第4話 この世界の世界ってどれが正解っていう話

自室の窓から見える景色がワクワクするような真っ白な雪景色ではなく、より冷たさを持ち、外灯に照らされた影響なのか赤く染まっているように感じた。


最低限の飾りがあるだけの生活感を感じさせない部屋、カノが自分で思う自室の感想だ。

友人たちの部屋と比べると同年代の女子の部屋とは思えないな、と自嘲気味にため息を吐きながら部屋着に着替え、ベッドに座りながら、ぼーっとテレビを眺めていた。

テレビは一部のチャンネルを除き、夕方に起きたシンジュク駅の爆破事件を臨時ニュースとして流していた。


ニュースを見ていると自然とコースケを掴んだ右手が気になってしまう。

あの時、コースケが誰かの声を聞き、指を刺したあと、ビルとビルの間で微かに光が見えたような気がした。

それぞれの家から連絡が入ったのはその少しあと、その電話でシンジュク駅近くの爆発事故を知ったのだ。


カノは自分の右手を見つつ、今日の出来事を一通り振り返ると、


「仕方ないよね」


そう呟いて手元にあったリモコンを操作し、テレビを消す。


「目の前でケガ、させたくなかったし」


立ち上がり、窓際に移動するとカーテンを閉めて、また元のベッドに座る。

改めて自分の右手を見ると、おもむろに机の上にある雑誌に右手を向けた。

すると雑誌が空中に浮き、そのままふわふわとカノに向かってくる。

雑誌に向けていた右手の掌を上に向けると、雑誌はその掌の上にゆっくりと降りたつ。

窓も締め切り、風もない中、パラパラと雑誌のページが自然と捲れ、そのまま最終ページまで閉じるとまた雑誌が浮き、机に戻っていく。


「ふー」


右手を向けていたカノは一息つき、そのままベッドに寝転び、目を閉じる。


自分の記憶を遡る。

中学生、小学生、幼稚園、乳幼児。

自分の記憶がもう1つあることに気づいたのは母親の胎内から出た時だった。

自分が母親から取り出された際にはっきりと意識があるのを理解できた。

言語に関しては勿論何を喋っているのかはわからなかったが理解するまでにそれ程時間はかからなかった。

発声器官が育つまでは喃語(なんご)だったが、そこからは両親も目を見張る成長だったと思う。

そのあとに得られた知識の中で生まれてから喋るようになるまでの期間や色々なものを理解することが普通の子供と比べると異常に早かったのかがわかった時は少し後悔もした。

ただ、それでも両親は怖がらず、また過度な期待もせずに大切に育ててくれた、本当に感謝している。

もしかしたら親が自らメディアに売り込んだり、SNSで発信する、そんな可能性もあったかもしれないが一切そんなことはなく、平和で楽しく、愛されていることを実感できる家庭だった。

そして、私にはそう比較できてしまう人生があった、それがもう1つの記憶。

その記憶があるから正反対の人生を送っているという実感があった。


前世と呼ぶのも嫌悪感を覚えるあの場所。

この世界ではない世界の話。

23年を生きたあたりで途切れてしまう記憶。

そこは全員が今世で言う超能力を持って生まれる世界。

数ある能力の中でも私はごく一般的な物を動かすだけの能力を持って生まれた。

ただ、異常な制限があり、重さは問わないが数センチの移動しかできない酷い能力だった。

勿論、同じ能力者は多く、能力が全てのその世界では仕事にもつけず、両親からも見捨てられ、周りからはゴミと罵られ、社会からは不必要と判断された。

最終的に能力の研究施設という名の実験場に売り捨てられた私はそこで生涯を終える。

今の世界と比較すると不幸を体現したような記憶だった。


カノは目を開けると両手を掲げる。


「私は、私の家族、友達、何より私が幸せと感じるこの世界を守る為ならいくらでもこの力を使う」


その言葉と同時に手を握る。

それが合図であったかのように自身が寝ているベッド、周りの家具が全て浮き始める。

前世の記憶を持って生まれ、同じ力を持っているのがわかった時は絶望した。

同じような世界だとしたらまた捨てられる、その強迫観念から生まれてすぐに力を使うのが躊躇われた。

ただ、両親に力がないとわかったときには安堵と共にきちんと制御しようと決めた。

赤ん坊の頃から制御する為の訓練をしているとそれが功を奏したのか、成長するにつれ、練習するにつれ、意識するにつれ、力が洗練され、強くなっていくのが実感できた。

奇しくも能力のないこの世界で、能力を成長させる結果となった。


前とは違うこの世界、カノは自身と同じ力を持つような人間に出会ったことがなかった。

出会わなくていい、それでいいと思っていた、この力とあの世界には嫌悪感しかないから。

記憶を持ったまま生まれたこともひた隠しに生きてきた、誰にも話す必要がなかったから。

もし同じ世界から転生した者がいた場合、また最底辺のレッテルを貼られるのが怖かったから。


でも今日、同じクラスの友人からこの世界では感じたことがなかった空気を感じた。

目の前でおこった不思議な光景。

カノは改めてコースケを掴んだ右手を見る。


「ネコは、この世界の人なのかな?」


そう呟いた。

コースケの純粋な聴力だとしてもそんな聴力はこの世界に生まれて17年、見たことも聞いたこともなかった。

前の世界では、異常な聴力を能力として持って生まれてしまったが為に、日々を生きるのに苦しんでいる者がいた、研究施設で一緒に生活していたから覚えている。

だが、コースケの力はその類のものではなかった、勿論実際のことはわからないが日々の生活に苦しんでいるようには見えなかった。

何よりコースケが左耳に手をあてた時に感じた重厚な空気、前世では大きな力を発動するときに感じたことがある。

あの密度のようなものを肌で感じたのは今世では初めてだった。


「今度、機会があったら聞いてみよう、かな」


その時、一階から声が聞こえた。


「カノー、夕飯できたよー」


声を聞いたカノは笑顔で答える。


「はーい、すぐ行くねー」


カノは前の世界で何もできなかったことが辛かった。

誰からも必要とされなかったことが悲しかった。

この世界ではそうならないように、そういった人が周りにいるなら手助けができるように。

コースケがもし何か悩みがあるなら聞いてみよう。

話せるなら聞くし、話せないなら待てばいい。

前世を嫌悪し、二度と使わないと決めた力、だが自身の周りを幸せにする為なら自分の力を使ってもいいと思えるまでに気持ちが変化していた。

カノ自身はクラスメイトからクールビューティと呼ばれ、冷たい印象を持たれているがカノの周りに誰かしら人がいるのはそういった誰かの為に何かをする、それがちゃんと伝わっていたからだった。


「うん、そうしよう」


そう言って家具を元に戻すと自室のドアを開け、一階のリビングに、日常に向かう。




シンジュク区、御苑近くのタワーマンション。

セキュリティも充実した建物でエレベーターもキーがないと止まらない最上階の一室。



「二か所目の設置に向かう」


酷くしゃがれてはいるが芯のある声が室内に響く。

正絹で仕立てられた紺の羽織と着流しに黒の帯、深いグレーのパナマ帽をかぶった男性が深い皺を刻んだ眉間を覗かせながら、そのパナマ帽のつばを右手で持ち、口を開いた。

室内には3人、着流しの男と扉の横にいる子供、そしてその2人の正面に立つ男。


「そうか、うまくやってくれ」


着流しの男の前に立ち、低音だが引き締まった声の持ち主がそう返答した。

白髪交じりの綺麗にまとまったオールバックの髪型、ダークブラウンで統一されたキートン製のスーツを綺麗に着こなし、着流しの男と子供を交互に見つめている。


「もちろん。準備で諸々と掛かったが貴殿の望みはあと1週間もすれば叶えられるじゃろう。ではな」


そう言いながら着流しの男は扉の傍にいた子供を引き連れ、部屋を出ていった。

スーツの男は誰もいなくなった部屋を確認すると窓際に向かい、シンジュク御苑を一望できる景色を見る。


「人の生とは素晴らしくも儚いものだな」


そう呟いた男は微笑を浮かべ、その目は赤く染まっていた。


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