第6話 声は本当に聞こえるのか。っていう話(後編)


時は、少し遡る。

冬の朝、自宅から出たコースケは冷たいが気持ちのいい空気を思い切り吸い込み、学校へ向かい歩き出していた。

学校まで徒歩で15分程度、予鈴がなるまでに着けば何とかなると毎朝ギリギリをせめていた。

歩き出して数分、コースケは不意に立ち止まる。


「また、声が聴こえたな」


また頭に声が響いたので声がする方に顔を向けるとビル群とその上には青空が広がっている。


「気にしすぎかなー、うーん」


頭を振り、行先である学校方面に顔を向ける。


「ダメだな、二回目だし、気になって仕方ない」


改めて声がする方に向き直り、学校とは違う方向に歩き出す。

ポケットから取り出したスマートホンを見ると午前8時になるところだった。

教師と父親に何て言い訳しようかな、そんなことを考えながらコースケは向かう。


コースケは声が聴こえる方向に自身の感覚だけを頼りに向かっていた。

声は断続的に聴こえていたが、歩き出して少しした時に一度、叫びに近い声が聴こえたあとは聴こえなくなっていた。

代わりにその場所に近づくにつれ、サイレンを鳴らす緊急車両が増え、次第に音が大きくなるのがわかる。


「一昨日と同じじゃんか」


コースケはそう呟くと同時に身体から力が抜け、途端に向かうのが怖くなった。

ニュースで見たカブキ町の惨状が思い出されたからだ。

行かなければいいのに、頭で考えてはみたものの、それでもコースケは自身にしか聞こえない少女の叫び声を思い出し、サイレンが鳴る方向に歩き出した。


オオクボ駅を過ぎる頃には救急車、消防車、警察車両がごった返していた。

住宅街の上から煙があがっているのがはっきりとわかる。

道路上にはテープが既に張ってあったが警察の目を盗み、テープを超えて、人目がある大通りを避けるために住宅街の路地に入った。


「なんか、やべー雰囲気だな」


路地に入り、少し進んでから冷や汗が止まらない。

ここにいて大丈夫なのか、爆発に巻き込まれないか、そういった不安もあるが、もっと違う、何かがまとわりついている感覚。


ここまで来るとカブキ町の件もあり、目的地が爆発の中心だということを確信していた。

ただ、なぜ少女の声だけが強く聞こえるのか。

自分の力のせいで気になってしまった、今までも聞こえることはあったがここまで強力な声は聴こえたことがなかったからだ。

それをどうしても知りたくてここまで来てしまった。

そんなことを考えながら歩いていると頭が空っぽになる感覚が不意に訪れた。

身体は動いて、歩いている。

ただ、自分の思考を俯瞰して感じている。

そんな不思議な感覚に驚いていると、歩いている自分が見えた。

徐々に身体から意識だけが抜け出る。

実体験としてはないが幽体離脱とはこういうことなのか、と普段なら騒いでいるだろうタイミングで普段以上に落ち着いている自分には気づかず、そのまま歩いている自分を呆然と見ていると。


「小僧、貴様何者だ」

「え!?」


突然聞こえた声にコースケは慌てた。

コースケが今見ている身体は慌てることなく、そのままの速度で歩いている。

これは今の自分にしか聞こえない声だ。


「だ、だれだ!?」


コースケはキョロキョロと周りを見るが当然のように誰もいない。

今は目の前の自分から2~3m後ろを歩かずに少し宙に浮いてくっ付いている状態だ。

おどおどしていると改めて、声が聞こえた。


「こちらが問うている」


コースケは慌ててはいるが先ほどと同じく頭はすぐに冷静になっていることにようやく気づいた。


「これはお前の仕業か?俺はただの高校生だ、姿も見せずに聞いてくるやつに名乗るなんてできねーよ」


その言葉で苦笑したようなくぐもった声が聴こえたあと。


「おもしろい、一理ある。それに胆力のある者は好ましいわい」


するとコースケの隣に少女が現れた。


「うぉ!」


コースケは驚いて少女を見る。

みすぼらしい恰好はしているがどことなく気品を感じる。

そして頬にはくっきりと涙の跡が付いていた。

少女はコースケに向き直り。


「これでどうじゃ」


声と姿があっていない、コースケは違和感を覚えた。

自分が聴いた声はこの少女のものかはわらかないが老人の声じゃない。

でもそれを伝えていいものか。


「少女の姿で老人の声、違和感しかないよ」

「はっは、今の状況が奇妙だと思っているならこれも納得せぃ」


老人の声で少女は笑う。

声は笑っているが少女の顔は真顔のまま、作り物かと思うほどに。

コースケは少女の声を聴いてここにやってきたことは黙っていることにした。


「それで、姿も見せたぞ、貴様は何者だ」


コースケがそんなことを考えていると改めて同じことを質問された。

少女の目を見ながら、コースケは答える。


「だからさっきも言っただろ、ただの高校生だよ。爆発音がしたから野次馬しに来ただけだ」


すると少女の雰囲気が変わる。


「そうか、結界内に侵入してきた異物だったからの、興味本位で声をかけたが。それなら直接視てやるか」


そう言うと少女はコースケに手を翳す。

するとコースケは頭に何かが侵入してくる気配を感じ、頭を抑えた。


「う、ヴォえぇぇぇぇ」


それと同時に目の前にいた実体の自分が突然吐き始めた。


「な、なにをしやがった!」


意識体のコースケは頭を抑えながら少女に叫ぶ。


「言ったであろう、貴様を直接視る、と」


更に頭に何かが侵入しようとしてくるのと併せて実体は吐きながら倒れ、痙攣しているのがわかった。

廻りを見ても近隣住民は警察に誘導されたあとで、通行人もいない路地の為、人がいない。


「や、やめろ!!わかんねぇけど死んじまう!」


苦しんでいる自分を見ながらそれを止めるよう自分で話をするという異常な事態。


「ほう、やはりな、苦しんでいる理由がわからないか。と言うことは他者が貴様の中身、いや魂に結界を張っているということか」


少女は手を翳しながら淡々と話す。


「け、結界??それが俺に?だ、誰が…痛っつ!」


意識体になっているコースケにも頭痛が襲ってきた。


「ようやくか、現代の人間で結界術をそうそう使えるものなんておらんわぃ。それにその状態での痛みとなると余程よな、ほれ、実体がもつかどうか」


そう言われて実体を見ると白目を剥き痙攣しながら口から泡を吹き、鼻から血も出ているのがわかった。


「や、やめろ、ほんとに死んじまうだろ!」

「貴様が死のうが関係ないわ。結界が壊れ、儂が視るのが先か、お前が死ぬのが先か、それだけよ。」


少女は手を翳しながら話す、そして少女の目からはいつからから涙が流れていた。

意識体となったコースケも倒れる、頭が割れるように痛む。


「ぐ、うぅ、く、そ」

「はっは、そろそろか。この時間も久方ぶりに楽しめたものだったぞ」


変わらず涙を流しながら少女はそう話す。


「やっと辿れたー。おや、倒れてる人がいるな。」


コースケが意識を手放す寸前、路地に入ってきた男。

その姿は警官にも消防にも救急隊にも見えないが実体のコースケを見つけ、駆け寄る。


「た、たす、けて」


コースケは意識体で助けを呼ぶ。


「無駄じゃ、貴様は見えんし、話しても聞こえん。それにもう死ぬ」


男はコースケの実体に駆け寄るとすぐに無線らしきもので応援を呼んでいる。

そのあとに意識体のコースケに目線を合わせているように見えた。


「ん…こやつ」


少女は男を見て呟く。


「アレ、この人はどうやって助けたらいいんだろ」


そう言うと男は実体から少し離れた意識体のコースケに触ろうと手を伸ばす。


「やはり、小僧が視えておるのか」


少女は男を見据えて話す。


「でもこの空気、緊張感、今までに感じたことがないな。」


男は何か腑に落ちないというように独り言を呟いている。

少女はコースケから男に興味を移し、観察するように男を視ている。

それによりコースケは解放されたが意識体と実体が分離された状態のまま、どちらも精神的なダメージが大きすぎる為、意識は戻っていない。


「フン、小僧は意識を手放したか。ついでだ、こやつも視てやろう」


そう言うと少女は男に手を翳す。


「ん?なんだ?」


違和感に気づいた男があたりを見回す。

すると奥から救急隊が走ってきているのが見えた。

男は違和感を気にしつつも救急隊を誘導する。


「こっちこっち、感謝です。」


駆け付けた救急隊に対して、男は的確な指示を出している。


「僕はちょっと気になることがあるのでここに残ります。この子を絶対に助けてください」


男は救急隊にそう話すと、救急隊は頷き、ストレッチャーにコースケを乗せ、急ぎその場を離れる。

コースケの実体がストレッチャーで運ばれるのと併せて意識体のコースケも離れていく。

男はその様子を見て安堵していた。

そんな中、少女は手を翳し続けるがその手が震え出していた。


「こ、こやつ、何も視えん。こんなことが、ありえんぞ」


そう言って男を凝視すると男も少女に顔を向けていた。


「何か僕にやっていますよね?こちらに意識を向けてくれたので所在がわかりました」


男は笑顔で少女がいる方に語り掛ける。


「ただ、僕は視えるだけなんですよ、何も聞こえないし、あなたとは話せない。でもね、人間に害を加える者は許さないですよ」


そう言って男は少女に手を伸ばす。


「ぬおっ」


少女は不意に伸ばされた手を反射的に避ける。


「あ、避けましたね、感謝です。そのおかげで見えました、あなた、誰かに操られているんですかね」


男はそういうと少女の後ろを見る。


「なにが、あっ!」


少女も自分の後ろを見ると気づいた。


「ナニかで繋がってますよね」


男は笑顔のまま、繋がった先を見る。


「馬鹿な、このツナガリが、いやそもそも儂から接触したあの小僧はわかるが、常人が儂の存在を知覚できるはずがない」


少女は慌てる、顔は真顔のままだが、気づいたら涙は止まっていた。


「聞こえてるかわかりませんが一応名乗っておきますね、僕は九葉 隆。警察官です。御用があれば警視庁刑事部特別事象犯罪対策課までお越しください。僕と課長しかいないのですぐに対応できますよ。ただ、来られたら重要参考人扱いになると思いますが」

隆はそういうと一切聞こえないが返答を待つように黙る。


「こ、この餓鬼が。いや、待て、これは予定を早めねば」


そう言うと少女は姿を消す、それと同時にあたりの緊張感がなくなった。


「ふぅ、いなくなりましたか。他に被害が出てなくて何より、そして独り言が他の人に見られなくてよかった」


隆はそう言うと路地から去るのだった。


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