第8話 『鮫島海人の登場、そして流山改造の行方』

          8.鮫島海人の登場、そして流山改造の行方



「し、失礼します」と言って部屋の中に入ってきたのは、現在は荷物を別の部屋に移動したユーチューバーの池口琴子である。

 友人の日野冴子がいきなり死亡してまだ心の整理がつかない事もあり池口琴子の表情は暗く見えない不安と恐怖で体をガタガタと震わせる。それだけ日野冴子の死には不可解なことが多すぎるのだ。その事をひしひしと感じていた池口琴子は自分達に恨みを持つ者の存在をこの島から出られない事で嫌でも実感させられているようだ。


 今回の友人の不審な死には最近自分達が動画として配信した珊瑚の破壊動画が絡んでいることを勘太郎との会話で気づいてしまった事もあり、そのことで恨みを持つ見えない何者かの手により殺された……のかも知れない日野冴子の事を思う。


 友人と共に過ごした部屋を状況証拠を残す為に封鎖すると聞かされた池口琴子は事故が起きた部屋を後にし、管理人の岩材哲夫の計らいで今は別の部屋へと移動をしたのだが、まだ強いショックと悲しみに囚われているそんな彼女が今勘太郎の目の前に立つ。


 そんな今にも倒れそうな池口琴子を見つめながら勘太郎はゆっくりとした口調で笑顔で話しかける。


「池口琴子さん、わざわざここまで来て貰ってすいません。ではいきなりですがここにいる皆さんにも同じような事を聞いているのであなたにも単刀直入に聞きます。二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間あなたはどこで何をしていましたか?」


「二十一時から二十二時三十分までの約一時間半の間ですか……その時間は確か……新しく提供されたお部屋でテレビをつけながら少し考え事をしていました。もしかしたら私達の行いのせいで本当にこの島の海に住む海の神様に祟られているんじゃないかと思ったから。だってそうでしょ、仮に今回の珊瑚破壊の件で私達に激しい怒りを感じた海を愛する主張者がいたとしてもそれでも私達を直接殺しに来るという発想を持つ異常な人間にはそう出くわさないと思うの。たとえそんな可笑しな人間がいたとしても、顔出しはしているけど名前も偽名だし、住所だって公開している訳じゃないから、そう簡単に居場所や素性はばれないと思うの。それに日野冴子は明らかに鍵のかかっている自分の部屋のお風呂場の中で死んでいるから人の手で殺されたという可能性はまず考えられないわ。という事は、やはりこの事件はただの日野冴子の不注意から起きた不運な事故だと私は思っているんだけど、また新たな事件が立て続けに起きているから探偵さんは私との事情聴取を始めたのよね。ならやはり、このペンションにいたあの中年の二人の男女の身にも何か不運な事があったと言うことなのかしら? 探偵さんのこの対応から察するにあの逃げ出して失踪したあの男女も海で死体として見つかったと言うことでいいのよね。先ほどあの女性の刑事さんもこのペンションに来ていたあの地元の警察官を仕切りに探していたからね」


「そうですか、テレビを見ていたり考え事をしていたのですか。でもそれらを実証してくれる人は当然いませんよね」


「そんな事は無いわよ、当然いるわ。それはこのペンションにお客として宿泊している大栗静子さんと花間礼香さんの二人よ。どうやら二人とも私のことを心配して様子を見に来てくれたみたいなの。差し入れも持って来てくれたしね。やっぱり人の心遣いはありがたいわね」


「それは何時頃の話ですか」


「大栗静子さんは二十一時三十分頃に来て不運にも突然事故死した日野冴子の事を悼みながらこの島に伝わる人魚の呪いについての話をしていたわ。この一連の連続死は絶対に人にはまねの出来ない事であり、人の手が届かない人知を超えた神の御業が絡んでいると……祟りや呪いが絡んでいるとそう言っていたわ。そうでなかったらこの殺人は成立しないとも言っていたしね」


「成立しない……ですか」


「だってそうじゃない。海で珊瑚を壊したからって、暇と労力をかけて私達を探し出してわざわざこんな手の込んだ事はしないわよ。せいぜい居場所がばれたとしても抗議に来るくらいじゃないかしら、ましてや殺しなんてまず無いと思うんだけど。人が恨みを抱く動機としてはあまりにもアバウトだし海というキーワードの範囲がでかすぎるわ」


「確かに、動機としてはかなり弱いかもしれないですね。海の珊瑚は個人の物ではありませんし、普通の人は感心もないからです。なら珊瑚を破壊されて憤るのは海に携わる関係者しかいないと言うことになりますね。でも彼らも海の中にある珊瑚を壊されたからと言ってわざわざあなた方を殺しに来るとはまず考えづらいと言うことですか」


「そういうことよ。そしてその常識に当てはまらないのがこの島の海に巣くう神様よ。いいえ怪物と言っても指し仕えはないんじゃないかしら。海に御座す人魚様なら海を汚すというアバウトな事柄にもその大小関係なしに人々に呪いを与えることができるんじゃないかしら。少なくとも私の部屋を訪れた大栗静子さんはそんな事を言っていたわ。あれは人の手による事件ではなく、人魚の呪いがもたらした不幸が原因だとね」


 そう興奮気味に言いながら池口琴子は仕切りに自分の左胸辺りを苦しそうに押さえる。


「お、落ち着いてください。心臓に負担を掛けますからそんなに興奮しないでください。ここで急変しても心臓専門の大きな病院は無いんですから。ちゃんと持参してあるお薬は飲みましたか」


「ええ、大丈夫です。心配をかけてしまってすいません。でもこれは大事なことですから」


 大栗静子……余計な事を言って池口琴子の不安を煽るんじゃないと思いながら勘太郎は、池口琴子の不安を取り除きにかかる。


「池口琴子さん、俺達探偵側としては仕事上呪いや祟りなんて物は非科学的ですし、はっきり言って信じてはいません。そこで起きた事象や事柄には必ず私達の知らない何かがあると俺は考えています。例えば池口琴子さんは住所がばれないとか動機が不十分とか言っていましたが果たしてそうでしょうか」


「違うというの?」


「例えばです、日野冴子さんと池口琴子さんはユーチューブ(YouTube)動画を今までにも幾つも配信している訳ですから、今まで動画を配信した中でのさりげない言葉や身につけている物や各地を回って動画を配信したその時系列から導き出して住所や氏名と言った情報を探り当てる事は可能だと思いますよ。そしてそんな面倒な事をしなくても今はSNSの時代ですから、そのネットワークに干渉する技術と知識があればあなた方二人の個人情報を盗み出すことは結構容易だと言うことです」


「そ、そうなの……パソコンのシステム的な事は冴子の担当だから私には分からないわ」


「そして日野冴子が死に至ったかも知れない動機ですが……こんな動機が考えられます。日野冴子さんの死はこの島に強く根づく人魚伝説の呪いを信じ込ませる為のただのデモンストレーションに使われたかも知れないという点です。池口琴子さんの言うようにただの一般のネット配信者がこの広い海の珊瑚の一部を足で壊す範囲などたかが知れています。何かの汚染廃棄物を使って生態系を変えるような海全体の珊瑚を死滅させたのならいざ知らず、ただ単にそれなりにネット界隈では影響のある中堅どころの人気ユーチューバーが破壊しただけではその行いの批判コメントしか来ませんよ。まあ最悪警察に通報されるくらいかな。海の珊瑚を無断で壊して罪になるかは俺には正直わからないけど、何かの罰則くらいはつくのかな? だけどそんなあなた方の動画を見た誰かが日野冴子さんの死を利用するアイデアを思いついた。理由は簡単です。珊瑚を破壊した実績のあるあなた方が死ねば海の神様が作り出す呪いを……海をけがされて人魚が怒っているという祟りを作りやすくなるからです。そうこの呪いのメッセージを誰かに信じ込ませる為に……本当のターゲットを確実に追い込む為に日野冴子さんは理不尽にもダシに使われた。だからその海で珊瑚を破壊した行いには大小は当然ないですし、死に至る動機なんかは最初からないのですよ」


「つまり私と日野冴子はその殺人犯に珊瑚を破壊する動画を見られて、そして選ばれて。そのことで本命の誰かに人魚の呪いを信じ込ませる為だけに冴子は殺されたというの……あり得ない……あり得ないわよ、そんな事は!」


「当然今言った事はただの仮説の一つに過ぎません。なのでそんな可能性も中にはあると言うことを話したまでのことです。そしてその動機がどうであれ、人の命を奪っていいという事にはなりませんから、そのふざけた犯人は必ず俺達が捕まえて見せます。そして人魚の呪いなんて物はないと言うことを池口琴子さんに証明して見せますよ!」


「呪いはともかくとして、やはり冴子の死はただの事故じゃないの。それとも誰かの犯行による他殺なの、でもあの状況からそんな事ができるとは到底思えないんだけど?」


「必ず日野冴子さんを殺した犯人はいます。そのトリックはまだ分かりませんが、そのお風呂場での謎は必ず俺達が解き明かして見せます。因みに大栗静子さんには日野冴子さんの死因のことは話しましたか」


「いいえ、あれこれとあの時の事を散々聞かれたけど、あの女の刑事さんが絶対に誰にも話すなと言っていましたから話してはいません。そう大栗静子さんと花間礼香さんにも伝えましたから」


「では今度はその花間礼香さんが何時くらいにあなたの部屋を訪れたのかを聞かせてもらってもよろしいでしょうか」


「確か二十二時丁度だったかしら、岩材哲夫さんから差し入れを持って行くように頼まれたとかいって、私の部屋まで来たわよ。そして自分の父が経営するペンションでこんな事件が起きてしまって本当に申し訳なかったと泣きながら謝っていたわ。別に冴子が死んだのは彼女のせいじゃ無いんだけどね」


「このペンションのオーナーの娘として何かしらの責任を感じていると言うことなのでしょうか」


「そうかも知れないわね。なんだか素直で真面目そうな印象の女性だからね」


「そうですか、花間礼香さんは岩材哲夫さんに頼まれてわざわざ差し入れをあなたに届に来たのですね。確かにその二人から話を聞けば池口琴子さんのアリバイは見事成立しますね。ご協力ありがとう御座いました」


 そう言いながら勘太郎は池口琴子に帰っていいと合図を送ったが、池口琴子は勘太郎を見ながらあることを聞く。


「次は流山改造さんという人を呼ぶんですか」


「ええ、そのつもりですが、一体なにか?」


 その勘太郎の言葉に話を聞いた池口琴子は何だか不安そうな顔をする。


「しらないんですか、流山改造さんは今、行方不明で自分の部屋の中にもいないみたいですよ。谷カツオさんが事情聴取を終えて私を呼びに来た時に岩材哲夫さんがペンション中を隈無く探していましたから、間違いないです。もしかしたら人魚の呪いが怖くなってこのペンションから逃げ出したのかも知れません。何だか物凄く不安めいた事をつぶやきながらペンション内を歩いていたと谷カツオさんがそう言っていましたからね。思わず逃げ出したい気持ちもわかりますよ」


「でも彼は市営バスでここまで来たんですよね。なら車は持ってはいませんし、まさかこの夜に自転車で池間大橋を渡ろうとしているのかな? まあそれならそれで警察から必ず連絡が来るはずだから、その方が安否の確認にはなるか」


 そんな事をつぶやいていると勘太郎と池口琴子がいる部屋のドアが豪快に開き、明るい男の声が飛ぶ。


「探偵の黒鉄勘太郎と言うのはあんたかい、いつまで待ったら次は俺の番が回ってくるのかな。正直待たされるのは好きじゃないから早くしてくれないと困るぜ。俺は今日一日、海で豪快に力の限り泳いでいたからヘトヘトで正直かなり眠いんだよ。先ほどここの料理人が作ってくれた海の幸を活かした料理をたらふく食べたばかりだから、事情聴取も手短にして貰いたいものだぜ!」


 大きなアクビをしながらぼやくその男に何処からともなく呆れた声が飛ぶ。その女性は真面目そうな容姿をしている美人小説家の山岡あけみである。

 山岡あけみはその男に不満そうな顔を向けながらまるでたしなめるように淡々と話す。


「待たされているのはなにもあなた一人だけじゃ無いんですから順番の割り込みは正直やめて貰ってもよろしいでしょうか。みんなこの非常時に協力をしているんですから、あなたも少しは我慢をして場をわきまえるのが本当でしょ。大体あなたはこのペンションから三日間は絶対に出るなと言う言いつけを破って勝手に海に遊びに行ってしまったから自分の自己紹介もできてはいないでしょ!」


「それはそうだけど、しかしだねぇぇ」


「言い訳はしないの。それに今日一日勝手に海で遊んでいたわけですから、一番最後まで順番を待つのが本当であり筋ってもんでしょ! 違いますか」


「おとなしい見た目によらず気の強い嬢ちゃんだな。俺とは昨日今日会ったばかりの赤の他人なのにそうガミガミ言わなくてもいいだろ」


「赤の他人ですって。まだ低学年の時に沖縄の小学校で一緒だったじゃないですか。私は直ぐにほかの町に転校しちゃったけど、あなたが私の舎弟である事は今も変わらないんだからね!」


「そんな昔のことを持ち出しても困るぜ。確かに当時は給食に出てくるデザートのプリン欲しさにそのプリンを俺に毎回くれたらあんたの舎弟になってやるとは確かに言ったが、それを今も会うなり約束を行使して来るとは正直思わなかったよ。昨日偶然このペンションで出会ってしまったとは言え、大変な女と巡り会ってしまったぜ!」


「グダグダ言わないの、わかったらちゃんと探偵さんに自己紹介をしなさい。勿論会うのは今日が初めてでしょ」


「そうだな、俺も大人だし、挨拶くらいはすませておくか」


 そうけだるそうに言いながら如何にも海の男と言った感じの体型をした細マッチョの若者が豪快に挨拶をする。


「俺の名は鮫島海人、年齢は二十八歳だ。仕事は沖縄で運送業をしている海を愛する男だ! 趣味はマリンスポーツ全般で、このペンションにいる谷カツオとは趣味があって仲がかなりよくなったぜ。そしてそのついでに今現在うるさい女にももれなく舎弟扱いされているがな。昨日昔の知り合いとは気づかずにナンパなんかをするんじゃなかったぜ。最初にそこにいる池口琴子さんに声をかけていたらこうはならなかったのにな。ちくしょう、声をかける相手を完全に間違えたぜ!」


「うるさい、私じゃ不満か! 舎弟の分際で、鮫島の分際で私を最初にナンパをした事を地味に後悔なんかしてんじゃないわよ。当の本人が目の前にいるんだから少しは気を使いなさい!」


 そう言いながら鮫島海人と名乗る二十代後半の爽やかな色男に構わず頭部にチョップを噛ます山岡あけみの行動を見ながら勘太郎と池口琴子は同じ事をつい考える。


(あ、これってつまりは夫婦漫才だよね。こいつら昨日今日出会っただけで息ピッタリだし、どんだけ仲がいいんだよ。昔であったことのある幼友達というシチュエーションもぐっと来るし、正直かなり羨ましい!)と二人は心の底から思うのだった。

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