屋店で仕事をしているそうですが、今回は新たな観光スポット発掘のために池間島周辺を旅行がてらに見に来たそうです。後彼は最近、野鳥観察……所謂バードウォッチングにはまっているそうなので野鳥の観察にも来ているそうです」


「ああ、この池間島周辺にはいい野鳥達が沢山住み着いているぜ。今日も朝早くからこのペンションの隣にある池間湿原の沼の所まで出向いて野鳥の観察をしていた所だ。」


 そう明るく言いながらその三十代後半くらいの年齢の男は手に持つ一眼レフカメラを大事そうに丁寧に布きれで拭く。


「八人目は、沖縄県の水族館職員の流山改造さんです。今回は息抜きの為に三泊三日の旅行でこの池間島を訪れたそうですが、この宿に……しかもこの日にちにたまたま予約をして来てしまった事が不運になったようです。せっかく息抜きを兼ねてこの地に来たというのに残念な事です」


「まあ仕方が無いさ。それに曲がりなりにも俺がここに来る以前からちょくちょくこの近くでは人が死んでいるんだから、この地域の為に警察に協力するのはむしろ当然の義務だろ。それに実際に探偵が警察と一緒に殺人事件に関わる光景なんてそう見れる物じゃないからな。これはよく見てみないとな。一民間人でもある探偵が警察に頼られるだなんて一体どういう話の流れかと思ってな」


 缶コーヒーを飲みながら四十代の中年男性がそう珍しそうに言った時その言葉に同調するかのように明るい女性の声が飛ぶ。その声の主は二十代くらいの若い女性である。

 赤城文子刑事はその可愛らしい茶髪の女性の顔を見ながら続けて自己紹介をする。


「九人目は沖縄にある大学に通っている大学生ユーチューバーの池口琴子さんです。池口さんはいろんな企画に挑戦するご当地アイドル的な二人組の人気ユーチューバーだそうですが最近は勉学や進路の事で忙しくて中々動画を配信できないでいるそうです」


「そうなのよね、最近色々と忙しくて動画が作れないでいるのよ。私達が作る動画をいつも見てくれている視聴者には悪いけどね。それに最近また私が持つ持病の心臓の病気が再発してしまって昔のように挑戦動画が撮れないのよ。だから今回のこの旅行で私の出演を最後にするお別れ動画を作るつもりだったんだけど、こんな変な事件に巻き込まれてしまって本当に残念だし迷惑だわ!」


「因みにもう一人の……十人目の相方の女性の方は池口さんと同じ大学に通うユーチューバーの日野冴子さんという女性です。彼女が主体となって企画から動画編集まで全ての作業を一人でこなしているようだけど、この二人の挑戦動画の人気は、外見がモデル並みに綺麗でトークやリアクションが面白い池口琴子さんと、その動画の編集技術や企画構成やパソコンのシステム的な裏方の仕事が得意な日野冴子さんとの二人の力が上手く掛け合わさっている事が大きいと私個人としてはそう思っているわ」


「それでもう一人の相方のその日野冴子さんとかいう女性は一体どこにいるんですか?」


 不思議がる勘太郎に赤城文子刑事が直ぐに応える。


「多分今は、自分の実質に完備してあるお風呂に入って入浴中のはずよ。そうよね、池口さん」


「はいそうです。日野さんは、今はお風呂に入っています。午前中に外で軽くフナクスビーチの海岸を歩いて散歩をしていたからその汗を流しているはずよ。でも流石に遅いわね。私、部屋に行ってちょっと彼女の様子を見てきますね」


 心配そうにそう言うと池口琴子は左の心臓の辺りを手で押さえながら日野冴子が宿泊している部屋へと急ぐ。


「では次は十一番目の旅行者をいいます。十一人目は小説を書いて作家の仕事をしている山岡あけみさんです。山岡さんは新人のプロのミステリー作家で、今は新たな作品を書くためにこの池間島に旅行がてらにアイディアを練る為に来ているそうです」


「この間新作を書き上げて一安心したから息抜きの旅行を兼ねてこの池間島に来たんだけど、不謹慎だけど中々にミステリー作家の意欲をそそる転回に出くわしてしまったみたいね。どういう理由でかは知らないけど殺人事件に駆り出される現実の探偵の手腕が見れるかも知れないから、あなた達探偵には物凄く期待しているわ」


 如何にも真面目そうな地味系の穏やかそうな女性が勘太郎と羊野の顔を見ながらにっと笑う。その興味と好奇心剥き出しの笑顔に物凄いプレッシャーを感じた勘太郎は山岡あけみから視線をそらすと軽く会釈をする。(俺に過度な期待を持つんじゃない!)と思いながら。


「最後の十二番目は沖縄県那覇市内で飲食店のバイトをしている大栗静子さんです。旦那さんが病気で他界してからは二~三年前から飲食店でアルバイトを始めたとの事ですが、今回は休暇を貰ってこの池間島でのんびりと休息を取りに来たそうです。ですがこの不可思議な事件に巻き込まれてしまって直ぐにこの地にある人魚の伝説の祟りなのではないかと疑い、そして恐れているそうです」


「ええそうよ、この様々な死の原因はきっと人魚の祟りによる物に決まっているわ。この地で海の海底の土や砂を掘り、サンゴを破壊して、更には森や自然を汚している花間建設の関係者達に呪いを掛けているのよ。その証拠にこの池間島周辺でレジャー施設の建設工事の話が出てからは一揆に三人の社員達が不可思議な死を遂げていると言う話じゃない。しかもみんな海やその近くの丘で亡くなっているわ。それが人魚伝説の呪いの証拠よ!」


「証拠と言われても……まだそれだけで呪いの存在を信じる訳にはいきませんよ。もっとよく科学的に……論理的に調べて見ないと」


(それに円卓の星座の狂人が絡んでいるかも知れないからな)と思いながら勘太郎は必死に熱弁する大栗静子の言葉を軽く相づちを打ちながらもさりげなく受け流す。


「以上が今現在このペンション内にいる人達の紹介と人数よ。この他にも今は海に行っている鮫島海人さんという運送会社で働いている人がまだ帰ってきてはいないみたいですし、この隣の建屋には小さな別荘があって、沖縄から来たと思われる中年の男女がそこで寝泊まりをしているみたいだけど、この辺りにいる人はそれくらいかしら」


「赤城先輩、このペンションにいる人達の紹介、長々とありがとう御座います」


 一仕事を終えた赤城文子刑事に勘太郎が感謝の言葉を述べていると客室のある部屋の方から顔面蒼白になりながらも池口琴子が悲鳴にならない声を上げながら必死に走って来る。


 ダツダツダツダツダツダツ!


「大変、大変です・刑事さん……それに探偵さん……日野が……冴子が……お風呂場の中で倒れて……頭から物凄い量の血を流して死んでいます。あり得ない……こんな事は絶対にあり得ないわ! さ、さ……冴子ぉぉぉ。うわあぁぁぁぁぁーーぁぁ!」


「池口さん、琴子さん、しっかりして下さい。勘太郎、直ぐに彼女を部屋に運んで適切な処置をしてから安静にさせるわよ!」


「了解です。羊野、お前は彼女の足側を持て!」


「ええ、私がですか……」


「他に誰がいるんだよ。黒鉄探偵事務所の探偵助手ならつべこべ言わずに素直に働け!」


 早口で檄を飛ばす勘太郎はごねる羊野を無理やりに働かせると、その隙に赤城文子刑事は部屋のお風呂場で倒れていると証言のあった日野冴子の元へと急いで走るのだった。

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