第5話 声は本当に聞こえるのか。っていう話(前編)
2日前にシンジュク駅カブキ町で起きた爆発事故は死亡者も一人、未だに警察の公式発表もなく、進展が無いままワイドショーを少し賑やかしているニュースの一つ程度になっていた。
爆発が起きたシンジュク駅周辺の関心は高いだろうが、その他地域の民衆の関心はそれほど高くない。
むしろ地方で起きた殺人事件や企業の収賄事件、学校内での猥褻事件、芸能人の不祥事など、メディアに取り上げられやすいものの方が関心を持つ。
それだけトウキョウ、特にシンジュクという土地は何があってもおかしくないという認識だ。
そんなシンジュク区のルーツだが、元々シンジュク区という区は存在せず、「ヨツヤ区」、「ウシゴメ区」、「ヨドバシ区」、この3区を統合して生まれたのが現在のシンジュク区だ。
その中でも地名として今はなき「ヨドバシ区」。
ヨドバシの名残を残すトウキョウ都中央卸売市場、ヨドバシ市場、オオクボ駅北口から線路沿いに進み、住宅街を歩いて6~7分のところに佇む、その市場には朝からたくさんの業者が出入りし、今日も活気ある一日を迎えていた。
「おらぁ!その荷物はこっち持って来いっていっただろ!!」
30代と思われるがっしりとした体格の色黒の男が怒鳴り声をあげていた。
「あ、すいやせん、すぐに持っていきます」
怒鳴られた男は50代だろうか、頭部は白髪が目立ち、体力の衰えを感じさせる体型だ。
白髪の男はすぐにその荷物の近くに移動したが荷物の上には見知らぬ子供が何かを抱えて座っていた。
「どこのガキだ、商品の上に座りやがって…」
そういうと男は子供をどかそうと手を伸ばす。
手が子供の肩に置かれる瞬間。
「鐘が鳴ったの」
子供はそう言うと顔を上げた、少女だった。
顔には涙腺がくっきりと見える、涙がどれだけ流れたのか。
「か、かね?なんだってんだ…」
男は泣きながら意味不明なことを言う少女を見てうろたえる。
「鐘が鳴ったの」
少女は泣きながら繰り返す。
「お、おい、何言ってやがる」
男は少女に手を出せずにいると、不意に肩を掴まれたので振り返ると先ほどの色黒の男が立っていた。
「おせぇぞ!早く仕事もどれ!何やってんだ!」
「い、いや、このガキが…」
「あー?どこにガキがいるってんだ!」
少女は先ほどと変わらず何かを抱えながら荷物に座り、泣きながらこちらを見ている。
「その荷物の上に座ってるガキですよ!」
白髪の男は荷物の上に指を向け、大声で返す。
大声を出されたことで少し冷静になった色黒の男は荷物に視線を向ける。
目線を荷物全体に向けると、額の血管が浮き出た。
そのまま白髪の男の胸倉を左手で掴む。
「どこにいるってんだ!」
色黒の男は怒鳴りながら右手の拳骨で白髪の男の頭を叩く。
「いてぇ!なにすんだよ!そこにいるんだよ!」
叩かれた白髪の男は荷物の上を指さしながら叫ぶ。
再度、色黒の男は荷物に視線を向け、何度か視線を左右に往復させると改めて白髪の男に目線を合わせる。
「いねぇだろが!目開いてんのか!」
今度は頭ではなく、平手で頬を殴ると体格差からか白髪の男が尻もちをつきながら倒れる。
「いてぇな!」
殴られた白髪の男が立ち上がり、殴り返し、取っ組み合いの喧嘩が始まる。
市場内の時計は午前8時15分になったところ、場内にはまだまだ人が多く、騒ぎが大きくなるにつれ、どんどん人が集まる。
煽る者もいれば止める者もいる、少女を中心に人が集まる。
「鐘が鳴ったの」
そんな中、少女は泣きながら両手を前に伸ばし、持っている袋から手を離した。
地面に向かって落ちる袋、そこから星形のナニかが見え、それと同時に少女の口元が苦しそうに歪む。
地面に落ちた瞬間、場内に閃光が走り、爆発が起きた。
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